未来は明るい
「ペン、子?」
あ、実がなんか変な気配を出しながらルシアちゃんを見ている。
アレは不穏な気配。
実が暴走する時に纏っているオーラを感じるわ。
「ユキナリの好みの姿をしようとしておってな。名前も改名しようとしておる」
「羽橋はそう呼んでるのか?」
「いいや? 普段通りクマ子と呼んでおるぞ。あくまでペン子本人が望んでおるだけじゃ」
「まあそうだよな。アイツは一々言い直したりしないよな」
そういえば幸成くんってペンギンが好きな動物なんだっけ。
茂信くんが幸成くんの事を色々と教えてくれた。
「お? 噂をすればペン子が帰ってきおったな」
森の方から大きなペンギンがのそのそと歩いてやってくるわね……。
アレが……実の大好きなクマ子ちゃんって子なのかしら?
「クマ子ちゃん……!」
ユラァっと実は青い残像を出しながらペンギンに向かってグローブを嵌めて、ボスさんの幽霊みたいなオーラを出しながら近寄って行く。
殺気を感じとったのかペンギンがグローブを手に嵌めて構えを始めた。
「クマ子ちゃん、やっと逢えたね。だけどちょっと悲しいのはどうしてかな……」
「キュ!?」
ペンギンは実の姿を見て絶句している様な顔をしている。
それから即座に構えて応じているみたい。
「勝負よクマ子ちゃん! 恋愛に現を抜かしてボクサーとしてのハートが鈍っていないか、見極めて上げるわ!」
「キュウウウウ!」
実の残像を宿した突撃にペンギンが合わせて戦いを始めた。
ほんと実はクマ子ちゃんって子が関わると性格変わるわね。
というか……異世界に来てから性格が一番変わったと思うわ。
「じゃあ少し待っていたら幸成は帰って来るんだな」
「そうじゃの。下手に探すよりもここに居た方がいいと思うのじゃ。ユキナリは転移の能力者じゃからの」
確かに、幸成くんは私と同じ移動系の能力を持っている。
帰って来る時は転移で飛んでくる可能性が高いわよね。
行き違いになると困る。
とは言え、待っているだけで逢えるのね。
「ユキナリが前に時空転移の力で僅かに未来が見えたそうじゃが、ここしばらくは見えないと言っておったの。おそらくオノ達と召喚儀式の所為だったのじゃろうな」
「時間移動の邪魔をしてたしな。あの空間」
萩沢くんが答える。
そうね。あの建物が邪魔をしていたのは間違いない。
幸成くんって時空転移が使えたはずなのに、自ら帰ってこれなかったのはそれが原因ね。
「まあ、今のユキナリに時空転移を使いこなす程の強さは無いそうじゃがな。あまり長い時間は飛べんし、一度使うと二週間程のクールタイムがあるそうじゃ」
随分と長いクールタイムね。
数秒先へ移動するのにもそれだけのクールタイムが必要だったら……使えないわね。
それこそ、過去に取り残されてサバイバルになりそう。
「ま、実ちゃんとクマ子ちゃんの試合でも見ながら羽橋の野郎を待ってようぜ」
「そうだな」
茂信くんと依藤くんが賛成し、実とクマ子ちゃんと言う子の勝負を見届ける事になったわ。
実はチャンピオンベルトを掲げて何か技能を発動させて、リングを召喚していたわ。
ペンギン姿のクマ子ちゃんも勝負に応じて戦っている。
セコンドにボスさんが出現して補佐をしている時があるわ。
「キュウウウ!」
「パンチの精度が落ちているわよ。クマ子ちゃん!」
良い勝負に見えるけど……若干実が押しているのかしら?
「しかし……やはりメグルはメグルなんじゃな!」
ルシアちゃんが何を血迷ったのか私を見て言い放つ。
凄く目がキラキラしている。
「何が?」
正直……ちょっとこの子は苦手なのよね。
まだ私にべったり引っ付いているし。
「ここに来るまでの経緯、ユキナリから聞いた通りの人物のようじゃ。何よりわらわの知るメグルも、それはもう勇敢じゃったぞ」
「確かに、勇敢ですよね」
そこに聡美さんが同意する。
「そういや幸成はきっと、めぐるさんの事を結構美化しているだろうな」
茂信くんまで頷いた?
