『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、明日の朝日を拝める気がまったくしない』シリーズ
剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、隣の帝国の美人な皇女様と戦いはやめようねって約束したら、みんながやる気満々で同じ王国諸侯相手に戦争始めたんですが……
※本作は短編連作『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、明日の朝日を拝める気がまったくしない』シリーズの四作目にあたります。
前三作を先に読むことを推奨します。
「坊ちゃま、今日も攻め落とせそうにありませんな」
「あ、うん。そうだね」
皆さんお元気ですか?
何がどうなっているのかさっぱり分からないアランさんです。
一ヵ月くらい前に、お隣の帝国の皇女様一行と楽しくお食事会をして、争いをやめようねって約束したんだよ。
で、今は俺たちと同じく王国に仕えてるはずの諸侯の拠点に、お父様のお仲間さんたちを引き連れて攻め込んでいる。この場に居ない人たちも、何か別の拠点を攻め落としてからみんな合流するらしい。
ついでに言えば、小さな山を丸ごと要塞化した拠点相手に攻めては跳ね返されるのを毎日見てるだけのつまらないお仕事を毎日してる。
『争いやめよう』って、王国を裏切って帝国側につけってことだったの?
てか、みんな簡単に乗りすぎだろ。ウチのお父様の派閥、どんだけ国に不満溜めてんだよ。
「我らの引き受ける北門だけでなく、他の攻め口もまったく成果が上がっておりません。何か策を――坊ちゃま、どうなさいました?」
「いや、天幕に戻る。日も暮れそうだし、俺が居てもどうしようもないし」
座ってたって、戦争のことはさっぱりだし。しかも、何日も座り続けて飽きたし疲れた。
じいやを含めた、この場の偉い人たちが何とかしてくれるだろ。
そんな訳で、現在、深夜である。
どんな訳かと言えば、兵士相手の娼婦を探すために陣内を歩き回っているのだ。
俺だって、二ヵ月間おっさんの顔しか見れなかったラウジッツ城攻めの反省をして、そういう目的の女性を三人ばかり連れてきている。
三人とも美人だし文句はないんだけど、こう、ごちそうばかり出されても、たまにはジャンクフードを食べたくもなるだろ?
そんな気分の俺は、ちやほやされるために完全武装した上、元帥の証だ、とか言ってもらった赤マントを羽織ってるんだけど……。
「ここ、どこ……?」
うん。森の中で、完全に迷った。
ラウジッツ城の時にじいやに見つかったから、今度こそ目的を果たすために完璧な脱走経路を見つけ出したはずなんだけど、どうしてこうなったのか。
やっぱり、目立つ危険があっても何か偉い称号だかを持ってる証明になるらしいと聞かされた赤マントをつけていって自慢するか考える時間で、もっとしっかり計画を見直すべきだったんだろうか。
そうしていると、近くからガサゴソと物音が。
すわ野生動物か、と構えて見れば。
「うん?」
「おう?」
そこには、鎧を着た兵士が何人も、ぞろぞろと。
「マズい、見つかったぞ! 部隊にまで知らされる前に殺せ!」
何か、剣を抜いてザクッと……。
「されてたまるかぁ!?」
「待て! 逃げるな!」
武器持って襲い掛かってきたヤツに待てって言われて、待つわけねえよ!
とにかく、一人で何人も相手にするとかない!
後ろ向いて全力で走り、どっかに引っかかったんだか掴まれったんだかした赤マントも脱ぎ捨て、とにかく森の中を駆け回る!
転生するときに特に出会わなかった神様! 死にたくない! 助けて!
