7.明かされる真実
「やつが…やつが金さえ貸してくれていれば…!」
頭を抱え、そんな八つ当たりを口にする父の様子を、王子は今日も遠目に窺っていました。今の父は威厳の欠片もなく、哀れな姿は見るに耐えがたいものでした。
国は借金にまみれ荒れ放題、民は暴動を起こし最早手がつけられず、それを止めるはずの家来達も、ほとんどが国を見捨てて逃げ出してしまいました。こんな状況になっているにも関わらず、愚かな王は自らの過ちを認めようとはせず、民の意見に耳を貸そうとも頭を下げようともしません。ただただ、『金を貸してくれない近隣の国のせい』にし、いまだに力で支配しようとするだけでした。
◇◇◇
「――王子。本日のご報告を致します」
一方で、一人息子である王子は幼い頃から賢い子供でした。要領がよく常に大きな野望に満ち溢れていました。
「王妃が行動を起こしました」
国が危機に陥っている今も、王子は国を立て直す事を考えていました。しかしそれは、父王のためなどでは決してなく、愛国心からでもなく、王子としての責任感からでもありません。
「隙は充分に出来ております」
目をつけたターゲットは、王が幾度となく足を運んだ森一つ向こうの国でした。平和で潤ったその国を治める、聡明な王と美しい王妃、そして麗しい王女。
「丁度良い機会となるかも知れませぬ。…ご指示を」
膝をつき頭を下げる忠実な家来の言葉に、王子はにやりと笑いました。
◇◇◇
それから数日後のある日。
毎日のように、深夜になるとひっそり自国に戻り、王子に状況報告をしていた男は、ある国のお妃様がいつものように鏡に話しかけるのを、鏡の後ろで息を殺してじっと待っていました。彼はその国で召し使いとして、と同時にスパイとして働いていました。
準備は出来ています。お妃様が話しかけた時、その整った美声でたった一言妖艶に呟けばいいのです。
「――それはお妃様、あなたでございます」
お妃様を洗脳してゆくのです。その美声でお妃様を虜にし、絶対的な存在となるのです。そして有力な情報を得るのが、鏡としての男の最初の役目でした。
『王は、白雪姫の結婚を許さないんじゃないかしら。姫を誰よりも溺愛しているし、いくら白雪姫の婿とは言え、他人を信用しない人だし……』
なるほど。
王が邪魔になってくるな。始末するしかない。
『白雪姫はもっともっと美しくなるわ。それは本当に嬉しい事よ……けれど自分が醜くなって行くのは耐えられない』
なるほど。
王妃は美意識が非常に高い。その上白雪姫に激しい対抗心を持っている。
『白雪姫が外の世界に憧れているのは分かっているわ。それでも、城の森の向こうには危険なものにあふれていると言うし……』
なるほど。
確かに彼女はいつも外を眺めている。連れ出せばさぞ喜んでついて来るだろう。
『夫は最近何かと理由をつけては出かけて行く……きっと女ね。もう私の事など愛してはいないのよ』
なるほど。
王妃は知らぬのか。王に愛人でもいると思っているのか。
そうやって情報を集め、計画は着々と進行していきます。そして頃合いを見て、お妃様を唆すのです。
扉の所に立つ召し使いの男に、一旦役目は移ります。彼は命令通り王女を森の奥へと追いやる事でしょう。
◇◇◇
『絶対絶対、少しだけにしてよ。姫を怖がらせては、駄目よ。あぁでもやっぱり……』
最後の最後まで鏡の計画を拒否していたお妃様は、ついに丸め込まれてしまった後、男にそう懇願しました。
けれどその願いも虚しく、男はさらりと嘘をつきました。そしてその言葉は白雪姫を愕然とさせ、義母への不信感を強烈なまでに抱かせたのです。
「お妃様の命令でございます。貴女を殺すよう命じられました」
その時の白雪姫の絶望的な表情が、男の言葉をすっかり鵜呑みにしてしまった事を伝えました。
