クマ子
やがて完全に陽が昇り、俺達は移動を開始した。
茂信の武具の強化のお陰で移動は順調だった。
コチニールレッドフェザーエンジェルという羽根と輪っかで構成された魔物を相手に俺は戦っていた。
「――」
音とも声とも異なる振動を放ちながら距離を取ろうとするコチニールレッドフェザーエンジェルに追いすがり、剣で切りつける。
「クマ、幸成と魔物の群れを引き離してくれ!」
「ガウ!」
パンチングベアーは俺の鎧を後ろから掴んで引っ張る。
「何するんだ! もう少しで魔物共を殲滅出来るんだぞ!」
「深追いし過ぎだ! 一斉攻撃を喰らったら痛いじゃ済まないんだぞ!」
「そのくらい平気だ! みんなはその間に、安全に魔物を仕留めてくれ!」
俺の返答に何故か茂信が苛立った様に頭に手を当てている。
「ああもう……クマ、頼むから幸成が前に行き過ぎない様にしてくれ」
「ガウー」
パンチングベアーが俺の背中を掴んだまま、魔物への接近を阻止する。
「こら! 放せ!」
幾ら引っ張っても止めない!
挙句、パンチングベアーの背中に実さんが乗っかって俺の裾を掴む。
「大丈夫だから落ちついて」
「いや……そんな悠長な事をしていたらみんなが!」
「大丈夫、怪我をしているのは幸成くんだから、ちょっと焦り過ぎだよ?」
「だけど……」
「ガウ?」
という所で戦闘組の攻撃がコチニールレッドフェザーエンジェルに命中。
魔物は全滅したようだ。
「安全確認の後は出発だ。幸成はもう少し後方にいてくれ」
「茂信!?」
「あのな幸成、今のお前を前線に置くのは難しいんだ。クマと一緒に連携して確実に魔物を仕留めてくれ。そうした方が、みんなの為になる」
それがみんなの為になるのか……?
確実に、それでありながらも早く仕留める方が良いと。
……この戦い方だとみんなに迷惑を掛けてしまうって事か。
やり方を考えないといけないな。
「わかった。早く仕留めて、魔物の攻撃からみんなを守れば良いんだな」
「ああ、だが、お前が魔物の攻撃から誰かを無理やり庇う事じゃないぞ? 盾を持っている、自分の身を守れそうな奴は後回しでいい」
「それじゃあダメじゃないか」
俺の返答に茂信が深く溜息を吐く。
「作戦の方向を変えよう。クマ、魔物が接近してくるのが分かったら、俺達が奇襲をかけるから教えてくれ。幸成はクマと離れずみんなの護衛な」
それではダメだと言おうとしたんだが、すぐに行動を開始されてしまった。
という感じで俺達は先を急いだ。
昼になり、休憩しているとパンチングベアーにクラスメイトが集まってちょっかいを出し始める。
愛想が良いと言うかパンチングベアーは大人しく、可愛がってくれるクラスメイトとじゃれ始めた。
「今日はサンキューな」
「貴方のお陰で助かったわ」
魔物との戦闘で、パンチングベアーは俺と一緒に戦っていた。
その礼を言っているのだろう。
「ガウー」
「毛がふかふかだねー。確かグローブにもなるんだっけ? じゃあ私の魔力補充をしたらどうなるかなー?」
実さんがパンチングベアーに魔力補充を掛ける。
効果がある様だ。
生物であり、武器でもある、そんな感じなんだろうか?
「ガウ! ガウガウ!」
何かボディビルダーのポージングみたいな恰好をパンチングベアーはしている。
どういう遊びだ?
