娯楽品
「いや、あのな。普段の俺の……」
俺は土下座する依藤に言い訳をする。
しかし依藤も引かない。
依藤は俺の言葉を遮って言った。
「羽橋はみんなの希望だ! だからそろそろ本格的にLv上げに誘いたいと思ってる! だけどその前に色々と頼みたい!」
「わかったから、頭を上げろって」
と、言ったのだが依藤は一向に頭を上げず、許して欲しいを連呼した。
ぶっちゃけると本気で泣いているのか嗚咽まで混じる始末。
なんでコイツ、こんなに必死なんだ?
「依藤……お前、森でも俺に謝っていたじゃないか。いい加減にしないと俺も怒るぞ」
森の拠点だった場所から出る前にも依藤は俺に頭を下げていた。
だから俺はすぐに許したんだけど、どうも依藤の中では解決していなかったみたいだ。
「わかった……」
で、依藤はやっとの事頭を上げる。
「で? 結局、俺に何の用なんだ?」
すると依藤はよれよれになった週刊誌を取り出した。
確かそれって俺が日本を行き来出来る証明として取り寄せした品だったはず。
誰かが持っているんだとは思っていたが、依藤だったのか
随分と読みこまれていて、激しい旅路の中で携帯していたのか、かなりボロボロになっている。
これがなんだ?
「返却? 別に気にしなくて良いぞ?」
「そうじゃなくて……羽橋に頼みたい事はな」
「ああ」
「週刊少年ステップや漫画を買ってきて欲しいんだ!」
力強く週刊誌を抱え込んで、拳を突き出す様に依藤は言い放った。
「……はい?」
「異世界に来て数ヶ月、確かにLvを上げて装備を固めて冒険の日々は楽しいと思う。だけど俺はそれ以上に漫画やアニメに飢えている事に、気付いたんだ! その証拠に羽橋が取り寄せたこの週刊誌を手放せずにいた」
「はぁ……それで?」
「だけど、女子の化粧品や生理用品みたいな、無いと困る物って訳じゃないし、嗜好品の類はさすがに頼めないとみんな思っていたんだ」
そういやみんな食い物ばかり頼んでいたよなぁ。
最近じゃ化粧品とか生理用品、コンドームとかも頼まれるけどさ。
ちなみに萩沢が凄く渋い顔をして作成を頼まれた品が、仙女丸っていう避妊効果のある便利な薬だった。
姉妹品に処女丸って言う……まあ、効果は文字通りの物もあるっぽい。
お調子者で女好きの萩沢からしたら女子達の悲しい内情って感じだ。
むしろ生理用品を頼まれる俺の気持ちがわかったと黄昏ていたのが記憶に新しい。
って脱線したな。
「だけどもう我慢の限界なんだ。この先はどんなストーリーだった? 日本に居て当たり前の様に楽しめた娯楽がこの世界には無いんだよ!」
「気持ちはわからなくもないが……頼み事ってそれか?」
すると依藤は力の限り頷いて拳を再度突き出す。
「ああ! 羽橋、どうか雑誌は元より――」
と、メモを依藤は俺に手渡す。
漫画を全巻セットとか日本に居た頃では考えられない様な大人買いだ。
「この漫画を買ってきて欲しい。金やポイントに糸目をつけない! ダメか?」
「ダメじゃないが……」
「じゃあ、頼んだぜ!」
「わ、わかった」
という所で、別のクラスメイトがやってきた。
「それじゃあ頼んだぜ!」
などと言いながら、依藤は気を使ったらしくそのまま去って行った。
「お? 何か武具が欲しいのか?」
別のクラスメイト……依藤と同じ戦闘向けの能力持ちの連中が来たので茂信が接客をする。
今日は人が沢山来るな。
「いや……羽橋に用事があるんだ」
「お前等もか?」
「ガウ?」
俺は依藤からもらったメモをチェックしつつ、日本で回る店を考えていた最中だ。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「ああ」
何だろう……揃いも揃ってそわそわしている。
先ほどの依藤と似た雰囲気だ。
コイツ等まで土下座するとかは勘弁してほしい。
「あのな羽橋」
「……漫画か?」
すると何名かに頷かれた。
やはりそうか。
面倒だから必要な物をリスト化させよう。
紙とバインダーを用意して、一人一人欲しがる漫画、雑誌類を書かせる。
クマ子はそのメモを目で追っているようだ。
読めないだろうから気にするな。
「それもあるが、他にもある」
ん? まだあるのか?
