虫嫌い
「ガウ?」
……クマ子はなんでグローブを外し、手にべったりと油を付けて俺に近づいて来るのだろうか。
それ、蜂蜜じゃないよな?
萩沢め、変な事をクマ子に見せやがって。
「もしかして俺に塗りたいのか?」
「ガウ!」
「……とりあえず、逃げてみるか」
クマ子に塗られると別の意味で危なそう。
オイル焼きとかされる意味で。
「ガウガウガウー」
「く……砂に足が取られる! こら! カンガルーステップで接近すんな!」
かなり命がけになりそうな追いかけっこを俺はクマ子と始めた。
「く……羽橋がクマ子と何か羨ましい追い掛けっこをしてる! 女子に追いかけられるなんてうらやましいぞ!」
「相手はクマ子だぞ!」
ちなみに割と早く捕まった。
思い切り油を掛けられて散々だったぞ。
別に男なんだから日焼けなんて気にしないんだが。
その後は適度に海で泳ぐ。
「ガウー」
クマ子が犬掻きで俺に付いて来て、潜っては俺を背中に乗せようとしてくる。
別に良いけどさ。
「幸成くん良いですねー私にもやって欲しいです」
「ガウー」
クマ子が潜って実さんを背中に乗せて泳ぎ始める。
「わー、楽しいー! クマ子ちゃんもっと沖に行ってましょう」
「ガウー!」
「範囲外に出ない様に気を付けてなー!」
クマ子と実さんが揃って楽しそうに泳いで行った。
海岸の方に視線を向けると依藤と黒本さんを発見した。
二人揃ってパラソルの下で座って……本を読んでいる。
恋人同士だけあって仲が良い様に見えるが、全く話をしている様子も無く、本をチェックしている様にしか見えない。
依藤は週間少年ステップとその他、雑誌と漫画。
黒本さんは辞典みたいな分厚い本だ。
この世界の本かな?
……何か書きこんでるけど。
あれ? どこかで見た気がするぞ。
日本だったと思うんだけど……気の所為か?
ともかく、真面目なのか、本好きで気が合うのか、よくわからない二人だな。
「幸成ー」
茂信が俺達の方に泳いで来る。
「ビーチバレーやるらしいがするか?」
「パス。泳ぎ終わったら休むよ」
みんな元気だな。
ぶっちゃけ、まだ初日だろうに。
ま、疲れたら実さんに癒してもらえばどうにかなるからみんな元気なんだろうけど。
「……水中装備の作成をしてダイビング出来る様にしたら楽しめそうだな」
「茂信も大概だな」
まあ……海上から海中を見るだけで楽しそうだ。
そんなこんなで陽が沈んで来た頃、食事となった。
「カニー!」
「おー! 羽橋が用意してくれる日本の飯よりも豪華だ!」
余計なお世話だ。
「エビー!」
「フィッシュー!」
「バーベキュー!」
テンション高いなみんな。
で、揃ってみんなで食事を取る。
村の人や騎士達も思い思いに食事を楽しんでいる様だ。
「はいよ!」
と、俺は渡された茹でて赤くなったクラブを受け取り……そのままクマ子に手渡す。
「ガウー!」
バリバリとお腹を空かせたクマ子がクラブを貪り始める。
きっと美味しいんだろう。
「いや……じゃあこっちな」
と、今度はエビ型の魔物を調理した物を手渡される。
それもクマ子に進呈した。
「羽橋、ノリが悪いな」
「そう思ってくれよ。ムニエルとパエリアをもらうか」
ってな感じでクマ子に食べさせて俺は隣に座る。
うん、こっちなら問題無い。
ちなみにパエリアのエビもクマ子に渡す。
「なんだ? うわ、カニとエビをクマ子にやってるのか!?」
萩沢がそんな俺達の様子を見て声を上げる。
デカ過ぎて余ってるくらいだろ。
カニもエビもさ。
「食わねえの?」
で、茂信も料理を受け取ってやってきた。
「なあ坂枝。羽橋がカニもエビも食ってないんだが……メインはこれだろ?」
「あー……」
そんな俺と萩沢を茂信は交互に見て納得した様に頷く。
茂信は知っているもんな。
「萩沢は前に幸成が虫が苦手なのを教えたよな」
「ああ……ってまさか」
何か萩沢が信じられない物を見る目で俺を見てる。
「ん? 虫だろ? 俺は苦手だから食わないぞ?」
「え、いや……カニやエビじゃないか」
「俺には虫にしか見えないんだが?」
ハサミを持ってると言っても甲殻で足が沢山あるこの生き物を虫じゃないと言うのは無理がある。
むしろ違いを詳しく教えてもらいたいもんだ。