美化……何だろう、お腹がキュッと引き締まる様な、嫌な感じがするわ。
「まーなー。それは間違いねーだろ。アイツ、何かあるとめぐるちゃんだったらどう行動するかとか考えてる様な態度で、みんなを助けようと前に出てたもんな」
「ニャー」
「ああ……これ以上みんなを犠牲にしたくないって前に出て……見ていて辛かった。俺が守らなきゃと思う位に」
萩沢くんや依藤くんまで同意してる?
そ、そこまで?
「確かにそうね。羽橋君は飛山さんの事を間違いなく行動の指針にしていたでしょ。多分、正義の代行者と思っていたんじゃないかしら?」
「それは違いない。正義の女神と言っても間違いなかったと思う」
「みんなを元の世界に戻す使命優先で仲間思い、自己より他者を大事にする……伝説に語られる過去の勇者も並行世界の飛山さんだった訳だし」
な、何この空気!?
凄い重圧が私に掛ってくるんだけど!
「ちょっとみんなやめてくれない?」
「謙虚なのじゃ! やっぱりメグルなのじゃ!」
「貴方は黙ってて!」
ついルシアちゃんにきつく当たってしまうけど、ルシアちゃんは全く引く気配が無い。
今も私の腰に手を回している。
「サバイバル時の出来事とか印象深かったんじゃないかな? めぐるさんは凄く真面目に谷泉を注意してただろ? 幸成が覚えている事ってあの頃のめぐるさんを基準にしてると思う」
「まーやる時はしっかりとやるのがめぐるちゃんだしな。土下座したらぶたれそうなったし」
「いや、あれはお前が悪いだろ」
「吹き溜まりでの戦いの時もカッコ良かったですよ」
「確かにスカっとしたな!」
聡美さんまで笑顔で私を褒め始める。
凄く居心地が悪い。
しかもコレって……幸成くんの中で私の存在って凄く大きいって事よね。
嬉しい反面、幸成くんの理想がとても大きいと言う事がわかる。
その理想から離れた行為をした時、幸成くんが落胆する様な気がして怖くなってきた。
やっと逢えると思ったのに……逢わない方が良い様な気さえして来る。
「ま、羽橋に教えてやろうぜ。小野達加害者の会に面と向かってめぐるちゃんが『正義無き力は圧政……貴方達の正義は本当に正義?』と言い切った時の事とかさ」
頭に血が上って来て、顔が赤くなるのを自覚する。
うわ……私、あの時、勢いでどれだけ恥ずかしい台詞を言っちゃったのよ!
頭に血が上って啖呵を斬るなんて……確か萩沢くん達の話じゃ中二病とか言うんだっけ?
恥ずかしくて悶絶しそう!
こんな状態で幸成くんに逢ったら私、何を口走っちゃうかわからないわ。
ある意味、凄く怖い。
しかもこれまでの出来事をみんなが揃って幸成くんに言うんでしょ?
私は咄嗟にみんなに背を向けて走り出す。
とりあえず、落ちつける所へ逃げましょう。
落ちついたら冷静に、何があっても対応できるようにしっかりとみんなを誘導して、どうって事ないわと……幸成くんの理想の私を演じて流しましょう。
「メグル? どうしたのじゃ?」
「ちょっと落ちついて考えたいわ。だからあの家の部屋を借りるわね。そうね、数時間程一人にさせて」
脱兎の如く、私はログハウスに向かって駆ける。
「メグルが何故か逃げおったぞ! どう言う事じゃ!」
「誰が逃げるのよ!」
「あんまり刺激しないでやってあげよう。立派な事を言ったのを、幸成が帰って来た時に語ってやれば良いさ」
「お願いだからそれはやめて」
「いえいえ、事実ですからちゃんと説明しますよ。めぐるさんは凄かったって、みんなの期待を背負って敵を倒したんですから」
ここでまさかの聡美さんが援護射撃?
なんでそんなに私を持ち上げようとしてくるの?
