AM1:00 いつものように起床し、障子を開けて。
窓の外からあるものが視線を向けているような気がする。陽光が差しているときも、雨が窓を叩いているときもそれはあった。およそ一ヶ月前から気がついていた。ときに蜘蛛の巣を顔に引っ掛けながらも、そいつは段々厚かましくなり、控えめに頭を出していた頃からみるとずいぶんと背を伸ばして覗いている。
人ではないから別に気色は悪くはないが、成長しているので、窓枠の下で控えめにしていた頃は知らないが、成長しているのは確かだ。
AM5:00
太陽が照りつけるという言葉が相応しい日だ。他の表現が思い浮かばないほど頭が飽和状態。日々の気分的な疲れも重なりながらも重力に逆らって生きようとする心細さを癒す手立ては見つからない。太陽が昼間出ているだけマシ。
さて、そいつも相変わらずだがいて、心なしか猫背で、見た目にもダレている。それでも細い体をさらに伸ばそうとしているのは明らかで、どうやら部屋を覗く気はないらしいことに気づく。欧州のどこぞの塔を作った人間の所作やら気持ちやらが、一瞬脳裏をよぎる。天を見上げても届かない。そんな想いを抱きつつ、トイレに立ち上がる。
PM11:00
時折家の外の声がわずらわしいが、一応静かな時間?まあ、いいか。
窓外に見えるのは円い小さな月。いつぞや都会にいた頃めくった写真集なんかよりやはりシンピ的で疲れはとれないけれどやはり実感があって、雲に隠れては一休みし、再び姿を現すのはもどかしいが、本当はそういう時間がいっぱい欲しいところ。世間を感じているとぜんぜん見えない視界のことを語れば一瞬楽なんだけどね。
世間なんかみたかない……けどねえ。
さて、それに届けと頑張っていたそいつはその月影を浴びては黄色い笑みを漏らし、安堵の表情を浮かべている。しかし、気のせいか背伸びしすぎて傾いている。疲労感を漂うそのなりは……そんなものに感情移入をするから、こちらも疲れる。
AM6:00 いつものように起床し、障子を開けて。
窓の外からあるものが視線を向けているような気がする。陽光が差しているときも、雨が窓を叩いているときもそれはあった。およそ一ヶ月前から気がついていた。ときに蜘蛛の巣を顔に引っ掛けながらも、そいつは段々厚かましくなり、控えめに頭を出していた頃からみるとずいぶんと背を伸ばして覗いている。
人ではないから別に気色は悪くはないが、成長しているので、窓枠の下で控えめにしていた頃は知らないが、成長しているのは確かだ。
AM10:00
太陽が照りつけるという言葉が相応しい日だ。他の表現が思い浮かばないほど頭が飽和状態。日々の気分的な疲れも重なりながらも重力に逆らって生きようとする心細さを癒す手立ては見つからない。太陽が昼間出ているだけマシ。
さて、そいつも相変わらずだがいて、心なしか猫背で、見た目にもダレている。それでも細い体をさらに伸ばそうとしているのは明らかで、どうやら部屋を覗く気はないらしいことに気づく。欧州のどこぞの塔を作った人間の所作やら気持ちやらが、一瞬脳裏をよぎる。天を見上げても届かない。そんな想いを抱きつつ、トイレに立ち上がる。
AM4:00
時折家の外の声がわずらわしいが、一応静かな時間?まあ、いいか。
窓外に見えるのは円い小さな月。いつぞや都会にいた頃めくった写真集なんかよりやはりシンピ的で疲れはとれないけれどやはり実感があって、雲に隠れては一休みし、再び姿を現すのはもどかしいが、本当はそういう時間がいっぱい欲しいところ。世間を感じているとぜんぜん見えない視界のことを語れば一瞬楽なんだけどね。
世間なんかみたかない……けどねえ。
さて、それに届けと頑張っていたそいつはその月影を浴びては黄色い笑みを漏らし、安堵の表情を浮かべている。しかし、気のせいか背伸びしすぎて傾いている。疲労感を漂うそのなりは……そんなものに感情移入をするから、こちらも疲れる。
