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旅立ち
作:あきくん


旅立ち

 日本人の青年が、散歩で神社に立ち寄った。それは何か理由があったわけではなく、ただ単になんとなく寄ってみただけである。だけど、ただそれだけの理由であっても人の行く道には関わってくる。彼の場合は出会いであった。
 青年は一の鳥居を抜ける。石段や石畳に落ちている落ち葉の感触を足で楽しみつつ、二の鳥居も抜ける。さらに先に進み三の鳥居を抜けると、御神木、社殿、狛犬、手水舎、その他の一般の神社にあるもの、そして神社ではあまり見かけることの無いうずくまっている少女が目に入ってきた。
「おや?」
 影が薄く、存在すらも危うい。
 青年は少女と目が合った。彼女の顔は病的に白く、体は細い。黒髪はつやがなく重く見える。見るからに重病人である。だとすれば、彼女が着ている白い服、寝間着は病院かどこかからか抜け出してきたということだろうか。青年はあまり関わりたいとは思はなかったが、これも何かの縁だろうと、
「こんにちは」
 と、少女に近づきながら挨拶をした。
「こんにちは・・・」
 答える声は弱々しい。何も無いのにうずくまっているはずも無く、少女には挨拶を交わす程度でもつらいのだろう、と感じさせる。
「どうしたの、大丈夫?」
「はい・・・」
 どこから出ているかわからないような声からは、とてもそうは見えない。これは放っておくわけにはいかないな。少女に肩を貸しやさしく境内のベンチに連れて行き座らせ、青年もその隣に腰をおろすことにした。
「すいません・・・」
「少し落ち着いていた方がいいよ」
 少女が落ち着くまで青年は周りを眺め、落ち着くとなんとなくで会話が始まった。
「あの・・・、神様っていると思いますか?」
 いきなりこんな話からである。
「うん。こういうところにいると、神様はいるっておもわない?」
 少女を見ずに自然に言葉が出た。
「よくわかりません・・・。わたし、それが知りたくて、抜け出してここにきたんです。大きな慈愛を持った神様が人間を見ている・・・、そう看護婦さんはよく言うんです。でも、だったらどうしてわたしは死ぬんですか・・・?」
「死ぬ・・・?」
 ここで少女の顔を見と、病的な幼い顔。抜け出してきたというのは病院だろうか。それとも一時帰宅中なのだろうか。もしそうだとしたら、少女が言っていることも重く聞こえる。
「はい・・・、わたしもうすぐ死にます。わかるんです。どうしてですか!わたし、まだやりたいこと在るんです。それなのに・・・なんて、わかってます。これはどうしようも無いんです。だけどそこから先は?」
 そう、少女にはわかっている。自分の死期が近いということも、そんなことを人に言っても何もならないことも。でも誰かに自分のことを知って欲しかった。自分の不安を聞いて欲しかった。そして、青年には自然にそれが出来た。
 青年には少女の言いたいことがなんとなくわかった。
「・・・。それでもいると思うな。なんて言ったらいいかわからないけど、やっぱりいるんだよ。ぼくはそう思うけど・・・」
「わたしは・・・、なんとなくならいるんだろうな、って思いますけど。いるならいるで怖いです。そんな大きな神様に連れて行かれるなんて・・・、しかもちゃんと信じてないと救ってくれないんでしょ?」
 青年は考える。この幼い体と心には死が近すぎる。さらに死を受け入れ、その先の救いを求めすぎる。だから神を絶対視しすぎて、自分を忘れている。自分の心を忘れている。
「・・・。ぼくは違うと思うな。神様だって笑ったり泣いたり怒ったりして、人間みたいだと思うな」
「えっ・・・」
「だいたい、絶対的だなんてキリスト教の神を連想して言ってるんだよ。ぼくはそうは思わない。それに“救ってくれる”なんて人間を下に見たような言い方、神様がするわけない。・・・だって、それじゃ面白くないだろ」
 少女は悲しそうな顔を見せる。彼女くらいの年の少女が見せるにはあまりにつらい表情で、それは青年の心をえぐっていくように悲しみを伝える。
「あなたは強いですね。わたしもそんな風に信じられたらいいのに・・・」
「少し違うんだよ・・・」
 そう、そもそも青年と少女は対等ではない。だから少し考えも違ってくる。
「そうなんですか?それじゃ・・・・くっ、そろそろ戻らないと・・・・」
 急に言葉がこらえるようなうめきに変わり、うずくまる。少女は自分を抱き、その青白い手が震える。それが手の震えなのか体の震えなのかはわからなかったが、青年はそれ以上に少女の心の震えを感じていた。
