9月19日 ミッドチルダ東部 森林地帯
鬱蒼と生い茂る森。そこを抜けた先、僅かに開けた場所にそれは有った。
綿密に張り巡らされた認識妨害魔法。只人には視認できない様に偽装されたその入り口。
壁に人1人が入れるかどうか、と言った様な裂け目が奔っている。
仮にこの裂け目を見た所で、まず気付きはしないだろう。
ここが、次元世界に広く指名手配された天才のアジトだ、等と。
「…ここが報告の有った洞穴、か。成程。周囲に散らばるガジェットの残骸。これほど分かりやすい目印もそうは無い、か」
「気を付けて下さい。此処は既に奴等の監視下に有る可能性が高いです」
その前に立つ2人の人影。
1人は白銀の鎧に身を包んだ御剣。もう1人はフェイト。
あの後、御剣達は3手に分かれた。スカリエッティのアジトに乗り込む役、ゆりかごに向かう役、市街地を守る役。
誰がどの役を選ぶかはすぐに決まった。
御剣はティアナを救う為にアジトへ。市街地守護は原口が最適任。そしてガジェットが大量に出て来る事が予想される為、黒峰がゆりかごへ。
「分かっているよ。さて、では行くとしようか」
「ま、待って下さい。御剣さん、そのバリアジャケットまだ慣れて無いんでしょう?そんなに突っ込んで行ったら」
そう。いつもと変わらぬ姿の御剣だったが、その鎧には…神秘が感じられなかった。
それもそのはず。今御剣が身につけているのはバリアジャケット。
単体での防御能力が低い為、御剣は普段鎧を纏っていたが、能力が封じられてはそれを補う事もままならない。
その為に、御剣は一度『無銘』をマリーに預け、オミットしていたバリアジャケット構築プログラムを組み込んで貰っていた。
「問題無い。どうも、奴は私に会いたがっている様だ。私が奴の眼前に立つまでは、妨害もそうは無いだろう」
「ど、どう言う事ですか!?」
「本当に会いたいかどうかは別としてもな。ティアを浚った事、さ。
仮にティアが私を此処に誘き寄せる為の罠だったとして、こんな入り口で妨害しても仕方が無い。
もっと奥深く。仕掛けて来るとすれば、そうそう地上に戻れなくなった辺りだろう。
となると、警戒すべきは分断策か。あまり私から離れるなよ、フェイト」
そう言うと御剣は奥へ奥へと進んでゆく。
フェイトは溜息を吐きつつ、その背を慌てながらも追った。
洞窟そのままだったのは入ってから10m程の所まで。そこから先はパイプや床のタイル、そして僅かではあるが薄暗い照明等、明らかに人の手が入っている事を示していた。
が、センサー類も見当たらない上、これだけ堂々と侵入しているにも関わらず、警報すら鳴りはしない。
「…本当に何も有りませんね」
「その様だ。居留守か? まぁ、私達が侵入しているのはばれているだろう。
…と。さて、分断策、その1、か」
御剣の声にフェイトが薄暗い通路先を見つめる。
そこに有ったのは2又に分かれた道。どちらか片方が当たりで、もう片方は何処とも知れない場所に繋がっているか、罠が仕掛けられている、と言った所だろう。
「ふむ、ではこちらだ」
が、御剣はまるで迷うことなく片側の道を選ぶと進んでゆく。
フェイトもその後を慌てて追えば、背後で物音がしたかと思うと、シャッターの様な物が降り、完全に出口を塞いでしまった。
「み、御剣さん! こっちが罠だったんじゃ…!」
「それは無い。私の直感がこちらだと告げている」
「直感って…! 御剣さん、今は能力が使えないんじゃ!?」
「使えないのは武装を呼び出す事だけだ。第一、完全に能力が失われているならば、私からは魔力が消失する筈だしな」
そう言うと御剣は先へ先へと進んでゆく。その足取りは一定ではあったが、やや速足。
ふと、フェイトもそれに気付く。いつもならば相手に歩幅を合わせる御剣が、これほどにまで急ぐ理由。
「…」
「…」
ふと、無言になる。響くのは御剣の具足が立てるカチャカチャと言う音と、床を踏む甲高い音だけ。
幾つかの分かれ道を過ぎて暫くすると、ついにやや開けた場所に出た。
今までとは違い、壁にも土は露出しておらず、完全に金属で固められている。
「…当たりの様だな」
「ですね」
それだけの会話を交わすと、再び御剣とフェイトは無言で進む。
