色ボケ
空間を突き抜けて私達は通常空間へと出る。
「到着だ!」
萩沢くんがタイムマシンのハンドルを捻って停止させ、私達はタイムマシンから降りて地に足を付けた。
「ここはどこだ?」
辺りを見渡すと……なんとなく見覚えがある様な森の広場っぽい場所に出た。
近くにはログハウスみたいな建物が建っている。
「どうやら森の中みたいだな」
「過去の……ライクスの前の国の真ん中とかに出たら騒ぎになりそうだったから良い場所に出たんじゃねえの」
「じゃあこの時代の何処かにいるかもしれない羽橋を探すって事で良いんだよな?」
「美樹ちゃんが調べた事が事実ならな」
「そう考えると厄介極まりないな……」
そうね。
過去に来る事が出来ても、幸成くん達が何処にいるのかを考えると、それこそ大変よね。
でも、探してみせる。
草の根を分けてだって見つけるわ。
「間違いは無いはずよ」
「はい。私もこの時代で間違ってはいないと思います」
聡美さんが辺りを見渡しながら答える。
ある意味、彼女は生き証人で一度幸成くんと共に時間を遡った記憶があるんだものね。
少なくとも幸成くんが移動をしていない限りは……と前提があるけれど。
「とりあえず、あの露骨なログハウスを調べようぜ」
「そうだな」
と、私達はログハウスの方へと歩いて行く。
作りはしっかりとしている。
この森が、私達の知っているメーラシア森林であるのなら、ログハウスはクラス召喚に巻き込まれた人が建てた物である可能性は高い。
森に隠居している賢者……とかの可能性もあるけど。
「羽橋ってこんなの建てんのか?」
「羽橋ってそう言う事するタイプだっけ?」
「やべぇ……アイツが日曜大工とかしてるとこ、全然想像できねぇ……」
「……幸成はそこまで器用な奴じゃないからな……」
「ま、どっちにしても確認しようぜ」
ログハウスの扉の前に立ち、ドアをノックする。
……返事は無い。
留守か空き家と言う事かしら?
それにしては整備されている様な印象を覚える。
生活観というのかしら。
日常的に誰かが使っていると思う。
「誰かいませんかー」
茂信くんが扉を押して開けて中を確認したわね。
「……誰もいないのか?」
「つーか……時代間違えて老人羽橋とかがいたら嫌だな」
「その心配は無用なはずなんだけどね……」
なんて思いながら私達がログハウス前で話し合っていると――
「ニャ!?」
ミケさんがバッと上に視線を向ける。
天井から何かが降ってきて白い影が高速で近付いて来た。
私達も咄嗟に構えを取ろうとするのだけど、その白い影は、そんな私達の対応が遅いとばかりに……というかミケさんは警戒を何故か解いた。
ちょっと! 何をしてるのよ!
そして白い影は私に向かって突撃して来る。
ガシっと私に白い影がぶつかった。
「ぬおおおおおおお! やはりこの匂いは! メグルじゃあああああああああああ」
白い影は私に抱きついたかと私の胸に顔を埋める。
「い、一体何! 離れなさい! いきなり何なのよ!」
いきなり抱きつかれ、私は咄嗟に抱きついて来た相手を引きはがそうとするのだけど、この抱きついて来た子、物凄く力が強くてビクともしない。
私の胸に頬ずりをやめないこの子は一体何なの!?
「お! ルシアちゃんじゃん!」
「ニャ!」
「ルシアちゃん!」
みんなして私に抱きついた白い影の子に声を掛ける。
「む? その声は」
声の主は私に抱きついたまま、みんなの顔を見ている。
私もしっかりと抱きついて来た子を確認する。
銀髪と赤い目が印象的な小柄な女の子……ね。
キラキラと艶のある銀色の髪……石膏像よりも白い、綺麗な肌と印象深い赤い宝石の様な瞳。
年齢は小学校高学年か中学校1年くらいかしら?