「なんだ? ポイントさえあれば買ってくるぞ」
「必須な品じゃないが、頼みたい」
「わかった。で? 何が欲しいんだ?」
「……ゲーム」
「は?」
「だからゲーム」
「ゲームってお前……何の?」
トランプとかはこの世界にもある。
だが、俺に買ってきて欲しい代物と言ったらまた別の物だろう。
「携帯ゲームが欲しいんだよ! 何度も言わせないでくれよ!」
勇気を振り絞る様にクラスメイトは聞き直す俺に言い放つ。
なんでそんなに力強く言った。
別にゲーム位頼まれれば買ってくるぞ。
「もうモンスターハンティングの新作が出ただろ? 異世界に転移した所為で出来なくなっちまったけど、やりたくてやりたくてしょうがないんだよ!」
「いや、お前等異世界の魔物を狩ってるだろ」
リアルモンスターハンティングって感じだろう。
異世界で魔物を狩っている連中がゲームでまでモンスターを狩るとか、大丈夫か?
そんなに戦いに飢えているのか?
「それとこれとは別なんだよ! 他にもいろんなゲームが欲しいの! 頼めるか?」
「出来なくはないと思うが……家庭用ゲーム機じゃないんだな?」
電気なんて無い異世界で家庭用ゲーム機を欲するとなるとテレビなども必要になるだろう。
まあ、携帯ゲームと言っていたから携帯ゲーム機も一緒に購入する必要がある。
充電は……俺の家でやれば良いか。
この流れだとそのうち人数が増えそうだから、充電が大変になるかもしれない。
発電機の調達も視野に入れておくか。
「ああもう……わかった。ゲーム機も一緒な。で、欲しいのはお前だけか?」
「あ、俺も」
「俺も」
「こっちも欲しい」
「俺もー」
……揃いも揃ってゲーム機を欲するなよ。
魔物と戦ってLvとポイント、素材を稼いでいろよ。
やっている事は同じだろ。
と、愚痴りたくもなるが、依藤と同じく別の意味でストレスが溜まっているのかもしれない。
現代社会に慣れきっていたみんなにとって、娯楽とは切っては切り離せない……物なのか。
「幸成が日本と行き来できるから起こる弊害だな。入手不可能じゃないから恋しくなるんだろう」
「カップめんとかも欲しがる奴がいるもんな……」
この際乗りかかった船だ。
俺が日本から頼まれた物を買って来る事でみんなの精神の安定を保てるなら、やる以外の手は無いだろう。
「欲しいゲームとかも書いておけよ」
「「「おう!」」」
そんなこんなで戦闘向けの連中を含め、拠点向けの連中もいつの間にか混じってゲーム機を随分と購入する事になりそうだ。
これ、一つの店で一気に買ったら、絶対に不審に思われるよな?
クリスマスとかだったらサンタの使者だな。
生憎と日本はそろそろ夏だけどさ。
「で、これが商品代だ! 残りは羽橋の装備代に当ててくれよ! 他の奴の装備代じゃなくて、お前の装備代だ!」
と、代表がみんなから集めて、俺にポイントを手渡す。
三百万ポイント。
なんだこの数値は? ポンと余裕で出せる数値か?
いつの間に戦闘組はこんなに稼げる様になったんだ?
というか、なんだその強調は。
俺の装備代限定なのか?
「おい、多すぎるんじゃないか?」
「じゃ、頼んだぞ!」
「楽しみでしょうがないぜー!」
「行くぜ!」
俺の話など聞き流すとばかりに、揃って茂信の工房から出て行った。
人の話を聞けよ。
「何なんだよ、まったく……」
娯楽品を欲するのはわかるが、そこはケチくさくギリギリのポイントで良いんじゃないか?
足りなかったら後で俺が追加で請求するとか……。
「金に糸目をつけないって事なんだろうさ。あと、幸成個人に向けた手助けのつもりなんじゃないか? 素直に受け取って装備品を鍛えろって遠まわしにしか言えないんだろう」
「むう……」
茂信にそう言われたら後で返す事も出来そうにない。
俺自身も確かに強い装備品を手に入れたいと思っている。
もっと……もっと俺は強くならなきゃいけない訳だし。
「ま、とりあえず買い出しに行ってこいよ。今日は特にクラスのみんなで集会とかある訳じゃないし」
漫画やゲームとかの娯楽品を異世界から買いこみに行くって、なんか悲しくなってくるような気がするけど、みんなが欲しがっているならしょうがないか。
「わかった」
「あと……」
茂信が何か言い辛そうにしてる。
なんだ? 何を言いたいのかすぐにわかったけど、わかりたくない。
自分でも眉を寄せている自覚はある。
「俺のも頼む」
「ガウー」
クマ子。
お前はよくわかってないんだから茂信の真似をしない。
「お前もか……みんなゲームと漫画が好きだな」
メモを見る。相当な量だぞ。
小分けに買いこんで行かないと大変そうだ。
そんな訳で俺は日本に転移した。