ファイナルラウンド
「ガウー!」
グローブから素手のクマ子が現れてテキパキと俺の治療をしてくれる。
こんな事も出来るのか。
茂信や実さんってこういう時に何かしてくれる事……カンガルーの時は無かったからなぁ。
「幸成!」
「羽橋」
そこに茂信と依藤がセコンドとばかりに声を掛けてくる。
「大丈夫か」
「一応な」
「見た感じ、押してるぞ! 上手く行けば勝てるな!」
「牙に岩を引っ付けて殴りつけるのは良い手だったぞ」
「あ、ああ」
二人して何故そんなに褒めているんだ?
やる気を出させる為だろうか?
「ところで羽橋」
「なんだ?」
依藤がセイウチのボスの方を指差す。
するとボスは用意された椅子から立ち上がって、両手を広げている。
なんかセイウチ共がボスに向かって拍手してるけど……。
「あれは!? さっきラムレスさんが言っていたユニークウェポンモンスターの試合でよく観測される動作なんだが、取り巻きの応援で能力上昇を掛けている! こっちもやるぞ!」
「どうやるんだ?」
「援護系能力者に掛けてもらうと良いそうだ」
「じゃあ、実さん、それと――」
茂信が実さんと援護能力を持ったクラスメイトを呼び寄せる。
「私はどっちかに肩入れしちゃいけないジャッジなのにー」
「あっちのジャッジもやってるんだから、こっちがやらない方が神聖じゃない」
「そういえばそうですね!」
茂信の言葉に、若干不満そうにしていた実さんがあっさりと頷いて、俺に向かって祝福を施す。
重複するんだっけ?
ステータスを確認すると、随分と上がっている気がする。
という所でカーンと第二ラウンドの鐘がなる。
「がんばれよ!」
依藤が我が事の様に熱い視線と声で言い放つ。
まあ、これで勝てば俺は元よりクマ子も強くなるもんな。
「ああ」
俺はボスの方に視線を向け、ファイティングポーズを取る。
「ヴォフ……」
ザバァっとボスがまたも海水を纏う。
どうやら1ラウンド一回くらいのクールタイムがあるんだな。
っで、度重なる攻撃、もしくは大技を喰らうと纏っている衣が剥がれおちて敏捷性が失われる。
攻撃のタイミングを練らないとやばそう。
しかも応援で能力が上昇しているんだったか?
実さん達の援護でこっちも能力を上げているが、どうなるか。
そう思って、ボスの攻撃に備えて防御体勢を維持しながら様子を見る。
「ヴォフ――」
速攻で海水を纏った状態からの突進攻撃を放つ気だ!
ザバっと大きく下がって、突撃……ん?
さっきよりも挙動が遅く見える?
これは運が良い!
実さん達の援護が相手の援護よりも上回っているんだ。
よく考えてみれば実さんはともかく、クラスメイトの援護能力は戦闘向けの能力だ。
Lvはセイウチのボスよりも遥かに高い。
これは……ガードなんかせずに、攻撃出来るんじゃないか?
セイウチのボスが俺に目掛けて突進してくる。
それを紙一重で回避して、腹に思い切り拳を叩きこむ。
「ヴォフ!?」
ドシンと特に付与効果等を使わないのに良い衝撃が俺の拳を通じて伝わってくる。
ボスが大きく前のめりになる形で咽る。
ダウンは取れないが、息が出来ないくらいのダメージが入ったっぽい。
腹を押さえて呻く。
「「「おおおおおお!」」」
「なんと言う見事なカウンター! 幸成くんのカウンターヒットにオレンジグローブナイトウォールラスのボスさん、お腹を押さえてよろめきました!」
「ヴォフヴォフ!」
セイウチ側の応援席からブーイングが発生する。
お前等揃って援護を掛けてんだから、条件は同じだろうが。
ま、こっちのセコンドの能力の方が上だっただけで。
しかし……第二ラウンドに入ったばかりだけど、随分と時間が経過している様な錯覚を覚える。
この感覚は……ああ、小野が暴れた時の感覚に似てるんだ。
あの時は一分がとても長く感じた。
……今は目の前の相手に集中しよう。
「ち! 水を纏うのを解除させられなかったか!」
これだけクリーンヒットしたんだ。敏捷性を大きく下げられると思っていた。
にも関わらず、仰け反らせただけに等しいと言う事は、思ったよりもダメージが入っていないって事だろう。
「まだまだ!」
今こそラッシュを掛ける時!
