実験
「……」
「幸成の決意は既に果たされたんだ。ここから先は自己責任だ」
これは経験したからこそ言える、茂信くんの決意の結果なのね。
「確かになー。思い出した事である意味スッキリしたのは事実だぜ。前は日本に帰りたいなーとは思っていたけど、今はそれほどでもねーし」
基本、自由と言うか好き勝手言いたい事を言ってしまう萩沢くんも同意見なのね。
「もちろん現実逃避をしたい、成功の思い出が根底にあるから声を掛けている可能性は無い訳じゃない。危険なのは確かだ」
そうなのよね。
私達は今年で三年生だし、色々と難しい時期でもある。
異世界で成功した、という記憶が何かを誘発している可能性は高い。
「だからと言って拒んで良い訳でも無いと私は思うわね」
「美樹……」
「隼人だって半信半疑だった異世界へ行くって話に飛び付いたでしょ? 仲間外れは嫌じゃない?」
「確かにそうだが……」
「最初に召喚された時とは状況が違う。私達は選んでここにいるのよ。強引に連れて来られた訳じゃない。もしも異世界で何か起こったとしてもそれは自己責任。仮に死んだ人がいたとして羽橋君が知って後悔したとしても、その時は張り手でもすればいいのよ。決意を元に戻ってきた人達を愚弄するなってね」
黒本さんが辛辣な事を呟く。
それはそれで辛いんじゃないかしら。
私だって気にすると思うわ。連れて来なければ良かったって。
「坂枝君の言う通りよ。後悔する程度の決意で来たなら怒れば良い。成功を夢見て現実逃避をしているように見えるなら飛山さんの判断で断って良いわよ。異世界は夢の場所じゃないわ」
黒本さんは随分と冷めた認識なのね。
「んー……難しい問題だね。だけど、気持ちはわかるよ? 私が言いたい事は既に茂信君や黒本さんが言ったから無いかな」
「ガウー」
「危険だと注意する事は出来る。飛山さんなら断る権利もある。だけど俺は、羽橋の決意を無駄にはしたくない……けれど、みんなの気持ちもわかるから無下にも出来ない」
「前にもこんな話をしたよなー。それこそさ、本当に帰る方法なんて自分達で見つけりゃ良いだろ。羽橋とめぐるちゃんに頼るだけじゃなくて、その続きだと思って行けば良いんじゃねえの? 依藤」
萩沢くんの言葉に依藤くんも納得した様に頷く。
「そうだな……帰りたいと心の底から思っていた連中がいないのなら……俺も同じ気持ちだったと思う。異世界に戻りたいってさ」
「皆さん、思い出す事で決意が更に強くなるんですね……」
聡美さんが私の顔を見て答える。
「飛山さん、前にも言った様に最後の選択権は貴方が持っています。皆さんは十分に決意を持っているようです。どうしますか?」
「みんなを異世界に連れてくる……だけどそれは幸成くんの行った事を無下にする事にも繋がる……だけど、みんなが覚悟を持って行動している」
約束はまだ果たされていない。
みんなを帰す中に幸成くんは混じっていなかった。
そしてみんなは忘れた物を取り戻したくて私に声を掛けている。
酷い事をしている自覚はある。
だけど私は、幸成くんが間違っているなら正さなきゃいけない。
私が死んだ事で幸成くんが道を誤って、一人異世界に残り、私は迎えに行くと決めた。
みんなの意見を聞かずに勝手に日本へ帰したのは、きっと間違いでもあったのかもしれない。
だから私は……決めた。
「わかったわ。しっかりと覚悟を持って、現実逃避じゃないと思った人は、後で連れてくるわ」
「決まりましたね」
その場にいたみんなが頷く。
「とりあえず、学級委員も参加表明してるんだよね? 彼なら頼りになるから手伝ってもらうと良いよ」
茂信くんが助言してくれる。
確かに、ちょっと真面目と言うか遊び方を知らない人だったけど、事件後は丸くなっていたし、カリスマも持っていた気がするわ。
「ええ、相談してみるわね」
「とはいえ、少し実験するからそれが終わってからで良いかしら?」
黒本さんの提案にみんな頷く。
少しずつ、大きく変化している。
幸成くん、私達はみんなで貴方を迎えに行くわ。
「それじゃあ、買って来た物を配りに行きましょうか」
「この世界の連中、割と待ち遠しかったと思うぜ」
「ニャー」
「若干犯罪臭がして嫌なんだけどね」
「まあ……しょうがないでしょ」
そんな訳で私は買って来た物を依頼者に渡しに行った。
……報酬が凄かったわね。
王様とか凄くホクホク顔だったし、騎士達も嬉しそう。
図書館の列も随分と長くなり、新刊が目立つ所に置かれた。
……次に見に行った時は棚に本が無かったけどね。
読みに来た人達が手にとって棚に本が無くなっていただけらしいけど。
日本の図書館じゃ、まず見れない光景じゃないかしら?