男はナイフを構え直し、更に彼女を追いつめてゆきます。
「城へ逃げ帰っても無駄ですよ。王は今不在、お妃様の意思は国の意思。貴女にはここで死んでいただきます」
白雪姫に残された逃道は、一つしかありませんでした。
その様子を木の陰から見ていた男は、白雪姫が森の奥へと消えていったのを見届けた後で、その姿を現しました。
「ご苦労。次は私の番だ」
にやりと笑う男は、誰が見てもそうとしか思えない、<そのもの>の格好をしていました。つまりは全身白尽くめでマントを翻し、頭には王冠を乗せ、袂の手綱に真白な馬を連れていたのです。
ナイフを持つ男はひざまずき、静かに頭を下げます。
「例の薬はもう置いて来たのか」
「はい、地下の一番深い所に置いてございます」
その言葉を聞き、王子は満足そうに頷きました。
「よし、では行って来るよ」
「――お気をつけて」
王子はひらりと馬に乗り込み、軽やかに駆けてゆきます。
そしてうずくまる白雪姫の前に飛び出し、何食わぬ顔で声をかけました。
「おや?お嬢さん。こんな夜中にこんな所で…どうしたのですか」
頼る人も帰る所も無く、白雪姫はどれほど混乱していた事でしょう。今はまだ状況を飲み込めなくても、やがて訪れる絶望を、無意識に恐れていたかも知れません。無意識に目を背けていたかも知れません。
王子は彼女のその弱りきったスカスカの心に、見事入り込んだのです。
暗く不気味な森で一人、ボロボロな体が崩れ落ちた時、突然現れた男。場違いなまでに白く美しく輝く彼を、白雪姫は幻とさえ思った事でしょう。
そうして王子は眠ってしまった白雪姫を、七人の小人達のもとへと連れてゆきました。
◇◇◇
「王子…!どうされたのですか」
小人達は驚きました。国の外れにひっそりと佇むこの小さな家を、王子が訪問するなど滅多にないからです。実際彼らが王子の姿を見たのは数年ぶりの事でした。
「ちょっと預かって欲しいものがあるんだ」
王子はそう言って白馬の上で眠る白雪姫を振り返りました。
「預かるってその少女ですか!?」
狭い世界でたったの七人で暮らす小人達は、救いようのない王政も自国の危機も、近隣の国の美しい王女の事も、何も知りません。毎日自分達の生活のために働き、毎日来る使者に見つけた鉱物や新しい発見などを譲渡します。すると次の日生活に必要な物資が届くのです。小人達は自分達が生活出来ればそれ以上何も求めないので、王達にとっては実に良い忠実な働き手でした。
「この娘には私の事は話さなくて良い。ただしばらく面倒を見ていてくれ」
王子はそう言い残すと、白雪姫を置いて再び来た道を戻って行きました。
呆気にとられながら王子を見送る小人達の中で一人だけ、眠る白雪姫を見つめるものがいました。彼こそがグランピー。母を亡くした今の白雪姫を支える、彼女の大切な人でした。
◇◇◇
しばらくの後、王子は小人達のいない時間を狙い、白雪姫に会いに行きました。
今日の彼のすべき事は3つ。
わざわざ白雪姫に会いたくて来たと思わせる事。老婆の話で王妃への不信感を更に募らせる事。そして最後に、王の死という“嘘”を伝える事。
王は死んでなどいないのです。『愛娘の居場所』――この一言で自国におびきだし、暴漢に襲わせた事は事実ですが、重症を負わせたにとどまっています。
今はまだ殺す必要なんてないのです。『お母様が私を追いやったせい』で、お父様は亡くなった。そう白雪姫に思わせられればよかったのです。
全てが終わった後で、奴が嫌う我が国に自国を乗っ取られてゆく様を見せた後で、愛娘が利用された事を知った後で。
どん底に突き落としてから、始末すればよい。
そんな計算に胸を躍らせながら、王子は小さな家の扉を叩きました。 |