服装は良く見えないけど、ワンピース……だと思うわ。
女の私からしても美少女としか形容出来ない子ね。
なんで私に抱きついたまま離れないのか問い詰めたい。
「おお? どう言う事じゃ。ハギサワやサカエダ達ではないか。しかもその様子や連れている面子から察するにユキナリと一緒に召喚された者達じゃな!」
「ニャー」
「ミケもいるようじゃな」
「ああ、そうだよ。みんなして帰りが遅い幸成を迎えに来たんだ」
「そうか! と言う事は、このメグルはユキナリの知るメグルなんじゃなー!」
と、言い切ると同時に、またこのルシアちゃんという子は私の胸に頬ずりを再開する。
それ、続けるの?
「うーん! わらわの知るメグルよりも色っぽい気がするのう。色っぽい匂いがするのじゃ!」
「なにそのエロイフレーズ」
萩沢くんが凄く反応している。
私はエロくない。
というか、誰か止めてよ。
「ちょっとやめて! いつまで人の胸に顔を埋めてるのよ!」
「良いなールシアちゃん」
萩沢くんが不謹慎にも指を咥えながらそう言ったので殺意を込めた目で睨みつける。
私の視線に気づいて萩沢くんは汗を流しながら視線を逸らした。
というか高速で頬ずりされて熱い!
「離れなさい!」
「嫌じゃ! もうしばらくこうしていたいんじゃぁあああああ! ふふふ、メグルの匂いなのじゃあああ!」
「あのねぇ……」
「舐めても良いかの?」
プチ。
私の中の紐が切れる音が聞こえた。
両方の手で拳を作り……ああ、そう言えばこの子はルシアちゃんと言うのね。
私がユニークウェポンを手に入れる事を妨害している元凶はきっとこの子でしょう。
何度もやめてと言ったのに私の胸に頬ずりをやめない子には罰が必要よね。
ガシっと頬ずりするルシアちゃんと言う子に、両方の拳を当てて、頬ずりに合わせたぐりぐりを仕掛ける。
「ぬ、ぬおおおおおおおお! 頭が割れそうなのじゃぁああああ! や、やめて欲しいのじゃああああああああ」
「何度もやめてって言っているのにやめない子には罰が必要でしょう!」
「め、めぐるさん落ちついて!」
聡美さんが私の肩を掴んで注意する。
同時に茂信くんもルシアちゃんの肩を掴んで距離を取らせた。
「あはは、ルシアちゃんはめぐるに逢えてうれしいのねー」
「ガウー」
実はそんな様子を微笑ましいと言った様子で見ている。
見てるだけじゃなくて止めなさいよ。
「うう……大変な目に会ってしまったのじゃ。じゃが、メグルにならもう少しされても良いのじゃ。痛いのもまた愛だとわかってしまったのじゃ」
この子、変態かしら?
舐めるとか言ってたし、その可能性は高い。
私は身の危険を感じ、少しだけ距離を取る。
だけど、その分だけ距離を詰めてきた。
「で、ルシアちゃん、とりあえず落ちついて話を進めてくれないか」
「うむ? 何の話をじゃ? わらわとユキナリの恋愛の進展具合かの?」
「すげぇ面白そうじゃん。どれくらい進んだんだ?」
萩沢くん、そこは注意して話を進めなさいよ。
脱線しようとするんじゃないの!
「うむ……ユキナリの奴はガードが固くてのー。まあ、後三年もあればわらわの魅力で落とせると思うがの」
三年も掛るほど身が固いのは喜べば良いのかしら?
ってそうじゃなくて。
「あのログハウスは?」
「わらわが建てたマイホームじゃ!」
「ああ、やっぱり羽橋が作った訳じゃないのな」
「そう言えばそなた等はどうやってこの時代に来たのじゃ……というか……」
ルシアちゃんは聡美さんの方を見て眉を寄せる。
「私は約束を果たしに来ただけですよ。悪意も何も無い。戦いは終わってますし」
「ふむ……まあ良いじゃろ」
因縁がある間柄なんだっけ?
