第20話 〜馬鹿〜
「むぅ……少々やりすぎただろうか」
「です……」
「…それなりに強く叩いちゃったから……」
海の家から陵を運び、今は畳の上に寝かせている。実の所、あれは『それなり』なんて強さじゃなかったのだが。
「う……」
「! 気が付いたか!?」
「あれ……ここは……?」
「旅館だよ。ここまで連れてくるのは骨が折れた」
「三人がかりでやっとでしたよ」
「…みこしの如くわっしょいわっしょいと」
「おう……恥ずい」
女の子三人がかりで担ぎ上げられながらこの旅館まで来たのかよ……。
いくらこの旅館に泊まってる人がいないとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。
……仕方ない。仕方ないんだ。
陵は自分に強く言い聞かせ納得しようとする。……が、
……なんか男としての威厳とかプライドとかそういうのが色々と崩れ去ってしまったような気が……。
恥はとりあえずいいようだが、また別のことで落ち込む陵。
実際の所、陵にはたいして男としての威厳とかは無いのだが、やはり一応陵も男。それはそれで気になるようだ。
「先程出てってしまった医者が言っていたが、ただの軽い脳震盪だそうだ。もう動いてもいいようだぞ」
「あぁ……」
返事をしながらゆっくりと立ち上がる。
立ち上がった時に少し立ちくらみしたが、いつもの事なので大して気にならない。
「どうだ?」
「あぁ。まぁ普通だよ」
「ふむ。よかった。……少し悪ノリしすぎた。すまなかったね」
「あまり加減が出来なくて……ごめんなさいです」
「…ごめんなさい」
「あ、いや、いいんだ。こうして何も無かったわけだし、反省してるならそれでいいよ。……それより今何時?」
「ん? 今は……もう六時だ。もうすぐ夕食の時間だな。下の食堂に行こう」
「もうそんな時間か……結構寝てたんだな」
「ずっと起きなくてな……死んだかと思ったよ」
「小夜泣きかけてましたもんねっ」
「ばっ、馬鹿な事を言うんじゃない! そんな事あるはず無かろうが!」
「…照れ隠し?」
「だーかーらー! 違うって言ってるだろう!?」
「小夜?」
「ぬ!? 陵まで私を馬鹿にするのか!?」
「違うよ……心配してくれたんだよね? ……ありがとう」
「う……あ、あぁ」
どうしたのだろう。
この部屋はエアコンがガンガン効いているというのに小夜の顔は真っ赤だ。
……あぁ、日焼けでか。きっと肌が弱いんだな。
陵はあえて小夜に真実を確認せず、自己完結する。
「さ、夕食に行こうか? ……あ、そう言えば悠は?」
「……あ……海の家に置きっぱなしかもしれん」
「…拾いに行く?」
「んー……そうだな。ほっといて夕食食べたら後でうるさそうだ。ちょっと行って来るよ」
「む? 一人で行くのか? 病み上がりで危ないだろう? 私もついていくよ」
「倒れたりしたら危ないですしねっ」
「…三人いれば倒れても安心だよ」
「……ん。わかった。みんなで行こうか。倒れたらよろしくね」
「倒れないことが一番なんだがな」
「気分が悪い時はすぐに言ってくださいねっ」
「…大事の前の小事。気を付けよう」
「お、おう……」
心配されてんだか、どうなんだか……。
陵は三人に釘を刺され、思わず気圧される。
……なんだか皆に悪い気持になってきた……。
○○○
「おぉ……まだ寝てる」
旅館から砂浜に出てしばらく歩き、ようやく見えてきた海の家の中に、昼の時から全く変わらず寝ている悠の姿が見えた。
「呆れた……寒くないのか? アイツは……」
水着のままで、タオルまなにもかけていない悠を見て、小夜は溜め息をつきながら言う。
鈴とシフォンは寝ているのをいいことに、額やら頬やらに落書きをしている。
おぅ……それ油性マジックじゃないのか……?
