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異世界少女の覚書

作者: リック

 このノートも何十冊目となりますが、書き始めには必ずことのあらましを書くのが規則ですので記します。


 私の名はアリア。見た目は女性ですが、人間ではありません。もう何百年も異世界から来る少女達の世話係を命じられております。少女達にはこの世界の王族と婚姻していただくのが決まりです。

 何故そういうことになったかと言うと、遠い昔、異世界少女と叶わぬ恋をした王様が、自分の子孫こそはと少女を異世界から召喚するシステムと、自分の子孫が必ずその少女を好きになるようにとの(まじな)いをその身にかけたのでした。

 私はその場にいた人形に命を吹き込まれただけの物体ですので、人間のことはこの性質上よく分かりませんが、子供に自由意志は無いもののようです。

 その時の王様――もう顔も、名前すら思い出せませんが――に命じられて少女達を見守ってまいりましたが、最初のうちは混乱ばかりでした。特に好き合ったと思っていたものが魔法によるものだと知った時はいつも修羅場になりました。よく分かりませんが、子供が学校を嫌がるように、強制的なものというのは人間はいつも嫌なようです。


 何代か失敗を繰り返したあと、「これは教えないほうが皆のため」 と割り切ってからは平和なものでした。

 とはいえ、私に命を吹き込んだ王の命令を遂行する私にとっては、失敗などあってはならないこと。こうして色々なことをノートにメモしておくのです。



 では今回は○○回目の少女の覚書となります。



 その少女は花音(かのん)様とおっしゃいました。私が「貴女は花嫁でいらっしゃいます」 と言うと、複雑な表情をしながらもこちらの言うことに従ってくれました。たまに「家へ帰せ」 と暴れる方がいるので、これはかなり良い方です。

 素行に問題点はありませんでした。問題がある方は、過去に逆DVに発展したこともあったので、世話係の自分はよく吟味しないといけません。あまりに非常識な方であった場合は、秘密裏に処理することが許されております。……そんなことまで考えてるのに、あの王様はどうしてそこまでして異界から少女を呼ぶのか、私にはよく分かりません。まあ、とっくの昔に死んだ人のことなど考えるだけ無駄でしょうが。

 とにかく、花音様は合格点でしたので、一人の王子を紹介することにしました。花婿に選ばれる者はこれも厳選しております。異界に戻りたいなどと言わせぬためのようです。

 そうして選ばれた第一候補の王子はカンタータ様です。もう数百年前の呪いは健在で、会うなり彼は花音様に一目惚れされました。


一日目。

「何て美しい。こんな女性は見たことがない」

 カンタータ様のお言葉に、花音様は頬を赤らめてそれを両手で隠しながら俯くだけでした。彼氏いない歴=年齢のご身分ゆえ恥ずかしいのだそうです。でも十六なら問題ないのでは? 過去に六十代自称女子でそういう方がいらした時はさすがに私も驚きましたが。


二日目。

「今日も綺麗だ。まるで天使が歩いているようだ」

 カンタータ様のお言葉に、花音様は「ありがとう……」 と蚊の鳴くような声で答えました。照れが残るものの、順調に交流なさっているようでした。


三日目。

「ああ、朝の光に照らされて、まるで女神が降臨したかのよう……」

「おはようございますカンタータさん、今日もいい天気ですね」

 何ということでしょう。美人は三日で慣れる、ナンパは三日で飽きる。元喪女の花音様は大変なスルー力をつけていかれました。慣れは恐ろしいものです。


「あそこまで言われるとかえって怖い。それに私のどこにそんな魅力があるのかと考えると」


 ……魔法で強制的だとバレると色々面倒ですね。ここは一旦引き離して別の候補者を当ててみるのもいいかもしれません。



 そこで二人目の候補者であるファルセット様を引き合わせてみました。この方は好意を抱く相手にするアピールが個性的だと評判です。


「別に、お前のためなんかじゃないんだからな! アリアが言うから会ってやるだけなんだからなっ!」

「はぁ……」


 個性的すぎてちっとも花音様に伝わっていないようでした。以前の少女の知識いわく「ツンデレ」 は花音様のご趣味ではないようでした。



 そこで三人目の候補者……実はここから質がぐっと落ちるのですが……のアレグロ様に引き合わせることにしました。この方は王族といっても下の下。薄い血縁しかありません。それでも召喚少女が気に入ることが最優先ですので、私は指定した待ち合わせ場所に向かいました。そこで彼の戦闘力に私は戦慄します。待ち合わせ場所で、彼は女性を口説いていたのです。