それから私達はルシアちゃんにここまで来た経緯を説明した。
「なるほどのう……クロモトの時間の読みは正解じゃな。わらわ達がこの時代に来てー……半年くらいじゃ」
「それはちょっとずれが出たわね」
「そうじゃな。もう少し早ければ、厄介な連中との戦いを更に有利に出来たのじゃがの……ま、既に決着は付いておるがな」
この時代でも幸成くんは何か陰謀に巻き込まれていた様な言い回しね。
結果的に解決は既にしているようだけど。
それからルシアちゃんは私が持っている剣に目を向ける。
「どうしてこの剣が俺達の所に来たんだ?」
「ふむ、召喚儀式を完全に破壊する為にユキナリが転移で飛ばしたのじゃ。ユキナリの話では人は転移出来ず、他の物では手応えすらなかったそうでの」
「幸成がよくめぐるさんの剣を飛ばしたな」
「わらわが頼んだのじゃ。まるで剣が行かなければならない様な意思を発しておったからな。まあ、随分とあれこれゴネておったが」
そんな事までわかるんだ。
さすがは聖剣とまで言われるユニークウェポンモンスターなのね。
つまり……この子が私達の恩人?
「その剣はサカエダが改造した物じゃし、わらわ達と行動している内に妙な力を宿し始めての……もしかしたらその内喋る様になるかもしれんぞ?」
「……まじで?」
「ふむ、それにしてもまさか時空間の吹き溜まりに飛んで行ったとは驚きじゃな。ユキナリが手ごたえはあったと言っておったが……なるほどのう」
どうやら幸成くんが飛ばした物で間違いないみたい。
この剣が無ければ今の私達はいなかったのは間違いないわ。
幸成くん、ありがとう……。
「それで幸成くんは今どこ?」
「うむ、先ほどまで何か声が聞こえると言っておったの。その後は薪を取りに出かけおったぞ。何、日課となっていての、わらわは留守番をしておったのじゃ」
「あの野郎、完全に隠居状態じゃねえか! ルシアちゃんとクマ子ちゃんとの悠々自適なハーレムライフかよ!」
萩沢くん、少し黙っていて欲しいわね。
そもそも幸成くんが薪を取りに行った事より、この子が天井に引っ付いていた事の方が問題だと思うけど?
天井から降ってきて幸成くんに何をするつもりだったの?
「凄いのう。正直、わらわ達はこの時代に骨を埋めるかと思っておったぞ」
「だから迎えに来たんだろ。色々と大変だったけどさ」
「ふむ……日本人達は凄い発明をするのう。ユキナリがアレだけの強さや代償を支払って来た事をアッサリとやってのけるとは」
確かに……幸成くんがやっとの事で成し遂げた偉業を私達は乗り越えてきたのよね。
みんなで協力し、努力の前借りをしてまで……。
これから私達は、その未来の為に代価を支払わねばならない。
「とはいえ、ここは一旦タイムマシンで皆は後三年後に来てくれた方がわらわは嬉しいのじゃが。それだけの時間があればユキナリを落とせると思うのじゃ」
「ダメに決まってるでしょ!」
「ふふふ……メグルよ。それは嫉妬かの? 安心せい」
「何を安心するのよ……」
ルシアちゃんという子は何やら自信に満ちた顔をして言い切る。
「メグルはーユキナリを夫に、ユキナリはメグルを―妻に、わらわはメグルを夫にして、ユキナリをー妻にすれば万事解決じゃ!」
「何が解決なのよ!」
バカなの?
なんなのこの子は、さっきから色情に染まっている様に見えるんだけど。
「ルシアちゃんってこんなキャラだったっけ?」
「あれだ。色々あったんだろう」
萩沢くんと茂信くんがそんな事を言っている。
まあ、話に聞く彼女とかなり違うわよね。
幸成くんと過去の世界で何があったの?
「新たなプレイね。面白いわ」
黒本さんがスケッチを始める。
面白くなんかないからやめなさい!
「ルシアちゃん、クマ子ちゃんはどこ?」
実が空気を読まずにルシアちゃんに尋ねる。
「ん? クマ子? ああ、ペン子じゃな」