結界
「拡張能力を見るに、違いはあるしさ」
まあ、そもそも俺の能力の方向性を見るに、日本から物資を調達させる事が目的と見た。
ポイント相転移とかその為の拡張としか判断出来ないだろ。
だから、めぐるさんとは根本的に能力の目的が異なるんだろうな。
ある程度方向が見えたので、安全な場所……例えば村とか街とか、そういう人がいる場所が見つかったら折を見て日本に帰れる事を話すつもりだ。
その頃にはみんなも落ち着いているだろうし。
「だけど物まで送れる様になったらもう完全に幸成くんの仕事を……」
「取らない取らない」
「そうだぜ。今の羽橋は現代日本から物を取り寄せ出来るんだから、めぐるさんの下位互換なんて言わせないぜ」
と、萩沢が庇う。
お前は本当に変わったな。
転移以前より仲良くなった気がする。
……俺だけ帰れると話したら、どんな顔するかを考えると少し気が重い。
「Lv10になった時、幸成が似た様に人を送れる拡張能力を得るかもしれないじゃないか。まだ謝るには早いと思うよ」
茂信もめぐるさんを慰めるように答える。
うん。そうなったら俺は……みんなを日本に帰して上げられる。
そうなったらクリアだ。
「そんな訳でめぐるさんは……俺の心配をしなくても大丈夫だから」
「わかった……じゃあ話を戻して夜間戦闘の話になるんだよね?」
めぐるさんの言葉に頷く。
「そう、もう結構拠点から離れた所に行けるし、明かりがあってもばれない可能性が高いからがんばってみようって話だね」
「良いかもね。最近だと飛んでる魔物相手に撤退をしなくちゃ行けなくて困っていたし」
「攻撃のタイミングを狙えばどうにかなるけど、羽とか飛ばしてくるのは厄介だからなー……」
そう、昨日の昼に戦った魔物が少々厄介だった。
ダックブルーエイトバードという小鳥型の魔物だ。
高速で動きまわって、羽根を飛ばすわ風の刃を放って来るわで苦戦したのだ。
遠距離主体でどうにかして叩き落とさないと話にならない。
やむなく撤退する羽目になった。
この時俺はグローブを付けてエイトバードの注意を引きつけて上手く撤退した。
回避には便利なんだ、あのグローブ。
俺達は魔法攻撃とか出来ないから、物理でどうにかするしかないのが痛い。
「坂枝、お前の武器で良さそうなの無いのか?」
「うーん……谷泉達に頼まれた武器の中で良さそうなのが無い訳じゃないけど……」
「どんな?」
「使い捨てなんだが、振れば魔法が飛び出す武器を作った事がある。燃費が悪いけどな」
「かなり便利なんじゃないか? 実さんに魔力を補給してもらえば乱用出来るだろ?」
「それがなぁ……材料が希少で俺達が採取できるかわからないんだよ。しかも必要ポイントが結構高くて、ギリギリ作れるかって所」
「そういう点で夜間に遭遇するかが問題だよね。鳥の魔物って夜も居るのかって話」
「出来ればいない方が嬉しいけどね。飛んできたらランタン消せば発見できないとかだと尚良いし」
実さんが提案する。
ここでめぐるさんが挙手した。
「千里眼で見た感じだと夜間に出現する魔物とかもいるみたいだよ。見たことない魔物がいたの。ただ、エイトバードは見なかったと思う」
「なら上手く避けれれば良いけど」
「当面の課題は空に逃げて遠距離攻撃をしてくる相手の対処かな?」
「そうだね。どっちにしても茂信の拡張を待ってから考えよう。何か切り口が出来るかもしれないし」
「若干足踏みな気がするけど、やって行けるならやるべきだろう」
「最悪、弓矢も作れるから射る事でどうにかしよう。作っておくよ」
方針が決まり、俺達は夜を待つ事になった。
で、昼間に集落内を歩き回る。
谷泉達に命令された事も終えたので、特にする仕事が無い。
その間に拠点組で調子が悪い奴がいないか見るって感じだ。
それに、いつも茂信の工房に閉じこもっていると怪しまれるし、偶には姿を見せておいた方が良いだろう。
なんて歩いているとゴツンと何も無い所でぶつかった。
「な、なんだ?」
よく観察すると透明な壁……結界がある。
思わず首を傾げるとクスクスと笑い声が聞こえる。
声の方を見ると、結界能力を得たクラスメイトが用意された家の前で堂々と俺を指差して笑っていた。
「……何の真似だよ?」
近寄ろうとするとまた壁に阻まれる。
……悪戯か?
