強奪の末路
「あの……何を警戒なさっていたのですか?」
そこで騎士団長は先ほどよりも柔らかい笑顔で応じる。
「村の中央にある装置を見て頂けないでしょうか?」
「あ、はい」
俺達は村の中心にあるストーブみたいな何かに視線を向ける。
大型のストーブに似ているな。
もう少し大きいけどさ。
あれがなんだ?
「アレは村に魔物が侵入出来ない様にする、守護の力を放つ……能力を再現した道具なのですが」
「そんな道具があるんですか」
死んだ結界の能力者を代弁してくれる便利な物だな。
まあ確かに魔物なんて危険な生物がいる世界だ。
こういう道具が無いと村なんて作れないよな。
「便利な反面、稼働させるには大きくポイントを消費致しますので維持が大変です。我が国の騎士は近隣の魔物を倒してこのポイントを維持する為に滞在している意味もあります」
「はあ……結界の能力よりも維持が厳しいと?」
「どうやらご存じの様ですね。はい、能力より燃費が遥かに悪いものでございます」
うん。
アイツが生きていたとしてもお払い箱って訳じゃないのか。
まあ結界を維持するには魔力を回復する手段が無いとダメだけどさ。
「ですがあの装置の本質はそれだけではありません。むしろ十分に注意しないといけない事を未然に防いでくれるのです」
魔物の侵入を阻む以外に重要な問題?
何だろうか?
「それは何でしょうか?」
「魔物と似たように犯罪者を追い出すとか?」
ああ……盗賊とかか。
確かに人の物を奪って殺す様な連中は魔物と対して変わらないよな。
となると人殺しの俺は村に入れないんだけど……。
すると騎士団長は「惜しい」と答えた。
「正解は『強奪』に類ずる能力者を特定し、はじき出すのです」
「強奪!?」
「はい。他者の能力を奪い、蓄積する忌むべき能力です。過去の伝承、伝説に度々出現し、世界を我が物にしようとする異世界人の中でも確実に討伐せねばならない能力者……誠に申し訳ありません。その能力者が貴方達の中にいないかを試させてもらったのです」
それって……小野の事だよな?
アイツは複写の能力だけど、話を聞く限り拡張能力も該当していそうだ。
「仮に強奪の能力者がいた場合はどうなっていたんですか?」
「まず、装置が起動した時点で速やかに伝達が行なわれる事になります。この村だけで対処できない可能性も十分ありえるので」
まあそうだよな。
この村にいる騎士だけで倒せなかったら意味が無いし。
「伝達の者を出した後、我々は皆さんに結界がある事を説明し、別の入り口があると誘導……そこで強奪の能力者だけを呼び出し、駐在する騎士団が総出となり、罠に掛けて討伐する作戦が展開されたでしょう」
うわ……つまり小野が森を出たとしても安易に中には入れなかったって事なのか。
しかも絶対に殺す為の体制が構築されている。
メタルタートルの剣があったとはいえ、俺程度にやられた小野が不意打ちで勝てるか怪しいラインだな。
「無論、残された異世界人の皆さんには事情を説明致します。その上で交渉が決裂する場合も高い確率で想定されています。ですが、我々がそれだけ強奪、あるいはそれに類ずる能力者を畏怖している事をご理解ください」
「まあ……わかります」
同じ気持ち……という訳ではないが、実感は物凄くある。
小野に沢山の人が殺された。
この世界の人達が小野の様な能力者に警戒するのは当然だと思う。
「他、該当能力者が結界内部に入る事が出来る能力を強奪して奪い、使用して侵入したとしても、常時弾き飛ばす様に設計されているとの話で、仮に破壊された場合でも能力が一時的に使用不能になる領域を生成するとの事です。他にもいくつか、異世界人由来の危険な能力に反応すると聞いています」
凄い便利な道具だな。
「萩沢、アレを模倣できない?」
「後でやってみても良いが……」
テントに役立ちそう。
いや、もしもあの時、これがあったらと脳裏に過る。
「過去の異世界人が作ったとの事なので出来るかもしれませんね」
出来れば便利だな。
「どうやら此度の異世界人の皆様にはいらっしゃらない様で安心いたしました。伝承では数名、もしくは一人の場合が一番危ないと聞いていたので最初は警戒していたのですが、人数を聞いて安心していたのです」
「……いや、いた」
俺達はそこでこれまで起こった出来事を騎士団長に説明した。
みんな村で休んで、久しぶりにゆっくりとしている中、代表として俺達が騎士団長と村長に話をしている。
「なるほど……既に皆さまの中で解決済みの案件だったのですか」
「はい……」
「それは辛い経験をなさった事でしょう……」
同情の視線を俺達に向けている。
俺達を試してもいたみたいだけど、相手だって警戒をしていたんだ。
文句を言う状況じゃない。
「その……強奪という能力を持った異世界人とありますが、この世界の人々も能力を所持しているんですか?」
「はい。とはいえ、特別なプロセスを歩まねば習得する事は出来ませんし、伝承では我々の場合、異世界人の方々よりも若干劣る物だそうです」
