スパイスボーイ
まずは依藤や他の連中が欲する漫画と雑誌か。
そう思いながら俺は最寄りの本屋に行って、頼まれた本を買い込んで行く……のだけど、これってかなりの量だぞ。
ネット通販で注文した方が良かったか?
取り寄せるのが面倒だから良いか。
ホームセンターで台車を購入し、片手で持って本屋に入る。
「あ、すいません。この漫画のシリーズを一冊ずつ全部ください」
「え? あ、はい。本当によろしいのですか?」
「はい、お金はあるので大丈夫です」
本屋の店員に購入するメモを手渡して全部用意してもらう。
とはいえ、予算三万円以内で買える範囲で収める。
アルバイトで欲しい本を買い占めに来た高校生って感じだ。
買ってすぐに転移で送り飛ばそうと思っているけど、人目は避けるべきだよな。
台車で移動してから飛ばす予定だ。
しかし……漫画とかを大人買いなんてする事になるとは思わなかったなぁ。
店員がずらっと本をカウンターに並べて数える姿に、申し訳ない気持ちになって来る。
通報とかはされないと思うけど……若干ドキドキするな。
「合計――」
それで提示された金額を俺は財布から取り出して店員に渡す。
何か一冊辞書並みに分厚いカタログって付いているのがあるけど、アレってなんだろう?
誰があれを頼んだんだ?
そう思いながら俺は台車に本を乗せたまま、本屋を出た。
客が揃って俺を見ている。
あー……恥ずかしい。
そう思いながら、早足で台車を引いて人目を避けて移動して転移で台車以外を指定。
5分後、本は異世界の俺の部屋に飛んで行った。
「さて……まだ必要な本があるな」
別の本屋に行って買うか……。
そんな感じで本屋をはしごして頼まれた漫画と雑誌の購入を終え、異世界に飛ばす。
「次はゲーム機とゲームか……」
台車は無くても良いが、今度は一気にハードルが上がる。
さすがにゲーム機を大量に買い占めるとバイト代とかその次元から飛び出しかねない。
……通販で誤魔化すかなーとも思ったけどやるしかないか。
電車も駆使して行こう。
一旦転移で物を飛ばせるのが俺の長所だ。
なんて感じに、ゲームショップに入る。
一店舗三台までと自分でルールを課す。
同じゲーム機を二台までなら兄弟とかいるのかな? 三台なら親と楽しむのかな?
とか思われるが五台は多すぎる。
「3DSPを三台、カラーは――」
と、ゲーム機を購入するまでは良かったが頼まれたゲームが……売り切れだった。
人気ゲームソフトだから、ありえる現象だよな……。
どうしたものかと思ったらダウンロード版の文字に目が行く。
ダウンロードか……ネットワークで購入すれば確実か。
そう思って、ソフトが売ってない場合はダウンロードカードと専用のネットプリペイドカードを購入する。
帰りがけに電気屋に寄って、自宅で出来る無線LANルーターとコンセントの拡張タップを購入。
これなら隠れてソフトを購入出来る。
売って来い、までは対応しなきゃ良い。
なんて感じで欲しがる人数分のゲーム機とゲームを購入すると随分と時間が経過していた。
「さてと」
ポイント相転移のお陰で実質無尽蔵に日本円を調達できる状況だけど、ここまで豪遊したら近所で怪しまれてそうだなぁ。
他に生活用品を欲しがっているクラスメイト様にドラッグストアとスーパーに立ち寄る。
「お? 羽橋じゃん」
買い物を終えて買い物袋を持っていると丸井が俺に声を掛けて来た。
前も同じ感じに声を掛けて来たな。
ちょっと微妙な所を見られてしまった。
「なぁなぁ、知ってるか?」
「いきなりなんだ?」
「いやな。バイト先の先輩から聞いた話なんだけどさ」
「ああ」
「何か連日、調味料を滅茶苦茶買いこんでいる高校生がいるんだってよ」
ああ、香辛料を買い占めて売り払ってるのを店員に覚えられてるのか。
ちょっと不味いか?