「今頃、天国では大騒ぎだね。だって君という天使が僕の為に堕天したのだから……」


 何という男。究極奥義「ただしイケメンに限る」 を打ち破る「イケメンでも許されない」 言葉を操り女の子をうっとりさせている。こいつ、できる。


「……ん? ああ失礼。先約があった」


 アレグロ様は私の気配に気づき、先ほどまで口説いていた? 女の子を虫でもはらうように追い払ったのでした。……どう見ても素行に問題がありますね。


「アリアか。俺にまでお鉢がまわってくるなんて、他の候補達はそんなにもだらしないのか?」


 その質問に私は「相性がありますので」 と当たり障りなく答えます。しかしアレグロ様は納得しておられないようでした。その甘いマスクを歪ませてせせら笑いながら言います。


「金塊を前に涎を垂らすだけか、童貞どもが」


 花嫁を金塊呼ばわり……確かに結婚したものが王となる決まりですが。こうもあからさまに金目当てを匂わされるとさすがにこちらも考えてしまいますね。私を作った王からは、害なすと判断したなら駆除もやむなしとの命もありますので。

 そんな私の考えを見透かしたのか、アレグロ様は不敵な笑みを浮かべて言いました。


「知ってるぞ、候補達が花嫁に必ず惚れるという呪い」


 ……誰だ? 私はこの事実が不和を生むと感じてからは徹底して隠蔽している。直系でもないアレグロ様が知っているはずがない。


「長生きしたところで、おつむは人形のままか。ヒントをくれてやろう。俺の先祖にも異世界の少女がいる。そっちから正しい情報を得ているんだよ」


 そんなものはどうだっていい。この事実を知っているならこのまま捨て置けない。常に隠し持っている武器を取り出そうとして、アレグロ様は手で制する。


「強制的な恋愛が問題か? それが何だというんだ。決まった相手を好きになるなんて面倒がなくていいくらいだ。そもそも恋愛感情に振り回されるなんて馬鹿らしい。それだって楽しんでこそだろ?」


 ……今までこの情報に悲観されてきた方々と違い、アレグロ様は非常に前向きなようだった。ふむ。確かにこの秘密を知っていても動じないというのは、他の方より有利かもしれない。とりあえず、まずは彼を花音様に会わせて、お二人の反応を見てそれからだろう。

 花音様は、本日は図書館にいらっしゃる。


 図書館で、花音様はぼんやりと本を読んでいた。そこへアレグロ様が静かに近寄っていく。「女なんて甘い言葉を囁けば簡単に落ちる」 がアレグロ様の持論。物陰から私はその様子を窺うことにした。花音様もうっとりするのだろうか?


「やあ」

「え?」


 後ろから声をかけられて振り向いた花音様。それを見たアレグロ様――そのとき私は人が恋に落ちる瞬間をざっと千人は見てきましたが、彼ほど分かりやすい人はいないと思いました。見る見るうちに真っ赤になる顔、ぎこちない動作、顔に汗が滲んで、あと涙目。

 でもこれ、何も知らない人が見たら、人が目の前で急激に具合が悪くなっていく図かもしれませんね。案の定、花音様はぎょっとした顔をして、安否を尋ねようと口を開きかけましたが、アレグロ様のほうが早かったのでした。


「お」

「お?」

「俺を見るなああああああ! バカ! ブス!!!!」

「えええ!?」


 言うなりアレグロ様は、動揺する花音様を置いて猛ダッシュで走り去ったのでした。あの方、本気の恋はしたことなかったんですかね……。


「アリアさん、私って実は見るだけで気持ち悪くなる顔してたんですかアリアさん。カンタータさんもものすごい遠慮してるだけだったりするんですかアリアさん、本当のことを教えてください」


