腐
転移するまでの時間……五分もあれば黒本さんも落ちつきを見せるかと思ったが……。
「おい! クロモト様の警護をしていたお前達は一体どうしたと言うのだ!」
黒本さんの警護をしていた騎士達が揃って、何か変な指定をしながら興奮しては倒れて行く。
かなり血みどろの状態となってしまっている。
パニックじゃないか!?
大丈夫か!?
「幸成! 早く依藤を呼んで来るんだ!」
「わかってる! 後30秒だ!」
と言う訳で俺は依藤の目の前に転移した。
幸い、休憩中で漫画を熟読している状態だったから助かった。
「は、羽橋!? どうした?」
依藤達は俺が転移してきた事に驚きを隠せない表情で尋ねてくる。
「お前の彼女が茂信の工房にやって来るなり、訳のわからない……いや、俺と茂信がもっと仲睦まじくしろとか、依藤と仲良くする葛藤をしろとか騒ぎだしてな」
俺の返答に依藤が一度ビクっと痙攣してから、思い切り視線を逸らした。
お前、絶対何か知ってるだろ。
脂汗を流しながら小刻みに震え、視線を逸らしながら口をとがらせるってどこまで挙動不審なんだ!
「挙句、護衛の騎士まで俺を中心に組み合わせ的な事を述べた挙句、回されるとか言って鼻血を噴いたぞ!」
「なんだその状況!」
「み、見に行きてー! 帰っちまうか!?」
「狩りなんてしてる場合じゃねえ! さっさと行こうぜ!」
なんでそこノリ気なんだよ。
別に娯楽を提供する為に、転移してきた訳じゃないぞ。
「口じゃ楽しそうだが、かなりの地獄絵図になってるぞ?」
視覚転移で確認すると、混乱は収まってきた様だけど……何か騒ぎで工房が立ち入り禁止になってる。
「依藤」
「……なんだ」
「とりあえず確認だ。お前の彼女……腐ってんのか?」
肉体的じゃなく、精神的な意味で。
すると依藤は視線を逸らしながら、また土下座した。
「普段はとても良い奴なんだ! ただ、趣味がアレなだけで! 腐ってはいるけど、俺とも恋愛出来る、ハイブリットなんだ!」
「お前もネタに混ざってるのに良いのか!?」
激しく依藤の女の趣味を疑い始める。
男同士の友情(控えめ表現)が大好きな腐った彼女で良いのか?
いや、別にそういう趣味に文句を言う気はないけどさ。
「とにかく、魔物退治所じゃねえし、帰るかと思っていたからキリも良いし、見に行こうぜ」
「ちょ――」
言うのが早いか、クラスメイトが帰還の準備を始めてしまう。
狩りは良いのか?
「く……」
「とりあえず依藤、黒本さんを引き取ってくれ。お前の彼女なんだから」
「……わかった」
という事で、帰還の水晶玉を使用して依藤達と城下町に戻った後、茂信の工房へと行く。
若干人だかりが出来ていたけれど、掃除事態は迅速に終わった。
清掃の能力者が派遣されて、血とかを綺麗に洗うそうだ。
「うわー……まだ血がこびり付いてんなー」
「現場に立ち会えたらもう少し楽しい物が見えたんじゃね?」
「見たよ。凄かったんだから」
と、いつの間にか拠点向けの能力のクラスメイトも集まって話に花を咲かせ始めている。
「かなりパニックになってたけど、話を聞いてたら面白かったな」
「面白くない」
当事者の俺からしたら散々だ。
茂信が何か疲れた顔をしてるぞ。
「あ、幸成くん。みんなの治療は終えたよ」
実さんも派遣されていたのかクマ子と一緒に手当てをしてる様だ。
「クロモト様の警護をしていた騎士達は一体何があったのでしょうか?」
「ラムレスさん。あなたが携帯ゲーム機を大事にしている所を見れば似た様な状況だと思いますよ」
「な、なるほど……染まってしまった結果という事ですか」
理解が早くて助かる。
嫌な理解だけどさ。
「精神系の危険な能力に汚染されたという訳ではない様ですが……」
「一部の女性が発露する危険な妄想に汚染されたと思ってくれれば良いです」
「大丈夫なのでしょうか?」
「日常生活は大丈夫だと思うけど、妄想をし始めると興奮してしまうのでしょうねー」
もはやヤケクソな返答をしたくもなる。
「実さんは、黒本さんの趣味を知ってた?」
「うん。美樹ちゃんは男の子同士の恋愛が大好きなのは知ってたよ」
「ちなみに実さんは?」
少々妄想が入るけど、実さんもそんな趣味を持っているのだろうか?
