第15話 〜準備〜
「ほらっ! お兄ちゃんこっちですっ」
「…早く早く」
「っと、まてまて引っ張るなって!」
夏休み初日、今日は昨日言った通り、水着を買いにデパートまで来ている。
しかし……そんなにはしゃぐとまたこの間の二の舞いになること間違い無しだ。
「……って、そっちは違う! 水着売り場はそっちじゃない!」
まったく……。
○○○
「ホラ、ここだよ」
リンとシフォンが寄り道(?)をして、30分くらい経ってから売り場に着いた。
「んー……僕も自分の選んで来るか……」
と言っても、さほど好みとかは無いからすぐ終わるか。
「リン、シフォン、僕は自分の見てくるから選んでてくれ」
「了解しましたですっ」
「…おーけい」
……二人とも、せめてこっちに目を向けようよ……。
つーか、ちゃんと聞いてたのか?
……とりあえず自分の選んで早めに戻ろう。
なんか嫌な予感がする。
《ーーー当店にお越し頂いて、毎度ありがとうこざいます。さて、迷子のお知らせです。日下部 綾様、日下部 綾様。迷子センターにて、保護者を名乗る妹さんがお待ちです。至急いらして下さい。つーかいい加減にしてくださいコンチクショウーーー》
「はやっ! 迷子になんの早いな! ってか店員態度悪っ!」
あれか。二度目で面倒になった感じか。
まぁ、とりあえず自分の買ってから迎えに行こう。
途中でまた抜けたら同じ展開になりかねない。
まぁ、僕は特にこだわりとかは無いからパッパと選んで迎えに行かなくちゃな。
「あ、すいませんこれください」
「……はい、どうぞ。……チッ」
!?
舌打ち!? 舌打ちした!?
なんか僕悪い事したっけ!? 全く身に覚えがありませんが!?
「はぁ……425円のお返しになります」
「あ、はい」
また!? 今度はタメ息かよ!
だがそんな事は敢えて口には出さずに差し出されたお釣りを受け取ろうとする。
しかし店員(女性)の手は僕の手のすぐ隣を素通りしーーー
「あ」
カウンターにお釣りを置いた。
いいじゃん! 普通に渡したっていいじゃんか!
なんでわざわざカウンターに置くんだよ!
「こちらお買い上げの商品になります」
「……どーも」
「……チッ」
またか! 舌打ちすんな! しかも水着の詰め方雑だし! 畳んで入れろよ! くしゃくしゃになってんじゃん!
「どーもありがとうございましたー」
「うわぁ、もはや清々しいまでな棒読みだなオイ」
「お気になさらずに」
「なるわっ!」
……はぁ。なんか疲れた。体が重いよ。
早くリンとシフォンを迎えに行こう。
そう思い、カウンターの上の、無造作に置かれた水着の入った袋を手に取り、歩き始める。
「お客様」
「なんですか?」
「たまたまなのです」
「へ?」
「たまたまなのです」
「二回言わなくていい!」
「いえ、お客様が聞き返すものですから」
そう言われればそうかもしれない。
「……なんですか?」
「たまたまなのです」
「いやそれはもういいから! 何がたまたまなんだって聞いてんの!」
「あぁ、そうでしたか。えぇと、それはさっきの接客態度の事でございます。」
「すんごい悪かったな」
「えぇ。それは今日私がツンな気分だったからです」
「……そうですか。じゃ」
「あっ! ちょっと待ってくださいよ!」
「なんです?」
「まぁ、さすがに失礼だったかな? と思いましたので何かお詫びを、と」
「本当に失礼だと思ってます?」
「そりゃもう。だいたい二割ほど」
「全然じゃねーか!」
「まぁまぁ、カルシウム足りますか? Ca取ってますか?」
「どっちも同じ意味!!」
「ま、そゆことで、これどうぞ」
店員さんがカウンターの下から取り出したのは、何かが詰まった半透明の袋。カサカサ軽い音がする。
「では、私は接客に戻らせていただきますので」
「あ、はい」
差し出された袋を受け取って歩き出す。
歩きながら中を見るとーーー
「にぼし……」
ぎっしりにぼしが入ってる。なんか魚臭いな……。にぼしだからか。
「……リンとシフォンを迎えに行こう」
味噌汁のダシにでも使わせて頂こう。
○○○
「どうも毎度ご迷惑おかけしてます。日下部です」
「こちら迷子の詰め合わせでございます」
「や、これはどうも、ご丁寧に」
「いえいえ、ではでは失礼します。もう迷わせないように」
店員さんが箱詰めされたリンとシフォンを渡してくれた。
なかなか気が利く店員さんだな。
「…なんか突っ込んで」
「放置プレイはダメですよ!」
「迷子、ダメ、ゼッタイ」
「「はいぃ……」」
「迷子は、しない、させない、見逃さない。OK?」
「「お、OK!!」」
「よし。じゃあ水着を買いに行こう」
「「アイ・サー!」」
……どこでそんな言葉覚えてくるんだ?