いつ周囲からの襲撃が来ても良い様に備え、警戒は怠らない。
が、それさえも杞憂だったかの様に、結局一切の妨害の無いまま、御剣達は3mは有ろうかと言う巨大な鉄門の前までたどり着いた。
「さて、と」
そう呟いた御剣の手に握られているのは『無銘』の長剣。
どうする心算なのかとフェイトがいぶかしんでいると、御剣はソレを大上段に構え、魔力刃を展開させた。
と、同時に。御剣の体が淡く光る。それは威光。それは圧力。それは御剣からあふれ出た魔力だった。
それらがそのまま長剣に流れ込む。
長剣は魔力を吸い上げ、その力を使役者の望むカタチへと変えて行く。
そして、魔力刃も変質を始める。綺麗に整えられた濃い藍色の刃、それが今や雷光を放つ漆黒の刃へと変わっていた。
御剣はそれを再度大上段に振り被り、袈裟切り、返す刀で逆袈裟に鉄門を切り裂く。
大きく×の字に切り裂かれた鉄門は、軋みを上げ、ゆっくりと倒れて行く。
果たして、その向こうには1人の女性の影が有った。
ウェーブで紫がかった銀髪に、金色の瞳。制服の様な物を着た、秘書の様な印象を与える女性。
「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ。ドクターがお待ちです」
それだけを告げると、彼女は背を向け歩きだした。
ナンバーズNo.1、ウーノ。ナンバーズ最古参にして、スカリエッティの秘書。
彼女が現れた事に御剣は驚きつつも、その後について行く。
「み、御剣さん、そんな簡単に付いて行って良いんですか? 罠かもしれませんというか罠ですよ」
「問題無い。私にとって懸念だったのはスカリエッティと接触できない事、だったからな。
願ったり叶ったり、と言う所だ」
「そのスカリエッティの所に連れて行くって言うのが嘘だったら…いえ、もう良いです…」
何を言おうが歩みを止めない御剣に、諦めた様に溜息を吐くフェイト。
そのまま暫し歩き続ける事数分。更に開けた場所に、その男は立っていた。
「久しぶり、と言うのもおかしな話だが…健勝そうで何よりだよ。御剣 仁特別提督補佐」
闇の中から現れたのは、青み掛かった髪に、ややこけた頬、そして白衣を纏っている男だった。
先に上げた、どの特徴より何よりも印象的なのは、その目。
淀んだ泥濘の様でも有り、純真な子どもの様な輝きも持っている様な目。
「そちらも、ますます天才振りに磨きが掛かっている様だな。Dr.ジェイル・スカリエッティ」
「いやいや。それほどでもないさ。これでも苦手なものはいくらでもあるよ。例えば、人心掌握とかね。
君たちを引き込めなかった事は、実に痛い失敗だった」
「これでも私は出無精でね。あの店に居る時が一番落ち着くのだよ」
「おや。そう言いつつも管理局には手を貸すのだね。君ほどの者が」
「私は管理局に手を貸した覚えなど無いよ。私が手を貸しているのは私の身内だけだ。他の者など知った事か」
「フフフ…」
「くっくっく…」
ひとしきり言葉を交わしたかと思えば、何かを分かり合った様に笑いあう2人。
見様によっては、旧来の友人との会話にも取れる両者のやり取りに、慌てた様にフェイトが口を挟む
「み、御剣さん!? 奴と知り合いだったんですか!!?」
「以前、あちらからコンタクトを取って来てね。協力して欲しい、と。
まぁ、その時素気無く断った程度の仲さ」
が、その返答を聞き、ほっとした表情を浮かべたのも束の間。
険しい顔でフェイトはスカリエッティに向き直り、デバイスを突き付ける。
「ジェイル・スカリエッティ!!! 世界規模テロリズム、違法医学の実行、その他多数の罪状で貴方を拘束します!!!」
「ふむ。こういう時、何と言うのだったかね。あぁ、そうそう。こうか。
だが断る」
どこかで聞いた様な台詞をスカリエッティが吐くと同時、空間に歪みが生じた。
波紋の様に広がったその歪みは瞬く間に通路を満たす。
「…む?」
御剣の長剣に展開されていた魔力刃が一瞬揺らいだかと思えば、霞の様に掻き消えた。
それだけでは無い。フェイトのバリアジャケット、そのコート部分の端、スカートの裾辺りまで影響が出始めた。御剣の鎧も先端部が尖った、即ち薄い部分から徐々に薄れ消えて行く。