「だいじょうぶ!?」
 とっさに声をかけて肩を抱く。その痩せた小さい肩は冷たく、それがさらに青年には悲しかった。
「・・・ありがとうございます。あなたに会えてよかったです・・・」
 と、肩に感じる暖かさを惜しみつつ、少女は立ち上がり去っていく。
「あのっ。・・・また会えるかな。ぼくにどこまでできるかわからないけど、君の不安を何とかしたいんだ」
 青年は少女の笑顔が見たかった。それには後少し時間が欲しかった。
 少女は少し考えるそぶりを見せる。が、別に迷うことは無い。今は自分に正直に生きたい。
「・・・あしたここで」
「あっ、敬語は使わなくて良いよ」
 次の日、青年は上着を着て神社に向かった。
「遅いよ・・・」
 昨日と同じ格好の少女がいる。
「ごめん、待たせちゃったね」
「こないかと思った・・・」
 少女は敬語を使わない。これだけで二人の距離が縮まったように感じた。
「さっ、これを着て」
 上着を脱いで彼女の小さい肩にかける。手が肩に触れたとき、上着から温もりがつたわったとき、少女は青年を感じた。
「えっ・・・」
「寒いだろ?・・・座ろう」
 昨日のように二人で座り、二人で同じ空間に身をおいた。
「少し元気になったね」
 本当に少しだが。
「うん・・・。あれから考えたの。それで、あなたみたいに信じたいって思ったの。わたしがんばる・・・」
「ははっ。がんばって信じるようなことじゃないと思うけどね・・・。それに昨日も言ったけど少し違うんだよ」
「そうなの?」
 そうなの。と、青年は説明口調で話し始める。
「日本人は信仰心が無いって言われるけど、それは宗教的な意味での神への崇拝のことを外人が見て、外人の視点で考えて言ってるんだよ。だけど、日本人にとって神とは信じなければ存在しないものじゃなくて、あたりまえのように生活に溶け込んでいるもの。だから、神はいると思うかと聞かれたら、いると思うと答えるんだよ。それで信仰心が無いって言われるのは・・・」
「まって!よくわからないんだけど・・・」
 自分の混乱した顔を眺めてにやにやしている青年を見て、少女ははっとした。
「今のわざとでしょ?」
「うん。かわいかったよ?」
「もう・・・」
 顔を赤らめる少女に続ける。
「ふふっ、ごめん。つまり、信じる信じないじゃないってことだよ。なんとなくで良いんだよ。ぼくも信じてるっていうものじゃないし、君もなんとなくいると思う、って言ってただろ。同じだよ」
 これなら少女にもよくわかる。でもこれだと、
「簡単すぎないかな?」
「だから良いんだよ。深く考えなくても、人間っぽいやさしい神様もいるんだって思えばね。そのほうが、ぼくは絶対的な神より有りかなって、なんとなくだけど思うんだよ。それに・・・、やさしい人なら何も言わなくても来てくれるだろ?」
「そう・・・だね。なんかその方がしっくりくる、かな。わたし考えすぎてたのかな。死ぬことばかり考えていたから・・・」
「大丈夫だよ」
「そうかな?でも・・・、不安は減ったけど、まだ怖いよ・・・」
「それは、・・・。・・・ぼくにできることは?」
 それは、拭い去ることができない恐怖。死を目の前にした人間だけの漠然とした恐怖、不安。それは、他人にはどうすることもできないもの。他人にできることは・・・。
「そばにいて・・・」
 青年にできることと少女の求めること。それは同じ事だった。
「うん」
 そして、二人の距離は縮まった。
「今度はいつ会える?」
「またあした」
「毎日抜け出してきて大丈夫なの?」
「時間がないから・・・」
 そう言う少女はまだ悲しみがある。
 青年は、送っていく、とは言えない。少女もそれを望んではいない。彼らが逢うべき場所は、今はここしかない。
 次の日、前の日と同じ神社の同じベンチに同じ男女が並んで座っている。彼らは二言三言話しただけで、後は黙って座っていた。それにどんな意味があるのかは、周りの人間にはわからない。しかしそれは、彼らにとっては言葉以上の意味を持つ沈黙であることは間違いない。そのまま沈黙は続き、次に言葉が交わされたのは別れの挨拶だった。
「今度はいつ会える?」
「ん?・・・またあした」
 次の日、青年は早めに来た。
 少ししてから来た少女は、
「まさか!」
 見た目は昨日までと同じだが何かが違う。
「ううん。まだ大丈夫。体を忘れてきただけだから・・・。約束したから来たかったの。でも苦しくて動けなかった・・・。だから、だからがんばったの。・・・こんなわたしじゃいや?」
 そんなわけが無い。
「・・・君は君だよ」
「ありがと・・・。でももう会えないかもしれない・・・」