「ううん。私は興味ないですねー」
と言いつつ、実さんはクマ子を撫でてる。
ああ、実さんは動物が好きなんだな。
「ゆ、ユリ? しかも動物!?」
誰だ! 変な事を言っている奴は。
くそ、人が多くてわからない。
「ガウ!?」
その言葉にクマ子が驚きの声を上げている。
「何を言ってるんですか?」
あ、実さんのこの反応はわかってない。
良かった。実さんは正常だ。
「美樹……」
依藤が犯罪を犯して拘留された妻に面会に行った旦那の表情で声を掛けた。
「あ、隼人……羽橋君がね、貴方との仲を夫の坂枝君に公認されてるみたいなのよ。ダメよね?」
あ、がっくりと来ている。
まあ返答が色々とアレだったからな。
「とりあえず、妄想と現実の区別を付けろ。夢じゃないんだぞ」
軽く依藤が黒本さんの頬を叩くと、黒本さんが我に返ったように俺を見る。
「羽橋君の心の隙間はどの男の子が埋めるの?」
戻って無い!
どちらかと言えば黒本さんが家に戻ってほしくなってきた。
「落ちつけ、美樹。お前はなんで坂枝の工房に来たんだ? 羽橋と坂枝の絡みを覗く為じゃないだろ。しかも萩沢は視覚外だし」
「萩沢くん? 彼はダメよ。最初から浮気癖があるから羽橋君との関係を持たせてはいけないわ。それは坂枝君や隼人がする事」
「いや、俺はお前の彼氏だろ」
「確かに短い関係なら良いけど、羽橋君と愛を育めないと思うわ」
「聞けよ」
何を言っているんだろうか。
スイッチが入ったまま壊れてしまった様に見える。
依藤、お前本当にこんな彼女で良いのか?
というか依藤、ここにいない萩沢を巻き込むなよ。
そもそも質問してるって事は理解してるのか……。
依藤が深いため息を吐く。
「ああ、そうだった。羽橋君にお願いがあって来たの!」
と、告げると意識を失っていた騎士達が起き上がって、黒本さんと一緒に俺を凝視し始める。
なんか怖い!
揃って俺を凝視しないで!
「未知の洗脳能力でしょうか。国の防衛結界の設定を変更すべきかもしれません」
「出来たら良いけど、多分無理じゃないかな?」
能力ではない洗脳に近い様な気がする。
それにしても腐った思考って宗教的に問題とか無いのだろうか?
ちなみに、この国の国教にそういう定義は無かった。
どうも性に関しては解放的な方針らしい。
外国だとあるらしいけど。
そっちへ亡命すべきだろうか?
「で? これだけ騒ぎを起こした黒本さんが俺に何の用? 俺が出来る範囲で……茂信やラムレスさんと恋愛しろとか以外なら聞くよ」
「腐腐腐、それは大丈夫、おかずにしたし、みんなで作るから」
「何を!?」
というか、今フフフと笑ったけど、なんか表現が違った様な気がする。
「……」
依藤が視線を逸らす。
女騎士達が揃ってノート(日本産)を出してスケッチしている。
あなた達は画家じゃなくて騎士だよね?
「こんな感じでどうでしょうか?」
「良いわね。絵画の能力者を採用して更に広めましょう!」
だから何を作る気だ!
変な物を広めるな。
「あの、もう……追い出して良い?」
出来れば塩を撒いて二度と会わない様にしたい。
かと言って大切なクラスメイトだし、そんな事は出来ない。
割と本気でどうしたら良いかわからなくなってきた。
「美樹、いい加減にしてくれよ。羽橋を玩具にするんだったら俺も本気で怒るぞ」
依藤が心底ウンザリした口調で黒本さんを注意する。
ああ、意外と対等な関係なのな。
「話が大きく逸れたわ。私が羽橋君にお願いしたい事はね」
と言いながら黒本さんは、以前漫画を大量発注された時に見た、分厚いカタログを俺に見せる。
注文したのは黒本さんだってのはわかっていたけど、それが何?
「美樹……まさか!?」
依藤が絶句の表情を浮かべる。
「ええ、羽橋君にはコミゲに行って同人誌を買ってきてもらいたいの!」