 逃げたアレグロ様のあとに、花音様は何日も泣きながら私にそう聞いてきたのでした。花嫁にダメージを与えたあの男どうしてくれようと思っていたら、アレグロ様のご実家から連絡があり、息子が「好きな人に暴言を吐いた、しにたい」 と引きこもりになったとのこと。 


 ……まあいいか。婚約に失敗した男が秘密を握っていることをどうしたものかと思っていたが、これなら始末する必要もあるまい。引きこもりに社会的信用はないから。

 さてツンギレもまた花音様の趣味ではなし、と。……もしかしてあれはツンアホに分類されるのだろうか?



 そして次に紹介した人物はラルゴ様といい、貴族の三男です。優先順位が低い理由は、その容姿。生まれつき白髪(はくはつ)なのです。後姿で老人と間違われることも少なくなく、家にこもりがちになり、専ら趣味の園芸に精を出して毎日を過ごしているとか。

 容姿については「異世界きてまで何で不細工と!」 と過去に言った少女もいましたので、わりと最優先事項です。そして性格も。言ってはなんですが、別に異世界人じゃなくても、根暗とかコミュ症と付き合うのは難しいですよね。相当フレンドリーな方でない限り。そういうことも考慮していたのですが……。


「ラルゴさん、お花好きなんですね。私もです」

「……そう」


 ラルゴ様の庭で、二人は和気藹々としていらっしゃいました。共通の趣味とは偉大です。二人の様子を眺めていると、ラルゴ様が花音様のために黄色い花を摘んで、簡単なブーケにして差し上げたのを見ました。あら可愛らしい。


「ありがとう! 私、黄色の花が特に好きなんです。でも花言葉がほとんど良いの無くて……。この世界って花言葉ってあるんですかね? ないなら私、自分でつけちゃおっかな!」

「……可愛い」

「そうですよね、こんな可愛い花なんだから、花言葉も可愛いのであるべきですよね」

「花、だけじゃなくて、そんな君も」

「!!! あり、がとう、ございます……」


 不意打ちに花音様は真っ赤になりました。ラルゴ様はおそらくクーデレなのでしょう。長く付き合うなら、こういうびっくり箱みたいな男のほうがいいのかもしれません。


「でも、花が可愛いのはラルゴさんが花を大事にしてるから可愛いんだと思います。やっぱり水撒きとか肥料とかこだわってますか?」

「……あと剪定、栽培時期、虫害や病気の予防……人間と同じだよ」

「わぁすごい……花を大事にするラルゴさんってかっこいいです!」



 しばらく楽しそうに会話したあと、暗くなったので本日は終了となりました。中々いい感じの二人です。しかし数日後にラルゴ様に会いに行くと、彼はズレたことを考えておいででした。


「花音が、花を大事にする僕がかっこいいって言ったから……僕は花に生きる……」


 ただでさえ園芸マニアだったラルゴ様は、今では立派な園芸オタクでした。一日中庭に入り浸りだそうです。花音様はそんなラルゴ様の様子を惜しんでくださるかと思いきや「品種改良が成功したら花言葉をつけさせてくれるって! やったー!」 くらいなものでした。いい友人程度の認識か……。いささか鈍い花音様にはクーデレも無意味と。




 最後にヤンデレのグラーヴェ様を……こっそり遠くから見せました。召喚の補佐をする一族だったので、初日に視界に入れていた経緯があります。


「花音……花音……いっそ君の髪の毛になりたい、君の家の床になりたい……」


 それをこっそり聞いた花音様が「アリア、今日の夕飯なに?」 と何事もなかったかのように聞いてきたのが印象的でした。ええ、魚料理がメインになります。



 そんな波乱もありましたが、最後に花音様は問題なく、カンタータ様と結婚なされました。「私を好きって言ってくれる人はカンタータさんだけ」 が主な理由だったようです。デレデレは強いということでしょうか。


 ……ということで、愛情に慣れていない少女にはショック療法も有効という覚書でした、まる

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