俺は腹を押さえているセイウチのボスに急接近して殴りまくる。
ジャブ、フック、ストレート!
スクリューパンチとかました辺りでボスがガード態勢に入った。
く……やはり分厚い皮の所為で決定打に成りえないか?
スクリューパンチの衝撃も……ってさっき俺が与えたダメージでボスのセコンドが治療した傷口が開いている。
……ん? 分厚い、皮?
攻撃の衝撃を逃がす為に分厚い皮が必要?
これって、顔面を殴っても割とタフなパンチングベアーのボスを思い出す限りだと……うん。
「ヴォフゥウウウウウウウウウウウウウウ!」
カンカンに激怒したセイウチのボスが氷の拳を振りかぶり、地面を凍りつかせ始めた。
ゲ!
決定打に閃いた瞬間、氷の拳の応用を始めやがったな!
バキバキと足場が凍り始め、凍った足場を避けながらボスの突進攻撃にカウンターを、としようとすると俺の目の前でカウンターを止める。
移動に突進を使う応用か!?
しかこコーナー近くなので逃げ場が少ない。
大きな氷の拳を纏って振りおろす。
後方は氷に囲まれている。
「あっとー! 幸成くん。コーナーに追い込まれている! このままじゃ逃げられずボスの攻撃が当たってしまうぞー!」
カンガルーステップをして跳躍するにもボスが腕を大きく上げて大きな氷を邪魔をして飛び越えられない。
ガードはさすがにあんな攻撃には対応できない。
野生の勘が教えてくれる。ガードしたら多大なダメージが入る。
……やるしかないか。
俺は姿勢を低くして地面にアースクラッシュを放ち、凍りついたリングの氷を砕いてボスの脇を通り抜ける。
俺の居た場所にボスの巨大な氷の拳が降り注いだ。
「幸成くん。凍った足場を地響きを起こす攻撃で破壊して切りぬけたー! オレンジグローブナイトウォールラスのボスさんが忌々しそうに幸成くんを見てるぞー!」
「しかし……俺達のLvが若干低い所為か……幸成とボスの動きが早くて目で追うのがやっと何だが……」
「いっけー! ほら! そこだ!」
萩沢は応援しながら相変わらずポップコーンを食ってる。
後で文句を言いたい。
茂信の方は、Lv差と援護の影響でかなり速度が出ているっぽい。
こんな事もあるんだな。
というかなんとなく気付いたんだが、ボスに掛っている援護……セイウチ仲間だからか防御力が上がったとかなのかな?
「ヴォフウウウウウ!」
知略も駆使して放った必殺の一撃を外してセイウチのボスが激怒している。
ん? 拳が鋭い氷の塊に変化しているぞ! あんなの当たったらかなりやばそう。
だが、動きはまだ俺の方が上だ。
素早く、乱暴に暴れまわるセイウチのボスのボディに軽い……ベアークローで分厚い皮を切り裂いて行く。
出血に至らない攻撃でもいい。
目的はそこじゃない。
一つでも多い面積を攻めて行けば良い。
仕込みを増やして行けばいいんだから。
なんて感じに、途中で水を纏うのが切れたボスは敏捷性が落ちても……リングを凍らせて器用に……滑る氷の反発力を利用して俺に攻撃をしようとして来るようになった。
「なに!? ぐあ!」
隙を突けると駆け出した俺を跳ねる様に殴り飛ばし、俺は宙に浮いてしまう。
やばい! 受け身を……っとどうにか受け身をとったのだけど、腹部に痛みが走った。
さすがにフルメタルタートルの胸当ての防御力があっても、抑えきれなかったと言う事だろう。
こんな便利な攻撃、最初からすれば良いだろうと思ったが、どうやら非常事態での攻撃なのと、滑って外した際の立て直しに時間が掛る所為っぽい。
つーか……ダウン扱いみたいだし。
こう何度もダウンをされると、判定で俺が勝てたりするのだろうか?
