決意
!?
茂信の言葉に俺はハッと我に返った気がした。
そう……なんだ。
めぐるさんが命を張って俺を助けた。
だからこの命は俺の物じゃなくてめぐるさんの物……。
「この場にいる誰がお前を咎めている!? みんな、お前のお陰で小野から命を救ってもらったんだ! 日本に帰れる? それがどうした!」
「まあ……すごく羨ましいとは思いますが、谷泉くん達がいる時にその事を知られていたどうなったかわからないと思います。めぐるも同じ気持ちだったと思います」
「ま、俺からしたらどっちにしても変わらねえな。羽橋に色々と日本の物を食わせてもらったしな」
みんなから俺を守る様に茂信達は答える。
違う……俺はみんなに受け入れてもらいたくて言った訳じゃない。
「日本じゃ俺達はいなかった事になっている。こんな不思議な事が起こっているんだから、おかしいと思うのは間違っているかもしれないな」
戦闘組の一人が呟く。
それに拠点組の一人が同意した。
「羽橋、お前はみんなを帰せるのに隠していたのか?」
「違う……能力に気づいたのは初日の、大塚に殴り飛ばされた後の寝る前だ」
「じゃあ試しに俺を帰そうとしてみてくれ」
「わかった。実さん、魔力を回復させてほしい」
「うん」
俺は実験にと、立候補したクラスメイトに能力を使って日本に転移させようと試みる。
Lvが上がっているんだ。もしかしたら出来るかもしれない。
指定は出来ないが、思い切り力を込めて転移をイメージして発動させようとする。
そう、掴む様なイメージだ。
掴んで飛ばそうとする。
「……? なんか引っ張られる様な?」
転移をさせようとした生徒が首を傾げるが、うまくいかない。
「出来なかった……」
「とにかく、幸成。お前が日本に帰れるからと言って、俺達が帰れる訳じゃなかった……むしろ……」
「坂枝!」
萩沢が声を掛ける。
それは話しちゃいけない。
目の前にあった希望が……失われたのと同じなんだから。
茂信がめぐるさんの……が転がっている所を見つめる。
実さんがその灰を集め、墓を作り始めていた。
俺が既に地面を能力で転移させているので大きくえぐられた場所がある。
そこに……。
俺も手伝って埋葬を始める。
小野に殺された人達を全て埋葬をする……。
「とにかく、羽橋が日本に帰れるからと言って俺達が帰れる訳じゃない。贅沢な思いをしやがってと思う気持ちは……確かにある。だけど、俺達を見捨てずに力になろうとしていたのはここにいる事実として存在する!」
茂信が大きく手を広げて問う。
「拠点組のみんなも幸成に隠れて何かしてもらっていた奴がいるだろ?」
茂信の言葉に菓子を配った者達が頷く。
「戦闘組のみんなだって、今日、幸成に助けてもらった事実は変わらない。谷泉の命令にしたがって拠点組を蔑にしていた。逆らえばもっと環境は良くなっていたはずなんだ」
みんな揃って首を縦に振る。
「責任を幸成だけに押し付けないでくれ……もう谷泉の呪縛、小野の恐怖……悪夢は終わったんだ。みんなで帰る手段を模索しよう。みんなで、元の世界に帰るんだ」
「帰りたくない奴だっているかもしれないけど、帰る手段の模索くらい手伝ってくれよな?」
茂信と萩沢の言葉に、みんなが結束する様に頷く。
「まあ、売春までしてしまった奴は羽橋の事を殺したい程憎んでいるだろうけどさ」
と、拠点組で戦闘組に取入った女子生徒に萩沢が茶々と言うか念押しをしている。
「売春じゃなくて恋愛よ!」
「そうよそうよ!」
「困ってる時に助けてくれたら好きになるのは普通の事でしょ!」
「食料目当てに体を売ってた子は小野に殺されたわよ!」
「口でならどうとでも言えるよなー」
などと言っている萩沢だが、その言葉がそのまま返って来ている。
こんな事が起こったばかりだから当然だが、セリフとは違い、表情は笑っていないからだ。
しかし、萩沢なりに考えての事なんだろう。
それを理解しているのか、茶々を入れられた女子は言った。
「萩沢、いい加減にしないと怒るわよ!」
「ああ、はいはい! どっちにしても全ての責任を羽橋に擦りつけるなよ? 処女にしろ何にしろ、差し出したのは己の選択なんだからさ」
「まあ……羽橋くんや坂枝くん辺りは食料を分けてくれていたし」
「恨むのはお門違いよね」
女子生徒達が揃って、俺が傍観者でいた事を咎めない事を口にする。
「幸成」
それから茂信が俺の方を向いて、涙を流しながら諭してくる。
「幸成、冷静になってくれ。めぐるさん、とてもうれしそうにしていたんだぞ。お前の力になれたって」
めぐるさん……。
めぐるさんの言葉が脳裏に蘇る。
『それじゃあ……もしも、みんなで日本に帰って、幸成くんが隠している事が判明したら……もう一度、私の話を聞いてくれる?』
『じゃあ幸成くん。私に黙っていて欲しかったら、日本に帰れたらもう一度告白するから受けるか検討してくれないかな?』
二度と叶わないめぐるさんとの約束……だけど俺はその約束を果たさないといけない。
みんなで日本に帰る事を望んでいた。
めぐるさんの為に、めぐるさんの分、俺は絶対にやり遂げないといけない。
俺が傍観者でいたからこんな結果になった。
もう俺は傍観者でなんていない。
いたくない。
みんなを生かして日本に帰してみせる。
めぐるさんが好きだと言った、理想の俺にならなきゃいけない!
