足跡
予想よりも移動は順調だった。
魔物と遭遇した際は戦闘組や俺、茂信が前に出て戦い、撃退。
班分けして拠点組のみんなにも経験値を明け渡し、若干強行軍になりつつも、怪我人は特に無い。
今までと違うのは、夜になると持ち回りで見張りを募り、襲撃に備える。
結界が無いのでしょうがないが、これが一番精神的に消耗するが、みんなも大分慣れてきた。
そんな感じで想像以上に順調に拠点組もLvが上がって戦える様になってきた。
当然5Lvを超えて拡張能力も得ている。
中には今まで戦闘には不向き、つまり拠点組だと言われていた能力が再評価された場合もあった。
例えば裁縫や栽培だ。
裁縫は服を作ったり、修理する事が出来る。
今まではそれだけだと思われていたが、必要な道具である針や鋏がどんなサイズでも効果がある事が判明した。
なので大きな針や鋏で戦える。
ゲーム風に例えるなら専用武器が必要なタイプだ。
栽培は学級委員の能力なんだが、今までは植物を育てるだけの能力だと思われていた。
これは小野が棘を出したりした事でわかった事だ。
俺が学級委員に教えた。
この事実が今頃になって明かされたのは、多分本人がゲームなどを遊ぶタイプじゃなかった、というのも原因だろう。
そんな訳で、戦闘組、拠点組が協力して挑めば、それ程厳しい状況ではない、という事が共通の認識になりつつある。
「不思議なくらい順調だ……」
「アレだけ苦戦していた魔物がこんなに簡単に……」
戦闘組の連中も、茂信の強化や付与を武具に施してもらった影響で今まで苦戦していた相手に快勝しているとの話だ。
俺も率先して前に出ているので、戦闘組が如何に戦いに向いているのか肌で感じ取れる。
そんな感じで五日程、進んだ。
「幸成! 落ちつけ!」
俺が不利を悟って逃げ出した魔物を追跡しようと走り出した所で、茂信に肩を掴まれて呼び止められた。
「どうして止めるんだ! 逃げた魔物が仲間を呼んで逆襲に来るかもしれないんだぞ!」
「理由はわからなくもないが、落ちつけ! 最近、お前は様子が変だぞ?」
「ああ、慎重さに欠けてるぜ」
萩沢が茂信の意見に同意し、戦闘組の奴等も頷いている。
そんなはずは……。
「距離を取ろうと下がった魔物にそのまま追いかけるし、盾で攻撃を受け止めようとする奴を庇う……幾ら装備が良くなっているからって無茶をして良い理由にはならないぜ?」
「だが! ここでアイツらを逃がしたら逆襲される。逆襲されたらこの中の誰かが殺されるかもしれないんだぞ! 絶対にそんな事をさせるか!」
「だから落ちつけ! 落ちつかないと……下手に深追いして罠にでも掛けられたら、お前が死ぬ事になるぞ!」
それは……怖くない。
俺は許されない罪を犯した。
その報いを受けるのなら俺は……。
という所で茂信と萩沢が双方顔を見合わせて肩を上げる。
「とにかく……今は落ちつけ。もっと周りに意識を向けてくれよ。昔みたいに」
「周りを見渡しているくらいが羽橋には良いんだよ」
「それでも俺は……」
萩沢を初め、茂信、戦闘組の連中が揃って溜息を吐く。
そんな空気を変えようと思ったのか、クラスメイトの一人が腹に手を当てて俺の方を見る。
「ねえ、みんなお腹空かない?」
「そういやそろそろ飯時だな」
「料理作ってもらう? 火を焚くなら待ってて」
実さんが料理担当に頼もうとしていると、みんなが揃って首を振ってる。
なんだ?
料理担当も手を振ってるぞ?