魔導生成物質で構成されたバリアジャケットにまでも影響を与える程のAMF。
それが今までのAMFとは一線を画している事は明らかだった。
「A・AMF、とでも言うべきかな。
完全魔力遮断空間。その中に於いて、君達魔導師の行動は著しく制限される。故に」
スカリエッティはそう言いつつ、指を一度鳴らす。
その音を合図に、通路の至る所からガジェット達が現れた。壱型と参型のみではあるが、その数およそ50。
「普段ならば何と言う事も無いだろう? さぁ、頑張ってくれたまえ」
そして、スカリエッティの指がもう一度高らかに鳴り響いた。
弾かれた様に御剣達に襲いかかるガジェット達。そのケーブルで以て、フェイトの前に立っていた御剣を絡め取らんとし――
「嘗めているのか貴様」
――その胴体を御剣の手刀で断ち割られた。
長剣を手放した御剣は正しく無手。スカリエッティが先程言った様に、今現在この通路では魔力の存在は許されない。
それは即ち、御剣はその膂力のみを用いて金属で構成されたガジェットを破壊した事を示していた。
「ふん。自信満々に語り始めるから、何か有るとは思っていたが…この程度か」
そう言いつつ、御剣の攻撃は止みはしない。
その身一つを用い、次々とガジェット達を破壊して行く。
御剣が手刀を放てば、先程の再現の様にガジェットは断ち割られ、続け様に放たれた足刀でまた別のガジェットが砕かれる。
そして更には抜き手で貫いた参型に更にもう片方の手を突き刺すと、そのまま割り広げ真っ二つに引き裂いた。
踊る様に、舞う様に。御剣の身が通り抜けた端から、残骸の山が積み上がって行く。
ガジェットが身を守らんと展開したシールドさえ何する物ぞ。まるで障子紙の様に引き裂かれ、数瞬後にはその骸を晒す事となる。
人の身に有るまじき暴虐の嵐に、スカリエッティだけでなくフェイトも目を見張る。
と、フェイトも我を取り戻すと、スカリエッティの元に駆け寄った。例え魔法が使えずとも、デバイスは変わらずそこに有る。
ミッドチルダ式の魔導師では珍しく格闘も可能なフェイトならば、戦闘継続は可能だった。
だが、目前まで迫った所でスカリエッティの背後から2つの影が踊り出て、フェイトに襲いかかる。
片方の影はその手に持った巨大なブーメランで斬りかかり、もう片方の影はその腕から生えたエネルギー翼で斬りかかる。
いずれも第一線級のベルカ騎士の一撃に勝るとも劣りはしない。
普段ならば受け止められて当然のその攻撃を、フェイトはまともに受けてしまった。
高い耐衝撃機能を持つバリアジャケットも、この空間内ではただの衣服同然。
弾き飛ばされ、背中を強く打ちつけたフェイトの動きは一瞬止まる。
そこへ奔ったのは数本の糸。赤黒い色をしたそれは瞬く間にフェイトを絡め取ると、その場に縛り付け拘束してしまった。糸の出所はスカリエッティ、その左手に装備された手袋の様な物。
「さて、そこまでだよ。御剣特別提督補佐」
その声に御剣は反応して振り向く。
だが、それまでにガジェットの群れは軒並み破壊され、その残骸を御剣の足元に晒していた。
「…人質、とでも言いたいのかね?」
「端的に言ってしまえばそうだね。そして…」
御剣の台詞を受け、スカリエッティが腕を一振りすると、投影モニターが浮かぶ。
そこに映っているのは…独房に閉じ込められたティアナだった。
御剣の表情に変化は見られない。それは予想できたことでも有ったし、ここで持ち出されるであろう事も含めて予想の範疇だった。
「…分かるね。御剣特別提督補佐。君達は此処に足を踏み入れた時点で敗北しているのだよ。
君が如何に強い力を持とうと、その心は人間だ。さて、君はこの2人を見捨てられるかな?」
「…今日日、その辺の三下でも言わない様な台詞を聞く事になろうとはね。
で? 要求は何かね、誘拐犯?」
「話をしよう」
「…話だと? 時間稼ぎの心算か?」
「いや。以前に聞き忘れた事が有ってね。それに答えて貰いたいだけさ」
呆れた様な半目を正すと、御剣は改めてスカリエッティに向き直る。
「…良いだろう。では、問うが良い。私に答えられる事なら答えてやろう。ジェイル・スカリエッティ」
「感謝するよ。では問おう。君は…君達は何故人の枠に居るのだね」
