アダマントタートル
「逆に不安になるんですが……失敗したらどうするんですか?」
「失敗時はペナルティはありません。むしろ移動に苦労する地域でして……お時間を無駄にさせてしまうかもしれません」
うーむ……。
悪い話じゃない様に見えるけど、出かけて魔物に返り討ちにあったら話にならないぞ。
「帰りは帰還の水晶玉は使用可能ですよね?」
「はい。もちろんでございます」
「もしもこちらが断った場合、その村はどうなるんですか?」
「魔物がいなくなるまで一時的に封鎖という事になるでしょう。元々辺鄙な所にありますし、住民にしても隣村に移住するだけですね」
つまり国やギルドからしたら、それ程重要な場所ではないと。
倒せる可能性があったから俺に頼んだだけで、倒せないなら別に良いって事だな。
上位のメタルタートルとか言っていたし、彼等からすれば倒せない事が普通なんだろう。
とはいえ、素材が半分か……どうしたものか。
というか、なんで半分なんだ?
「わかりました。行きましょう」
茂信がはっきりと言った。
「大丈夫なのか? もらえる素材が半分だぞ?」
「失敗してもリスクは無い。メタルタートル系の魔物だろ? 反撃だって大した事ないと思う」
「まあ……」
「幸成は損をする可能性を考えているんだろうけど、ここは恩を売ってコネを作っておこう。俺達は新参者なんだしな」
コネ……コネクションだったか。
俺は、如何に俺達が得をする事しか考えていなかった。
確かに国が斡旋するギルドって事は結構な規模なはず。
そんな組織とコネが作れるなら悪い事では無いのかもしれない。
実際、あっちからの依頼だしな。
そう考えていると萩沢が言った。
「というか素材の半分ってケチ臭くねぇか?」
「現地で現在防衛している冒険者や騎士への報酬や皆さん異世界人様達の活動費用に回される予定ですが……他、現地の復興費などに使用される事になります」
「あ、そうなのか」
これには帰還の水晶玉なども含まれているらしい。
ギルドは国の組織でもあるから、そういう事もあるんだろう。
まあ一個100万ポイントもする道具だしな。
魔力の補充とかにも金やポイントが掛かるみたいだし、それを人数分配るのはかなりの損失だろう。
つまり俺達の知らない誰かが損をしている事になる。
それがこのギルドだったのかもしれない。
ラムレスさんや騎士の人達が俺達と一緒にいるのだって金が掛かっているはずだ。
その費用分を取り戻せると踏んで、俺達を抱え込んでいるんだろうし。
何より、安全な地域を維持する為に、この世界はかなりポイントを消費しているから、税金……税ポイントが高い。
例の結界装置が一つの村に一個位あるらしいし、冒険者も税ポイントを結構納めていると聞いた。
素材が半分というのも割と普通なのかもしれない。
仮に素材を独占してもギルドと不和を招いたら、売却も難しいだろう。
まあ萩沢に変換してもらうだけで問題は無いんだけど……態々敵を作る必要は無い。
とはいえ活動費が削られたら、みんなも困る。
既に前払いされているんだから、多少の我慢は必要か。
そもそも村の永久滞在と近隣の鉱石提供は報酬として異常だ。
現地の村がお金やポイントを払えない分、そちらで賄っているんだろう。
……茂信が鍛冶師として大成するには鉱石の供給は必須のはず。
鉱石が手に入って茂信が武具を作ってくれれば、戦闘も楽になる。
ここだけ見ても、長い目で見れば相当得をしていると思う。
少なくとも素材を全てもらうよりも利益を出せる。
まあ、それはそっちの事情ですよね? 俺達と関係ないです。
とかゴネて、無理矢理素材を全部もらう、なんて事も出来なくは無いが……。
――今回の異世界人は欲が深い。
なんて不名誉な風聞をされるかもしれない。
うん、総合的に見て悪い話じゃない。
「なら行くだけ行った方が良いか? 倒せない場合のペナルティも無いんだし、道中だって国の騎士や冒険者が戦いを手伝ってくれるだろう。どうせ出かける予定だったんだ。遠出したと思って行こう」
「わかった」
俺は茂信の言葉に頷いた。
こうして俺達は依頼を受けて遠出をする事にした。
城下町に住みついて三日で遠出ってせわしないと思いつつ……約五日程、馬車に揺られながらの旅をする羽目になった。
本当にド田舎って感じだ。
ギルドはどうでも良い辺境だと思っている様な気がする。
実さんは教会での治療仕事が忙しそうだったので誘わなかった。
かなり有能な治療能力者って事で人気が出てきたそうだ。
そんな実さんを置いて行った俺達は乗り物酔いに悩まされたりしたけれど、旅は割と順調だった。
その途中で茂信と萩沢が揃ってLv20になった。
茂信の拡張能力は抽出。
固定付与効果を取り出す事の出来る能力だそうだ。
副次効果で製造コストを減らす事も出来るようになったらしい。
残念な事にユニーク系は相変わらず弄れないそうだ。
萩沢は道具効果上昇。
萩沢が作った道具を萩沢が使用すると効果が上昇する物らしい。
試しに爆弾を投げつけたら随分と威力が上がっていた。
割と団体で魔物が出て来ても怖くないって感じだったな。
クマ子は19だ。
20で何か覚えるのだろうか?