「豪勢に日本の物が食いたいな」
「うん! この前、持ってきてくれたコンビニ弁当とかが食べたい」
と、同行しているクラスメイトが挙って頷く。
俺が日本で買って来たコンビニ飯か……。
みんな思い思いに貪る様に食べていたっけな。
「という訳だ幸成。ここはみんなの為に、一度日本に戻って買って来てくれ」
「人数分の飯のポイントは渡すからよ」
「ついでにアイスでも食って落ちつけよ」
と、萩沢と戦闘組の一人が俺にそれぞれポイントを渡す。
約二万ポイントだ。
これだけあれば人数分くらいの食事は持って来れると思う。
「わかった。何が食べたい?」
「ハンバーガー!」
「牛丼!」
「天丼!」
「フライドチキン!」
とまあ、各々食いたいモノのメモを取っていると、何やらアンケートっぽく意見を茂信が纏め出した。
それで俺はメモを受け取って日本に転移する。
武具の類は部屋に置いて、隠してからだ。
……俺がいなくなった途端に移動を開始とかは……しないでいてくれている。
視覚転移で確認してから俺は急いで町へと走り出した。
日本はやはり特に大きな変化は無い。
……夜間になると茂信が日本の部屋で休む事を勧めて来る。
最近は極力日本に帰らない様にしているんだけど、茂信や萩沢、実さんの言葉だと安全な所で休まないのはむしろ悪い事……らしい。
だが、無理を言ってでもあちらで俺は寝ている。
夜に敵の襲撃があるかもしれないからだ。
町の喧騒の中を不自然に思われない程の速度で移動してMDバーガーへと入店する。
かなりの人数分を頼む事になるからな。
それからお持ち帰りで注文して、店から外を見た。
せわしなく人々が歩いている。
そんなに急がなくても……やめよう。八つ当たりだ。
……少し前は自分だけ日本に帰れる事に罪悪感があったけれど、今は嫌悪感が浮かんでくる。
みんなの為とはいえ……いつ襲撃が来るかわからない所を留守にしていると思うと気が気じゃ無くなってくる。
そりゃあ生き残ったクラスの人数分の注文に店員は驚いていたし、せっせと作っている姿に事情はわからなくもないが、イライラとしてくる。
注文ミスとかされたら嫌だな。
「お待たせしましたー番号札……」
カウンターに山盛りの袋を用意されて俺は受け取りに前に出る。
大量の物に専用の大きな袋まで用意してくれた。
取りあえず強引に持って店を出る事にした。
何か通りかかる人が俺を見ているが、どうでもいい。
それから他の店でもテイクアウトを注文して受け取る、を繰り返した。
ただ、最後の注文。ピザの持ち帰りは時間が掛った。
茂信達が最後にピザを頼んだのだ。
しかも指定までした。更に持ち帰りの品を一括で持ってきてくれってな。
焼き上がるまで15分も待たされた。
その間に……魔物を逃がした焦りが少し落ちついて来ているのを悟る。
……うん。
多分、茂信達は俺が焦らない様に気を使ってくれたんだろう。
それくらい……俺だってわからないはずはない。
俺は人目の少ない裏通りに移動してから転移しようと茂信達の方を確認する。
余裕があると確認するのだが、あんまり長い時間、確認して見ていると魔力がかなり消費して異世界に行けなくなる。
めぐるさんと交互に確認していた時は楽だったな……。
寝れば回復するから良いんだが、それは良くない。
実さんの負担を軽減する為にあんまり見続けるのは良くないのはわかっているから、苛立ちながら我慢していたんだ。
それがいけなかった。
「な!?」
ピザ屋に入って確認した時は茂信達はまだ暇そうに待っていたのに、今は一人もその場にいなかった。
「何が起こった!?」
目を凝らして確認すると魔物っぽい大きな足跡が何個もある。
大型の魔物に襲われて逃げた……?
確か戦闘組も手が出せずに渋々撤退したという強力な魔物の話を聞いた。
北の方にしかいないという話だったが、こっちにもいたのかもしれない。
く……何だかんだ買い出しはみんなが野営する時にしていたから失念していた。
最後に確認したのが10分前……。
くそ!
思わず苛立ちを壁にぶつけて俺は転移で異世界に戻る為の詠唱に入った。
……殴った壁に衝撃と共にヒビが入ったのは見なかった事にしよう。
そして移動しながら部屋に置いて来た物も転移で取り寄せる。
「茂信! みんな!」
急いで足跡の続く方へ走り、出てくる魔物をメタルタートルの剣で斬り伏せる。
元々……茂信達が仕留めていたのか、数は少ないみたいだ。
どっちにしても一旦茂信達と合流して野営でもしてもらわないと食い物を届ける暇がない。
森の中を食い物を担いで移動なんて難しいし、部屋に置いてきたから取り寄せる事は出来る。
今は少しでも早く追いつかないと!
「なんでこんな時に……」
思わず舌打ちをしてくなる状況だった。
まず足跡が追えなくなった。
土だったのが、岩場に変わったからだ。
しかも泥が混ざった、飲み水にするには難しい……川が森を寸断する様に流れている。
戦闘組の話だと途中で川がある事は知っていたけど、まさかここで茂信達の足跡を見失うなんて思わなかった。
確か川を越えて数日後に谷泉は方角を変えたらしい。
だからこの川の先で森を抜ける事が出来ると、戦闘組は予測をしていたのだ。
「川をそのまま突っ切るのは……危ないかもしれないな」
アマゾンって訳じゃない。
だけど、川の中にどんな魔物が潜んでいるのかわからない。
とはいえ、川が濁っている、という事は濁る原因があったんだ。
茂信達が渡った可能性が高い。
後少しで追いつけるような気がする。
……俺は自分を指定し、向こう岸の何も無い所を指定して転移した。