ワラビー
「シャ!?」
あっという間に残り一匹になったカーキーロックリザードは辺りの光景をキョロキョロと見渡す。
「逃げた場合、追い掛けるか?」
「深追いはよそう。反撃があるかもしれない」
なんて言いあっている内に、最後のカーキーロックリザードは、逃亡ではなく、攻撃を選択して飛びかかってきた。
中々に勇敢だな。
「おりゃあ!」
俺が腕を切り飛ばし、茂信が胴に、めぐるさんが首に刃を滑らせた。
「死んだ事を理解せずに動くのは可哀想……だよね」
最後は実さんが頭をバールでコツンと叩いて落す。
ドサッと頭が落ち、最後の一匹は絶命した。
「よ、よーし! 勝利だ!」
「この前の戦いが嘘に思えるくらいの快勝だったな」
「そう……だね。だけど正直これって切れすぎじゃ……?」
めぐるさんがメタルタートルの剣の刃を見て答える。
「攻撃力が随分あるね。まだまだ行けると思う」
この分ならもっと奥地まで行けるんじゃないか?
「切った感じが無さ過ぎて、どうしたら良いかわからないよ」
「随分と凄い武器が出来ちゃったな」
マイコニドならまだしもロックリザードだ。
どんだけ威力があるんだ?
間違って刃に触ったら指が落ちそうで怖い。
さすがにそこまでの物じゃないとは思うけどさ。
「そうだな。谷泉達の物よりも遥かに強い品なのは確かだ」
そこまでの品か、みんなの貯金を変換して作った甲斐がある物かもしれない。
「危険なのは承知の上だけど、多少冒険をして奥へ行った方が効率は良いと思う」
「この冒険が谷泉達の暴挙を抑える為なら寛容に許すべきか」
「そういや茂信、後どれくらいでLvが5になるんだ?」
「ああ、そう言えばさっき上がった。あまりにも呆気なかったんで忘れてた」
まあ、こんだけ快勝だとなぁ。
めぐるさんも驚いているくらいの武器だし。
RPGに例えると低Lvでカジノとかに突撃して強力な装備を得た感じだろうか?
ネットゲームとかだと装備制限とかがあるけれど、この世界の基準だとどうなんだろうか?
もしかしたらあるのかもしれないけど、余りある性能って事だな。
「で、茂信の新しい拡張能力は何なんだ? 鍛冶師だから武具にエンチャントとかか?」
「ありそうなのが恐ろしいな。だが、今回は採掘補正だそうだ」
「採掘補正?」
採掘自体は誰だって出来るだろ。
こういう岩場でよさげな鉱石を見つけて掘れば良いんだ。
だが、補正という部分が気になる。
「せっかくですし、実験にそこの岩場でやってみるのはどうでしょうか?」
実さんの提案はもっともだ。
「そうだな、えっと……」
茂信が視線を泳がせて、項目を弄っている。
「あ、なんか叩くべき箇所が赤く光ってる……」
「ピッケルとか持ってくれば良かったな」
後で買ってくるか?
登山店とかで買えば良いだろうし。
「バールで代用出来ますか?」
実さんがバールを差し出す。
まあ出来そうではある。
鉄だし、魔力を補充されているから日本の物より使えるかもしれない。
「やってみるよ」
茂信がバールを受け取って、岩場の断層に振りかぶる。
ガツっと茂信が叩くとあまりにもアッサリとヒビが入って亀裂が走った。
「ここと、ここと、ここ?」
ガツンガツンと何箇所か叩くと不思議なくらいボロっと断層が剥がれるように崩れ落ちた。
かなり圧巻な光景だなぁ。
「お? これとこれとこれだな」
ヒョイヒョイと茂信が崩壊した断層を調べて鉱石っぽいのを拾ってくる。
「銅鉱石……青銅鉱石……黒曜石に根っこの化石か。質が良さそうだな。少なくとも谷泉達が持ってくる物よりも純度が高い」
茂信がそう言って銅鉱石を俺に見せる。
確かに、谷泉達が茂信に押しつけた時に見た銅鉱石よりも色合いが綺麗だ。
これが品質って奴か。
「アッサリと出来るもんだな」
「でも、使ったら魔力が減ったぞ」
ああ、魔力を消費して使う能力なのか。
そうなると取り合えず掘っておく、みたいな事は出来ないな。
とはいえ、用途の多い能力だ。
「採掘補正か……良い能力じゃないか?」
「素材の調達が簡単になったな。ただ、今手に入った鉱石じゃ現状を乗り越えるには厳しいか……」
「武器は良いのがあるけど防具に問題がある。そっち方面で強化出来るんじゃないか?」
俺の返答に茂信が頷く。
武器はしばらく大丈夫だろうし、次は防具だよな。
「だな。じゃあ幸成、転移を頼む」
「了解」
で、俺が転移で見つかった鉱石を工房へ送り飛ばす。
