空気転移
「……なんて言うか、羽橋ってかなり恵まれた能力を持ってるってわかるな」
みんなが揃って頷く。
この場だと確かに有能に見えなくもない。
「森での谷泉の評価は絶対に間違ってるよな」
「こっちも下位互換なんて内心、馬鹿にしてたのは確かよね……私達の中でも特に無能だって」
「だな。俺も思ってた。転移とか……めぐるさん、じゃない飛山さんの下位互換だって思って馬鹿にしてた」
それは聞きたくなかった。
思っていても口にしないで頂きたい。
今は依藤達の事を言ってくれ。
特に萩沢、お前は俺の事を馬鹿に出来る立場じゃないだろ。
最初は専門に負けるポイント食い能力者ってレッテル貼られてたじゃないか。
今じゃお前の立場ってなんだよ。
爆弾魔兼、何でも屋じゃないか。
しかもいらない素材とか物をポイント化出来る万能能力者だろ。
ちなみにポイントと金銭でポイントの方が価値が低いのは売買の能力の所為だと聞いた。
「詠唱五分、重たい物は相応に魔力を食うのを優秀だと思うなら思ってくれて良い」
「いやいや、羽橋の真髄は日本の物を買って来てくれる事だ」
「うん!」
「ああ!」
「だよな!」
いや……そんなに力強く叫ぶなよ。
それしか出来ないみたいで惨めになるだろ。
「さっきの話だけど音声転移とか拡張で覚えそうだよな」
ありそうだな。
視覚、聴覚の転移があったんだ。声も転移出来そう。
掛けた物を媒体に声を飛ばすとか。
出来たら凄いな。俺自身は安全地帯に居れば良い。
もっと詠唱時間を少なくするとか出来れば戦闘にも参加出来るのにな。
なんて話をしている間に、茂信達が転移させた魔物を解体していく。
実さんが定期的に俺の魔力を回復させ、俺は実況を続けた。
やがて依藤達が遺跡っぽい大きな建物が見える脇の大きめの洞窟を見つける。
冒険者や騎士が揃って戦闘の準備を始める。
どうやらそろそろ本格的な戦闘の準備か?
先発隊として依藤達が確認しに行く。
……目に見える渦が洞窟から定期的に飛び出して行くぞ。
危ないんじゃないか?
そう思っていると、タイミングを見計らって依藤達は洞窟内に侵入する。
結構長い洞窟なのか?
海竜ってのがどんなのか知らないが、洞窟内をどんどん進んで行く。
『空気が心もとなくなってきたな』
と、呟いた所で先頭が足を止め、静かにとばかりに人差し指を立てる。
すると洞窟の奥に海竜がいた。
少しばかり広めの空間の様だ。
その空間内の奥の窪地でゆっくり動いている。
転移で狙うのは難しいかもしれない。
外見は、魚っぽいエラのある……海に生息していた恐竜みたいだ。
結構トゲトゲしいし、鱗もある。
恐竜ドラゴンとも言えるのか?
『羽橋に聞こえているかわからないが、説明すると、この空気の膜は魔物の攻撃で散らされるとその分減る。補充出来るが、消耗が激しいと、危ないんだ。わかるな?』
安心しろ、聞いてるから。
なるほど、あの海竜が攻撃すると空気の膜が破壊されて戦闘継続が難しくなる訳だ。
『じゃあ羽橋、俺達は十分に偵察したからあの部屋に空気を送ってくれ、以上だ』
と、依藤達は来た道を戻って行く。
先発隊、後続部隊との合流後に決戦に入る感じだな。
よし、どうなるかわからないが空気を送るとしよう。
攻撃も出来るかわからないけど、出来る限りの空気を送りつけるとしよう。
俺は窓辺に立って、実さんに魔力回復を施してくれる様に指示を出して、飛ばす空気を魔力の限界まで指定する。
範囲でも飛ばせる魔力が増えるからなぁ。
今の俺の魔力では空間指定だとそこまでの範囲は飛ばせない。
だから小分けに飛ばして行った方が良いだろう。
という事で、決戦の地になりそうなあの小部屋と海竜のいる部分へと空間指定して詠唱に入った。
『羽橋はやってくれると思うか?』
『信じるしかないだろ。こっちも隊列を崩さない様に、離れておくんだ』
依藤達が揃って準備に入る。
冒険者や騎士は半信半疑って態度を見せている。
やがて五分が経過し、ガクッと俺の魔力が枯渇する。
「く……」
地味にきついな。
なんて言うか凄い虚脱感がある。
「大丈夫ですか? 回復させますね」
「うん」
実さんが魔力を回復させ始める。
ちなみに実さんの回復は少しずつ回復させる物なので、即座に回復はしない。
充電式と言うのかな。
どっちにしても回復しきるのに多少時間が掛る。
『お? 何か音がしたぞ』
『大きな爆発音にも聞こえたが……』
細かな泡が依藤達の元へ渦と一緒に流れて行く。
今、俺が見えているのは依藤の視界だ。
想像で飛ばしているから成功したかよくわからない。
『とにかく、行ってみるぞ!』
『おう!』
と、依藤達は海竜が休んでいた若干開けた場所に行く。
するとそこには――
『アギャア――ガハ――』
何か死屍累々の海竜が突然の襲撃に悶絶している姿だった。
先ほどとは違って鱗は所々ボロボロ、目は充血している。
水ぶくれみたいな膨らみが体の各所にある。
なんて言うかクリーンヒットって感じか?
