忌むべき存在
「そうか……気長に待っているよ」
と、私は学級委員との話を切りあげて、その場を去る。
次は……クラスメイトの女子と話をしなくちゃね。
電話を掛ける。
ワンコールで出た。
あまりの速さに少しビックリする。
「もしもし?」
「あ、飛山さん!」
……ちょっと興奮気味ね。
一体どんな話なのかしら?
「それで私に何の用?」
「えーっと……周りに人はいない?」
「ええ」
私は辺りを確認してから答える。
少し離れた所にストーカーみたいにクラスメイトがいる様な気がするけど下校しようとしていると思いましょう。
少なくとも会話が聞き取れる距離じゃないから、大丈夫よね。
「じゃあ……あのね。笑わないで欲しいんだけど聞いて……飛山さんが話をしていた異世界の話、本当の事だよね? 何か力になれないかな? それから……出来れば違う世界へ行けるなら――」
私は少し眉を寄せて聞いていたと思う。
学級委員と殆ど同じ内容の会話をされたからだ。
「えーっと、少しだけ返事を保留させてもらえないかしら? 蔑にしている訳じゃなくて私自身にも迷いがあるし、辛辣な言い方だけど、貴方が受験の悩みで現実逃避したくて信じてしまっているのかもしれないから」
「わかった……いつでも声を掛けて」
と、話をしてから電話を切る。
「まさかこのリスト全員が同じ事を言う訳じゃないわよね?」
私は生徒手帳に書いたクラスメイトのリストを見ながら頭を抱えた。
結果……全員が揃って同じ事を言った。
しかも途中で私にストーキングしていた生徒が、同じ事かよ! って乱入してくる始末。
一体、何か不穏な事が起こっているとでも言うの?
若干頭を抱えつつ、生徒手帳に書かれたリスト全員と話をしてから……面倒だったので、トイレに隠れて自室へ転送で移動したわ。
これって……私自身が原因なのかしら?
ともかく、茂信くん達に一度相談しなきゃいけない事よね。
学校の方の調査も一応、終わったし。
そう思って私は出発の準備として、着替えてから……甚だ遺憾なんだけど、みんなへのお土産としてMDバーガーとうな重を購入してから異世界転送を使い、部屋から茂信くんの工房へ飛んだ。
「ふう……」
異世界の空気はやはり日本とは違うわね。
味自体はこっちの方が良いはずなのに、日本の空気も美味しく感じた。
これは故郷の味とか、そんな気分なのかしら?
「あ!」
私を発見して聡美さんが声を上げる。
どうして茂信くんと萩沢くんが辺りをキョロキョロと見渡しているの?
「あ、めぐるさん帰って来たんだ?」
「日本はどうだった?」
私に尋ねる茂信くんと萩沢くんを見て、聡美さんが信じられないって顔をしていた。
この顔……覚えがある。
間違いなく幸成くんがいない事に気付いた私と同じ顔だわ。
「聡美さん、何があったのか教えてくれない?」
「ん? 一体どうしたってんだ?」
「何かあった?」
首を傾げる茂信くんと萩沢くんだったけど、私達の不穏な様子に真面目な表情に変わる。
「はい。さっきまで茂信君と萩沢君が私に日本人だって知られちゃいけないから気を付けるんだって注意していたんです。隣の部屋にいる騎士も俺達を疑って国が派遣した奴等だって」
「え!?」
私は驚きで声が出なかった。
何かが起こっている。
この事実に嫌な汗が流れた。
「一体どう言う事だよ!」
「私もよくわかりません」
聡美さんは困惑した様子でこれまでの出来事を説明して行く。
私が日本に行ってからすぐに変化があった訳じゃないみたい。
「ただ……今日の朝頃からみんなの様子が変と言うか殺伐としてきて、図書館にある列とか無くなっていましたし、茂信君の工房にあった発電機やゲーム機が消えました。その事を聞いたらそんな日本人を特定できる物を置いとく訳ないだろって……」