「そう、幸成はカニもエビも食わないし、食いたいとも思わないそうだ」
「つーか美味しいか?」
ぶっちゃけ食べても全然美味しさを理解できない。
エビフライにしろ、カニ鍋にしろ……どうもこればかりは食わず嫌いって訳ではなく、実際に食べてもわからないんだ。
だから俺が食うよりも好きな奴に食わせるのが良いと常々思っている。
「何を隠そう小学校の給食でエビフライが出た時、幸成に優先的に譲ってもらったのは俺だ」
「家でカニパーティーがある時も茂信を呼んで食ってもらったよな」
「幸成の両親が、幸成に食わせるくらいなら俺にと誘ってくれてな。数年に一度食えるか食えないかの贅沢を味わわせてくれるんだ」
「俺はそんな食事風景を見てるだけだったぜ」
黙々とカニを貪るみんなを見ると、魔性の食物に見えるから不思議でしょうがない。
実際、匂いは良いんだよな。
見た目も味も理解出来ないが。
「幸成の親友で良かったと心の底から思う一幕だ」
と二人で揃って自慢してると、萩沢が何か黄昏てるのか目を細めて呆けた顔をしている。
「何処まで徹底してるんだお前は! と、呆れるのと同時に、坂枝の打算という珍しい所が見れた気がする」
眉間に手を当てて萩沢が何か呟いている。
この事を話すとよく言われる。
カニもエビも嫌いな人は少ないからな。
しょうがないな。
「だってよく見ろよ萩沢」
俺はカニを貪る女子を指差す。
もちろん、実さんも含めて。
「虫とかを『キャーこわーい』って言って触りもしない女子が、カニを夢中で貪っている光景を」
「う……そう言われたら虫にしか見えなくなってきた……や、やめろ! 俺を洗脳するんじゃねえ!」
萩沢が不快そうに頭を振る。
よし、もう一声。
「ほら、虫の足を掻っ捌いて、身を啜るんだぞ」
「あれは虫じゃない。カニだ! エビだ! 豪華な食事なんだ! 俺は、俺は――」
とか何とか言いながら萩沢は逃げる様に俺達から去っていく。
ちょっと悪ふざけが過ぎたな。
「美味しいですね、クマ子ちゃん」
「ガウー」
ちなみに実さんはクマ子と一緒にカニを、俺から見ても美味しそうに食べていた。
クマ子にはシャケとか似合いそうだけどな。
カニとかも似合うか?
なんて感じに和やかに食事が終わって宿でまったりと休む。
もちろん、既に温泉は設置済みだ。
ちょっと室内は狭いが割と快適に過ごせている。
のどか過ぎて俺は落ちつかない気がするけど、みんなが楽しんでいるなら良い事なんだと思う。
俺はラムレスさんに聞いて回復魔法のエイドって魔法の習得に励んでいる。
地味に難しいけど、魔法の使い方が少しずつわかってきた。
能力を使う時のアイコンとかじゃなく、無意識や詠唱中に感じる感覚を意識的に使うようだ。
「羽橋ー充電頼むー」
……本当、良い事なんだと思うしかない。
で、茂信は滞在先の村の鍛冶屋に顔を出していた。
必要な物があったら現地で作るつもりらしい。
海中を探索出来るように防具を作るとか何とか。
萩沢もそう言ったアクセサリーの作製を頼まれたらしい。
戦闘向けの連中も海中での戦闘……海底へ冒険者が行く事もあるので、知らない訳じゃないそうだ。
近隣にそう言った洞窟とかあって、良い狩り場なんだと。
ネットゲームを連想するな。
異世界の認識って日本人の想像を超える事がある。
そんな感じで目的地での夜は過ぎて行った。
翌日からも狩りは続行した。
依藤の導きの下、経験値を効率よく集めて行っている。
その結果、茂信のLvが30になった。
「お?」
茂信がLv上昇に伴って拡張した能力を確認する。
「なんだ? 何が目覚めた?」
「えーっと」
茂信が能力名を見て眉を寄せている様に見える。
何か変な能力でも引いてしまったのだろうか?
ちなみに実さんはLv20の時に祝福……しばらくの間、対象のステータスを引き上げると言う拡張能力と、25の時に幸運というポイントの入手量を上げる拡張能力を習得した。
まあ、援護系の能力と重複するらしいので、優秀な能力であるそうだけど、効果は専門の能力には負けるそうだ。
このしばらくと言うのがネックで、一度掛けると1時間くらい効果がある。
長いとも言えるし、実さんから離れたら掛け直すのがちょっと面倒な時間でもある。
「精練だそうだ」