ラウンド1
「ガウガウウ!」
クマ子がグローブに変わる。
……着用して勝負に挑めって事なんだろう。
乗せられた様な気がするけど、クマ子を戦力として使って行くならやらないといけない。
「ああ、挑戦してやろうじゃないか」
負けたらグローブは没収されてクマ子の戦闘能力にロックが掛るんだったか?
そうなったら不便だな。
絶対に負ける訳にはいかない。
そう思いながらグローブを手に嵌めてリングに上がる。
「おら、調子に乗っていられるのも今の内だぞ」
逆に挑発して蔑む様な眼で見返す。
するとムッとした表情をしたオレンジグローブナイトウォールラスのボスが唾を吐いてから構える。
パンチングベアーのボスに匹敵する巨漢だ。
この手の魔物はこうも見上げる程のボスしかいないのだろうか?
「うわぁ……今回のボスは随分と巨体な様ですね」
と、ラムレスさんが分析してる。
ちょっと待って! つまりボスって個体差もあるのか?
「同階級の弱めのユニークウェポンモンスターの方が良かったのでは?」
「いや、これからの事を考えると羽橋には、この魔物が良いと思ったから案内したんだ」
おい依藤!
つまりグローブ系のユニークウェポンモンスター内で強めの奴を選んで案内したな!
「今の羽橋なら勝てるはずだ!」
期待するのは良いが、お前等、戦闘向けの基準で斡旋するんじゃねえ!
絶対に後で指摘してやるからな。
「それでは幸成くんバーサス、オレンジグローブナイトウォールラスのボスさんの戦いを始めます」
また実さんがジャッジしている。
なんでそれは譲れない訳?
「クマ子ちゃんがんばってー」
『ガウー』
で、オレンジグローブナイトウォールラスのボスの取り巻きと、クラスメイトが揃ってリングに熱い視線を向けて観戦に入る。
あ、料理! 何処でポップコーンなんて準備した!
萩沢も完全に観戦モードに入ってポップコーン食ってる!
なんだろう、敵よりも味方の方に殺意が湧くぞ。
「ヴォウ!」
「レディ……ファイト!」
ゴーンと、今までの戦いとはちょっと音が低いゴングの音がなる。
毎度おなじみファイティングポーズを取り、ボクシング独自のステップを駆使して接近を試みる。
幸いな事に、Lvの上昇とクマ子の能力付与があるお陰か、オレンジグローブナイトウォールラスのボスの動きは緩慢だ。
狙うなって方が無理がある。
大ぶりのパンチを避けてすかさずボディにジャブを叩きこむ。
が――
ボヨンと拳が弾かれる。
分厚い皮膚が俺の拳をなんとも無いかのように受け止めているかのような感触だ。
パンチングベアーのボスのボディの比じゃない。
衝撃を全身を使って逃がされたのは間違いないだろう。
試しに普通のグローブモードで挑んだが……かなり厳しそうだ。
「ふん!」
風の拳を纏って内部で炸裂する様にぶちかます。
が、分厚い皮が風の拳で発生した衝撃を逃した様に感じる。
「ヴォウヴォウヴォウ!」
ニヤって笑うんじゃねえよ。
ベアークローモードで攻撃しよう。
スタンダードに攻撃力が期待できる。
風の拳とは相性が悪い。
バッと、反撃を受ける前に大きく下がって距離を取る。
……うん。
戦えない程強い相手じゃないのは確かだ。
「ヴォウヴォウ!」
オレンジグローブナイトウォールラスのボス……長いからオレンジセイウチのボスは俺に攻撃が入らない事に苛立ちを覚えたのか……下半身に海水を纏った!?
「な、なんだぁああああ! オレンジグローブナイトウォールラスのボスさんが水を纏い、浮かんだぞおお!」
実さん、ジャッジなのか、解説なのかどっちかにしてください。
海水を纏ったオレンジセイウチのボスはゆらぁっと浮かび上がり、素早く空中を泳いで大きな拳で俺に殴りつけようとしてくる。
地味に早い!
海獣が陸上で動く限りじゃ鈍重だと思ったが、これじゃあ海中と違いの無い動きなんじゃないか?
「「「おおー」」」
「ヴォウヴォウ!」
観客うるせー!
