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ワケあり 作者:monologger
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一字

 冷夏になるか盛夏になるかで売れ行きが変動するが、一定の需要がある以上、これは動く。最新ではないが、省エネ性能はまあまあのエアコン一式が今夜の運搬物だ。トラックの加速がいつもよりも鈍い気がするのはその重量感のせいだろうか。待機する時間が少しでも長ければトラックにとってはいい休息になる。
 スピードは出ていなかったはずだが、いつもより早めに着いていた。常用しているメモリオーディオで何か聴いていても差し支えなさそうだ。だが、時間がずれた分、ちょっとした来訪を受けることになった。巡回中の警官である。
 「今晩は。遅くまでご苦労様です」
 「あ、検問か何かですか? いや、移動しないとダメとか?」
 「いえ、以前この付近でトラックが襲撃された事件がありましてね。今日は変わったことはありませんでしたか?」
 例の検閲の時間が近づきつつあるので、ここは手短に切り上げたい。 
 「いいえ、別に」
 事件のことが気になるも、久志は急くように一言だけ返した。
 「とにかく用心してください。車載器が狙われることもありますが、積荷ですね。防犯カメラを取り付けた業者もあるようですし」
 「はぁ、そこまでして」
 警官はまだ何か言いたげではあったが、自転車を駆り、去っていった。検閲の車が到着したのはその直後のことだった。決して怪しいことをしている訳ではないが、検閲中に警官が来たら、と思うと冷や汗も出る。いや、仮に開扉している最中にその襲撃云々があったとしたら?
 『そっちの方が深刻だよな。そういやタクシー用のが出てるって聞いたことが・・・』
 いつものようにバタン!が響く時、久志は一閃のアイデアを得るのだった。

 警官が派出所に戻ってくると、黒スーツの女性が何やら携帯で話し込んでいた。
 「あ、ごめんなさい。一旦切ります」
 「貴女は? 何かご用ですか?」
 「警視庁 生活安全総務課 森下若葉と言います。夜分に申し訳ない」
 「と、とりあえず中へ」
 手帳を見せつつ、刑事は強盗未遂の話を切り出した。警官はすぐさま、
 「例の襲撃事件ですね」
 と応じた。
 「ご存じでしょうけど、何も盗られなかったんですってね」
 「新田しんでん橋を渡った先ですね。所轄が足立になるんであまり詳しくは聞いてませんが」
 「いつもこの時間に夜回りを?」
 「えぇ、その現場付近にも」
 思惑が当たったのか、若葉は微かに笑みを浮かべつつ、根掘り葉掘り様子を聞き出す。これでは取り調べそのものである。
 刑事の方が自らの事情を語ったのは、しばらく経ってからのことだった。
 「で、類似した事件がいくつかあったけど、実害がハッキリしないので生活安全担当になってしまって。でもある筋からの情報でトラックのルートを熟知した人間の犯行だろう、と」
 「そいつの手がかりは?」
 「何でも、栗の梅だか、梅の栗だか。黒幕のあだ名らしいんだけど、サッパリ。で、地元のお巡りさんなら何か知ってんじゃないかと思って」
 派出所の前の街路はそこそこの道幅で日中は通行量も多い。今はほとんど往来はなく、静寂を保っている。その静けさは所内も同様だ。警官は黙り込んだまま動かない。
 若葉は仕方なく席を起ちつつ、改めて問いかける。
 「ここんとこ起きてないから所轄にお任せしてもいいんでしょうけど。区境が入り組んでるからやりにくいでしょ?」
 警官はここでようやく口を開いた。
 「とにかく巡回を続けます。ポイントが見つかったら張り込みでも何でも」
 「そうね、確実な情報があれば、だけど。とりあえず不審者とか目撃者とか何かあったら知らせてください。私ももうちょっと廻ってきます」
 女性刑事は自転車を力強く走らせた。警官はその姿をしばらく見送るしかなかった。

 「室外機もあるからな。ちょっと手伝ってもらえんか?」
 「あ、いいんですか?」
 「妙な返事だな、いいも何もないさ。こっちが頭下げてんだ」
 回を重ねれば開かれるものがある。それは倉庫の内扉であり、倉庫主の心理的な扉である。久志はおそるおそるだったが、足取り確かに歩を進める。二人がかりでなくとも運べるサイズではあったが、どうも腕が震えていけない。その点、清水は至って飄々としたものだ。その腕っ節には何らかの理由がありそうだが、久志が訊ねたのはごくありきたりのことだった。
 「清水さんとこは中継というか仲卸、ですか?」
 「そうさな。ま、見ての通りの規模なんで卸ってほどでもないけどな。一応地域の電器屋に卸すのが専門さ」
 整然と仕分けされた家電品の数々。ただ一角にはそうとは悟られないような置き方で、凹みらしき不具合を認める梱包品が固まっていた。運んできた立場としては釈然としないものを感じるが、身に覚えはない。納品してしまえばそれまでである。
 倉庫を出る手前、小さな事務室の出入口には倉庫の規模からして不釣合いな大きさのホワイトボードが立てかけられていた。急ぐ必要はなかったのだが、気が急いていた久志はただ一字の漢字がいくつか並んでいるのを見るにとどまった。『鳶』『梅』『鴻』―――
 「こう、のとり?」
 思わず口にしかけると、清水はすかさず、
 「ま、そのうちわかるさ。風流でいいだろ?」
 と応じ、さらには「おぉ、そうだ!」
 一段と強く声を上げるのだった。
 「名刺を渡しとくよ。ま、これまで何もなかったんで別に要らねぇかも知んねぇが」
 「清水、仲道さん」
 「卸だけど仲介みたいなもんだからな。覚えやすくていいだろ?」
 取って付けたような名前だが、名刺は名刺だ。あいにく名刺の持ち合わせがなかった久志だが、清水は特に気にするでもなく、いつも通り労をねぎらって倉庫に戻っていった。
 荷が軽くなったトラックだが、ドライバーが何かを呟きながら走らせているので、スピードは出ていない。ライトの先を何かがよぎったが、わかったのは無灯火の自転車、ということだけだった。黒一色なので人物像も特定できない。
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