第22話 〜命約〜
「う……あ?」
目を開けるととてつもない眩しさが目をくらませ、再び目を閉じてしまった。
「ここは……あれ? 僕は風呂場にいたはず……」
なぜいつの間にか服(浴衣)を着て部屋に戻ってきているのだろう……。
疑問に思いながら身を起こし、辺りを見回しても皆は見当たらない。
……なんか寂しいじゃないか。
たぶん小夜たちが運んでくれたのだろうけど……服を着てるっていうのは、まさか……あれか。服を着せられた……?
……いや、ありがたいことにはありがたいんだけど……着せられたってことは……下も見られたってことだよな……?
はっ……恥ずかしいっ……!
自分の顔が熱くなるのを感じる。
いや、だってねぇ!?
とても人様にお見せできるようなものじゃありませんよ!?
通常モザイクがかかってしまうモノですから!
……僕、もうお婿に行けない……。
小夜たちは風呂に行っているのか?
さすがにあの風呂に戻ることは僕には出来ない。
……ちょっと外でも歩こうか……。
のそり、と体を起こし、部屋を出る。部屋の外、つまり廊下はまったく音がしない。
僕たち以外に宿泊客がいないから当たり前なんだけど。
誰もいない廊下を歩き、階段を降りていく。ロビーの受付のお姉さんには「ちょっと歩いてきます」と言って外に出る。
受付のお姉さんに何故かさげすむような目で見られたのは……何でだろうな?
外につながるドアを開けてのれんをくぐると、夏の夜特有の心地好い涼しい風が頬を撫でる。
熱った体がだんだん冷やされて、だるさが抜けていく。
「ちょっと……歩くか」
ここら辺の案内板を見て、近くに見晴らし台があるのを見付ける。とりあえずそこに向かってみよう、と歩き出す。
じゃり、じゃり、と砂が踏まれて音を立てる。しばらく歩くと海を一望できる見晴らし台に着いた。
海には光る銀の満月が映り、海が蒼く光る。月明かりは眩く、木や建物の輪郭がはっきりと視認できる。
「綺麗だな……」
無意識に口から漏れる言葉。
誰に言うでもなく、ただ呟いた。
「…こんな所にいた」
「え?」
いきなり後ろから声をかけられて心臓がどくん、と跳ねる。
後ろを見ると、そこに立っていたのはシフォンだった。
艶やかな黒髪に紅い眼が月明かりを受けて輝く。
「よくここにいるって判ったね?」
「…魂のカタチで見付けたの」
「魂の……カタチ?」
「…そう。人にはそれぞれ魂にカタチがあるの。姿が違うように魂も」
「シフォンにはそれが判るの?」
「…うん。私はそういう半魔だから」
「そういう半魔って……違いがあるの?」
「…うん。私はデビル系の半魔なの。悪魔は願いを叶える代償に魂を食べる。だからその魂がどんな味か見分ける事ができるの」
「それは……もしかしてシフォンも魂を食べるとか?」
「…ううん、私は半魔だからカタチを見分けるだけ。願いを叶える力も無いから」
「そうなんだ……」
「…恭二は私を……ううん、私たちを元に戻す方法を探してくれてる」
「私たちって……鈴もか……」
あの親父……ただの無気力生命体だと思ってたら……意外だな。
「…これは秘密なんだけど……」
「え?」
見晴らし台の柵に腰かけて小さな、でもはっきりと通る声でシフォンは言った。
「…私が人に戻る時まで……この力で陵を守る。それが恭二との約束なの」
柵に腰かけたシフォンの髪は、淡く光る燐光を纏い銀に変化していく。
「僕を……守る?」
「…そう。私を助けてくれるかわりに何かお礼をしたかった……だから」
「……あのクソ親父……」
息子をほったらかしにしたと思えば、女の子に僕を守らせるだって?
だいたい守るって何さ?
日本ほど平和な国は無いぞ? あんたは人に恨みを買うような事をしてるのか?
「……決めた」
「…え?」
「僕も探すよ。シフォンや鈴が人に戻れる方法」
「…で、でも」
「いいんだ。確にシフォンや鈴を見てれば僕なんかが手をだせる様なことじゃないって判るさ。でもね、こんな僕にもできる事はあるはずなんだ。だから、僕は君たちのためにできる事をしたい。……いいだろ?」
「…陵は、だめって言っても聞かないと思う」
「……そのとおり。僕はやるよ。君たちを元に戻してみせる」
「…陵……ありがとうっ!」
「うゎわっ!?」
シフォンが僕に突撃……もとい、抱き付いてくる。
僕の胸までしかないシフォン。抱き締めたら折れてしまいそうなほど華奢でーーーって、え!?
「いだっ! いたい! お、折れる!」
「…え? あ、ごめん。ちょっと力を入れすぎた……」
まさか半魔というのがこれほどとは……恐るべし、半魔。
「…陵、ほんとにいいの?」
「もちろん。いまさら自分の意志を曲げる気は無いよ」
「じゃあ……あ、あの、わ、私と……『命約』、して?」
「メイヤク?」
なぜシフォンは言いにくそうなんだろう?
「…そ、そう。命に約束の約で『命約』」
「なにそれ?」
「…私みたいなデビル系はもともと魔力もあるし、制約も少ないの」
「制約?」
「デビル系の純魔属は闇の中でしか行動出来ない、とか、そういう制限のこと」
「へぇ……」
「『命約』は人と契約することでもともとの魔力が上がったり、制約が少なくなったりするの」
「そういう事か……でも何でその『命約』をするの?」
「私たちが元に戻る方法を知ってるのは、多分純魔属。人間がそれに会いに行くってことは、それ相応の危険が伴うの。そういう時のために、『命約』をして陵を守れるようになりたい」
「なるほど……とりあえずはわかった。で、その『命約』はどうやってやるの?」
「え、えーと、その……キ、キス」
「……」
「……」
「……えーと、鱚?」
「…ち、ちがう……」
あー、ちがうのかー。
「じゃ、じゃあ、……アレですか」
「…ア、アレです」
「い、……いいの?」
「…うん……」
シフォンは僕の胸元から上目使いで見つめてくる。
しょ……正直、グラッときますぜ?
そんなことを考えている間にも、シフォンの顔が近付いてくる。……いや、近付いてるのは僕の方か……。
「ふぁっ……んっ……」
シフォンの唇が僕のと重なり合う。
あぁ女の子の唇ってこんなに柔らかいんだな……とぼーっとした頭で考える。
「ぁっ……」
「……こ、これで……いいの?」
「…う、うん……」
うぅっ、恥ずかしくてまともに顔が見れないっ。
「も、戻る?」
「…うん……」
手を繋いで来た道を歩き出す。
シフォンの髪はいつの間にか黒に戻っていて、月明かりで光っていた。
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