森の出口
フッと気が付くと、何か間の抜けた顔で惰眠を貪っているクマ子の頭が見えた。
「ん?」
辺りを確認すると朝の明かりっぽい明るさが見えていた。
「ヤバ!」
急いで起き上がってテントから出ると、茂信と萩沢が当たり前の様に見張りをしている。
「あ、起きたか」
「交代時間! 寝過ごした!」
「気にすんな。特に魔物の襲撃は無かったし、クマも反応していなかったしな」
「こんな事もあろうかと! 魔物避けの聖水を凝縮した、魔物避けの聖水プラスが役だったな!」
萩沢が自慢げに答える。
そんな事をしていたのか。
「ま、この辺りの魔物が俺達よりも強かったら意味は無かったみたいだけどな」
「だけど俺は――」
「問題無い。むしろぐっすりと寝てる様だったから起こさずにいたんだ。よく眠れたか?」
「……ああ」
懐かしい、夢を見た。
良い夢だった。
夢の中だけでも、めぐるさんと会えた気がした。
「これも全てクマ子のお陰だな」
「……そうだな」
否定はしないでおこう。
何かホッとしたのは、事実だし。
そんなこんなで俺達は――その日の昼。
森を抜ける事に成功した。
まるで俺が見た夢が森の終わりを教えてくれたかのように……と思うのは傲慢だろうか。
「おお……森の出口だぞ!」
薄暗い森から少しずつ明るい草原が見えてくる。
何か道っぽい物もあるし……この道を進んで行ったら何があるのか好奇心が疼く。
谷泉達はここで足を止めて森へ戻っていったのか?
それとも少し進んで行ったのだろうか?
よくわからないけど、行く価値は……ある。
「やった! 森から出られたのね!」
クラスの女子が嬉しそうに声を上げる。
「ああ……これでやっと文明のある所まで行けるんだろう?」
「道がある! あれって人が作った奴だよな!?」
「フィールドが変わっただけで弱い魔物になると決まった訳じゃないからな、十分に注意しよう」
「それでも、魔物が何処から来るは森よりはわかりやすくなるだろう」
「そうだな。行ってみよう」
なんて感じに草原を進んで行くと、魔物が出現した。
エクリュミドルラットという魔物だった。
パッと見はホーンラットの角が無いバージョンの魔物だ。
三匹現れて俺達に襲いかかってくる。
「見た目に油断するな! 気を付けろよ!」
「ガウ?」
そこで何故かクマ子がエクリュミドルラットに向かって吠える。
ビクッとエクリュミドルラットがクマ子を見て仰け反って、逃げ出す。
「あ、待て!」
俺は思わず石を拾って投げつける。
「ヂュ!?」
あっさりと投げた石がエクリュミドルラットに命中した。
ただそれだけでエクリュミドルラットは絶命して倒れた。
「ガウ!」
俺の攻撃に合わせてクマ子が風の拳を飛ばす。
「うわ!」
パンと当たったミドルラットが弾け飛んだぞ。
「雑魚魔物だったみたいだぞ」
「それは良いんだが……」
なんて感じに道なりに進んで行くのだが、出てくる魔物が尽く雑魚だった。
良いとは思うけど……と、思っていると村が見えてくる。
「村だ……」
中世風ヨーロッパっぽい石造りの家が立ち並ぶ平和っぽい村……かな?
何か村の中心にストーブみたいな謎の物体が置いてあるけど。
遠目では人間っぽい連中がいる。
なんか奥の方は鎧を着た連中が歩いているけど、何だろうか?
村の警備とか?
「そういや森から出るのに必死で全然気にしてなかったけど、言葉とか通じるのか?」
「無理じゃね?」
異世界の住人を確認する。
うん……日本人みたいに黒髪、黒眼ではなさそうだ。
こんな所に平然と挨拶に行ったら脅えられそうな気もする。
「どっちにしても身振り手振りで事情を説明するしかない。行ってくる」
茂信が代表して行こうとすると、学級委員も挙手する。
「こういう時こそ、学級委員の僕が出るまでさ」
「じゃあ念の為に俺も一緒に行く」
茂信と学級委員だけじゃ不安だ。
俺が手を上げると二人は同意し、他のみんなは様子を見る事になった。
「ガウ?」
「クマ子を連れて行ったら脅えられるかもしれないからみんなと留守番だな」
「ガウガウ!」
萩沢の言葉に、一緒に行きたいとばかりにクマ子が鳴いて俺にじゃれつく。
「しかし……」
「ガウ!」
で、クマ子はグローブ姿に変身した。
まあこれなら大丈夫なのか?
