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◇夢色童話◇
作:遊奈



9.私の王子様



 小人達は白雪姫をガラスの棺に入れました。土葬も火葬もしたくありませんでした。動かなくなった白雪姫は死んでいるようには見えず、変わらず美しかったので、そのうち目を開けるのではないかと思わずにはいられなかったのです。
 そのガラスの棺を囲む6人の小人達は、皆泣いていました。

 ――彼らが気付いたのはいつ頃だったでしょう。いつの間にかグランピーは姿を消していました。小人達は老婆を探している最中にはぐれたと思っていました。毎日入る森の事は詳しいはずなので心配してはいませんでしたが、何処に行ってしまったのか分かりませんでした。

 ちょうどその時。
 王子が愛馬にまたがりやって来ました。

 「久しぶりに様子を見に来てみれば……何事だ?」

 王子は平然とそう尋ねました。まるで白雪姫を預けに来た時以来だ、と言わんばかりに。

 「お…王子……」

 対する小人達は大慌てです。何しろ王子から預かっていた大切なお客人を、こんな事にしてしまったのですから。
 王子の視線が小人達からガラスの棺へ、そして中にいる白雪姫へと移りました。王子の顔がみるみるうちに曇ります。小人達は青ざめ震えだしました。

 「何という事を……何という事をしてくれた!」

 馬を降り、そう叫びながら棺に近寄る王子の演技は迫真の物でした。

 「貴様ら!只では済まさんぞ!!」

 激怒する王子を前に、小人達は小さく丸くなるしかありませんでした。

 このままこいつらも始末してしまおうか。
 そう思い、王子が小人達を見回すと。
 1、2……6人。6人だと?

 「……おい、一人足りないではないか」

 王子は眉を潜め大声をあげました。

 「あいつは何処へ言った!」

 あの、一人家に残っていたあいつは。白雪姫が生きている事を知っているあいつは。反抗的な目で私を睨んでいたあいつは何処だ!



 「――ここにいる」

 その彼は、王子の背後に立っていました。

 グランピーは森の入り口に立っていました。王子は冷ややかな表情で問います。

 「お前、何処へ行っていた?」

 「自分の国にだ。生まれて初めて行ったよ」

 グランピーはいたく落ち着いてそう答えました。

 「……何をしに」

 「状況を知りたかったからだ」

 多くを話さぬグランピーにイライラしながら、王子は思い出しました。彼に言った自分の些細な言葉を。

 『もうすぐ静かで穏やかな平和が来るから』

 なるほど。自分達は毎日を静かに、穏やかに、平和に暮らしているのにと。何故王子である私がそうではないのかと。こいつは不審に思ったのだ。
 ぎり、と歯をくいしばり、王子は更に聞きました。

 「その馬は何だ。馬など乗った事もないくせに」

 グランピーの横には一頭の毛並みの良い馬がいます。

 「借りた。乗れた」

 「誰にだ!!」

 冷静で無表情のグランピーに苛立ちは限界を越え、王子は額に青筋を立てて怒鳴りました。

 「……この御方に」

 グランピーは少し、本当にほんの少しだけ、微笑を浮かべました。
 自国の王子すら敬わなかった彼が、そう言って頭を下げ、更には道をあけました。
 そこに姿を現したのは再び一頭の馬。その上で手綱を引く一人の召し使いの格好の男。そしてその男に抱えられるように、何とか馬にしがみついている、重症を負った白雪姫の父でした。



◇◇◇



 もうずいぶんと長い間、こうしている気がするけれど…私はいつから目を閉じたままだっけ。いつから意識がなかったっけ。
 このままフリを続けていれば、本当に死んでしまえるかしら。消えてしまえるかしら。
 おかしいわ。私はこれから王子様と幸せになるのに。邪魔なものは何もないのに。
 なのに何故だか体が重くって、動きたくない。このまま命を終わらせてしまいたいとさえ感じてしまう。……何故だろう。

 ――私は本当に幸せなのかしら。

ねぇ、誰か私を起こして。この暗闇から連れ戻して。

 『白雪姫』

 名前を呼んで。幸せなんだって思わせて。一人では…現実の世界に戻るのが怖い。

 『白雪姫』

 何だか外が騒がしい。たくさんの人の気配がする。

 『白雪姫』

 私の名を呼ぶのは誰?流れた涙を受け止めてくれた、この暖かい手は誰のもの?

 私の王子様は……――



 濡れた瞼を開いた白雪姫が最初に見たのは、自分の頬に手を置き覗き込む、仏頂面の、けれどもどこか安心出来るグランピーの姿でした。



◇◇◇



 棺の中の白雪姫は、本当に死んでしまったのではないかと思うほど青ざめ、衰弱して見えました。何度呼びかけても反応がありませんでしたが、そのうち閉じた瞳から一粒の涙が溢れました。
 グランピーはその煌めく雫を受け止め、白く冷たい頬に触れました。

 とても眩しそうに、細く目を開けた白雪姫を見て、グランピーはホッと胸を撫でおろしました。どう考えてもそうは見えませんが、この時彼は笑ったのです。安心と愛しさが押し寄せてきたからです。

 グランピーは白雪姫から手を離しました。

 「大丈夫か?」

 そう話しかけると、白雪姫はそっと体を起こしました。
 頭が回らない。フラフラして体が重たい。

 白雪姫は働かない頭を抱え、うつ向いたままです。

 「家で休むか?」

 グランピーの言葉の背後からの絶え間ない騒音が、彼女の頭に響きます。ぼぅっとした頭ではちゃんと聞き分ける事ができません。

 「な…んの音……」

 遠いようで近い。多数の人の気配。馬の蹄の音。何かを叫ぶ声。
 次第に意識がはっきりしていき、頭に入ってくる音の正体。ぼやけた視界が晴れていき、その顔を上げると。

 周囲を囲む無数の人だかり。それは皆、祖国の武装をした兵隊達でした。その中の一人が叫びます。

 「白雪姫様!御無事でございますか!?」

 その方を見やる白雪姫の目に映る懐かしい姿。父は馬の上で笑っていました。


 白雪姫は駆け寄り泣きました。二度と会えないと思っていた父にすがりつきました。王は弱りきっていましたが、愛娘の元気な姿を見て安堵の表情を浮かべました。

 国の王女を危機に追いやった以上、これは戦争です。王は国の誇る全ての戦力を総動員させてやってきました。縄で縛られ引かれてゆく王子は、もうどこにもあの威厳はなくただただ惨めでした。

 突然起き上がった白雪姫に驚いた小人達は、グランピーに詰め寄り事情を問いただそうとしました。けれど言葉足らずな彼の下手くそな説明に、途中で諦めたようでした。

 王子の目論見は後ほんの少しの所で失敗に終わりました。たった一人の、小っぽけな小人のせいで。















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