「…質問の意味が良く分からないのだが」
が、その台詞を聞くと同時に御剣の目は薄まり、再び半目になった。
それに構う事無く、スカリエッティは続ける。
「君達は明らかに人を超越している。先程の戦闘とも言えぬ殲滅。それ一つ取っても、君達は異常だ。
だからこそ疑問に思う。君達は、何故人の柵に自ら囚われる。それだけの力が、能力が有りながら!」
「…聞きたい事はそれだけかね?」
「そうだ」
「成程。ジェイル・スカリエッティ。私は君に関しての評価を少々修正する必要があるね。
私は過ちを認めた場合、前言を撤回する主義なのだが、今ここで行っても良いかね?」
「どうぞ?」
「暗愚が」
端的に、しかしその中に明らかな侮蔑の感情を込め、御剣は言い放つ。
「…で、私の質問には答えて貰えるのかね?」
「あぁ、そちらは問題無く答えてやろう。単純な事だ。たった1つのシンプルな答えだ。
先程貴様が言った通りだ。私は人間だからだよ」
「…何?」
「何か大層な理由でも有ると思っていたかね?ならば、それは期待外れだったな。
私は人として生を得た。少々の手違いは有ったが、今も変わらずこの身は人だ。
…まぁ、正直な所ギリギリだという自覚はあるがね」
そして、御剣は歩を進める。
その視線は揺るぎ無く、真っ向からスカリエッティと睨み合いながら。
「ヒトとして生まれたから、ヒトの枠に収まり暮らす。何か、問題が有るかね?」
「…正直に言わせてもらえれば…失望したよ。御剣特別提督補佐。
その力さえあれば、この世さえ統べる事も可能な男が…その程度とはね」
「この世? そんな物に興味は無い。面倒くさいだけだろう。
私には私の世界で全てが事足りる。それ以上など望まないだけさ」
「…やはり、私と君は相容れないね」
「当然だ。無限の欲望たる貴様と違って私は謙虚なのでね。身の程を知っているのさ」
さて、と呟き御剣は歩を止める。視線の先には立ち塞がる2人のナンバーズ。
大型のブーメランを構えたナンバーズNo.7セッテ、その四肢にエネルギー翼を展開したナンバーズNo.3トーレ。
「怪我をしたくなければ退くが良い。」
2人の戦闘機人は御剣の言に耳など貸さず、それぞれの装備で御剣に襲いかかる。
先行したトーレの紫電が如き一閃を御剣が首を傾けかわした所に、セッテのブーメランが迫る。
そして御剣の背後では、トーレが振り向かず、しかし正確無比に鋏討ちにすべく足刀を放った。
ブーメランは首を、足刀は胴を。いずれか片方だけでも並みの人間には致命傷だろう。
だが――
「「!!?」」
――ここに立つ男は間違っても並みの人間などでは無い。
あろう事か、ブーメランも、足刀も、その両の手で以て抓む様に、軽く指先で挟むだけで止めてしまった。
そして御剣はそのままその場で一回転。セッテは咄嗟にブーメランを手放したが、足を掴まれたままのトーレは地面に叩きつけられる。
「がっ!?」
そして、そら、という気軽な声が聞こえると共に、セッテの眼前にトーレの背が文字通りに飛び込んでくる。
セッテは咄嗟に受け止め足を踏ん張るも、勢いは殺し切れず、通路の壁にそのまま叩きつけられてしまった。
「さて、私もそこまで鬼では無い。今すぐフェイトを解放してティアを返すなら、腕か足の2、3本で済ませてやろう」
「おや、随分と甘い事だね。話に聞いていた限りでは、私はこの場で殺されてもおかしくは無い筈だが」
「この件が早々に片付くに越した事は無いのでね。それと、流石に許可なく死人を出すと後が面倒だ。
あくまでも貴様の身柄は拘束せねば、私がここに居る大義名分が通らんのでな」
そう言いながら、御剣は歩みを止めない。
手放していた長剣を拾い上げると、そのまま一直線にスカリエッティの元に向かって行く。
「かかったね」
「む?」
瞬間、御剣の周囲を硬質な輝きを放つ光の膜が囲う。
咄嗟に御剣もその手に握る長剣を振るも、一切の手応え無く長剣は振り切られる。
しかし、光の膜を越えた筈の長剣はスカリエッティに届く事無く、まるで消えてしまったかの様に空を切る。
「これは…」
「まさかとは思うけれど、私がなんの対策も無しに君をここに招き入れるとでも思っていたのかね?