「部隊長、昨夜失敗した夜襲について、一つご報告したいことが」
籠城側部隊、北門守備隊司令部を取りまとめる男のところに、そう言って部下が現れる。
「何事だ?」
「実は、夜襲部隊がこのようなものを持ち帰っておりまして」
部隊長が渡されたのは、大きな赤い布のような物。
「……これは、元帥にのみ渡される赤マントか」
「何でも、夜襲が気付かれるきっかけとなった、一人で森の中に居た敵の男が身に着けていたそうです。男には逃げられましたが、これだけ確保したと」
そう伝えた男も、伝えられた男も、難しい顔で考え込む。
確かに、目の前の敵部隊の指揮官は若くして元帥に叙せられた天才ではある。
だが、そんな男がたった一人で、森の中をうろついていた理由なんてあるのだろうか?
そんな疑問が消えないのだ。
「まあ、いい。その男があの『師子王の爪牙』本人だろうとそうでなかろうと、このマントがここにある事実は変わらない。司令部の目の前にでも、棒にくくりつけておいといてやれ。ここの高さなら、下からよく見えるだろうからな。自分たちの指揮官の名誉の証を奪われたとあれば、士気の一つも落ちるかもしれん」
「ミルナー殿。アランさまの行方に、本当に心当たりはないのか?」
「うむ……ない」
北門攻城部隊は、日の出と共に大混乱だった。
何せ、指揮官が忽然と姿を消したのだから。
アランにじいやと呼ばれていた守り役のミルナーは少し迷い、心当たりはないと答えた。
ふと、ラウジッツ城攻略戦の際、アランが娼婦を探し求めて抜け出そうとしたことが思い出されて言葉に詰まったが、今回のアランは三人も女を連れ込んでいるのだ。今回はないだろうと、思考の外に追い出す。
「しかし、天幕に争った形跡はないのだろう? アランさま自身の意思で出ていったのか?」
「マントをこれ見よがしに見せるだけで、特に交渉を仕掛けてくる様子もない。アランさまが生きているにしろ死んでいるにしろ、身柄を押さえているなら、何か言ってくるのが普通ではないか?」
「昨夜の夜襲騒動に巻き込まれたなら戻ってくるはずだし、戻れない状態なら広域に放っている捜索に掛からない訳がない。何か狙いがあるなら我らにお命じになれば良いのであって、一人で身を隠す理由がないではないか」
そうして口々に疑問が飛び出し答えが出ない中、とある比較的若い男の言葉が場の空気を変えた。
「もしや、アランさまは、あのマントのところに居るのでは?」
一気に空気が凍る。
正面から殴り込むのは不可能として、あの堅城に忍び込んで、おそらくは北門の守備司令部があるだろう場所を制圧した? たった一人で?
「……あの方なら、ありうる」
誰がつぶやいたかも分からないこの言葉が、この場の総意だった。
それほどまでに、若くして元帥に叙せられた『獅子王の爪牙』が残してきた結果は、常識外れのものばかりだった。
これならば疑問のすべてが解決すると、誰もが納得してしまったほどに。
「だとすると、マズいのではないか?」
「ああ。指揮官を最前線に置いて我らがこんなところで足踏みするなど、恥どころではない!」
「急げ! 元帥閣下のところへ!」
一晩中森の中を走り続けた俺は、昼前になってやっと陣地へと帰ってきた。
「なのに、なんで司令部が空っぽなんですかねぇ……」
じいやにお説教されるの覚悟して帰ってみれば、どうしてこんなことになってるのか。
どうしようか考えていると、聞こえる戦闘音に、近づけば打ち破られた城門。
「え? 俺の居ない間に、色々と終わっちゃった?」
いやー、ありがたい限りだ。
これで、一日中イスに座ってるだけの仕事から解放されるのか。
とりあえず、じいやを探そう。
遅くなればなるほど、お説教もきつくなるだろうしなぁ……。
で、どこに居るか分からないので、とにかく前に行く。
破られた城門に入って、城の中を進んで、兵士たちが喜ぶ中をトコトコ登っていく。
「坊ちゃま!」
「じいや……」
ついにお説教かと陰鬱な気分でいると、何かじいやが上機嫌なんだけど。
しかも、後ろに部隊の幹部連中もぞろぞろやってくるし。
え? ちょっと迷子になっただけで、ちょっと大げさすぎません?