今度ちゃんとした日本語を話せる本でも買ってあげよう。
「ここか……」
標識通りに進んでやっと水着売り場に着いた。
……水着買うだけなのに無駄に疲れたな……。
「お兄ちゃんっ」
「ん? どうしたんだ?」
「こんなのとかどうでしょうかっ!」
試着室からリンが出てきた。
「……黒いな」
「黒いでしょう! 黒子みたいでしょう! 黒井と改名しても違和感無いでしょう!?」
「黒子みたいなのは認めるけど黒井に改名するのはどうかと思うよ……。で、どこから持ってきたのさそのウェットスーツは」
「あそこですが」
リンの指差した先に目を向けると、そこには色とりどりの水着に混じったウェットスーツが。
「これがいいですっ」
「……ほんとに?」
「もちろんですっ」
「ならいいんだけど……一応普通のやつも買っておかない?」
「うぅ……これひとつでいいんですが……」
そういう訳にもいかないだろう……。
「じゃ、これを」
リンは適当に選んで試着室に入る。
……今更なんだけど……男がこういう所にいるっていうのは無駄に恥ずかしいな……。
「どうでしょうっ」
「……黒いな」
「黒いでしょう! 素肌の白さが眩しいでしょう!」
「えらく布の面積が減ったな」
リンが着ているのは……その、ビキニと呼ばれる水着なわけで。
で、何故か似合ってる。
リンって……よくよく見ると以外と胸が……。
「お兄ちゃん?」
「なっ、何でございましょう!?」
「変態さんみたいな目をしてますが?」
リンの声が辺りに響いている……様に聞こえる。
やばい……なぜか夏だというのに寒気を感じる……。
「あの……すみません」
「わかってくれればいいんです」
そう言って再び試着室に戻っていくリン。
ヤバかったな……。間違い無く今のはヤバかった……。
死の恐怖を感じたよ……。
「…ねぇ」
「ぅいっ!?」
後ろからいきなり声をかけられて変な声が出た。
「…どう?」
「……なんか妙に似合ってるのはなんでかな……?」
スク水か。なんかすげぇ似合ってるな。
あえて口には出さないが、シフォンは胸が……その、小さい。
いや、全く無いわけではないんだが、……そう、例えるならば、その筋の方々にとっては理想的な体型なのだろう。
「……シフォン、それ、どこに売ってたの?」
シフォンが着ているスク水には、ご丁寧にも名前を書く白い布までついている。
「…あそこ」
シフォンが指差した先にあった看板に目を向ける。そこには、
『こどもみずぎうりば』
との文字が。
「シフォン……」
「…どうしたの?」
……一片も自分が間違っていないと思ってる目だ……。
いや、たしかに間違ってはいないんだけど……年齢を考えてくれよ……。
「いや、……何でもない」
「…?。じゃ、買いに行こ?」
そうさ。シフォンがそれでいいと言うのなら僕からは何も言うまい。あえて本人たちの自主性に任せよう。
「お兄ちゃんっ! これとこれ、お願いしますねっ」
「ああ……それじゃ買ってこよう。迷子にならないように付いてきてくれ」
「仕方ないですねっ」
「…まったく〜」
「いや、迷子になるの僕じゃ無いから! 君達だから!」
あれだ。子育てってこんな感じなんだろうな。
世界のどこかにいるお母さん、感謝してます。
……親父は感謝どころか侮蔑すら出来るよ。
「こちら三点で8,925円になります」
「あ、どうも。……なんです?」
「いえ、お客様の趣味なのでしたらあえて口出しいたしませんが……」
「は? あの……」
「ですが良識ある大人として、いえ、人として、これだけは言わせて下さい。
……どん引きですよ?」
「いや……あの、趣味とかじゃないですから。
って言うか、アンタさっき接客態度悪かった店員じゃん! どの辺が良識ある大人!?」
「気にしないで下さい」
「無理!!」
「はい、どうぞ。」
「強引な誤魔化し方だな!」
「まぁ、仕事ですから」
「……じゃ」
「お客様」
「なんですか?」
「これを」
店員さんはカウンターの下から紙袋を取り出した。
「これは?」
「あなたの趣味のお供にどうぞ。代金はサービスしておきます」
「サービスですか。……もらっときます」
「道中お気を付けて」
「あなたはクビにならないように頑張って下さい」
「大丈夫です。態度が悪いのはあなたにのみですから」
「…………そうですか」
この店員さん……まぁいいか。とりあえずもう来る用事は無いからな。
「さて、リン、シフォン、帰ろうか……って、え?」
いない? あれ? 僕付いて来いって言ったよね?
「どこ行ったぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!?」
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので……」
「あ、すいません」
○○○
その後、暫くしてから呼び出しがあって、再び迷子センターに行くはめになり、再び迷子の詰め合わせをもらうはめになった。
……なんで二人いて迷うんだろう……。
とても同い年には見えないな……。
買い物に来るだけなのに凄まじく疲れたな……。
旅行は一体どうなる事やら。
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