「おいおいおいおい……これはまたアレか? めぐるちゃんが日本に居た所為で起こった変化って奴なのか?」
……ありえない話じゃないのよね。
私が原因とは思いたくないけど、その可能性も考えられる。
「その時の茂信君や萩沢君に聞いたら過去の日本人がこの世界で大暴れした所為で日本人ってだけで殺されるから特定されない様に隠れて生活してるんだって」
「それって聡美ちゃんの話だと過去へ行った羽橋が解決したんじゃなかったのか? どうして今になってその変化が復活してんだよ」
「萩沢、落ち着け」
茂信くんが萩沢くんの肩に手を置いて興奮する萩沢くんを宥める。
「その後は?」
「めぐるさんが来ると同時に、切り替わるみたいに今の状態になりました」
「そう……何かが起こっているって事で間違いなさそうね」
「はい」
聡美さんは頷く。
こう言う時に変化をしっかりと分かる人がいると助かるわね。
……なんだか凄く安心する。
自分だけがそう思っているんじゃなくて、わかってくれる人がいるんだもの。
「とりあえず……一旦、みんなを集めて話をしよう」
茂信くんの言葉に私と聡美さんは頷いた。
数時間してみんな集まってくれた。
一応、買って来た食べ物で食事をしながら話をする事になった。
「やっぱ久しぶりのMDバーガーはウメーな」
「……こんな時によく食えるな」
依藤くんが萩沢くんに呆れた様な態度で言う。
さっきの興奮は何処へ行ったのよ。
……とはいえ、こういう時でもそういう態度を取れる人がいるのは良い事かもしれない。
萩沢くんは良い意味でムードメーカーという事なのね。
「ニャー」
ちなみにミケさんは萩沢くんから頼まれて買出しに出ていたそう。
「お腹が空いたら戦は出来ないって言うよ? 程々に……戦いに備えよう」
「ガウー」
実は相変わらず山で修業をしていた。
私が向かえに行って事情を話すと二つ返事で来てくれた。
「とりあえず話を纏めましょう。浮川さん、坂枝君や萩沢君は、飛山さんが帰ってくる前にそう言ったのね?」
黒本さんが聡美さんに尋ねる。
聡美さんは不安そうに若干震えながら頷いた。
「はい。まるで……別世界に来たみたいでした」
確かに少し怖いかもしれないわ。
幸成くんが最初からいなかった扱いをされたあの日の恐怖を思い出す。
でも、それ以上に世界が突然変化してしまう恐怖と言うのは怖い。
今まで笑っていた生活が、突然殺伐とした物へと変化するなんて……まるで森でサバイバルをしていた頃の様なものね。
「何が原因か……を考えると間違いなく変化の兆しとして飛山さんが関わっているのは確かね」
「でしょうね。私が帰って来た所で戻ったんだから」
聡美さんが観測し、茂信くん達は変化に気付かない。
そして私が帰って来た事で元に戻る。
「考えられるのは飛山さんがいない扱いになると歴史が変化してしまう……かしらね?」
「それにしたって聡美ちゃんの話だと徐々に変化していったんだろ?」
「並行認識……とでも言うのかしらね。異世界と日本を移動するのと時間移動による変化はカテゴリーが違う可能性があるわ」
黒本さんは紙に絵を描いて見せてくれる。
私や幸成くんが行う日本と異世界への渡航による認識改変、これを横に移動する事での変化とするなら、時間の流れは縦移動となる。
この縦の移動に横の移動が関わっている……と言うのが黒本さんの見解のようね。
私がいなかった事になった所為で縦の移動である時間改変に変化が掛ったのではないか?
という可能性。
「なんか難しいね」
実の意見に同意するわ。
私が原因なのはわかったけど、どうしてそうなるのかわからないんだもの。
「ただ……日本人が過去に暴れた所為で殺される……忌むべき存在として認識された事が気になるわね」