ぬるっとした動きで素早く俺に接近し、拳に氷を纏わせて殴り掛って来る。
「おっと! 当たるかよ!」
素早く下がり、大ぶりのパンチを空振りさせてその隙を、ベアークローで殴りかかろう拳をボスの腹に叩きこもうとしたその時、オレンジセイウチのボスの長い牙が俺の拳の挙動に重なる。
「ヴォフ」
見切ったとばかりに、俺の拳が一旦牙に当たり……クローと牙で火花が散る。
「うお!」
「ヴォフヴォフヴォフ」
オレンジセイウチのボスが笑う。
く……鎧を着ている俺だからこそ指摘する事の出来ない、オレンジセイウチの防御手段と言う事か。
ベアークローならばその分厚い皮膚を切り裂けると思ったのにな……牙を防具に使うとは。
むしろセイウチのメイン武器ってこっちか。
後は体重に寄るボディプレスとかだろうけど、生憎と相手も変則だけどボクシングと言うルールに縛られているから使用できないのだろう。
ザバァっとオレンジセイウチが大きく後ろに下がり、氷の拳を纏いながら突撃の体勢に入った。
それってボクシングで許可される攻撃手段なのか?
「ヴォウウウウウウウウウウウ!」
動体視力でボスの挙動が見える、回転突撃の体勢を維持しながら、俺に狙いをすました拳を振りかぶっている。
器用な真似をしている。
が、ここでふと別の考えが頭に浮かんでくる。
仮にこのボスを仕留めた時、俺はこの攻撃を真似して行く事になるのか?
……凄く嫌だ。
激しく脱線した。
「おっと!」
避けようとした瞬間、グローブが勝手に防御態勢を取る。
『ガウ!』
クマ子! その体勢で俺を操るとかする気か!?
そう思ったのだが、セイウチのボスの拳がグローブに命中した瞬間、振動が体を通り過ぎただけで別段異常が無かった。
ボスは忌々しそうに口元を歪ませてからザバっと下がる。
派手な攻撃ではあるが、ちゃんとガードをすれば見た目よりも攻撃を受けないのだろうか?
「おっとー! オレンジグローブナイトウォールラスのボスさんの大技をなんと幸成くんはガードで止めました! これは凄いですねー!」
『ガウガウ!』
なんとなく野生の勘という奴が俺に予感めいた物を理解させる。
……なるほど、さっきの攻撃は回避では無くガードをしなくちゃいけない類の攻撃とわける方が良い様だ。
回避をしたらそのまま追跡されて、ずっと攻撃を避け続けないといけない気がする。
反撃の隙を作るのならガードは重要か。
「今度はこっちが行かせてもらう!」
素早くステップしながらボスに目掛けて接近し……万全な守護をしているボディ、では無く顔面を狙う。
セイウチだからな、顔もデカイ。
眉間に向かって拳を振りかぶる。
「おりゃあああああああ!」
ぬるっと器用な泳ぎで回避しかねないので長距離からのカンガルーステップで近付くと逃げ切られて着地の隙を突かれる。
そんな訳で顔面だ。
牙で受けて俺を殴りつけようとしていたその隙をこちらが付いて顔面に命中する。
ザシュッとベアークローがボスの顔面にめり込みながら切り裂き、拳を引くと同時に離脱する。
「ヴォウ!?」
が、やはり分厚い皮の所為か決定打には……なった気配が無い。
それでも皮から血が滴る。
やはり基本攻撃はベアークローによる皮への攻撃で相手のスタミナを削って行くしかないか。
「ヴォウウウウウウウウ!」
痛みにカンカンになったボスが頭から煙を出す勢いで俺にもう接近してくる。
動体視力を駆使し、ボスの大ぶりな拳を避け、ボディの牙の守りが届かない脇にフックを当てて引く。
「ヴォウウウウウ! ヴォウヴォウ!」
ボスの大きな拳が氷を纏う。
パンチングベアーのボスと似た様な攻撃だな!
