魔王
「推測の域は出ないけどね。ともかく、あまり刺激するのはやめておきましょう」
「把握ー」
「手立てっぽいのが見つかったのに面倒な結果になってんなー」
「つーかタイムゲートがあったのはわかったけどさ、これって羽橋を迎えに行く為に未来の俺達が作った訳?」
あー……なるほど、私を含めてクラスのみんなが力を合わせてこんな施設を作って……それでも叶わず数百年経過してしまう。
とかなら想像出来る。
……幸成くん、貴方と再会するのは無理だと言うの?
「俺達って結構金持ってるだろ? この後も国の為に色々とやる気ではあるし、その金を集めりゃこれくらいの規模の事が出来そうじゃん」
「いえ、それは違うと思います」
そこで、調子を取り戻した聡美さんが手を上げて言い切った。
「私も同意見ね。少なくとも見つかった資料には、羽橋君を助ける……なんて一文は無かったわ」
黒本さんが聡美さんの意見に同意する。
「根拠はわかるけど、じゃあこの建物は何のためにあるわけ?」
「それは――」
「未来で起こる……日本人が起こす犯罪、クラス転移の原因を潰す為みたいよ」
「……は?」
その場にいた、全ての人達が唖然とした表情を浮かべた。
クラス転移の原因を潰す……。
「え? だってクラス転移は羽橋が無かった事にしたんだろ?」
「ところがどうも未来で起こっているみたいなのよ」
「どうしてだ?」
「それは……そうね。あくまで羽橋君が無かった事にしたのは過去のクラス転移でしょ? その根本的な原因を根絶する事は出来ていなかったという事なんじゃない?」
そんな……私も、その場にいる殆どの人達が絶句するしかなかった。
「要するに羽橋は過去を変えて今を変えた。だけど未来が今を変えようとしている。少なくともそれをしようとしたって事だよな?」
成功したのか、失敗したのかはわからない。
けど、未来の人達は過去を変えようと思ってこの建物を作ったはず。
「少し私達の求める情報とは違うけど、記述に羽橋君の話はあったの。クラス転移を起こした原因を一時的に潰すのに一役かった勇者……とね」
「一時的?」
「はい、さっき管制室で見えました。好き勝手暴れる日本人らしき人達を……その原因を消す為にこの施設は作られたみたいな光景が見えました」
端末内の画像にあったわね。
それっぽい画像。
もしかしたらアレの事だったのかもしれないわ。
なるほど、小野くんみたいな人が未来に現れると。
考えてみれば元から異世界召喚なんて不思議な現象があるんだから、ありえない話じゃない。
「つーか召喚を発生させている原因って何なんだよ。よく考えりゃそこが一番重要だろ」
「研究者の論文とかも出てきたけどね。その論文を解読すると活性化現象と関わりがあるって話だけど……」
と、そこで黒本さんは聡美さんを見る。
「確かクラス転移の原因って……ルシアちゃんが言っていた大活性の『より効率よく、その争いに勝つ為に研究がされた』と言う話よ。蟲毒とか強奪とか、この世界の人達が脅威と認識する能力者を意のままに操って願いを叶えようとしたとしても不思議じゃない」
「浮川さんが歪めただけで、本質は別にある。なんで羽橋はそっちを破壊しなかったんだ?」
「気付かなかったとか?」
「そこまで羽橋は抜けてないだろ」
「しなかった……いえ、出来なかったのかもしれない。もしくはそうね……未来でそんな争いが起こるのかもしれない。歴史は繰り返すって言うでしょ? それなら羽橋くんが壊したって、同じ様なのがまた出てくるでしょ」
幸成くんは過去に向かった。
その結果、私やみんなは生き残り、多くの犠牲者の死は無かった事になった。
過去を変えて今は確かに変わった。
でも、未来で起こる現象は変えられない。
いえ、新たに変わった時間での未来で、何かが起こった。
「どうも未来ではねじれた原因を取り除く研究がされていて、羽橋君が行った出来事が伝説として残されている様なのよ」
「だから習って過去に飛んで歴史を変えようってか? バカじゃねえの? もっと根本的な問題に取り組めよ」
「かと言って、未来で第二の浮川さんが生まれていたら対処のしようがないでしょ」
確かに……それほどまでに脅威となる存在を正面から倒すなんて難しい。
それこそ過去に戻って弱い状態、あるいはそうならない様に改変するしかでしょうね。
過去に前例があるなら、そういった手段を取ったとしてもおかしくない。
「非道な選択だろうけど、日本人が少ない時に争いに勝って召喚をしない様にすれば良いだろ。願いが叶うんだし」
「そこまでは知らないわよ。ただ、どんな理由かはわからないけど未来人達は時間を弄ろうって結論に至ったんでしょうね」
という所で黒本さんが何故か聡美さんの手を握る。
共鳴してと言う事かしら?