PM3:05 いつものように起床し、障子を開けて。
窓の外からあるものが視線を向けているような気がする。陽光が差しているときも、雨が窓を叩いているときもそれはあった。およそ一ヶ月前から気がついていた。ときに蜘蛛の巣を顔に引っ掛けながらも、そいつは段々厚かましくなり、控えめに頭を出していた頃からみるとずいぶんと背を伸ばして覗いている。
人ではないから別に気色は悪くはないが、成長しているので、窓枠の下で控えめにしていた頃は知らないが、成長しているのは確かだ。
PM7:05
太陽が照りつけるという言葉が相応しい日だ。他の表現が思い浮かばないほど頭が飽和状態。日々の気分的な疲れも重なりながらも重力に逆らって生きようとする心細さを癒す手立ては見つからない。太陽が昼間出ているだけマシ。
さて、そいつも相変わらずだがいて、心なしか猫背で、見た目にもダレている。それでも細い体をさらに伸ばそうとしているのは明らかで、どうやら部屋を覗く気はないらしいことに気づく。欧州のどこぞの塔を作った人間の所作やら気持ちやらが、一瞬脳裏をよぎる。天を見上げても届かない。そんな想いを抱きつつ、トイレに立ち上がる。
PM1:05
時折家の外の声がわずらわしいが、一応静かな時間?まあ、いいか。
窓外に見えるのは円い小さな月。いつぞや都会にいた頃めくった写真集なんかよりやはりシンピ的で疲れはとれないけれどやはり実感があって、雲に隠れては一休みし、再び姿を現すのはもどかしいが、本当はそういう時間がいっぱい欲しいところ。世間を感じているとぜんぜん見えない視界のことを語れば一瞬楽なんだけどね。
世間なんかみたかない……けどねえ。
さて、月に届けと頑張っていたそいつはその月影を浴びては黄色い笑みを漏らし、安堵の表情を浮かべている。しかし、気のせいか背伸びしすぎて傾いている。疲労感を漂うそのなりは……そんなものに感情移入をするから、こちらも疲れる。
唐突に一句。
〔まつろわぬ 時の流れに翻弄されて
永久の祀りに月見草〕
……っと。
草だけにくさい。くだらないダジャレだ。羞恥の感情が浮上し、脱力感が漂う。意味がありそうでないただの言葉遊びの類。こんなもの本名で出せるか、と自分の所作を否定をしながら、<ソラ>は……もしくは<ソラ>を構成したモノは許すだろうという一抹の希望。チャットでイチャモンつけながら自分の汚さを露呈しているよりマシ。そんなところで言葉を浪費するよりはマシ。
でも、世間は許さないから日々、ため息を止められない。
なんであれ、どうして部屋の三つの時計の針は違うのか。先日納屋で見つけた古時計は許せる。たまに意味もなく鐘を鳴らして自分の存在を誇示するのも、自他共に胸に突き刺さる人間そのものを代弁しているようで複雑な想いだが、まあ許せる。
その他のインテリアを意識した本物志向がまったくない置時計とただ人を無理やり起こす目覚まし時計は許せない。
なんて本当は許してるからそうなのだ、っとしておいて、今は何時なのよ?とテレビのリモコンを探す。
(一日置いてあがいて、ダ句を少し、ひねってみる)
まつろわぬ 時の流れは薄明に似て
浮かぶ夜の草 ながめいる
(なんか亜流)
まつろわぬ 時の流れは薄命に似て
浮かぶ世の草 うらながめ
(それでもひねる)
まつろわぬ 時の流れは薄めいに似て
浮かぶよの草 うらがなし
(頭で考えているからよくない。今の実感としては次がちかい)
まつろわぬ 時の流れははくめいににて 浮かぶよの苦さ うらめしやー
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