風の拳
「おっと! どうやら両者、実力を試しているようですー」
実さん。貴方はなんで生き生きとジャッジをしているのかわかりません。
「はあああああああ!」
「キュウウウウウウウウウウウ!」
で、弱いストロベリーワラビーのグローブで俺はボス目掛けて動体視力を駆使しながら謎のボクシングを続けた。
ジャブを駆使し、ボスの顔面に向けて拳を叩きこみ、ボスの大ぶりの拳をステップを駆使して避ける。
元々体格差があるからな。
このボス、無駄にデカイ。
2メートル50センチはある。
ま、顔に当てづらいが俺はLvの力か動きは良くなっている。
少し跳躍してジャブ混じりにワンツーパンチをするまで。
カウンターを許しはしない。
着地すると同時に俺は屈んでボスの拳を受け止める。
するとボスは大きくバックステップをして、
「キュウウウ!」
腕をぐるぐるを回して……なんだ? 風?
「キュ!」
拳を突き出してくる。ゆらっとそこで何か空気の塊が飛んでくるのを俺は感じた。
咄嗟に頭を傾けると、俺の頭があった場所に何かが飛んで行って、髪の毛を切って行った。
なんだ?
必殺技か!?
だから防具の使用を許可したとでも?
「余裕みせてるんじゃねえ!」
そんな必殺技、当たらなきゃ問題無いんだよ!
それでもゴスゴスと殴られて顔面が滅茶苦茶痛い。
目も霞むし……腫れてるし。
でも大塚に殴られた時の痛みに比べればなんて事もはない!
カーン!
という音と共にコーナー端で休まされる。
「なんで俺……異世界でボクシングしてんだ?」
「知らねえよ」
萩沢の言葉はもっともだ。
本当、なんでボクシングしているんだろうか……。
「実の回復を掛けるのは無粋なんだよね?」
「そうだな、幸成! ガンバだ!」
なんでー? 良いんじゃないのー?
なんかあっちのボスは木の実っぽいの口に含んで回復してる様に見えるんだけどー?
次のラウンドに入る。
で、俺はこれまでのラウンドでボスの攻撃パターンをある程度体で覚えた。
奴は俺の顔面にワンツーパンチをした後、大きく拳を引いて、バックステップをしながら必殺技を放ってくる。
だからワンツーパンチを受け流し、拳を引いた瞬間、俺は大きく前進し……。
「キュ!?」
「それはもう見切っているんだよぉおおお!」
隙だらけのボスの顔面にアッパーをかましてやる。
バシンとグローブに確かな手ごたえが掛る。
ダウンしたボス……これで勝利か?
すると起き上がるかに思えたボスが……。
なんか乙女座りをして、チワワみたいな……。
「それワラビーの時にも見たわ!」
思い切りグローブでサッサと立ち上がれと挑発する。
「ベッ!」
何? このカンガルー共ってそれをやらないといけないわけ?
ボスが立ち上がって、よろめきながら俺にグローブで殴りつけてくる。
が、俺の一撃がまだ効いているのか動きが緩慢だ。
「トドメだ!」
大ぶりのストレートを避けた俺はノックアウトを狙ってグローブをボスの顔面に思い切りたたき込んでやった。
もちろん、回転を加えてな。
「キュウウウ……」
大きく吹っ飛びながらボスは仰向けに倒れる。
「どうだ!」
決めポーズとばかりにファイティングポーズを取る。
その間に実さんとジャッジのストローナイトカンガルーがボスにカウントを取っている。
「キュ……」
で、ワラビーの時と同じく……ボスは俺に向けてグローブで指を立て……光となって消え去った。
「勝者! 幸成くーーーん!」
「キュウウウウウウウ!」
ストローナイトカンガルー達も合わせて謎の喝采を始める。
で、俺の持っているグローブが光り輝いて、変化し始めた。
カンガルーのパンチグローブ 付与効果 動体視力向上 風の拳 野生の勘 インスタント拡張能力 カンガルーステップ ボクサー
「……むなしい戦いだった」
ふらつく視界で手を上げる俺に、実さんが駆け寄って拠点回復を施す。
コロンと俺の足元にメダルが転がる。
ストローナイトカンガルーの王者のメダル 効果 王者防衛 グローブ強化 使用可能
どういうメダルだよ!