「何を恥ずかしがる必要があるんだ? 飛山さんは立派に役目を果たしたじゃないか」
「ありのままで良いでしょ。ここにきて羽橋君に遠慮してどうするのよ。貴方と浮川さんが、私達を、果てはみんなや異世界を結果的に救ったんだから」
依藤くんと黒本さんが言うけれど、とにかく私はよく考えもせずに啖呵を切ってしまっただけ。
短慮な行動を思い返すと恥ずかしい結果になってしまっている。
私は何も成長していない様な物だし……もっと自重しなきゃいけないわ。
「めぐるはー幸成君が出来なかった事を成し遂げたんだと思うよー」
試合の休憩時間になって実がコーナーから告げる。
だからここにきて私を褒めあげないで欲しいわ。
く……落ち付きなさい私、あんまり調子に乗らない様にしなきゃいけない。
幸成くんの理想に出来る限り近付く様に答えないといけないのよね?
いえ、ありのままの私を見てもらうの?
それとも演技をし続ける?
うわ……今までよく考えてなかったけど、私……彼に惹かれて告白をした。
あの約束がもう少しで果たされる訳で、その後告白して……つ、付き合えるのかすらわからない。
私が立派過ぎて釣り合わないとか理想を語られたらどうするの?
それとも理想の私と現実の私とのギャップに幻滅されたらどうしよう。
私はきっと幸成くんが思っている様な清廉潔白の正義の女神ではなく、もっと世俗に塗れた恋愛思考をしているわ。
じゃなきゃあんなサバイバル時に幸成くんにこ、告白なんてするはずないでしょ。
「私は……幸成くんの理想の人であり続けなきゃいけないのよー!」
「めぐるさんが何か変な事口走った!」
「珍しいなおい!」
また考えがループしてる気がするわ。
という所で、ガチャッとログハウスから幸成くんが出て来た。
転移で帰って出てきたって事よね。
「え……?」
「おーっす羽橋、いつまで経っても帰って来ないから俺達が迎えに来たぜ」
「聡美さんの声は届いていたんだろ? 迎えに来たぞ幸成」
幸成くんが萩沢くんと茂信くんに向いた後、実達へ向かう。
「茂信、萩沢……それに実さん達まで、一体どうやって……」
「なんでもたいむましんとやらを手に入れてやってきたそうじゃ。しかもサトミまで一緒じゃぞ」
「いや、タイムマシンとか……」
「約束を果たしに来ましたよ。めぐるさんと一緒に」
そう、聡美さんが言って私を指差す。
ドクンと心臓の鼓動が強まる。
落ち付きなさい私。
深呼吸をしてから私は、幸成くんを見て、手を差し出す。
「無かった事になっても、みんな、幸成くんがいない事をとても気にしていたわ。いえ、完全に無かった事になんて出来ないのよ」
冷静に、私は平静を装って、しっかりと順序を整理して言う。
「だから、私達はこうして迎えに来たの。私が死んだ所為で過去ばかりを見ていた様だから、はっきりと言うわよ」
剣を幸成くんに返す様に柄を差し出す。
始まりは……私が思い出した事だけど、みんな何処かで、貴方を想っていた。
「約束はみんなで帰る事よ。貴方一人が犠牲になっても、みんな喜ばない」
あの時途切れてしまった約束の続きを、しましょう。
みんなが日本に一度帰って、決めた事を話しましょう。
沢山沢山、お互いの話をしたい。
貴方と力を合わせれば、みんなで元の世界に帰れる。
そんな気がする。
「だから、迎えに来ちゃった」
「……そうか」
幸成くんは驚いた様に黙って聞いていたけど、そう頷いた。
「さあ……元の時代に帰りましょう。これからの事はみんなで考えましょう」
異世界と日本。
どちらの生活を選ぶかは人それぞれだけど、幸成くんだけが犠牲になる事は……もう無い。
「ね? 幸成くん」
「こういう時はそうだな……わかった、ありがとう」
やっと……私達はスタート地点に立てる。
その為に、私が幸成くんに送らないと行けない言葉は……転送すべき言葉はこれね。
「おかえりなさい幸成くん」
「ただいま。めぐる……さん」
いろんな想いが私の中で駆け巡っているけれど、今言える事は……これだけ。
幸成くんに剣を持たせ、手を握ってみんなの元へと戻る。
さあ……世界を巡り、幸せに成る為に精一杯、生きましょう。
私達の未来は、明るいのだから。
という訳で第二部完結です。
第三部は……どうしようかな。
その前に書くとしたら番外編とか後日談かな?
ここまで読んでくださりありがとうございました。