「ガウー」
「あー……馬車より楽な気がする」
クマ子の背中に乗って俺は移動をしていた。
運転……じゃないか。
クマ子の歩き方が良い所為かあまり酔わない。
「羽橋羽橋! 鉞を担げよ」
「金太郎じゃねえよ」
クマに乗って移動って何か滑稽に思えてくるじゃないか。
地味に早いんだぞ、クマ子の足は!
装備の所為で動体視力もあって運動神経抜群だ!
最近は模擬戦の相手をクマ子にしている。
ボクサーグローブを俺に持たせて勝負をしたがるんだ。
良い稽古にはなってるし、相手をするとクマ子が喜ぶ。
「あ、見えてまいりました」
ラムレスさんが先を指差す。
火山帯なのか山から煙が見えて、若干熱くなってきた。
そんな場所の先にある村……温泉街にしてはちょっと規模の小さい村と……その村を占拠しているメタルタートルを……。
「あの、ラムレスさん」
「何でしょうか?」
俺は思い切り目を凝らして村を占拠しているとされるメタルタートルに目を向ける。
「アレってメタルタートルですか?」
「その系譜だと思うのですが……大きいですね」
そう、遠くでもわかるほど大きくて、なんかトゲトゲしい宝石みたいな甲羅を背負った亀が村だった場所を占拠していたのだ。
一番大きいのは全長5メートルくらいある。
でっかいなー……。
モンスターを狩るゲームクラスだ。
見た感じ、最前線って所に騎士と冒険者の集団が塹壕で基地を作っている。
「あ、羽橋」
依藤達が俺達を見つけて近づいてくる。
なんでこんな所にいるんだ?
「助っ人ってお前等だったのか」
「依藤達は?」
「Lv上げに出かけたのは知ってるだろ?」
「まあ途中まで一緒だったしな」
Lvとか能力とかでパーティーが分かれたんだ。
依藤達は戦闘系の能力だしな。
「で、近くの村に滞在してLvを上げてたんだけど、この村に危険な魔物が湧いたから防衛の依頼をされたんだ」
なんでも、最初は村人が避難するまでだったらしいが、首都の方で助っ人……つまり俺達が討伐の依頼を受けたから、防衛する事になったんだとか。
依藤は茂信からメタルタートルの剣を受け取っていたよな。
なら割と余裕で戦えるんじゃないか?
いや……倒せないから助っ人を待ってたんだろう。
「え? 剣術の能力がある依藤でも倒せないのか?」
「一番弱いメタルタートルならどうにか甲羅の間を突き刺して仕留める事が出来たんだけどさ」
そう言いながら、なんか少し刃こぼれしたメタルタートルの剣を茂信に見せる。
この剣が刃こぼれとか逆に凄いんじゃないか?