「幸成の事をそんなに心配してるのかー。もはやクマには幸成を任せても良いかもしれないな」
「茂信、なんでホロリとしてるんだよ」
ピョンとグローブ姿で器用に跳ねるな!
「羽橋くん、良いんじゃないかい? 君とその子がいればいざって時にみんなが駆けつけるくらいの時間は稼げるさ、他に腕に覚えのある者も同行する」
「……わかった」
そんな訳で、数名で村に足を運ぶ。
戦闘向けの連中は武力で威圧しかねないとの事で、交渉にはしゃしゃり出ないと先に決めた。
敵意を持たれたらどうしようかと思いつつ、村人に近づいた。
うん。遠目でも確認したけど西洋風の顔付きの人達みたいだ。
どう見ても日本人ではない。
服装も……現代の物とは違った、ファンタジーな雰囲気だ。
こういう服ってブリオーって言うんだっけ?
「あら? 旅人ですか」
で、西洋風の人が日本語で、こっちに対して少し警戒はしているようだけど笑顔で応答してくる。
ふ、普通に言葉がわかるぞ?
「あ、はい……ちょっと待ってくださるとありがたい」
「はい?」
学級委員が俺達の方を見て相談してくる。
彼も俺と同じ疑問を感じているはずだ。
「日本語が通じているように見受けられる」
「西洋風の顔付きで流暢に日本語を話されると違和感があるのは事実だけど……」
どんな理屈で、日本語が?
えっと……ゲームとか小説だと言葉が通じたりするけど、能力と同じ様に、不思議な力で言葉が通じるとか?
「つかぬ事をお伺いいたしますが、ここはどこでしょうか? 何分森で迷ってしまって、やっと脱出出来たんですよ」
全員で頷き、茂信が代表して事情を少しばかり話す。
すると村人はドサッと持っていた桶を落とした。
「あの……森って、貴方達の来た方角にある森ですよね? 貴方達の姿、あまり見ない髪色、目……」
「えっと」
村人はマジマジと俺達を見つめてくる。
この森から出て来るのは何か不味いのか?
というか、これってやばい雰囲気じゃないか?
警戒気味に俺が腰を落とすと、村人は首を横に振り、手を振って敵意が無い事を見せている。
「不快に思ったのなら申し訳ありません。そのような場合、村長から事情を説明して頂いた方がよろしいかと思うので」
という所で、初老の男性がこっちに歩いてくるのが見えた。
これは歓迎されていない雰囲気か?
敵意が無い様に見せて、みんなを罠に嵌めるとか。
ともかく、何か彼等を怯えさせる事情が俺達にある可能性が高い。
「これはこれは……私が村長です。どうやら込み入った事情があるご様子。どうか我が村でごゆっくりと事情を説明して頂けないでしょうか?」
「はぁ……」
俺達は村長とやらの案内で村の中へと入って行く。
みんなを連れて行くにしても多少は話をして、危険が無いかを調べてからでも遅くは無い。
そんな訳で村……異世界の村ってRPGゲームとかのと作りは似てるけど纏う空気とか色々と違うんだな、なんて思いながら見渡して行く。
やっぱ奥の方に鎧を着た連中の大きめな訓練場みたいなのがある。
で、村に入った後、村長は家に案内してくれた。
するとそこには全身甲冑を着た、筋肉質の騎士っぽい人がいた。
「ようこそ、私はここに駐在している騎士の団長です。村長と共に貴方達を歓迎致しますよ」
全身甲冑という姿に思わず警戒態勢を取るが、あまりにも明るい声に躊躇う。
この人達はどういう集団なんだ?
「あ、はい……」
「それで、貴方達はあの森からやってきたと耳にしました。事情を聞いてもよろしいでしょうか?」
「こちらが話すのは良いのですが、そちらの事情も聞いてよろしいでしょうか?」
茂信が敬語を意識して尋ねる。
だよな。
どうも警戒している様な雰囲気があるし。