「わかった。茂信、みんな……もう俺は自分を罰したりしない。だけど、俺を信じなくていい。人殺しは……信じちゃいけない」
例え何があろうとも……この身を犠牲にしても、何をしたってみんなを……俺が傍観者でいた罪を償う為に、めぐるさんが誇らしく思える理想の俺になる。
だけど、初めから躓いてしまっている。
殺人者が……めぐるさんの理想になれるだろうか?
決意に迷っていると、戦闘組と拠点組、両方から人が集まって軽く小突かれる。
「嫌だね。日本に帰れる事を隠していた奴なんだ。お前の言う事は従えない。だけど、自分の手を汚して俺達を守ってくれた人殺しの言う事を信じてやるよ。その分、お前なりにがんばれよ」
「Lvを上げると新たな力、拡張能力を得るんだろう? なら日本に帰れる羽橋くんが強くなる事でみんなを帰す事が出来る可能性だってあるんだ。そう簡単に疑っちゃいけない」
学級委員が諭す様に告げる。
「他に、昔読んだ古い小説で、主人公達が何か使命を果たさない限り帰る術が無いという物もある。皆さん、間違っているかもしれないけど、ここに滞在する事は既に困難だと思われる。森を出る為にみんなで揃って移動してはどうだろうか?」
「そう、だな。なんでこんな能力を授かったのかの謎も解けちゃいない。ゲームだったら何処かで謎を解いて、世界でも救いに行ってる所だ。森に引きこもって日本に帰る、なんて出来るはずもないよな」
誰かの言葉にみんなが頷く。
「こんな所でサバイバルをし続けるくらいなら危険でも抜け出す方法を探そう。ここは異世界、誰も救助に来てくれない。羽橋がそれを証明してくれたんだ」
「俺は羽橋の話を信じないね。日本で忘れられている? 冗談、だけど帰る努力はすべきだ」
「俺達は誰かに助けてもらうんじゃなくて、俺達自身がこの窮地を乗り越えなきゃいけない。それを今回の出来事が証明してくれた」
「ま、どっち道、結界がもう無いから移動しないとやべぇんだけどな。ともかく、例の西にあるっていう森の出口を目指そうぜ」
萩沢の言葉に賛同の声が集まる。
実さんが俺の手を掴んでから、抱擁してくる。
「めぐるが死んだ事はとても悲しい……だけど幸成くんまで後を追う様な事は、しないで。お願い……」
「うん……わかってる。めぐるさんが命を賭けて守ってくれたんだ。この命をめぐるさんが成そうとした事に、使いたい」
「……今は、それでも良い……だけど……ううん。わかりました」
実さんは抱擁をやめて微笑む。
「どうか自暴自棄にならないでください。それだけは約束してください」
「わかった。約束する」
「もう、誰も傷付く所を……死ぬ所を見たくないんです」
その気持ちは、凄く理解出来た。
俺がふざけた態度で生きていたから、取り返しの付かない事になった。
みんなは俺を許してくれたのかもしれない。
だけど……いや、だからこそ、罪滅ぼしをしなくてはならない。
「じゃあ……危険な森にいつまでもいるよりも早く森を抜けよう」
茂信の言葉にみんな頷き、出発の準備を始めた。
おそらくは……誰かを頂点に置かないと動けない程、みんなの心が磨耗してしまったからだ。
でなければ、俺なんかを受け入れてくれるはずは無い。
だが、今はそれでも良い。
みんなを帰す為ならなんだってやる。
めぐるさんがやるはずだった事を、全て俺が引き受ける。
……もう誰も失いたくない。
例え俺の命に代えても守り抜く。
もう二度と後悔をしない為に、俺はもう傍観者にはならない。
だから、どうか……俺がそっちに行くまで待っていて欲しい。
そう……俺は何をしてでもみんなを生きて帰す。
俺は何度も何度も、その考えを繰り返し思考し続けた。
めぐるさんやクラスメイト達を埋葬した墓に手向けられた花が静かに揺れる……。
こうして俺達は拠点を捨てて森を抜ける為に旅だったのだった。
明日から一日一回更新になります。