「やはりここに居らっしゃいましたか! まったく、一言声を掛けていただければよろしかったのに」
「いや、ねえよ」
女買いに行きます、とか言ったら、絶対にお説教喰らって終わるじゃねえか。
「むぅ……こちらも心配してしまいます。どうか、次回からは我らを信じて、お願いいたします」
「え? あ、うん」
頭まで下げるの……?
いや、結果が見えてるのに、絶対に女買いに行くとか申告しないけどね。
歴史書『獅子王戦記』より、『バルセルク要塞攻防戦』の章から抜粋
帝国の後継者争いに、王国の実権争い。
帝国の皇女エレーナと不可侵条約を結んだアランは、王都にて身柄を押さえられた父の派閥に属する諸侯に号令をかけ、王都への進軍を開始する。
不可侵条約は一時のもの。互いに国内の戦いが終わるまでのものである。
戦後を見据えるなら、一刻も早く国内をまとめ、相手に対して先手を取らねばならぬ。
それが、帝国の『聖女』と王国の『獅子王の爪牙』の共通認識であった。
「ぬう。今日もバルセルク要塞は落ちませぬな……」
そんな守り役の言葉に、爪牙は答えぬ。
ただ、黙して去りゆく。
「坊ちゃま、何ごとにございますか?」
「ここに居ても何もならぬ。一度天幕に戻る」
もうすぐ日が暮れ、今日の戦いは終わる。
その状況で、守り役の老人は特に引き止めることもなかった。
その選択を、翌朝後悔することとなる。
「元帥閣下が行方不明だと!?」
陣内に少なくない混乱が広がる。
しかしそのとき、一人が気付く。
「あれは! 敵の北門を守る司令部に翻る赤は、元帥のものではないか!?」
言われてみれば、間違いなく元帥の証たるマントである。
「おお! 元帥閣下はあそこにいらっしゃるか!」
「なんと! たったの一人で敵の前線司令部を一つ落としたと!?」
「急げ! 元帥閣下に続くのだ!」
置いていかれまいと、全軍での総攻撃が開始される。
昨日までの苦戦が嘘のように、攻め上がっていった。
地形頼りで敵兵自身の練度や士気は高くなく、その上、彼らに指示を出すべき前線司令部はすでにないのだ。
当然の帰結であった。
「ああ、遅かったではないか」
敵が北門を守るために前線司令部を置いていたはずのところには、一人の若者が居た。
たった一人で堅城に忍び込み、目だった傷一つなく橋頭堡を得てみせた爪牙である。
「どうして我らに一言もなかったのでしょうか。せめて、事前に一言いただきたく思います」
「いや、ないな」
当然のように返される答えに、言葉を掛けた守り役の老兵は悟る。
彼の天才にとって、今回、我々は足手まといだったのだ。
現に、十日以上も苦戦して何も得られなかったのに対し、彼はたった一人で結果を出して見せたではないか。
「それでも、次は一言いただきたく。我らも、坊ちゃまのことが心配なのです」
「うむ、そうだな……」
そのどこか気の抜けた答えに、次も、必要がないと判断すれば教えてはもらえぬのだろうと守り役は理解する。
なればこそ、目の前の若者にとって、頼りがいのある存在にならねばならぬ。例え、この年老いた身には無理でも、誰かがその地位につかねばならぬ。
そして、現時点でも候補は幾人か居るものの、いずれ、などと悠長なことを言っている場合ではないのだ。
老兵の覚悟は定まった。
真実を知る守備側の人たちは、後に城を枕に全員討ち死にだからね。後世の伝わり方も仕方ないね。
※本作のアラン君の伝説の結果、長編版でそろそろ出番に向けてのアップを開始した非転生者アラン君は、『条件が合えば堅城に単身忍び込んで一暴れして生還できる』スペックを持つことになりました。