パンチグローブ
俺は思い切り睨んで命乞いが通じない事をワラビーにわからせる。
「キュ!」
命乞いが通じないと悟るや否や唾を吐き、殺気を向けて抵抗しようとワラビーは起き上がりながら拳を振るって来た。
「言葉が通じてるとかじゃ……ないんだろうな」
「キュウウウウ!」
殺してやる! そんな気迫が伝わってくる。
これで意志疎通が出来たら、相当悲惨な状況だと思う。
初戦がコイツだったら躊躇していたな。
動物は不意を突く事があると言う、死んだふりは動物なら結構やるらしい。
隙を突く、なんて事をコイツもやるんだろうか?
「キュガ!?」
拳を見切り、顔面に蹴りを叩きこんでから顔を引き戻して反撃しようとしたストロベリーワラビーの喉目掛けて拳を突きだす。
包丁を拾っている暇をコイツはくれなさそうだ。
引き戻す力と俺の突きが合わさり、ズブンとストロベリーワラビーの喉仏を砕くかのような良い音がした。
ヨロヨロと薄らと目を開けたワラビーが俺に謎の指を立てる。
お前が勝利者だ。じゃねえ。
俺、よく素手でコイツを倒せたな……Lvの力は偉大だ。
確かに今はホーンラットの動きがスローに見えるくらいの強さを持っている。
1Lv毎に強さに差があるのはわかる。
それからワラビーは仰向けに倒れ……光となった!?
「とう!」
で、めぐるさんと茂信の方に視線を向けると、茂信は実さんと一緒にストロベリーワラビーを仕留める瞬間だった。
ストロベリーワラビーの後ろに回り込んだ実さんがワラビーの後頭部をバールで一撃、その隙に茂信が胸に一突き。
それが決め手となって二人が相手をしていたワラビーは絶命。
めぐるさんの方は、既に戦闘終了……細切れになったストロベリーワラビーが転がっていた。
やっぱり威力が高すぎて圧勝だったみたいだ。
なんで俺だけ素手でワラビーと戦ってんだ? 勝てたのが奇跡だぞ……。
「幸成くん大丈夫?」
「あ、ああ……良いパンチを一発受けちまったぜ……」
思わず言いたくなったので言うとめぐるさんがなんか微笑んでる。
まあ自分でもギャグみたいな事を言ったから、これで良いのかもしれない。
「もう……心配させないでね」
「茂信の作った鎧のお陰である程度はね……だけど」
鎧の隙間から覗きこむと良い感じに青痣が出来ていた。
あのワラビー、思いっきり殴りやがって……。
いや、実戦な訳だし当たり前だけどさ。
「実ー幸成くんの治療をお願い」
「あ、はーい!」
「三匹を相手にするのは少し厳しかったかな?」
「本当は連携して倒さなきゃいけなかったと思う」
「そうだけどさ、時間稼ぎをするにしてもそんな暇なかったし……強さ的にはどうなんだ?」
相手の連携と言うのか? 一対一にしたい意図に釣られてしまった。
体感だとホーンラットよりも少し強い程度、ロックリザードよりも弱い。
Lvが5だから素手でもどうにか倒せたって気がする。
上手く包丁を使えば雑魚だったのは確かだろう。
「もっと練習を重ねないといけなさそうだね」
「まあね」
「とりあえず幸成とめぐるさんはペアで魔物を相手にしたら良いと思うぞ」
茂信、お前が言うのか?
とは思うが、時間交代をする茂信ならしょうがないか……。
「じゃあ俺が魔物の注意を引きつけるからアタッカーのめぐるさんは隙を見て攻撃で、もちろんめぐるさんを狙ってきたら逆に俺が攻撃で」
「うん。切れ味が良過ぎてまだまだ行けそうだけど、反撃が怖いから注意しないとね」
念には念を……プレイヤー組の苦労が少し分かった様な気がする。
「で、このワラビーなんだが……どうする?」
「このパンチグローブ……体の一部みたいだな」
茂信が死骸を調べて答える。
俺も見てみる……うん。
確かにそうみたいだ。
「あれ? 幸成が相手をしたワラビーは?」
「なんか光になって消えた」
「チラッと確認したんですが動きも良かった様に見えましたよ? 幸成くんが相手をしていたワラビーがやられた所で茂信くんと私が相手をしていたワラビーの動きが一瞬止まりました」
「三匹のボスだったのかな?」
「かもしれない」
無駄に俺を挑発してたし、三匹の中で一番ってか?