うん。荷物とかを抱える必要が無い分、動きやすいな。この編成は。
「さて、じゃあ行けそうな所と経験値が良さそうな所を探しながら進むとするか」
「だね」
「この剣の切れ味が良過ぎて怖いなぁ」
めぐるさんが剣を見ながら呟く。
確かに、そんなに切れ味が良いと下手に味方に当たったり手が当たったらシャレにならない事になりそう。
分不相応の剣なのは確かかもしれない。
「ゲームで言う所のどのあたりの剣なんだろう?」
「終盤?」
「いやいや」
そこまで良い武器の素材があんな所に転がっていたら嫌だ。
必要ポイントが化け物染みていたけど、それは認めたくない。
なんで認めたくないのかは俺もよくわからないけどさ。
「谷泉達の物よりは良いからなぁ。どっちにしても現状、最前線の武器と思って間違いは無い」
「という訳で、めぐるさんの責任は重大だね」
「う……幸成くんが使わない?」
「ここはLv順なのと、めぐるさんが身を守れる様に持っていた方が良いでしょ」
敵が一撃なんだし、守りにも使える。
しかも軽いと来てるならめぐるさんみたいな人が使うのが的確だと思う。
「でも……」
「まあまあ、二本目が作れる様に戦って行けば良いと思う。だから進もうよ」
茂信の言葉に問題を保留して俺達は足早に魔物を探しながら進んで行く。
今は戦いやすそうな魔物を発見するのが課題か。
で、進んで行くとスギの木みたいな木が生えた地域へと変わって行く。
木々の合間が見やすくなったのは利点かな?
茂みが少ないし、隠れるのが難しい。
集団で行動している俺達からすれば、隠れる必要が無いので、今までよりは良いはずだ。
先頭は俺とめぐるさん、中衛は茂信で後衛は実さんという陣形で進んでいる。
「細かく採取とかして行けばいいんだろうけど、萩沢がいないとよくわからないのが難点だな」
「まあ……木を切って鎧を作るとかも出来なくはないが、大工の能力よりも劣るんだよな」
茂信は茂信で悩みを持っているっぽい。
木工系は苦手なのか。
「樹液とかで接着剤、シロップとか作るって考えもあるけど幸成くんのお陰で必要性は薄いもんね」
必要になれば日本から買ってくるしな。
「萩沢に薬草とかハーブ、薬を作ってもらう事になるが……」
「今はどれだけ戦えるかの調査だもんね」
という訳で、雑談をしていると声を聞きつけたのか、魔物が姿を現した。
……ストロベリーワラビーという魔物が姿を現した。
ワラビーと言いつつカンガルー並みにでかく、何の冗談かグローブを手に嵌めている。
完全にボクサーポジションだ。
三匹が俺達目掛けて跳ねてくる。
「あの……」
めっちゃ敵意を持ってピョンピョンと跳ねながらシャドーボクシングをしながら向かってくるのは恐怖でしかない。
凄い好戦的な生物だ。
「原住民か何か?」
「異世界ならありえる……」
が、敵意と殺気、俺達を本気で殺す気で飛びかかってくる。
飛びかかってくるストロベリーワラビーにめぐるさんが剣を向け、突撃してくる二匹を俺と茂信がそれぞれ相手をする。
……なんかグローブで俺に来いと挑発してきた。
他の二匹よりも大きなワラビーだ。
めぐるさんはすぐに倒して参戦してくれるだろう。
ここは俺が一番大きいのを引き寄せて時間稼ぎをすべきだな。
やってやろうじゃねえか!
「はあ!」
ストロベリーワラビーの素早いフック!
ボクシングだったら目を凝らし、動体視力で避けなきゃいけないんだろう。
が、別にルールがある訳じゃない。
しゃがみ込む形でフックを避け、手が戻ると同時に……もう一本の手から二段目が出てくる。
「うぐ……」
ゴスッと良い音がして俺の胸にストロベリーワラビーの拳が命中する。
滅茶苦茶痛い!
い、息が……だが、ここで引く訳にはいかねぇ!
「おらぁ!」
パンチした腕を握って逃げられない様にしてから、ストロベリーワラビーの脇腹目掛けて包丁で思い切り突く。
ぬるいとばかりに俺の包丁を持つ手を弾きやがった!
「包丁だけが全てじゃねえよ!」
拳でワラビーの顔面を殴りつける。
「キュ!?」
思わぬ反撃に驚愕の表情を浮かべたストロベリーワラビーに足を向け、蹴り飛ばす。
「キュウウ!?」
そのまま、よろめきそうになるのをどうにか堪えて、追撃に走る。
「キュウウウウ……」
震えるチワワみたいな目で命乞いを始めるストロベリーワラビー。
「あのな? 人の胸に良いフックを当てておいて、それが通じると思ってんのか?」