物質転送
「何がそういやなのかは知らないが……ぶっちゃけ大塚の話はどうでもいい」
俺を殴り飛ばした事を未だに謝らないし、反省も見せちゃいない。
これがサバイバルが始まって二週間、とかだったら弁護の余地もあるんだが、あの件は転移直後だしな。
というか、クラスメイトに当たってどうするんだよ。
せめて魔物でストレスを発散してくれ。
大塚のパンチならワラビーだって殴り殺せるだろうよ。
「羽橋、思い切り殴り飛ばされたもんな。アイツに羽橋の真髄を知られたら刺殺されるな」
「う……やめてくれよ。冗談でも聞きたくない」
「まあ……間違いないだろう。取り寄せてるんじゃなくて帰る方法を秘匿しているんだ! とか言って幸成を拷問しそうだ……大塚だけには絶対に知られちゃいけない」
二人揃って冗談でも恐ろしい話題を言ってくれる。
そんな真似されたら逃げるしかないぞ。
それこそ日本に帰る以外なくなる。
とはいえ……帰る方法を秘匿しているのは事実なんだよな。
最近薄くなってきた罪悪感が沸き起こってくる。
「それで、実さんも渋々付き合う事になるのかな?」
「というか谷泉は結界の維持はどうするつもりなんだ?」
「その為に魔力回復手段を模索してるんだろ」
ああ、なるほど。そういう手がある訳ね。
結界担当に道具や飯を集中させれば狩りに出ていられる時間が延びる。
で、自分達の魔力は現地で実さんに回復させてもらって戦い続ける訳か。
アイツ等も色々と考えているんだな。
「断るのは……難しくなってきただろうな」
「ううむ……」
なんて悩んでいると。
「ただいま帰りました」
「ただいまー」
そこに実さんがめぐるさんと一緒に帰ってきた。
「おかえり、さっき茂信と話をしてたんだけど……」
「うん……どうも戦闘組に行かないといけなくなっちゃったみたい」
「じゃあ……狩りはもう無理かな?」
すると実さんは首を横に振る。
「実ったら夜に狩りに行こうって言うのよ? 信じられる?」
「うん。みんな、夜間戦闘をしましょう」
しましょうって……実さん。
貴方はかなり無茶な事を言っている自覚はあるのでしょうか?
まあさっき夜に狩りをするか? みたいな話をしたけどさ。
「そういや幸成、クロスボウの取り寄せはどうなった?」
「ああ、そろそろ取り寄せ出来るぞ」
ネットの通販を調べたら購入出来る様だったので注文しておいた。
親に内緒で受け取るのに苦労した。
時間指定で親のいない時間に受け取ったんだ。
クロスボウなんて普通の高校生は使わないからな。
狩猟が趣味とかなら別なのかもしれないけど、あれって免許が必要なんだよな?
それでもクロスボウを買う普通の高校生はそういないだろう。
まあホームセンターで包丁とバールを買っていく高校生も相当ヤバイけどさ。
「それで、実さん、本気?」
「本気も本気です!」
「で? 実さんはLvを上げてもらえるの?」
俺の問いにめぐるさんが不快そうに首を振る。
「最低限のLvを上げたらパーティーから追い出して必要に応じて回復だってさ」
「いや……何処まで徹底してるんだ」
もはや徹底的に拠点組を絞り上げるつもりか?
それこそ面倒なんじゃないのか?