「えっ」
「あした手術なんだ」
「・・・」
「でも、多分無理。せっかくあなたに会えたのにね」
 そう微笑む少女が、青年には悲しかった。
「・・・今度はいつ会える?」
「わからない。わからないよ・・・・」
 無言で抱きしめる。青年にはそれしかできなかった。
「汚いよ。お風呂も入っていないし、髪の毛もべたべただし・・・」
 それでも抵抗するそぶりは見せない。少女は腕の中で泣いている。
「毎日来るよ。君のことが好きだから」
「わたしも。・・・まってて。あなたの言ったやさしくて暖かい人間くさい神様。本当にそんな神様だったらいいな。あなたのおかげで少し怖くなくなったよ」
 笑顔を見せて、消えていく。青年にはその笑顔が悲しかった。自分には彼女に笑顔を作らせることしか出来なかったのか。
 少女は青年のその顔を見て自然と顔が笑顔になった。青年からは見えなかったが・・・。
 次の日は雨だった。
 青年は神社にいる。
 少女はこない。
「今度はいつ会える・・・?」
 青年は聞いた。
 次の日、空は見事に晴れ渡った。
 来た。
 肌は白いが血色がいい。黒髪は、深い緑のようなつやがあり、よく風になびいている。そして今まで見たことのない、きれいな服を着ている。そんな昨日までとは別人のような少女を見て、彼は一瞬天を仰ぎ、そして少女を見つめた。
「もう良いの?」
「うん。もういいの・・・」
「・・・そうか」
 少女はスカートのすそを持ち上げ、くるっとまわってみせる。
「ほら、きれいでしょ。一番気に入ってた服なんだ。それにね。ようやくお風呂に入れてもらえたの」
 少女がまわると、髪もつられて動きまわり光を拡散させ、それはまるで少女自体がきらきらと輝いているように思わせた。
「うんきれいだよ」
「あなたのおかげだよ。私がこんなに明るくなれたのはね。ほんとはあなたとずっといっしょにいたい。けど、あまり時間が無いの。神様が待ってるから」
 抱きしめる。青年はそうしたかった。
 前は夢中でわからなかったが、今ではよくわかる。体に感じる以上に、自分は少女の想いを抱きしめているのだ、と。そして、
「今度はきれいでしょ?」
 少女が青年に応えているからこそ成せることなのだ、と。
「いつもきれいだよ」
「ほんとは怖かったんだ。死よりもあなたとの別れがね。だけどそれを隠したくて笑ってみたの。・・・それにあなたは気づいてくれた。わたし、うれしかった!」
 少女は悲しい顔から極上の笑顔へと表情を変えて青年を見る。
「ああっ・・・!」
 青年の目から涙があふれた。自分は彼女を笑顔にさせていたんだと。
「あなたにこの笑顔を見せたかったんだよ。・・・ありがと・・・」
 笑いながら涙を流し、それを隠すかのように青年にきつく抱きつき、彼も自分の涙を隠すかのように彼女を離さない。
「ぼくの方こそありがとう」
 そして、やさしそうなゆったりとした衣を来た女性に手を引かれて少女は消えていく。
 青年から女性の顔は見えないが、彼にはわかっている。やさしいに決まっている。
「今度はいつ会える?」
 いつもどおりの質問をする。
「いつでも。呼んでくれたらすぐ来るよ。・・・先ずはあしたかな」
 いつもどおり答える。
「またあしたね」
「うんまたあした」
 それから、その神社には若者と少女が、中年と少女が、老人と少女が、毎日のように会っては別れていた。毎日のように。
 そしてさいごの日が来た。
「待たせたね」
「うん。待ってた」
 老人が少女の手を握ると、初めて会ったときのように若い青年になった。
「これでずっと一緒にいられるね」
「うん」
「毎日会ってても、君との別れはつらかったよ」
「わたしも・・・」
「これからは“さよなら”は無しだよ」
「うん!」
 抱きしめ、その後手をつないで消えていく。
 青年が少女に先導されている。それは人間くさい微笑を浮かべた感情豊かなきれいな少女。
「ぼくの言ったとおりだったね」
   了


20070417
 最後まで読んでくださった方に感謝いたします。
 わたし個人の意見でなんですが、こういう話わりと好きなんです。ですからもっと書き直してもよかったのですが、違うものになりそうで怖かったのでやめておきました。
 恋の話なのに別のところに力が入っているような、そんな気がしないこともないです。ですがそれは仕様です。あくまでSF(少し不思議)を念頭に置いているためだと思われます。たぶん。
 感想を頂ければ幸いです。













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