騎士団長は俺達の質問に応えてくれる。
何でも能力の無い人が一定のLvまで上げるとLvを全て犠牲にして能力を授かる事が出来るらしい。
とはいえ、詳しい事は城で王様と会ってからにして欲しいとの話だ。
「話は戻りますが、過去の伝説に存在する魔王とすら恐れられる強奪の能力者は森から現れ、遭遇する全ての人々から能力を奪い、世界を支配しようと目論みました。その時には多大な死者が出たとの話です」
「じゃあ……異世界人は危険な存在という扱いなんですか?」
すると騎士団長は首を横に振った。
そうだよな。
危険な存在なら、異世界人全てを殺す、という考えになるだろうし。
「いいえ、その時に世界を救ったのもまた、異世界人だったのです。物語として語られているのは同じ場所に数十名で召喚され、強奪の能力者は他の能力者を虐殺した後、森を出たとの話です」
騎士団長は要約で説明してくれる。
「その時、幸いにも生き残った方が強奪の能力者の暴走を止める形で世界は救われました。その方はその後も数々の偉業を成し遂げたと言われています」
「へー……」
「もちろん、同様の例として強奪の能力者をこの世界の者が処理した場合の物語も存在します。その時も、異世界人が協力してくださったそうで、その後は世界の危機を救った等、素晴らしい伝説が残されているんですよ」
前者の話は戦闘系の能力だろう。
で、後者の話は生産系の能力だったのかもしれない。
自分で戦えないからこの世界の人達に協力したって所か。
まあ、あくまで想像の範疇だけどさ。
しかし……騎士団長と村長の目がキラキラしているぞ。
先程までの警戒心が嘘の様に鳴りを潜めている。
伝承を話す時もなんかウキウキしていたし。
うん。
どうして丁寧に相手してくれているのかわかった。
期待しているんだ。
だけど、俺達は元の世界に戻る為の手段を知りたい訳で、他の異世界人の伝説に関してはそこまで知りたい話は無い。
「他にも数々の伝承を私の口から語る事が出来ますが、お聞きしますか?」
懇切丁寧に騎士団長は俺達に色々と教えてくれる。
もはや子供に聞かせる昔話の域に至っている……らしい。
異世界人が度々出現するのも色々とバリエーションがあって、どれが本当かはわからないそうだ。
強奪の能力者が敵として描かれる事が多いと聞く。
それだけ彼等の中で能力を奪われる事が恐怖となっているんだろう。
まあ……俺達と違って、がんばって手に入れた能力を一瞬で奪われるとか、たまったもんじゃないだろうしなぁ……。
「あの……その異世界人の中で元の世界に戻ったという話は無いんですか?」
「そのような話は……あったような無い様な? 詳しく研究なさっている者が城にいると思うので、そちらの者に聞かれると良いかと」
「羽橋」
そこで萩沢と茂信が俺を小突く。
「なんだ?」
「もしかしたらお前が日本に戻った時みたいに妙な補完が働いていて帰った事がわからないのかもしれないぞ」
ああ……なるほど。
「となると帰還方法を過去の異世界人の伝説から調べるのは難しいか?」
俺の返答に萩沢と茂信が頷く。
むう……歯がゆい。
正直に言わせてもらえば、みんなを帰す事さえ出来れば良い。
伝説に等しい活躍なんて期待されても、それで死者が出たら意味が無い
みんなはゲームの駒じゃないんだ。
「あんまり不愉快そうな顔をするなって。今の俺達は進むしかないんだ。帰るにしてもな」
「そうだぜ。谷泉の呪縛が解けて人里に来たんだから、もう少しリラックスしろ。さっきの装置のお陰でかなり安全なんだからさ」
「わかってるけどさ……」
「しかも俺達の中に危険な能力を隠し持っている奴もいないって事だろ? それなら小野みたいな奴はもう出てこないだろ。多分」
最後の多分ってなんだよ。
ちょっと不安になるぞ。
「いや、そこは断言しろよ……」
「ガウ?」
俺はここにいるクラスのみんなの誰ひとり欠けて欲しくない。
もう……誰も死んで欲しくないんだ。
国や世界に良い様に利用されて死なれるのだけは避けなければならない。
「羽橋の気持ちはみんなもわかってる。戦闘組だって命を粗末にはしねえよ」
萩沢がそう言った所で実さんがやって来た。
茂信が事情を説明した。
「うん、大丈夫だよ。私だって他の回復能力を持っている子だって付いているんだもん。小野くんの時みたいな事は絶対にさせないから安心して」
「……みんな注意深くがんばっているよな」
小野の件があってからみんなの結束は強く、念には念を入れた戦い方を心がけている。
「むしろ羽橋……お前の戦い方が一番危ねぇ。クマ子、絶対に羽橋に無茶をさせないようにな」
「ガウ!」
萩沢の言葉にクマ子が頷いた。
そんなこんなで俺達は手厚く歓迎され、各々ゆっくりと休んだ。
クマ子まで丁寧に毛繕いしてもらって助かったなぁ。
本当、何か事件が起こるのではないかと常時警戒していたんだけど、駐在する騎士団の連中も村人達も俺達に対して丁寧に扱ってくれたので、不自由を特に感じることなく、時間が過ぎた。