「後は飛山さん達が見つけた手帳ね。この手帳には持ち主の手記みたいな物が書かれていたわ。最後近くにはゲート内に何かがいた、と書かれているみたいだけど」
ゲート内に何か……ね。
不確かな表現だと思う。
何か、とはどんな物なのか想像も出来ない。
「失敗してとんでもない化け物とか召喚したんじゃねーの? 異空間と繋いじまったみたいに」
「そうかもしれないわね。どちらにしても実験は失敗して、過去の世界に施設ごと飛んできたって事なんでしょう」
「じゃあ飛んできた直後なら危なかったって事だな」
「そういえば……異世界人が魔王を討伐したって資料が国の図書館にあった様な……」
つまり、ここから出てきた魔王がその何かかもしれないって事ね
当時の人達ではブラックミストウォール内には入れなかった訳だし、その内部に何もいない訳だからそう考えるのが普通かしら。
そして、その話が繋がっていたとしたら、この装置から出てきた可能性が高い。
ここにいる全員がタイムゲートと思わしき物体へと視線を移す。
直前まで手掛かりに見えていたのに、今度は不気味な物体に見えるから不思議ね。
「後は……資料では時空耐性は研究段階って話だったわ」
「時空耐性? どう言う事?」
「羽橋君や浮川さんみたいに、時間を変える事に耐性が無いと改変したかどうかわからない。それこそ、今の私達が近いわね。浮川さんと共鳴しないとコロコロと認識が変わるのよ?」
そうね。
過去を変えても、変えた事を認識出来なかったら困る。
研究者なら時空耐性についても研究するでしょうね。
「うへ……面倒だな」
「都合の良い世界に変えるには過去を変えた際の耐性が不可欠って事ね」
「じゃあどうするんだ?」
萩沢くんが黒本さんに向かって尋ねる。
割と環境には順応してるけど、創作物っぽい発想は畑じゃないのよね。
その点で言えば黒本さんの方が異世界に適応しているわ。
「うーむ……荒唐無稽な話だ。僕ももっと勉強せねばな」
「そうだぜー一緒に漫画やゲーム、映画鑑賞しようぜ!」
……学級委員とクラスメイトが仲良く話をしている。
クラス転移が無かったらこんな光景を見る事は、きっとなかったでしょうね。
「直せるなら、としか言えないわ。ただ……推奨は出来ないわね。失敗してこんな結果になっているみたいだし」
「あくまで研究材料の一つか……クソ面倒だな」
「そもそも浮川さんと共鳴しないと時間を超えたり改変するのが出来そうに無いしなぁ」
茂信くんも黒本さんの話を聞いて頭を掻いている。
手立てになりそうな物は見つかったけど……。
「……つーかさ、根本的な問題に気付いちまった」
萩沢くんが眉を寄せて答える。
「仮に俺達がこれを修理出来たとして、エネルギー関連どうすんだ?」
「あ……」
そういえば大活性のエネルギーを使っているってさっき言っていた。
その大活性は数十年に一度という話だから今すぐには準備出来ない。
しかもここにエネルギーのストックは無いみたい。
……問題ばかり浮上するわね。
「そ、そうだよな」
「それこそ莫大なエネルギー効率の良い物を萩沢が作れば――」
「だーかーらー俺は何でも出来る訳じゃねえっての! 俺は未来から来たロボットか!」
「ニャー」
「ミケがいるからワンチャン」
「はぎえもん」
「ふざけんな!」
……クラスのみんなが萩沢くんにふざけて言っている。
「そうよね。根本的な問題はそこにもあるのよね。ここまで大規模の施設がどうやって稼働していたのかを考えれば、自然とあの穴がなんであるのか答えは出てくるわ。むしろ過去を変える事と並列して行われていた解消案だと言うのなら一石二鳥ね」
黒本さんが納得した様に頷く。
「あの穴はきっとタイムゲートを稼働させる為のエネルギーを供給させる為に掘られた物でしょう。おそらく、羽橋君の例を参考にして大活性のエネルギーを使ったのね」
既に私達の時代で起こる大活性は過ぎ去っている。
次に起こるのは早くても数十年、長ければ百年以上は先の話。
……完全に手詰まりじゃない。
「とりあえず収穫はあったわね……調査はこれくらいにして一度帰ろうと思うのだけど、どう?」
「OK」
「さんせー」
「ここ不気味だしなー早く帰れるなら文句はねー」
っと、みんなが同意する。
「調べたい事が出来たらまた来ましょう。飛山さん、転送を頼めるかしら?」
「ええ」
私はみんなを城下町の集会所に送る為に転送を発動させた。
そうして、調査を終えた私達は城下町へと戻ったのだった。