グローブを強化に使えるのか?
で、蜘蛛の子を散らす様にカンガルー共は一頻り拍手をした後去って行った。
「く……空気に飲まれていたけど、なんだったんだ?」
「さあ……」
「この世界は訳がわからないな」
激しく同意する。
異世界の生態系はよくわからない。
地球とは根本的に違うルールで動いていそうだ。
「で……グローブが強化されたのか?」
「強化っていうか別の武器になったみたいだ」
「性能は?」
……包丁に僅かに劣る程度の性能だ。
刃物と同じ位って……地味に能力が高いぞ!
「それ付けてると幸成は動きが良いから包丁より良いんじゃないか?」
「悲しくなるからやめてくれ」
「幸成くんカッコ良かったですよ」
実さん、貴方はジャッジをするのがとても楽しそうでしたよ。
もしかしなくてもスポーツ観戦とかが趣味だったりするんだろうか?
「そうだね。なんか……漢って感じだった」
「めぐるさんまで言うの!?」
もう、強制的に俺をボクサーにする雰囲気はやめて欲しい。
普通に剣じゃダメなのか?
「グローブは基本性能が上がったってだけなのか?」
「いや、風の拳って付与効果がある」
シャドーボクシングをすると風を切る音が聞こえてくる。
……徐にボスがやっていた攻撃を真似て腕をまわして見る。
何か拳に風が集まってきた気がするぞ。
「はあ!」
拳を突きだすと、やはりボスと同じ技が出て、狙っていたコーナーを照らしている明かりを消す。
「スゲー便利な武器に見えるな」
「決定!」
「決定じゃねー!」
実さんがメダルを拾う。
やば!?
「グローブ強化?」
茂信達の目が光った。
こうして、俺は当面の間、このグローブをはめて戦う事になるのだった。
どうやら一定時間してからメダルを掲げると今度は色違いのカンガルー系の魔物が出現し、俺が勝利するとグローブが強化されて行くと言う事らしい。
行ってしまえば成長する武器って所か。
俺は嘆きながら拠点に帰還したのだった。
で、狩りを終えて朝の仕事の準備をしようとしていた。
まだ日が登っちゃいないけどさ。
コンコンと工房の戸を叩く音が響く。
「なんだー?」
誰だこんな朝になる寸前の時間に?
そう思って扉を開けるとめぐるさんだった。
「どうしたの?」
「いえ……その……」
俺が応答していると茂信がなんか察して頷く。
「じゃあ俺はまだ休ませてもらうから。幸成、ちゃんと相手をするんだぞ」
「何の!?」
何の相手をめぐるさんとするって言うのか?
茂信の奴……変な気を使いやがって。
俺が文句を言う前に引っ込みやがった。
「もう少し、森の方へ出かけませんか?」
「え? ああ、そういう事ね」
卑猥な事とか連想しちゃったじゃないか俺!
茂信も誤解を招く様な事を言うんじゃない!
「じゃあ……転送するね」
「うん」
工房の中に入っためぐるさんが転送の光を出すので俺は光に入って移動した。
「ここは……」
そこは前に見つけた魔物避けの聖水が採取できる泉だった。
相変わらず幻想的な光景が展開している。
「ここから狩りをする感じ?」
二人でも相手出来るほど、俺達は強くなっていると思うけど……。
「あの……そういう訳じゃ無く、ここが凄く綺麗だから仕事の前に……一緒に見たいなって思って」
ここで視覚転移と千里眼で疑似的に遠隔視点で見るとか無粋な事を俺は考えない。
いや、考えている事実を削除する。
更に、めぐるさんが俺に気があるんじゃないかって思う幻想よ立ち去れ!
「とてもきれいなのは確かだね」
ぶっちゃけ、ずっと見ていても飽きないかもしれない光景だ。
それほど、綺麗だと思う。
空には月が浮かび……そう言えばこの世界の月って日によって色が変わるんだよなぁ。
今夜は青色、泉とのコントラストで更に泉と月が映えて見える。
もう少しで朝になるけど、まだ月が見えるんだなぁ。
感想で指摘がありましたが、ストローは色の方のストローです。
なのでストロー級の方ではありません。
ランダムで色合い指定して出た色です。