さてと、私達も異世界じゃ調達できない品が手に入って一応助かってはいる。
幸成くんがやっていた仕事を私が引き継いだんだなーとこの時、実感した。
「そう言えば……」
「まだ何かあんのか?」
萩沢くんがうな重を食べながら答える。
……色々と言いたい事があるけど、今回の台詞でお灸を据えられるわね。
「全てが上手く行って帰れる時が来た際に、勉強が遅れていたら元も子もないわよね。私達は一応、受験生なんだし」
「ぶっ!」
萩沢くんがむせたわね。
やっぱり勉強を疎かにしてた。
「そんな訳で、みんなで勉強会もしましょうね」
「勉強会かー楽しくて良いよね」
「確かに、疎かにしてるし、良いかもしれないな」
実と茂信くんは肯定的ね。
「良いですね。学校が違いますけど、ご一緒して良いですか?」
聡美さんもやる気を見せている。
「隼人は私と時々やってるわよね。帰った時の事を考えて」
「そうだが……あんまり自信は無いな。元々そこまで成績が良かった訳じゃないし」
まあ黒本さんって成績良いもんね。
問題は萩沢くんね。
「ははは、めぐるちゃん。俺はこの世界に永住する気だから勉強なんてしなくても良いんだよ」
「そうはいかないわよ萩沢くん。私達は選んできたけど、勉強から逃げる為に来た訳じゃないの。じゃなきゃ、新しく来るクラスメイト達に顔向け出来ないでしょ?」
「いーやーだー! 俺は勉強なんてしたくねー!」
コレは相当ね……萩沢くんってどうしてこうも欲望に忠実なのかしら。
悪い人じゃないんだけどなぁ。
「ニャー」
ミケさんはどうも興味がある様な顔をしている。
「なんだミケ?」
「勉強したいのかしら?」
「ニャ!」
ミケさんが頷く。
まあ、萩沢くんがやらないなら教えて見るのもいいかもしれないわね。
と言うか文字をしっかり読み解けるようになれば筆談も出来て便利だし。
「じゃあミケさんに勉強を教えちゃいましょう。萩沢くんよりも勉強が出来るようになったら面白そうだし」
「ニャー」
「く……くそ! 卑怯だぞ! めぐるちゃん」
え?
何が卑怯なの?
「ミケには、ミケに勉強でさえ負けるのは……我慢ならねえ! くっそ! やってやろうじゃねえか!」
ああ、萩沢くんにとってミケさんはあくまで格下の存在でなければならないのね。
正直、人間性やいろんな所で既に負けていると思うけど。
最近、萩沢くんを誘導させる方法が分かってきたわ。
そう言う訳で、勉強会も開かれる様になった。
数日後。
日本転送や異世界転送のクールタイムが過ぎた事で私達は実験を行った。
とりあえず千里眼を茂信くんの工房に設置、みんなで集まってから聡美さんの共鳴を使ってから日本転送で私が日本へ……行く前に黒本さんと聡美さんが共鳴を維持する。
「じゃあ行くわね」
「はい」
「実験の為にこの前の再現をする事になると思うと、怖いわ」
「日本に行った瞬間に変化があるかもしれないわよ」
「わかってるわ」
日本に行った際、千里眼で状況変化を見るからと黒本さんと聡美さんが紙とペンを持っている。
最悪の場合、すぐに戻ってくる予定。
どう変化するのか……私は内心焦りを感じながら転送の光に入った。
今日は私の部屋に飛ぶようにしてある。
部屋に飛ぶと同時に私は千里眼で確認する。
聡美さんが黒本さん、茂信くんに声を掛けているようだ。
やがて私に見える角度で、黒本さんと一緒に書いて紙を広げて見せた。
『共鳴で認識改変への抵抗は成功、今の所日本人が恐れられている話は無い』
と書かれていた。
広げる時間も決めていたので、聡美さん達は紙を仕舞って手を振っている。
行動開始ね。
私は千里眼を切って、制服に着替えて学校へと向かった。