めぐるさんが相手をした奴は秒殺だもんな。
で、ワラビーの居た場所に何か転がってる。
「メダルと……グローブ?」
メダル?
そう思って茂信が俺にメダルを見せる。
「ストロベリーワラビーの王者のメダル?」
腰に巻くベルトみたいなヒモが付いてる。
しかも装備品名みたいだ。
「こっちはワラビーのパンチグローブって武器名みたいだぞ」
「ドロップ品ってか?」
……このワラビーが絶命する時の事を思い出す。
まるでお前の方が強かったようだな……みたいな態度で指を立てて死んだよな。
「試しに着けてみるか」
「そこで腕に嵌めようとする茂信の神経が凄いな」
「幸成がなんか不思議と良い勝負してる様に見えた所為だな」
俺の所為なのか?
そう言いながら茂信がパンチグローブを腕に通そうとしてバチッと弾かれる様に取り落とす。
「いって!」
「中に変な物でも入っていたか?」
「いや、なんか静電気が流れた……そういやプレイヤー組の連中がユニーク装備って話をしていたなぁ」
「ユニーク装備?」
「ああ、何でも魔物の体の一部が稀に武器になるとか言っていた。入手には何か条件があるんだろうって話だ」
「へー……ワラビーを撲殺したからか?」
「トドメを殴りで仕留めたかもしれないぞ」
で、何故か茂信が俺にパンチグローブを持たせる。
着用しろってか?
俺の視線に茂信が頷く。
俺は溜息を吐いて実験する事になった。
「えっと? なんで茂信くんが渡したグローブを幸成くんが嵌めようとしてる訳?」
めぐるさんの言う事はもっともだ。
ユニーク装備って何の冗談だよ。
とは思うが、あのワラビーの遺言的なモノなら一度は嵌めてやらねばならない。
というか実験か?
「あんまり強そうじゃないけど、試しておかないとこの先にどんなユニーク装備とやらが出るかわからないからさ」
「はぁ……」
出来れば装備不可であってほしい。
そう思いながら俺はワラビーのパンチグローブを手に嵌める。
すっと、茂信の時とは異なりすんなりと俺の手にグローブが嵌った。
……。
徐にグローブを見る。
ワラビーのパンチグローブ 付与効果 動体視力向上 インスタント拡張能力 ボクサー
……思い切り溜息を吐きたくなった。
「インスタント拡張能力ってのにボクサーってのがある」
「何それ?」
「装着している時限定で得る能力なんじゃないか?」
だろうな。
ステータスを確認するとご丁寧に付いてる。
で、何か脳裏にやった事の無いボクシングのファイティングポーズの取り方が浮かんでくる。
攻撃力は包丁に遥かに及ばない性能だ。
元々ホーンラットよりも僅かに強いワラビーだからか?
で、メダルの方を見る。
ストロベリーワラビーの王者のメダル 効果 王者防衛 使用可能
メダルを掲げて見る。
するとキラッと光ったかと思うと俺達目掛けて何処からともなく別の色合いのワラビーがやってくる。
「王者防衛ってワラビー共を呼びよせる効果のあるアイテムみたいだぞ」
まだ実さんの回復が終わっていないと言うのに、俺達は二戦目に突入した。
パンチグローブを装備してのワラビー……フレンチグレイワラビーとの戦闘に入った。
めぐるさんと茂信、実さんは同じようにワラビー共を仕留める。
俺はファイティングポーズでワラビーと相対した。
独特のステップ……相手の攻撃が脳裏で見えてくる。
これも付与効果の動体視力の影響か?
伸びるパンチに合わせ、カウンターでワラビーの顔面に拳を叩きこみ、蹴りを入れようとして体に電撃が走る。
蹴りは禁止か? ボクシングであってキックボクシングじゃないと?
だが、追撃とばかりに左手でワラビーの顔面に拳を叩きこむとバシンと良い音がしてノックアウトしたようだった。
起き上がる気配がない……死んだのか?
「な、なんか幸成くんがワラビーとボクシングしてる様に見えました」
「見えるも何もそういう事が出来る装備って事なんだろう」
すごくむなしいぞ。
しかもなんか経験値が多い。
ワラビーの経験値が倍化してるんじゃないか?