君なら既に察しは付いているだろう?」
「結界…否、位相をずらす事による空間断絶。原口の能力…その一端か」
「正解。いやはや、やはり一目瞭然かね。
そう。君の友人である彼の力をヒントに、簡易的ではあるが時空操作を可能とした、と言う訳さ。
驚いたかね?」
そうスカリエッティは気軽に言うが、事はそれほど単純では無い。
位相をずらした空間を作り出す、と言うのは口で言う程簡単な事では無いのだ。
よほど強力な結界、それこそ世界に匹敵する程の物で無ければたちまちのうちに位相は修正されて立ち消えるだろう。
「妙な自身の元はコレか。さて、私もここまで意見を二転三転させるのは初めてだよ。
流石は天才と呼ばれる程の事はある、か。しかし、この程度で私が留め置ける、と?」
「当然さ。何故なら今の君ではそこから抜けられないからね。
力を削がれているのだろう?」
にやり、と言う擬音が良く似合う程に歪むスカリエッティの顔。
対する御剣は溜息を1つ吐くと口を開いた。
「一応部外秘だったのだが。聖王教会直営の病院にまで耳が有るとは羨ましい事だね」
「お褒めに預かり光栄だよ。さて、では私と共に見届けようではないか。
新たな秩序の創造を。何者にも妨げられることの無い楽園の創造を!!!」
「御剣さん!!!」
フェイトの悲痛な声が響く。
普段の御剣ならばともかく、能力を大きく制限されている今の状態では果たして脱出が叶うのか。
が、そんなフェイトの疑念など何のその、と言わんばかりに御剣の表情は涼しげだった。
「…随分と余裕だね。いくら君とて飲まず食わずではいずれ耐え切れないだろうに」
「さて、どうやら私達の間には見解の相違が有るようだな。
もう一度言ってやろう。この程度で私が留め置けると本気で思っているのかね?」
「何を言って…」
「まさかとは思うが、私が何の対策も無しに敵の懐に飛び込むとでも思っていたのか?」
「何?」
「それほど難しい事でも無い。鞘に収まったまま切れる剣など存在しない、と言う事だ」
御剣はその胸を右手で軽く叩く。と、そこに変化が現れた。
御剣の胸の前の空間が一瞬揺らぐと、現れたのは青銅製の柄。
御剣はそれを掴む。と、凄まじいまでの雷光が奔り、御剣の顔が苦痛に歪む。
まるでその柄が御剣から離れることを拒む様に。一体となった物が引き裂かれる事を拒む様に。
しかし、数秒の後、その柄は引き抜かれた。
そこに握られていたのは紛う事無き『剣軍師団』。
御剣と言う鞘から抜き放たれた、原初にして終焉の剣は御剣が手を放すとすぐさま掻き消える。
代わりに御剣の手に収まるのは、刀身の部分が3つの円筒の重なった形の剣。
その表面には楔に似た文様が刻まれていた。
その円筒が唸りを上げて回転を始める。
回転は加速を続け、遠心力を加え、剣の威力をさらに高めていた。
回転した接続部分から漏れ出してくる膨大な魔力。
円筒は回転数を高め、人知を超えた烈風を巻き起こす。
極限を超えて高まった風圧は、世界をも切断する刃となって乖離剣から噴出していった。
「『天地乖離す開闢の星』!!!」
そして、御剣が腕を振り抜くと同時に世界が割れた。と同時に通路の四方が爆発した。
それと同時に、御剣とスカリエッティを隔てる光膜は跡形も無く砕け散り雲散霧消する。
それが有った事を示すのは乖離剣の余波で吹き荒れる旋風のみ。
さて、と呟きつつ御剣は指弾を1つ。
その音と共に現れた剣達に依って、フェイトを縛っていた魔力糸は1本残らず断ち切れてしまった。
「さてフェイト、私は少々やる事が有るのでこの場は任せるぞ」
「…はい」
「気負うな。お前なら問題など無いさ。さっさと終わらせてしまえ」
それだけ言うと御剣は踵を返す。さもここに最早用は無い、と言わんばかりに。
「何処へ行こうと言うのかね?」
「ティアが居ないこんな場所に、最早用など無いからな」
「…何故ここに居ないと断言できるのかな?」
「その発言はここにティアが居ないと言っているも同然なのだがな。
強いて言うならば…直感だ」
御剣はそれだけ言うと、スカリエッティから完全に背を向けて歩き出す。
と、そこへトーレとセッテが襲いかかる。
先程通路の壁に叩きつけられた影響は毛ほども見られず、完全に背を向けてしまった御剣を不意討つには十分。
「フェイト」
「はい」
…それは、この場に居るのが御剣一人であったならば、の話ではあるが。
トーレの拳もセッテのブーメランも、纏めてフェイトのバルディッシュに受け止められる。
「やれやれ、仮にも私は今回の主犯格だよ? それを捕えるのはやはり君の様な存在では無くては舞台が盛り上がらないだろうに。
そうは考えないのかね? 御剣特別提督補佐?」
「全く。小指の甘皮程にも思わんね。適材適所と言う言葉を知っているか?
