副次効果
ばれてる……。
いや、知らない振りをしてくれている。
こういう所で茂信の優しさが心に染みるな。
「いつか話してくれる事を期待して俺は待っているだけだよ」
アッサリと言い切る茂信にめぐるさんは手を振るわせてる。
……これは後で話さないといけないな。
だけど、今はめぐるさんをなんとかしないと。
「めぐるさん! 怒ったんなら謝るから少し落ちついて!」
嗜める茂信だが効果は薄い。
しかも怒っていると思われる目付きでめぐるさんは俺を睨んでいる。
「茂信……ちょっと部屋をまた借りるぞ」
「ああ、静かにな」
俺は茂信の工房の別室へと戻り、めぐるさんを招く。
「めぐるさん、異変というかおかしいなと気付いたのは今日の何時頃?」
「今日、幸成くんを探しても何処にもいないから聞いたらみんな、その人誰? って言うから信じられなくて探したの」
その光景がありありと想像できる。
めぐるさんがいろんな人に聞いて回った姿を。
「……あれ? 思い出してみれば、いない時がある……なんであの時の私はいると思っていたんだろう? って探しながら思ってた!」
「谷泉達には?」
「何度も確認を取っていたのは坂枝くんと萩沢くんだけ! 一応他の人にも聞きはしたけど……まるで似てるけど違う世界に迷い込んだ気分だった」
これはかなり危ない状態か?
楽観視すると補正が掛ってめぐるさんが俺を探していた程度になると思うけど……念の為に気を付けないといけなくなったぞ。
「つまり今日?」
「うん」
今までめぐるさんは俺が日本に戻っている時の強制力に関しては気付いていなかった。
だけど、何かしらの要因……まあ、この場合は今日の早朝に習得した拡張能力、異世界転送の所為で強制力に耐性が出来たと見て良い。
日本から異世界に行ける様になったという事は転移した際に耐性が無いと、どちらかの記憶を失ってしまうからな。
今まで考えなかったけど、俺自身にもそういう耐性が能力に含まれているんだろう。
だからめぐるさんは俺がいない事に気づいてしまった、という事か。
「どういう事か説明して」
これは……うん。素直に白状した方が良いか。
例え軽蔑されたとしても。
「じゃあ論より証拠、俺がとある事をして5分後に戻って来るからめぐるさんは茂信に俺の事を聞いてみてくれ」
「わかったわ」
俺は転移で自分の部屋に戻る様に能力を発動させる。
「まずは転移を自分に掛ける。前にめぐるさんに聞いたよね?」
「え? うん……」
「どうやらこの転移、俺だけは飛ばせるらしいんだ。五分経過すると……待ってて」
「……」
砂時計が落ち切り、俺が日本に転移する。
視覚転移でめぐるさんの動向を確認する。
めぐるさんは俺の言葉通りに茂信に尋ねに行った。
で、少し話をしてから部屋に戻ってくる。
俺はその間に詠唱を使って置き、めぐるさんの前に転移した。
「さっきと同じように茂信くんが幸成くんを知らないって言った。ふざけているの?」
「違う」
「それに幸成くんは生き物を飛ばせないって話じゃ無かったの?」
「うん。俺以外は飛ばせないのは変わらないよ」
めぐるさんは首を傾げ始める。
「……わかった。ここで話をしていたら聞き耳を立てられそうだし、幸成くんもちゃんと話をしてくれるんだよね?」
「うん」
「じゃあ……あの泉に転送するからついて来て」
俺はめぐるさんの指示に従い、転送の光に乗って移動する。
夜の色を醸し出した泉、蛍の様な明かりが漂い。
幻想的な光景を色濃く出した泉の前で俺はめぐるさんを見つめる。
正直に言えば、身勝手だけど俺がいない事を理解してくれるのを嬉しく思ってしまう。
ふと思う時があるんだ。
日本でも異世界でも両方……俺はまるで陽炎のように不自然な存在なんじゃないかって。
「で? 幸成くんは転移で何処へ行っていたの?」