部屋の上には空気が溜まっているな。
『……もしかしてコレって羽橋が転移で送りつけた空気を受けた所為か?』
『良い感じに弱っているぞ! チャンスだ!』
『空気の補充も出来るならばこれ以上に良い状態は無い!』
『逃げ道は魔法の障壁を出して塞いで置く!』
『みんなエアボムを投げて更に海竜に不利な状態に追い込め!』
と、揃いも揃って持っている空気補充用の道具を使い、空気をその場所に充満させる。
水がかなり追い出され、海竜が悶絶から立ち直り激怒した頃には、冒険者達に有利な状況になっていた。
陸地に上がった様な状態の海竜等、まさにセイウチと同じ。
体を引き摺って動くことしか出来ない。
もちろん、水の衣を纏って陸上でも動ける様だけど、水中という枷がほぼ無い依藤や冒険者、騎士達にとっては容易く組み伏す事の出来る相手と化していたっぽい。
それでも動きは早く、依藤の視界がめまぐるしく変わっていく。
「う……」
「どうした幸成?」
「依藤の動きが激しくて酔った……」
見てたら乗り物酔いみたいな気持ち悪さが込み上げてくる。
依藤、お前が戦闘中、どれだけめまぐるしく動いているのかわかったけど、視覚転移で見張ってると乗り物酔いみたいになる。
ゲームの3D酔いみたいな気分だ。
かと言って、見ないでいると援護出来る機会を逃してしまう。
堪えて見ていると、海竜は渦を発生させるも水が足りず攻撃は弱体化しているっぽい。
耐えきれない攻撃じゃないんだろう。
『ここまで余裕な海竜退治なんて初めてだ』
『さすがは異世界人、こんな有利な状況を作り出せるなんて信じられない』
騎士と冒険者が依藤達に戦いながら述べている。
『お世辞を言っても分け前を増やしたりしないぞ?』
『は! そりゃそうだ!』
何か戦友って感じの会話をしている。
その場にいない所為か疎外感が凄い。
依藤が雷を纏う剣を取り出して大きく振りかぶる。
あれは切り札とか言っていた天魔一刀だ。
寄ってたかってボコボコにされていた海竜の顔面に向かって依藤は振りかぶった。
『アギャアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオ―――!?』
その一撃が決めてとなり、海竜はグラっと倒れた。
「やったみたいだぞ」
「そのようだな! 見ろよ」
俺が言うと同時に窓の方角を萩沢が指差す。
うわ、ボスが倒されたのが一目でわかるって凄いな。
先ほどまでの暗雲がウソみたいに雲が散って青空へと変わっていく。
海に発生していた渦潮も消えたようだ。
しかし……遠目で見ているだけだが、依藤達の動きが早くて俺は気持ち悪いぞ。
『分け前はどうする?』
『どうするって、滅茶苦茶ボロボロで素材に出来る所が少ないじゃないか』
『勝てはしたが……勿体ない』
あ、依藤達が揃って申し訳なさそうにしてる。
しょうがないだろ。
つーか……さすがにこのクラスの魔物じゃ転移攻撃じゃ殺せないか?
地味にアダマントタートルよりも強いんじゃないか?
空気を飛ばしただけだけど。
岩とか飛ばして一撃必殺が良かっただろうか?
でも言われた通りにしただけだし。
『さて、解体して持ち帰るか』
『あ、待ってくれ。羽橋、飛ばせるか?』
依藤が俺に尋ねてくる。
「何でも屋の如く俺を行使するな……」
「どうしたんだ?」
茂信と実さんが声を掛けてきた。
依藤には届かないから、事情を知っているとしても独り言を言っている様に見えるよな。
「海竜の死骸を飛ばせないかって聞いて来た」
「やってやれば良いんじゃないか?」
まあこれが俺の仕事だもんな。
死者を出すことなく勝てたのは大きいし、俺も嬉しい。
だから依藤達の前に転がっている大きな海竜の死体を転移で指定……大きすぎるな。
転移で近くに飛ぶか。事情を話さないといけないし。