犯罪者を捕えるのは」
「執務官の仕事です」
御剣の台詞を受け継ぐ様に、フェイトはそう口にする。
と同時に流れる様にデバイスを繰り、トーレとセッテを纏めて地面に叩き付けた。
当然、戦闘機人がその程度のダメージで行動不能になる事は無く、すぐさま体勢を立て直すと、両者共にフェイトに襲いかかる。
「バルディッシュ、グレイヴフォーム」
「Yes,sir」
フェイトの言葉に従い、バルディッシュがその姿を斧から長刀へと変えた。
トーレの高速の拳撃、セッテのブーメランによる痛打、そのどちらもフェイトのバルディッシュが防ぎ、受け流す。
当然、フェイトもただ防ぐだけでは無い。2人の攻撃の隙をつき、柄、刃部、石突での打撃を的確に急所に打ち込んで行く。
数分と経たない内に、片膝を付いて肩で息をするトーレ、セッテと、それを悠然と見るフェイト、と言う構図ができあがった。
「魔導師が…魔法を封じられた魔導師に何故私達が」
「経験の差です」
フェイトはそれだけ言い放つと∞を描く様にトーレとセッテの顎先を打ち抜く。
戦闘機人と言えど、脳を揺らされては流石に成す術は無く、その場に倒れ伏し動かなくなった。
「…」
「と、言う訳だ。Dr.ジェイル・スカリエッティ。私はもうここに要らないから別の場所に行く。
何か間違ったかね?」
御剣はそれだけ言うと今度は本当に立ち去ってしまった。
御剣が消えた通路から断続的な爆発音が聞こえる。スカリエッティが発動させたトラップ、シャッター、ガジェットと言った妨害を一蹴して御剣は地上へと向かって行く。
「広域指定次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。
世界規模テロリズム、違法医学の実行、その他多数の罪状で貴方を拘束します」
その音をBGMに、フェイトは再度告げた。
あとがき(と言う名の言い訳):大変遅くなりました。10章3話、ようやくお届け出来ました。
御剣とスカリエッティの対話シーン。
正直今回こんなに遅くなったのはここの所為だったり。
ここのシーンへの持って行き方が…フェイトがアホの子か咬ませチックに…いつもの事ながら要反省。
御剣の根底には、人は1人では生きられない、と言う思想が有ります。
それは最強クラスと言う自負を持つ御剣自身とて例外では無く、御剣は誰かとの繋がりをかなり重視します。
少し言葉を交わしただけのはやてに関わった事、ティーダの妹であるティアナを育てた事はその辺に起因しています。
あっさり復活御剣の能力。
元々対して引っ張る気も無かったので、早々に復活して貰いました。
ですが、作中でやらかしたように、あの状態でもガジェット程度歯牙にも掛けていません。
御剣と言う鞘に入ったままの剣軍師団を振りまわしている様なものなので、その力は絶大。
回復に時間が掛かっていたのは、御剣の体が剣軍師団に完全に適応する為です。
とはいえ、再度剣軍師団を使えば、また能力は暫く封印されますが。
融合を繰り返せば繰り返す程、融合したままで力を使えば使う程、御剣の魂魄と剣軍師団は一体化し、最終的には同化してしまいます。
この場合は御剣の魂魄が『座』に呑み込まれてしまう、と言う事ですが。
御剣も霊格が上がったとはいえ、まだ世界を内包出来る程の器ではありませんから。まだ。
御剣達がDr.スカリエッティと対峙していた時を同じくして、首都クラナガンに侵攻する聖王のゆりかご。
雲霞の如く湧くガジェットに、管理局の魔導師は防戦一方だった。
次回、『クラナガン防衛戦線』
お楽しみに。
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