犬とフリスビーで遊ぶのとは大分違う気がする。
「あはは! なにそれ!」
「おもしれー」
「ガウー」
笑っているクラスメイトにパンチングベアーは照れるしぐさを見せる。
で、顔を隠してチラッと覗き見たり、色々とクラスメイトと親睦を深めている様だ。
実さんは更にちょっかいを出しているのか、背中に乗っかって抱きついている。
「大きなぬいぐるみみたいー私、部屋にクマの大きなぬいぐるみ持っているんだよ?」
「へー」
まあ、ちょっと天然入っている実さんにはピッタリだ。
「ふかふか。少し汚れちゃってるから毛並みを揃えるね」
「ガウー」
パンチングベアーも自らの毛並みを気にしているのか、毛繕いを始める。
実さん達、女子も楽しげに手伝いを始める。
「あ、この子女の子なんだー?」
「ガウ!」
「じゃあクマ子だな」
と、萩沢がいつの間にか混じっていてパンチングベアーに命名をしている。
クマ子か。
じゃあ俺もそう呼ぶか。
「安直過ぎない?」
「俺はそう呼ぶ事を決めた」
「まあ、女の子みたいだしリボンを巻いた方が可愛いよね」
と、実さんがパンチングベアーに布を巻いて蝶結びをして見せる。
パンチングベアー改めクマ子が嬉しそうにその様子を笑っていた。
「そろそろのはずなんだが……」
日も暮れて、いい加減キャンプをすべきだとなり、俺達は再度野営を始める。
「ガウガウガウ!」
「羽橋、今日は日本に帰らないのか?」
萩沢が野営の準備をしている俺に声を掛けてくる。
「目を離した隙に襲撃があったらどうするんだよ」
「別に羽橋は戦闘能力が高い訳じゃねえだろ」
「それでも……いないよりはマシだろ」
「そうだが、今日も随分と無茶しただろ」
「無茶なんてしてない。俺は俺なりの配置で戦ってるだけだ」
俺の返答に萩沢も何やら呆れたように声を漏らす。
「はぁ……お前、死に急いでないか?」
「死に急ぐ? 俺が?」
俺はみんなを守りたいだけだ。
めぐるさんみたいに誰かを守れるような人になるって決めただけなんだから。
「ガウガウ」
クマ子が俺が休むように設置したテントの中に入り込む。
「とりあえず羽橋、今夜はお前が一番最初に休む事に決まったから日本に帰らないなら休め」
「まだ大丈夫だ。よし! じゃあ他の奴と交代してもらうか」
「みんなの方針なんだ! 茂信や他の奴からも言われてるんだよ」
むう……萩沢が言付けられたって事なのか?
で、実さんが俺に食事を持ってきたのでクマ子に食わせる。
「ガウー?」
「幸成くんは食べないの?」
「腹が減ってないから大丈夫」
むしろ最近はあんまり空腹にならないから助かっているくらいだ。
下手に食うと吐き気がして苦しい。
「……無茶しないでね」
「無茶するくらいが丁度良いよ」
今まで傍観者でいたんだ。
無駄にした時間の分、俺はがんばるつもりだ。
「言い方を変えるね。命を粗末にしないで。私も、みんなも……めぐるも悲しむから」
「……」
……めぐるさんを引用に出されたら反論出来ない。
俺は渋々頷いた。
「それじゃあ幸成くん、ゆっくりと休んでね」
実さんが手を振り、立ち去る。
俺はテントの中で横になると、クマ子が隣で横になって抱きついてくる。
ふわふわの毛皮がくすぐったい。
「ガウ」
「ああ、お前も寝るのか?」
「ガウ!」
妙に毛皮の艶が良いな。
そう思っていると、クマ子はなんか親が子供を寝かす様にポンポンと俺に軽く手を乗せて叩く。
独特の眠気を誘う呼吸だろうか……目が凄く重たい……。
人肌じゃないが温かさが眠りへと誘ってくる。
「ガウ……」
やがて俺はクマ子に添い寝させられて眠っていたのだった。
夢を……見た。
クラス転移する前の日常の夢を。
そこには俺がいるのかわからない、まるで幽霊になったかのような……視覚転移で教室を見ている様な光景だった。
茂信がいて、萩沢がいて、めぐるさんや実さん、クラスメイト全員がいる。
それは特に代わり映えのない日常。
退屈だと思いながらも、勉強にウンザリし、その都度起こる問題を解決して行く日々。
授業が始まり、みんなして勉強し、放課後になれば仲の良い友人同士で雑談する。
もちろん部活をしている奴だっているし、バイトをしている奴もいる。
極々当たり前の光景だった。
それが今じゃ異世界で森を抜ける為のサバイバル……か。
ああ……退屈だなんて馬鹿にしていたけれど、そんな一日でもいろんな出来事が起こっていて、大事な一日だったんだ。
やがて、みんな教室を出て行き、電気が消える。
俺は……こんな当たり前の光景に、みんなを戻したい。
……もう叶う事が無いとしても、せめて生き残った人達だけでも。
そこに、めぐるさんが教室に戻って来た。
どうやら何かを忘れたらしい。
周囲を見渡している。
俺はそんな彼女に手を伸ばしたくて、それでも届かなくて……。
そんな所でめぐるさんが振り返る。
「――」
俺が発した声なのか、それとも彼女の声なのか、わからない。
ただ……そこで急激に意識が遠ざかっていった。