大きく飛びのき、ボスの拳を避ける……ボス自体が大きいから、範囲攻撃だな。
当たったらヤバイ。
どっちにしてもあんな大きな拳を纏ったら攻撃は大ぶりに……と思ったのもつかの間、一撃を放った直後に氷が砕けた。
「ヴォフ」
「運動性能を落とさ無い為に一撃だけか」
「ヴォフフ……」
ボスが俺の言葉にニヤリと笑う。
そう言う使い方もある。
もちろん、こっちだって似た様に拳に岩を纏うビッグロックパンチと言う技がある。
岩を纏う一撃は強力だが、その分、動きが緩慢になる。
一撃を放った後に解除するのは……当然の選択だ。
次に纏えるようになるのにしばらく時間が掛るがな。
「その攻撃がお前だけだと思うなよ!」
これはタイミングが重要な技だと思って間違いない。
クマ子が応用を見せていたじゃないか、ハチの巣を破壊する時だってそうだ。
応用は無限に存在する。
冷静に対処していけばやれない事は無い。
何、幾ら早いといってもその巨漢故に隙は多い。
こっちが対処できる速度なんだ、やってやれない事は無い。
そもそも俺が装備しているのはフルメタルタートルの胸当てだぞ。
多少の無茶くらいどうってことない。
「ヴォウ!」
ボスが素早いフックをかましてくるのを胸当てで受け止め、カウンターを胸にぶちかます。
うん、茂信の作ったフルメタルタートルの胸当てはボスの攻撃をしっかりと受け止める。
衝撃が内臓に響く様な錯覚を覚えるが、パンチングベアーのボスと戦った時とは違って耐えきれる。
それだけ、防御力が高い証だろう。
相手の皮は分厚くて決定打を見いだせてはいないが……ああ、こう言う攻撃方法があるな!
「受けてみろ!」
ボディに向けた大ぶりなフック、ボスは見切ったとばかりに俺の拳に合わせて牙で防御する。
「その受け方を待っていた」
牙に俺の拳が命中する僅か前にビッグロックパンチを纏う。
するとどうなるか?
そう、牙を巻き込んで辺りの岩が集まるんだ。
岩の拳は足りない物は辺りの岩を集めるし、殴りつけた物が固形物の場合、巻き込む。
「ヴォウ!?」
思い切り拳を引くと、巻き込まれた牙に合わせてボスの頭が引っ張られる。
もちろん、ボスの方が力が強いが、思いもよらない攻撃に目が白黒してるのが明白だな。
「おら! まだこっちの攻撃は終わっちゃいないぞ!」
岩に寄って視界が抑えられ、ボスは岩の拳を破壊する。
もちろん、岩の拳の先に俺が居る……と思っているだろうが、違うな。
アースクラッシュの応用で、グローブと岩の接合部分を弄って切り離している。
「おらぁ!」
後は岩に隠れて、相手に気づかれない様にベアークローで殴り続ける。
「ヴォウウウウ!」
ボスは攻撃が当たらず怒りで牙を振りまわし、居るはずの無い俺へ攻撃する為に岩とその先を殴りつける。
「まだまだ!」
が、その先に俺が居ない事に気づいたボスが岩を牙に纏わせたまま、俺を見つけて殴りつけようと試みる。
今度は岩が視界を遮る様に屈んで避ける。
「どりゃあ!」
と、殴った直後、ボスが纏っていた水の衣が霧散して、ずべしゃっと地面に落ちる。
「ヴォフ――」
お? もしかして攻撃のチャンスか?
「ストップストップ!」
「ヴォフ! ヴォフ!」
実さんとセイウチのジャッジが間に入り、ボスに向かってカウントを始める。
同時にグローブも電気が入った様に痺れがある。
ダウンしている相手への追撃は禁止……か?
やがてボスはカウントが5辺りに来た所でファイティングポーズをとった。
「ヴォフ!」
岩の拳の効果時間が切れて砕け散る。
ち! 絶好の攻撃の機会だったのにな。
「ファイト!」
さて、どう攻撃するか。
そう思っているとボスが水の衣を纏わない。
攻撃のチャンスがまだ続いている。
動きが緩慢なボスに攻めないでいる必要は無い。
「なんだ? 海水を纏って泳がないのか?」
挑発気味に呟く、するとボスは忌々しそうに睨んで拳を振りかぶるだけだ。
それも射程圏内で、だがな。
だが、ボスの攻撃手段は他にもある。
腕を振りかぶって……ああ、やっぱ持っているのな。
氷が凄い速度で俺に向かって飛んでくる。
避けられない範囲じゃない。
「こっちも大きく行く!」
スクリューパンチって単純にパンチにねじりを入れるだけじゃないか!
そう思いながら、ボスの顔面にぶちかます。
「ヴォフ――」
俺が殴った方角にボスの顔面が向く。
つーか……こいつ、体格と顔の構造から顎が狙えない。
が、思ったよりも高威力!
とはいえ、分厚い皮の所為で威力が随分と殺されているみたいだけどさ。
なんて所でカーンと音が鳴る。
第一ラウンドが終了したという所か。
コーナーに戻ってインターバルを済ます。
ん? セイウチのボスに部下が治療を施している。
まあ、出血を抑えるくらいはするか。