やくびょう神
近くの家で、宗教の儀式のようなものが行われているのを見た。何なのかと思っていたのだけど、どうやらお祓いをやっているらしい。近所のおばさんなんかが、そんな噂をしていた。なんでも、ここ最近そこの家では災難続きだったみたいで、それであまりにも酷いので、お祓いを、とそういう流れになったのだとか。
そのお祓いをやっている近くに、僕は子供がいるのを見かけた。女の子なのか、男の子なのか分からない不思議な雰囲気のある子供で、僕はその子が普通の子供ではないと、一目見てそう思った。その子は、少し寂しそうな目で、お祓いをやっているその家を見つめていた。
多分、あのお祓いで、追い出された“何か”だ。
そう考えた僕は、なんとなくその子にこう話しかけたんだ。
「君は、あそこの家を追い出されたのかい?」
するとその子は少し驚いたような顔をして無言のまま僕を見つめ、そしてそれから、やはり黙ったままこくりと頷いた。
僕はちょっと迷ったのだけど、その子にこう言ってみた。
「もし、君さえ良かったら、僕の家に来るかい? ご飯もあげるし、寝る場所くらいならなんとかなるよ」
その子は、また驚いたような顔を僕に見せ、答える代わりに僕のコートの端をしっかりと掴んだ。
そうしてその子は、僕の家で暮らし始めた。暮らしぶりは至って普通で、僕が起きるタイミングで一緒に起きてご飯を食べ、僕が仕事に行くのを見送り、僕が帰って来てから一緒にご飯を食べて、一緒に就寝した。昼は勝手に食べて良いと言っておいたら、その通りに適当にご飯を食べているらしかった。
本や漫画の位置が移動しているから、僕のいない間は、多分読書をしているのだろうと予想できた。テレビも見るらしい。休日にレンタルで映画を借りてきたら、喜んで見ていた。音楽も好きだった。ただし、決して家の外には出ようとしなかった。多分、また追い出されてるのを恐れているのだろう。
しばらくそうして一緒に過ごしていたのだけど、いつの日からか、僕に災難が舞い込み始めた。急にメンバーが一人職場に来なくなって、その分の仕事をやらなくちゃならなかったり、その過労の所為でか体調を壊してしまい、にも拘らず仕事を休めなかったり。さらに、せめて休日をゆっくり過ごして、体調を良くしようとしても、少しも体調は回復しなかった。
不思議の子は、僕が苦しんでいるのを見て、とても心配そうにしていた。簡単な料理だけど、ご飯を作って運んでくれた。そして、とても辛そうにしてもいた。
そんなある日、拝み屋が僕の家を訪ねてきた。そして、ここ最近、あなたは災難続きではありませんか?とそんな事を言う。
「――もし、よろしければ、お祓いをしましょう」
僕はそう言われた時、少しだけ心が動いた。でも、直ぐにそれを断った。前の家を追い出された時の、寂しそうなあの子の様子が、脳裏を過ぎったからだ。
家の中に戻ると、あの子はとても心配そうな顔をしていた。僕はその表情に向けてこう言ってやる。
「大丈夫だよ。僕はちっとも辛くないから」
でも、次の日、不思議の子はいなくなっていたんだ。僕はあの子が家にいないのを確認すると、外を必死に探した。そして、近くの道を、あの例の拝み家に手を握られて、歩いていくあの子の姿を見つけたのだった。
あの子は、僕の姿に気が付いたようだった。僕を見ると、「ごめんなさい」と、そう口を動かしたように思えた。
その時に僕は全てを悟った。つまりは、あの子は、あの拝み屋の商売道具だったのだろう。
僕はとても悲しくなった。けれど、あの子の目が、やはり最初に見た時と同じ様に寂しそうなのを見て、「ありがとう」と、そう返したのだった。
家に帰れば、また一人。僕は一人でご飯を食べる。一人で眠って、一人で起きる。大丈夫、それで上手くやれるはずだ。そう自分に言い聞かせた。