偽善
「うん、知ってた。みんなに見えない様に建物の影に隠れて渡す所を見てたから……幸成くんが自分の物を配っていたのを」
「あはは……食べ物を理由にして無茶な要求をしてるって思われちゃったかな?」
俺の返答にめぐるさんは首を横に振る。
違うのか?
「その、幸成くんが相手の女の子と恋仲になっちゃったのかって思って……見てただけ」
あー、俺が酷い奴だと思ってめぐるさんが監視してたのか。
そりゃあ下位互換だし、ふてくされていると思っちゃったんだろうなぁ。
「なのに幸成くん、お菓子を渡すだけでどっか行っちゃうし、まったく相手に色目を使ってないし、男の子にも渡してたから……違うんだなって思って……」
「うん、別に女の子だから渡すとかはしてないよ。あくまで……罪悪感だったんだと思う。俺の立場が危うくならない範囲で、何かする手は無いかって模索してた」
人によってはとても傲慢な事だと思う。
一人だけ高みの場所で施しをして優越感に浸る偽善者だって罵られる事をしていたかもしれない。
だけど、俺だけ帰れる事実を話して、輪から追い出されるのは避けたかった。
じゃなきゃ茂信もクラスのみんなも助けられない。
俺の出来る事なんてこの程度が限界だった。
「話が逸れたね。後は……戦闘組のみんなに俺の意見は聞き入れられなかった。拠点組の代表をしてる茂信でさえああなんだからしょうがないのかもしれないけどさ」
そう諦めた。
たぶん、谷泉によって教師が火あぶりにされた時点で、この集落で誰がリーダーであるのかをみんなは思い知らされてしまったんだ。
力によって谷泉達を止めるしかない。
だけど与えられた能力では谷泉達に手も足も出ない。
発動まで五分も掛る転移じゃ不意打ち程度にしか役立たないし、寝込みを襲うのと谷泉の支配に異議を唱えるのとでは違うだろ?
殺人はお門違いだ。
谷泉の今までの行動はお世辞にも褒められた状態ではないけど、死人は誰ひとり出ていない。
それはある意味、上手く制御出来ている証拠だ。
リーダーシップを取っていると言っても過言じゃない。
こんなサバイバルな状況で死者を出さずに三週間も魔物と戦っているんだ。
谷泉達がゲームに詳しいのは事実なんだろう。
もう少しで……本当に、もう少しで拠点組のみんなも窮屈な状態から抜け出せるはずなんだ。
「後はめぐるさんの知っての通り、拡張能力が判明した時に日本の物を取り寄せられるって嘘を言って、日本の物を買って来た」
ほんと……振り返ってみると保身と自己本位な状況分析でしかない。
罪悪感でめまいがしてくる。
「これが俺の正体だよ。だから……めぐるさん。俺は君の告白を受ける資格が無い」
まさかこんなにも早く判明するとは思わなかった。
これで俺は完全に孤立する事になるだろう。
茂信ですら俺を軽蔑するかもしれない。
後悔は……無いと言えば嘘になるけど、無い。
俺の話を最後まで聞いためぐるさんが目を瞑り、首を横に振る。
「ううん……違う。違うよ、幸成くん」
「何が?」
それからめぐるさんは静かに目を開いて強い意志を見せて俺を見つめる。
「初日、幸成くんは私の所為で下位互換だって馬鹿にされた。大塚さんにはありえないくらいの力で殴られた……それじゃあ話したくても話せないよ。しかも内容が日本に一人だけ帰れるなんて……殺されてもおかしくない」
「それでも、本当なら話さないといけなかった」
「そう……なのかもしれない。だけど、幸成くんは私が告白した時に断ったでしょう?」
断った。
自分を省みずお菓子を配っている。
本当にそんな奴なら告白を受ける権利はあったかもしれない。
だが、俺は日本に帰れる。
それを秘匿し、お菓子程度しか渡せなかった俺がめぐるさんの告白を受け入れて良いはずがない。
「もしも幸成くんが私の告白を受けていたら……確かに、軽蔑していたかもしれない。けど、幸成くんは日本に帰れる事を黙っているのが嫌だったんでしょう?」
それは……そうなんだろう。
本当の事を言って軽蔑されるのが怖かった。
転移の力が与える恩威が大きいとは言っても、長い間友達をしていた茂信にもしかしたら嫌われるんじゃないか、そう思うと本当の事を言えなかった。
真実を伝えれば、出来る事は多い。
武器にしたって食料にしたって、ポイントさえあれば無尽蔵に手に入る。
拡張能力であるポイント相転移の影響ではあるけどさ。
「茂信くんも萩沢くんも、幸成くんの拡張能力を知って考えてくれたじゃない。もしもがあったら幸成くんはここにいない。死ななかったとしてもみんなの奴隷のように日本の物を……食料を搾取されてた。しかも谷泉くん達の事だからLvは上げられない」
そうなったらポイント相転移も無く……貯金を切り崩すしかない。
今よりも警戒されていた可能性もある。
そうなったら俺の性格から考えて、異世界に戻ってこないな。
「お金が無くなっても要求は増えて……みんなは万引きでも何でもして来いって言ったと思う。そんなの……間違ってるよ。幸成くんはみんなの奴隷じゃないんだよ?」
「もっと違う結果を手繰り寄せられたかもしれない……あくまで俺は傍観者でいたんだ」
「みんながもっと冷静に対処できていたならこんな事にならなかった。幸成くんだけの所為じゃない」
……めぐるさんは一歩も引かない。
「とにかくわかったから……幸成くんがみんなに優しくしていた理由が」
「……うん」
だから、もう好意は向けないでほしい。
俺は勇気のある貴方とは違って、卑怯な傍観者なんだ。
「幸成くん……その、詰問する様な事を言ってごめんね。ただ、いるはずの人がいない、それが凄く怖かったの」
確かに今まで居た奴がいない事を認識出来たら、相当怖いだろう。
……日本と異世界。
どちらかにしか認識してもらえない状態を思うと胸が苦しい。
行き来できるからこそ、俺はもしかしたら存在していない者なのではないかと自問自答する時が……ある。
茂信達にも、自分の両親にも忘れられる時があるという事なのだから。
そう思っているとめぐるさんは微笑んで、俺を脅す様に指を立てて言った。
「じゃあ幸成くん。私に黙っていて欲しかったら、日本に帰れたらもう一度告白するから受けるか検討してくれないかな?」
「はい?」
めぐるさんは何を言っているんだ!?
