懺悔
「転移による……引き潰し……」
「凄い……だから猶予……」
小野が諦めずに背を向けた俺に大塚達と力を合わせて不意打ちをしようとして、大量に転移した土に引き潰された。
さすがに強奪の能力を持つ小野と回復持ちであっても、細胞単位で全身くまなく土に埋もれれば助かりようもない……。
「っ……」
今更になって全身が痛みを発する。
小野との戦いで、無理な動きを続けた影響か、体が悲鳴を上げているのがわかる。
メタルタートルの剣を持っている事ですら厳しく、取り落としてしまう。
「あ……奪われた能力が、戻った……?」
戦闘組の生き残りと拠点組で能力を奪われた者達が各々能力が戻って来た事にホッと胸をなで下ろしている。
中には小野の死体を掘り返して確認している者もいる。
結果、口で語るのは憚れる……肉塊の様な死体が出てきた。
死なないはずがない。
俺の転移は命中すればメタルタートルすら倒せる。
体内の全てに土が入り込んで生きている生物がいたとしたら、そいつは化け物だ。
「……」
熱くなっていた血が冷めていき、怒りで薄れていた感覚がやってきた。
復讐を終えた感想は、例えようも無い後悔と自分への憎しみだけだ。
何が転移だ!
飴やチョコレートを渡して喜ばれた程度で善人気取りか!
高みからみんなを眺めて神にでもなったつもりか!
もっとやり方があっただろ!
「幸成くん!」
「ごめん……」
実さんが駆け寄って俺に拠点回復を施そうとする所で俺は拒否をする為に軽く突き飛ばす。
「幸成くん?」
「幸成、どうした?」
みんなして怪訝な目をして俺を見つめる。
そりゃあそうだ。
ここにまだ殺人鬼がいるんだから落ち付けるはずもない。
……俺は……もう随分前から許されない罪を犯していたんだ。
「みんな聞いてくれ」
「なんだ?」
「どうした?」
「俺は許されない罪を犯した」
自白する様に俺は言い放つ。
クラスメイト達、戦闘組も拠点組も揃って顔を見合せながら首を傾げる様に答える。
「それって小野達を殺した事か?」
「それは……仕方の無い事だ。羽橋じゃなくても、誰かがやらなきゃ、みんな殺されていた」
「ええ、私達女生徒は犯されるか殺される。男子はきっと皆殺しをしていたはずよ」
「うん。男は殺すって言ってたし、谷泉達を容易く殺してたんだから間違いない!」
みんなして仕方ないと片付けている。
思わずその行為を俺自身が正当化してしまいそうになる。
だが、もう、それは許されない。
俺が許さない。
「正当防衛に決まってるだろ!」
「法律としては間違っているかもしれないけど、羽橋はみんなを守ったじゃないか!」
「そうよ! 小野に何人殺されたと思っているのよ!」
「ここは日本じゃない。みんな羽橋を咎めたり何かしないだろ?」
「ああ、羽橋がここを支配するとか、これ以上の殺人をするとかしない限り、悪くない!」
俺はみんなの弁護の言葉に首を振る。
みんなが許してくれたとしても、俺は俺が許せない。
殺人を犯して、結果的にみんなを救った……それは紛れも無い事実だ。
だが、これと同等に酷い事を秘匿した俺は、みんなに絶対に許されないんだ。
「誰かがしなきゃ、みんな殺されていたんだ。羽橋じゃなくても誰かがしていた!」
「いや、誰かがしなきゃいけなかった! 生きる為に!」
先程の言葉と同じ事を別の誰かが言った。
「違う……違うんだ」
もう……俺は自らの保身のために隠すのをやめる。
この事でみんなに殺される覚悟を持つ。
もう破綻した様な環境だ。今日だけで何人死んだかわからない。
ならもう一人死体が増えたからって何もおかしくはない。
「俺の能力は転移……飛山めぐるさんの転送の下位互換だとみんなは思っている。だけど違うんだ」
「幸成!? まさか――」
「おい……何を言う気だ!?」
「幸成くん!?」
茂信、萩沢、実さんの目が大きく見開かられる。
おそらく、萩沢と実さんは勘違いしている。
「俺の能力は……俺だけ日本に帰る事が出来る事なんだ」
「……え?」