「それが俺と似ているとか?」
「いや? 顔までは知らない。というか誰も覚えてないんだってさ」
「覚えてない?」
「先輩達が言うに、覚えづらい顔なんだと。行動の割に覚えづらいとか、どんだけ地味な奴なんだろうな?」
地味で悪かったな。
……多分、転移の影響で辻褄合わせでも起こったんだろう。
俺としては結果的に幸運か。
「最近じゃ、あのスーパーであだ名が付けられてるらしいぜ。スパイスボーイって」
スパイスボーイ……誰だよ考えた奴。
……嫌なあだ名が付けられてるんだなぁ。
ここは誤魔化しておこう。
「へぇ……変わった奴がいるんだな」
「だな。他にも、この辺りにブルジョアの高校生くらいの奴が園芸店で物を大量に買い占めて行ったとか、色々と聞くんだけどよ。やっぱり顔が覚えづらいんだってさ。学校の後輩が都市伝説みたいに話してた」
これってかなりやばいか?
とはいえ別にヤバイ金って訳じゃないし、何を言われても文句を言われる筋合いは無い。
実物も既にこの世界には存在していないし。
そもそもポイント相転移で金銭が手に入っている訳だし……とは思うが。
都市伝説っていうのがキモだな。
このまま近所の怪談扱いされてくれれば助かるんだが。
「凄い噂だな。偽札で買い物でもしてるのか?」
「いいや? ただ、変わった客って噂があるだけだとさ」
ふむ……補導とかされる次元じゃなくて何よりだ。
とはいえ、こちらでの行動も気を付けた方が良いかもしれないな。
まあこっちよりも、あっちの優先度が高いから買う物は買うけどさ。
「そんな訳で、見かけたら教えてくれよな」
「ああ、見かけたら必ず連絡する」
見かける事は無いだろうがな。
犯人は俺だ。
注意される謂れは無い。
が、絡まれたら面倒臭そうだなぁ。
と、思いつつ、俺は丸井と別れて家に帰り、ゲーム機にソフトをダウンロードしてから異世界へと移動したのだった。
「おー!」
数日後、依藤が漫画と雑誌を受け取りに来た。
めちゃくちゃ喜んでいる。
「サンキューな羽橋!」
「えっと、週刊少年ステップと――」
と、俺が品を渡そうとすると、依藤は俺に向かって経費の10倍の金銭とポイントを置いて行く。
お前もか。
「おい! 多すぎるぞ」
「あ? 何? ポイントを金銭にするには十倍のポイントを使う? わかったぜ、じゃあ受け取れよ!」
「何言ってんだ、人の話を――」
多すぎるって言ったのになんでそんな多めに人に渡すんだ!
しかも十倍ポイントを使うなんて一言も言ってねぇよ!
「じゃあな羽橋ー坂枝も近日中に狩りに行こうな!」
依藤は掻っ攫う様に俺が用意した本を入れた段ボールを持って工房から駆け足で出て行ってしまった。
段ボール三箱くらいあるのによくもまあ持って行けるもんだ。
アレが能力による影響なんだろうけど。
「まったく……揃いも揃って何なんだ?」
「良い装備を作ってくれって事だろ」
「そうなんだろうけどさ」
気遣いなんてしなくて良い……俺はそんな気遣いを許される様な奴じゃないと……思う。
「ガウー?」
若干テンションをダウンさせているとクマ子が駆け寄ってぺろぺろと舐めてくる。
別に怪我はしていないが。
「ああ、大丈夫だから心配するなって」
「ガウー」
俺はクマ子がじゃれるのを抑えて、頼まれた品の整頓を再開した。
で、依頼されたゲーム機もクラスメイトの連中に手渡した。
「ありがとう、羽橋!」
受け取ったクラスメイトがゲーム機をマジマジと見つめてから電源を付け、内蔵されたゲームソフトを起動させて確認する。
ゲーム機分のダウンロードがちょっと面倒だったが、ちゃんと入れてある。
「おおおおおおお! もう叶わないと思っていた日本のゲームが手の中に! 素晴らしい!」
いや、泣くなよ……。
そんなにゲームがやりたかったのか?
「充電をして欲しかったら言ってくれ。日本に充電しに行くから」
「おうよ! 充電代金は一回五千ポイントくらいで良いな?」
「いや、別に? そりゃあ電気代は掛るだろうが、その程度は親に俺が払って――」
「わかった。一万ポイントだな」
「なんで、断ったら支払金額が倍になってんだよ」
「じゃあ任せるからなー」
と、みんな口を揃えて人の話を聞かずに去って行った。
コイツ等、何か打ち合わせでもしているのか?