陵は悠が起きた時の事を想像して、まぁ、別にいいか……と思い、鈴とシフォンを止めようとはしない。
「あ、そろそろ起こさないと遅れるよ?」
「む? そうだな。おい悠、起きろ! 起きなければ貴様の糧はないと思え」
いつの間にか鈴とシフォンに混じって悠に色々と描いていた小夜が悠を起こす。
鈴とシフォンはと言えば、小夜が起こし始めた瞬間にぱっと離れて陵の隣にそれぞれくっついている。
「ん……あ……?」
「さぁ起きろ。貴様が起きない事には私らが夕食を取れんのだ」
「あ……? 小夜? ここ、どこだ……?」
「涅槃か? 地獄か? 死体安置所か? どこに行きたい?」
小夜が悠の耳元でぼそり、と囁いた瞬間、悠の目はパッチーン! と見開かれ、さっきまで寝惚けてたとは感じさせない動きで立ち上がった。
「そう! ここは海の家だ! ああっ! いつの間にか六時回ってるじゃないか! みんな俺を起こしに来てくれたのか!? すまない迷惑をかけた! さ、夕食に行こうじゃないか!」
「だ……誰だお前……」
いきなり言葉遣いがおかしくなった悠に陵はおののく。
これが変態の成せる業……!
特に言葉遣いは関係ないのだが、今の悠の姿は街を歩いたら即刻連行されてしまいそうなほど異質な格好なのだ。
顔にはどこぞの貴族みたいな立派な髭を書かれ、額には『肉』の字……ではなく『米』の字。
そして頬にはロック調? みたいな星が両側に一つづつ書かれ、乳首には花が咲いている。
これを変態と言わずしてなんと言うのか。
はっきり言って……きしょい。
「あぁっ!? 俺の乳首が開花してる!? どういう事だ!? 誰がやった!?」
「私だ」
「ボクです」
「…私も」
「いや、悠、僕を睨むな。僕はやってないぞ?」
「止めなかった貴様も同罪! よって貴様を罪人とみなし、正義の鉄槌を下す!」
「待てや! なんで僕だよ!? 主犯格を先にやれよ!」
「ふ……そうは問屋が卸さないんだよ……うらぁぁぁぁぁあっ! 死ねよやぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
「ジョナ○ン!?」
雄叫びを上げながら悠は突進してくる。
悠が目の前まで迫り、もう当たるーーー!
「おぐぁっ!」
衝撃が来ると思ったのだが、奇妙な悲鳴が聞こえただけで、それは来ることは無かった。
思わず瞑ってしまった目をそっと開けると、小夜、鈴、シフォンが悠に飛び蹴りをかましている姿が目に入った。
まるでスロー再生のような速度で倒れていく悠。
三人は悠を台にして後ろへくるくるっと跳んで着地。
「た……助かったけど……これ、悠死んだんじゃね?」
「怪我人に暴行を加えようとする輩にはこれでも生ぬるいくらいなんだがな?」
「まったくです!」
「…私怨もあるし」
シフォンはもしかして昼間のアレ聞こえてたのか……?
陵は今更ながら自分の妹が人外なのだと認識。
あっ……もしかしたら僕もか……?
自分が悠をいさめていた時の言葉がまずかったかもしれないと思い返し、そっとシフォンの方へ目を向ける。
「…………」
やべっ、すげぇこっち睨んでますよ……。
「あ、あのぅ……」
「…なんてね」
「え?」
「…大丈夫、怒ってないよ。陵は悠さんを止めてくれたんだからいいんだよ」
そっと耳元でシフォンが囁く。
陵はシフォンに、ありがとう、と囁き返した。
「さて、鉄拳制裁も済んだし、そろそろ行こうか」
「そうだね。悠、早く来い。本当に置いてくぞ?」
「うぅ……まってよぅ……置いてかないでよぅ……この落書き、油性でなかなか落ちないんだよぅ……」
まぁ、油性だしな。後で肌が荒れ果てるまで擦ってやろう。日焼けの痛さと混じって今まで体験したことのない激痛が悠を襲うのだ。
「ほら後で落とすの手伝ってやるから。とりあえず旅館に戻るぞ。僕は腹が減りすぎてもはや痛い」
「うん……じゃ、行こう……」
なんて暗い奴だ。
陵は未だうつむき涙を拭う悠の手……ではなく首筋を掴んで引きずっていく。
とっとと旅館に戻って夕飯にしよう。
胃液で胃が溶けそう。すげぇ熱いよ僕の胃。
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