谷泉は拠点強化という概念が無いのか。
ほら、拠点のNPCが強化されると売っている武器や防具、アイテムの種類が増えたりするゲームってあるだろう。
「実に経験値を上げる事が勿体ないって話みたい」
「……馬鹿じゃないのか?」
「まあ、実が愛想良くしてたら戦闘組の誰かが上げてくれるとは思うけどね」
それに期待するしかないか。
敬語口調だし、清楚系だし、若干天然入っているし、やってくれる人はいるかもしれない。
とはいえ、実さんが媚を売っている姿が想像出来ないんだが。
「うん。それで少しでもLvを上げてみんなの力になれないかな? って思ったんです」
「だけど実さん自身が倒れたら元も子も無いよ?」
俺の台詞にみんなが同意する。
昼間に谷泉と付き合って、夜間俺達と戦う、なんてハードワーク過ぎる。
いくらLvが上昇して肉体的に強くなっていると言っても、きついだろう。
「大丈夫です。どうしてもダメなら、めぐるが何かある度にここに戻って来てくれれば問題無いと思います」
「あー……もしかして戦闘毎に拠点に戻って回復的な感じで行く方針?」
「うん」
そういう手もあるか。
なんかRPGの宿屋みたいな扱いを強いる感じで、ちょっと嫌だな。
「だけど実さんはそれで良いの?」
茂信の言葉に実さんは頷く。
「よく考えてみれば私がLvを上げなくても回復は出来ると思います」
「待てよ……その方法があるならめぐるさんも利用されるんじゃ?」
「無いと思うわ。だって、戦闘組と私って仲良くないし断ってるから。あっちの移動は小野くん頼り、それも千里眼でいつでも拠点を見張ってるから気にしなくてOK」
あ―……茂信と同じく、めぐるさんは意見をはっきり言うもんね。
最近だと谷泉はめぐるさんに苦手意識まで持ち始めている。
逆に実さんを狙っているとか噂で聞いたが、扱いを見る限りそうでもなさそうだ。
以前、夜の誘いをしたとか聞いたけど、諦めたのかもしれない。
本当に好きなら優遇するだろうし。
「夜間かー……不意の攻撃が怖いな」
萩沢が難しそうな顔で分析しながら言った。
そうなんだよな。
「昼の時よりももっと警戒して事に挑むとしよう。明かりがここに見えないくらい遠くまで移動は……出来ているしな」
一週間も森の中を進んでいたら拠点から離れた所に移動している。
さすがに遠い森の中に明かりがって思われても駆けつけるのに時間が掛るから誤魔化せるだろう。
その間にめぐるさんが転送を使えば良いんだし。
「そう言えばウィル・オ・ウィスプって魔物と戦ったって話があったな」
茂信が魔物の死骸を見せる。
なんだこの石炭みたいなもの?
「これが素材になるらしい。で、この魔物って空中を浮かんで発光しているらしいぞ」
「なるほど、この魔物を見た戦闘組は夜間戦闘している俺達を勘違いする可能性が高いのか」
俺の返答に茂信が親指を立てる。
「それなら、夜間戦闘に挑んでも良いかもな」
「ああ、後はポイントを稼いで装備を増やして行く事だしな」
最近じゃ俺達も大分戦えるようになってきているし、良い傾向だ。
「ところで、谷泉達は夜に戦わないのか?」
「昼間戦ってて眠いんじゃね?」
無難な答えを萩沢が言った。
まあ可能性が高いのがそれだよな。
「戦闘組の三軍が谷泉に命じられて、偶に戦っているらしい。素材集めだそうだ」
ああ、そういえばそんな事を言っている谷泉を見たな。
『俺は寝るからお前等素材を集めておけよ』
とかなんとか。
まあそれなら警戒すれば大丈夫そうだな。
「今夜辺りで俺のLvも10になるし、次の拡張が楽しみだ」
そう、地道に魔物と戦い続けた結果、割と順調にLvが上昇している。
まあ、一日に戦えるのが4~6時間しかないのが一番の問題だったからしょうがない。
夜間戦闘でもう少し戦闘時間を延ばすのも手か?
今度はどう拡張能力を誤魔化すか考えないとな。
出る能力にもよるけど……まあ良いか。
「俺も楽しみだなぁ」
「めぐるさんはもう10になったよね?」
「うん……」
ここ三日の成果としてめぐるさんの能力が更に拡張した。
物質転送という……俺の転移によく似た力だ。
「ご、ごめんね。幸成くん」
「気にしなくて良いって」
普段使っている転送とは別に、物を任意の場所に送る事が出来る。
光の柱の色合いが違うから一目で分かる作りだ。
ただ、俺の転移とは毛色が異なるのはそのまま。
魔物の体内に物を送り込むとかは出来ず、光の柱に入れる必要がある。
転送先が壁の中とかだと飛ばない。出来たら完全に俺の上位互換だな。
最近じゃ罠として光の中に刃物を飛ばして魔物に命中させるという荒技を成功させた。
萩沢にもやらせている。問題は魔物が来るのを待つスタンスだけどさ。
しかも……何が理由か分からないけど使うと勘付かれる事がある。
成功確率は二割って所だな。
そういう意味ではかなり違いがあるとも言えるのだが、めぐるさんはまたも俺を気にしている。