事実を知ってもまだ俺と付き合いたい?
何かおかしな精神疾患でも患ってしまったんだろうか?
アレか? ナイチンゲール症候群?
いや、ストックホルム症候群とかかもしれない。
秘密の共有の所為で、何か血迷った決断をしている。
間違いない!
「あ、何か絶対、理屈を捏ねて私を分析してるでしょ!」
「いいや? 違うよ?」
「絶対そう! 幸成くんはそうやって理屈を捏ねるの私わかっているんだからね!」
悟られない様に首を振る俺にめぐるさんはムッとして答える。
そんな嫌な奴のレッテルを貼られても……。
いや、まあ、日本に帰れる事を黙っていた時点で相当嫌な奴だけどさ。
「あのね幸成くん。もしも日本に帰る事が出来たら、普通はみんなを見捨てると思うよ? それに、例え好奇心でみんなを助けたいと思っていたとしても、何もしないでいるよりもずっと良いと私は思うの」
「は、はあ……」
「やらない善よりやる偽善って言葉がある通り、みんなの為に自分が出来る事をしていたんだもの。その責任を全部幸成くんになんて、それこそ傲慢だと私は思う」
ビシッとめぐるさんは俺を指差す。
「自惚れないで。幸成くんが何もしなかったからこの状況になった? ううん、幸成くん一人が何かしても、きっと大きく変わらなかったよ。幸成くんの能力だって、日本に帰れるだけで、谷泉くん達みたいに特別秀でた戦闘力がある訳じゃないんでしょう?」
「そう、だけど……」
「みんなが強く谷泉くんに異議を唱えなかった所為なんだもの。幸成くんだけの所為だなんて言う人を私は軽蔑するし、みんなだって冷静になったらわかってくれるはず」
めぐるさんはそれから俺の頬に手を添える。
「出来る事をしない人の方が多い。だけど幸成くんは出来る範囲の事でみんなを支えようとしていた。それを咎めるのは、間違い」
コロコロとした笑いをめぐるさんは勝手にして答える。
「それに私だって、みんなを監視してる戦闘組がいる状況で、拠点組でも戦えるって転送を出さないでいたのは悪い事になるでしょ? 戦闘組の人達に貴方達の暴挙を私達は受け入れられないってみんなで移動する事だって出来たはずだもの」
「いや、それはさすがに暴論……」
「そうだね。暴論かもね。でも、そんな自嘲はやめて。私は幸成くんがどういう人かを転移する前から知ってる。茂信くんのお付きとか色々と言われてるけど、何かあると必ず茂信くんを守る様に前に出る優しい人でしょ?」
「いや、それは茂信が倒れたら俺が困る訳で……」
ほんと思い出すと罪悪感に押し潰れそうになるんだけど?
俺、割と茂信を良い様に利用してるし。
「ううん。みんなで最初に魔物と戦った時、率先して私を守ってくれたし、何か未知に挑む時は必ず前にいる……だから私は尊敬をしてるんだもの。その事に、能力は関係ないでしょ?」
「……」
当然の様にやっていたから全く気付かなかった。
だけど、めぐるさんは俺の行動をちゃんと見ていたって事なんだ……。
「ずっと前から知ってるよ? それは今だって変わらないし、むしろ……何か隠してるのはわかってた。いつもの幸成くんじゃなかったから」
「いつもの?」
「うん。なんて言うか、悪態を付いたりしながらもやる事は必ずやってる。そんな……幸成くんも私は好きだよ? 人間らしいから」
凄いと素直な気持ちと、ちゃんと見てくれて嬉しくなる。
そして……隠していた事を受け入れられて、胸の痛みが和らいだ様な気がする。
「とにかく、幸成くんが隠していた事がわかったから、もう気にしないで」
めぐるさんの笑みになんとなく胸の鼓動が強くなった気がした。
「もしも谷泉くん達を見返す事が出来たら実や茂信くん、萩沢くんにはこの事を話して上げて。苦楽を共にした仲間じゃない。一人じゃないし、幸成くんがクラスから追い出されたら私や茂信くんは絶対に付いて行くから」
「……うん。ありがとう」
「じゃあ幸成くん、改めてよろしくね?」
こうして俺はめぐるさんに弱みを握られてしまったと言うか……心地良い秘密の共有を受け入れてくれたのだった。