「嘘、だろ?」
生き残ったクラメイト達が各々顔を合わせて驚いている。
戦闘組だとか拠点組だとか、そんな枠組みは無い。
「証拠だって持ってくる事が出来る。俺が転移出来る事だって見せられる」
俺は自らに転移を施し、詠唱を待って瞬間移動をして見せた。
そして、部屋に置いてあった今週号の雑誌を手繰り寄せる。
事前に持っていたでは説明できない物的証拠だ。
「は、羽橋、じゃあ俺達にMDバーガーを食わせてくれたのは……」
萩沢がよろめくように一歩踏み出して信じられないとでも言うかのように尋ねてくる。
「日本に戻って転移で買ってきただけだ。他にも隠れて菓子を振舞っていたのは谷泉達に知られない様に罪悪感から日本から持ってきただけだ」
「そんな……」
「日本じゃどうなってんだよ! こんなの集団失踪……大事件だろ!」
俺は首を横に振って答える。
「みんな、俺がずっと拠点にいたと思っているだろ? 隠れて出かけた事はあるけど、そうじゃない。みんな一緒にいると勘違いしている。特に俺はみんなと風呂を一緒に入っていた事なんて、ほとんど無い」
「な、何を言っているんだ?」
「羽橋、一緒に入っただろ? な? いたよな?」
「いた! 絶対いた!」
「で、でも……体洗ってた?」
「まさか……風呂に浸かって……あれ?」
茂信が察する。
だけどめぐるさんの様に、改変に対して抵抗を持っている訳じゃない。
俺がどれだけめぐるさんが変化に耐性を持っている事が嬉しかったのか、ここでやっと理解し、吐き気を催す。
「そう、いないはずなのに、まるでいたかのようにみんなの記憶にはある。だけど事実として俺は日本にいた」
これは俺の怠慢、安全地帯で贅沢をし続けた報い。
そしてみんなに伝えないといけない真実。
「事件にすらなっていないんだ。クラスには帰還した俺の名前しか載っていないし、アルバムにもみんながいた痕跡が無い」
「うそ!」
「嘘な物か!」
雑誌を手に取り、みんなしてその事実に更にざわめき立つ。
「じゃあ羽橋が日本に助けを求めれば良いんじゃないか!?」
「よく考えてみろ! 実在を証明できない人間が異世界に行っています。どうか助けてくださいと言って信じる奴が何処にいる!?」
「俺達だって、羽橋が日本に居る時は羽橋をいない物として扱っているんだろ? どうしたら良いんだよ!」
「羽橋の話が嘘かもしれないぞ!」
「嘘だとして、じゃあこの雑誌は誰が証明するのよ!」
「信じられない……だけど、こんな能力を授かって魔物と戦ってんだ。疑っていたらきりがねえよ!」
確かな証拠として目の前にある事実。
証言を前に疑う声がドンドンと小さくなっていく。
「だから俺はみんなに許されない。報告を怠り、保身に走って黙っていた。もしも俺が自身の能力を隠さずにちゃんと話していれば、こんな事にはならなかったんだ! だから……俺は報いを受ける……!」
メタルタートルの剣を自身に向けて持ち、胸に向けて突き刺――
「幸成!」
茂信がメタルタートルの剣の刀身を伝いながら鍔の部分を握って俺の自害を妨害した。
茂信の手から血が溢れだし、俺の体に掛る。
「な――!?」
「幸成くん!」
そして実さんが俺を突き飛ばし、弱っていた俺はメタルタートルの剣を取り落とし。
「羽橋! 落ちつけ!」
そしてトドメとばかりに萩沢が俺を後ろから羽交い締めにした。
「茂信――」
実さんが止血する茂信の手に治療を施す。
他にも回復系の能力を持った級友が茂信の傷を手当てし、早急に茂信の傷はふさがった。
「馬鹿野郎!」
傷が治った茂信が俺の顔面を殴りつける。
ぐ……。
「お前はめぐるさんの言葉を何もわかっちゃいない! めぐるさんはな、殺人を軽蔑していた様に、自殺する奴だって軽蔑するぞ!」
「これは自殺じゃない! 罰を受けるだけだ!」
俺の言葉に茂信が再度俺を殴りつける。
「めぐるさんはお前を庇って死んだんだぞ! その命を粗末にする事は、めぐるさんへの冒涜だ! めぐるさんなら、自殺するお前を絶対に許さない!」