「……日本だ」
「日本って……え?」
めぐるさんの目が大きく見開かれる。
「まさか……めぐるさんにばれるなんて思わなかったんだよ……」
ほんと……ばれる時はいきなり何だなぁ。
しかもめぐるさんとは……考えてみれば当たり前か、彼女の能力は俺の上位互換と評される能力だ。
似た力を発現させてしまう可能性は大いにあった。
「そう……俺が余裕を見せていたのも、みんなに食料を分けていたのも、何もかも俺だけ日本に帰る事が出来るからなんだ」
俺だったら軽蔑する様な事実だ。
めぐるさんがみんなに暴露したってしょうがない。
お菓子を初めとした食料を他者に上げる事が出来たのは余裕があったから。
もしも帰る事が出来ずに冷遇されていたら俺はきっとふてくされていたと思う。
めぐるさんの優しさだって嫌味と受け取ってしまっていたかもしれない。
でも、俺を糾弾する権利がめぐるさんにはあると思う。
「そして日本では何が起こっているのか、俺は知った。次のめぐるさんの質問もそうでしょ?」
「何が……起こっているの?」
めぐるさんは俺の言葉を信じてくれるのか尋ねてくる。
ここで何の冗談? とか言うならまた返事は違ったんだけどな。
……やっぱりめぐるさんはとても良い人だと思う。
「さっきめぐるさんが俺を探していた時に起こっていた事と言えば……大体察しが付くんじゃないかな?」
「まさか……こんなクラス単位で人がいなくなった事が……」
めぐるさんの表情が青ざめて行く。
俺は無言で頷いた。
「俺が最初からいないかのようにみんなが振舞っていたのと同じように、あっちではクラスのみんなが……いない扱いになってる。どういう現象なのかわからないけど」
「そんな……じゃあ何の騒ぎにもなっていないって言うの?」
「……うん。もちろん、両親を含めて学校にだって説明したさ。だけどみんな俺の事なんて信じてくれなかったよ」
俺一人のクラス。
その意味を強引に関連付けるように、この事実を話した所で教師陣は俺が一人のクラスなんだと思いこんでまともに相手をしてくれなかった。
親も学校も頼れないなら何処に頼れば良い?
ネット? もっと信じてもらえないし、詳しい人なんて見当もつかないだろう。
何より、親や学校と同じ反応をされる可能性もある。
もちろん、通帳に関してもそれとなく調べたから間違いない。
萩沢や茂信、めぐるさんや実さんの口座は親の物としてすり替わっていたっぽい。
但し、本人達は覚えていない、いつの間にか作っていた口座って感じだった。
さすがに中身を抜いたカードを渡す勇気は無かったけどさ。
「何ならクラスの集合写真でも何でも良いから持ってこようか? 俺が日本に転移したら俺が写真から消えると思うよ」
めぐるさんは耳を押さえて首を振る。
「お願い……わかったからやめて」
「ごめん……」
めぐるさんが落ちつくまで俺は彼女を宥め続ける。
……原因は俺なんだし、白々しいとは思うけどさ。
「俺は異世界と日本を行き来出来る。たぶん、これが俺の能力の本質なんだと思う。その力でどうにかしたいと思っていたけど、初日に殴られた事や一人だけ日本に帰れる事をみんなに話したらどうなるか……怖くて黙っている選択を取った」
落ちついためぐるさんに俺は話を続ける。
「後は知っての通り、戦闘向けじゃないと差別された能力の子に、内緒で一口くらいで食べられるお菓子を渡すくらいしかしなかったんだ」
本当、みんなには内緒だよ、と言ったのに何処でめぐるさんにばれたんだろう?
自分達の得になる様な事をバラすとは思えなかったんだけどなぁ……。
バラす様な相手には言わない様にしたし、その場合、俺の食事を渡していた。
お菓子でなければ不自然ではないからな。
他にも茂信を通して食料を回したりもしていた。