その影響もあって、セイウチのボスが徐々に焦りを見せ始めた。
う……さっきの攻撃が地味に効いてくる。腹に力が入り辛い。
ともかく、ボスに焦りが出て来ている。
時間制限による判定とかもあると見て良い。
なんて感じの4ラウンド目。
「ヴォフウウウウウ!」
水の衣を纏ったセイウチのボスに、俺は今まで蓄積していた一撃を放つ。
「ヴォフ!?」
ベアークローで胴体に殴りかかる。
ボスはビッグロックパンチを警戒しているが、もはやそんなのは必要ない。
ベアークローがボスの牙に命中した瞬間! ボスの牙が折れると同時に水の衣は消し飛んだ。
「今だ!」
アースクラッシュと岩の拳でリングを陥没させてボスが逃げられない様に抑え込み。
「ヴォフウウウウウウフウフフ!?」
牙を抑えて呻くセイウチのボスに俺は追撃を仕掛ける。
風の拳を纏った、スクリューパンチだ。
ボスは俺の拳を見て防御をと、分厚い皮で受け止めて氷の拳でカウンターを狙っているようだった。
だがな。
「残念だが、お前の拳に力はきっと、入らない!」
ドゴンと俺の風の拳を纏ったスクリューパンチがセイウチのボスの腹部に命中する。
セイウチのボスは笑みを浮かべながら全身の分厚い皮で衝撃を逃がし――。
ブチブチと肉が裂ける音と共に今まで応急手当てで塞いでいた傷口が一斉に開く。
「ヴォ――」
その開いた傷の所為で風を纏ったスクリューパンチの衝撃は逃がせない。
連鎖反応的に傷が開き、セイウチのボスは前のめりに倒れる。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
またチワワみたいな目をしたらセイウチメを刺すぞ。
「ヴォフ……」
よくぞ俺を倒した、馬鹿にした事を謝罪したい……と目で訴えて来る。
えっと……確かこのタイミングで必要な手順があるんだったか?
「気にするな。陸上での勝負、援護ありだったんだ。ハンデがあったから勝った様なもの、謝罪は要らねえよ」
そう答えるとオレンジグローブナイトウォールラスのボスはまた勝負がしたいものだとフッと笑う。
「ああ、今度はハンデ無しで……水中装備で問題なく戦えるように相手を、して欲しいな」
なんで言葉が通じないのに目で相手の言っている事がわかるのか。
脳にテレパシーでも送ってきているのだろうか?
「ヴォフヴォフヴォフ」
俺の返答にボスは目を見開き、大きく笑ってから拳をゆっくりと俺に向けて突き出す。
俺は拳をセイウチのボスに合わせると、ボスは光となって霧散して行った。
まるで認めるかのように。
しかし、これって今度……次の勝負とかあるのか?
光になって消えたぞ?
「勝者ー! 羽橋幸成くーん!」
「ヴォフー!」
「「「わぁあああああああああああ!」」」
喝采が巻き起こる。
「いやー中々熱い戦いだったんじゃないか?」
「茂信、お前な……というか、茂信も戦闘向けの武器が必要だろ?」
萩沢は既に手に入れているし、いい加減茂信も戦闘用の武器の調達をして欲しい。
「い、いやぁ。俺は別に鍛冶師だし」
「ハンマーとかが適正というか拡張で覚えそうだから……槍とか、萩沢と被るが剣でも何でも良いから手に入れるべきだろ」
「私も何か覚えようかな?」
実さんはジャッジを凄く楽しんでますよね。
それってそんなに楽しいの?
というか俺も観戦席で傍観したい様な気がする。