「武器は大事にしろよ……」
「わかってるけどさ、しょうがねえだろ」
まあ、みんなを守る為にやむなくするしかなかったんだろう。
「で、数日中に助っ人が来るって言うからよ。防衛するだけで金ももらえるって話だし、待ってたんだ」
「成功するかわからないぞ?」
「それも承知の上だって。現にここで見張りをする合間に俺達も狩りに出かけてLvを上げてる最中だ」
「へー……」
何だかんだで茂信が強化させた防具のお陰で結構進めているって感じの顔だ。
一緒の騎士も驚きの顔を隠せずにいる。
格上の魔物とかも倒しているんだろうなぁ。
「それじゃあ、やってみるか?」
と、なんか岩場の影に隠れている基地から亀共を見る。
視線に気付いた亀共が即座に甲羅に隠れた。
あんなに大きいのに臆病なのは変わらないのか。
「よーし動くなよー」
何を飛ばすか考えながら一番大きな亀……ブルーラベンダーアダマントタートルに狙いを付ける。
「ガウ!」
「おわ!」
狙っていたらクマ子が俺に飛びかかってきた。
「何を――」
するんだと言うよりも前に、俺が立っていた場所に熱線の様な何かが通り過ぎて大きく燃え盛っていた。
……なんだこりゃ。
「あっぶねー! 羽橋、安易に近づくなって!」
……これ、アダマントタートルの攻撃か?
誰だ? メタルタートル系だから対した攻撃じゃない、とか言った奴は!
思わず茂信の方向に目が行く。
するとサッと視線を逸らされた。
まあ……こんなの予想出来ないよな。
ラムレスさんも十分気を付ける様にって言っていたし。
そんな風に考えながら依藤に言った。
「近付いてないぞ。遠目で見て転移を狙っただけなんだが……」
「そういや攻撃をしてくるって言ってたな」
萩沢の言葉に依藤が頷く。
「そういう事だ。何でも相当高Lvのガチガチの防具を固めた奴でもやばい熱線らしい。死にたくなければ分厚い岩壁に姿勢を低くしているくらいしかないって話だ」
嫌な魔物だな。
「なんであいつ等、村を占拠してるんだ? 何か理由があるんだろ?」
「さあな……これも災厄って奴の影響なんじゃねえの? 村人もそんな事を言ってたぜ」
便利な現象だな。
何でもコレの所為に出来るのか。
住処にしている火山で何かがあったとか想像するしかない。
「どっちにしてもだ」
俺は先ほどの狙いを視覚転移を作動させて覗き見ながら飛ばす物を指定する。
「俺が失敗したらそのまま撤退だし、出来る限りデカイものを……」
っと、近くにあった、大きな岩を指定して詠唱する。
く……消費推定魔力を見ると空っぽに近くなるのがわかる。
やってみるしかないか。
視覚転移で確認するとブルーラベンダーアダマントタートルは甲羅に閉じこもり、時々顔を出して、近付く影に向かって口から熱線を放っている。
あぶねえなぁ。
というか……姿は結構違うけど、翼があったらグラビ……いや、やめておこう。
萩沢にもらった薬を飲んで、魔力を少し回復させてから詠唱に入る。
「五分後にあそこの岩が転移する。動かない様に注意してくれ」
メタルタートルと同じならば頭を潰せば確実に仕留められる。
だから、頭のある周辺を指定した。
俺の視界に詠唱の砂時計が落ち始める。
「おうよ! とはいえ、当たったら蒸発しかねないから、みんな注意しろよ!」
そんな訳でブルーラベンダーアダマントタートルを適度に刺激しつつ、俺達は時間が過ぎるのを待った。
たった五分、されど五分……しかもブルーラベンダーフルメタルタートルという下位魔物も弱いけど、隙を見て火炎弾を放って来るから厄介極まりない。
硬い、魔法無効、更に隙あらば攻撃、とウザイ構成の亀共だな。
ただのメタルタートルが可愛らしく思えるじゃないか!
やがて……発動まで後少しと言う所で俺達の所在を掴んだブルーラベンダーアダマントタートルが、岩場の塹壕に向かって熱線を放ち続ける。
「うげ!」
「耐えきれん。撤退するんだ!」
「羽橋! お前の能力って射程の限界ってあるのか?」
「無い」
「……実は戦闘向きだろ、お前の能力。どこのスナイパーだよ」
「詠唱五分を戦闘向きと言えるならな?」
なんて感じに依藤に嫌味を言いながら、熱線で焼き貫かれる前に俺達は急いで岩場の影の塹壕から移動した。
動かれたら厄介だったが、どうやら奴はそこまでの知恵はなかったみたいだ。
フッと、俺が指定した岩が消え。
「――!?」
グチャっとブルーラベンダーアダマントタートルの顔面周辺に転移。
地響きを立てて、ブルーラベンダーアダマントタートルの頭と岩が半融合する形で倒れた。