性質の悪い趣味を覚えやがったなぁ……。
その横で料理担当が通り過ぎ……俺が阻まれた結界をなんなく通り過ぎて、しかも通り過ぎざまに笑いやがった。
なんだその態度?
俺は転移の能力を持っているんだぞ?
この程度の障害、通り抜けられる事がわからないのか?
あれだ。ついに拠点組同士でもイジメが始まったのかもしれない。
ムッとするのを我慢して茂信の工房に帰るか考えていると……集落の真ん中の方でめぐるさんと小野が話しているのが見える。
今日の見張りは小野か。
個人的に小野はちょっと苦手なんだが、めぐるさんが一緒というのが気になる。
「悪いけど……興味ないから」
「俺の誘いを断るって言うのか!? せっかく誘ってやってるんだぞ!」
「貴方には大塚さんがいるでしょ? 他にもクラスの女の子と仲良くしてるじゃない」
小野がめぐるさんの手を掴んで呼び止めるが、めぐるさんは不快そうに拒否している。
……何か揉め事か?
「どうしてもって言うなら萩沢くんとか、黒本さん、皆川さん……羽橋くんとかも一緒に誘ってくれるなら良いけど?」
「なんであいつ等を連れて行かなきゃいけないんだよ! あんな役立たず共!」
「……その言葉で私は貴方と一緒に行きたくなくなった。戦えるからって私を誘惑出来るとか思わないで」
喚く小野の手を振り払い、めぐるさんが……俺を見つけて駆け寄ってくる。
「ゆ――羽橋くん、どうしたの?」
堂々と俺の下の名前を呼ぼうとしたので人差し指で×の字を作る。
「どうしたのって……」
俺は無言で阻まれた壁に手を触れる。
意図を察してめぐるさんの眉が更に不快そうに跳ねて結界能力のクラスメイトに向く。
「実に言いつけるわよ?」
そう告げると結界能力持ちのクラスメイトは設定を変えたのか壁が無くなった。
話によると奴は実さんの事が好きで、自分がみんなの為に必要とされる、実さんにもっとも多く回復させてもらっている事が至福の時だとかなんとか。
気色の悪い話だ。
で、その大事な実さんが戦闘組のフォローに行かされたからストレスが溜まって八つ当たりと……最悪だな。
……あれか?
この窮屈な生活を実さんを想う事で現実逃避しているとかか?
そういう精神状態をアニメか何かの軍隊モノで見た気がする。
軍人が女性のポスターを張っているのはそういう意味があるんだとかなんとか。
で、めぐるさんと別れた小野がその結界能力のクラスメイトの近くで何やら雑談を始めた。
この二人の組み合わせってちょっと珍しい気もする。
転移前も転移後も、だ。
俺が知らなかっただけで仲が良かったとか?
が、結界能力のクラスメイトは嫌そうな顔をしているな。
どんな話をしているのだろうか?
「何かあったの?」
「んー……なんか拠点組の子を誘ってみんなのLvを上げてあげるよ? って言うんだけど、男子はダメなんだって」
「悪い話じゃない様に聞こえるけど……後半が気になるね」
俺の返事にめぐるさんが頷く。
「だから断っちゃった」
「良いの? 堂々と強くなれるなら悪い話じゃないんじゃない?」
少しでもLvやポイントが稼げるなら悪い話じゃない。
小野は感じが悪いけど、戦闘能力は高いはずだし。
「Lv上げはみんなと行けば良いし、何より下心丸出しの小野くんの態度が嫌」
「あー……まあね」
セクハラって訳じゃないんだろうけど、どうも自分に酔った喋りをしている様に聞こえなくもない。
プレイヤー組という事で小野も何かおかしくなってきてるのかもな。
「誘ってきた時も『強い俺がみんなを養ってやるからめぐるも一緒に来いよ!』だもん……勝手に下の名前を呼ぶし」
「まあ、俺も小野の事はあんまり好ましくはないけど……飛山さんの下の名前を呼んで良いの?」
今は人が近くにいるので、苗字読みだ。
するとめぐるさんは内緒話とばかりに小声で呟く。
「羽橋くんなら呼び捨てで呼んでも良いよ? めぐるって」
な、なんか小野が俺の事を思い切り睨んでいる様に見える。
これは明らかな嫉妬の目だ。
出来れば揉め事は避けたい。
「そ、そういうのはここでの俺の立場が悪化するので出来ません!」
俺の返事にめぐるさんがクスクスと笑った。
「ごめんごめん。そうだったね」