残響
翌朝。
出発の準備を終えてから、私は千里眼で異世界の自室を見る。
聡美さんが荷物を整理してくれていて、室内には本やゲーム機等、いろんな物が置かれている。
ちょっと千里眼じゃ見づらいわね。
共鳴千里眼を知っているだけに、普通の千里眼では物足りなさを感じてしまう。
……あんまり魔力を使っていると帰る為の魔力が無くなっちゃうからこれくらいにしておきましょう。
そう思って私は千里眼を切ってから制服に着替え、学校へと向かった。
昨日もそうだったけど認識改変のお陰か私に対して久しぶりーとか声を掛ける人はいない。
それはそれで大変だけど。
教室の方へ行き、座席表を確認する。
……さすがに座席表は整頓されてしまうわよね。
ただ、他のクラスよりも人数が少ない。
まあ……私達のクラスは色々とあって元々少ないんだけど。
「おはよー」
「おはよう」
そんな感じで私は席に着いて教室を確認していた。
出発前と変化は……茂信くん達以外は無い。
教室にある名簿を確認すると……うん、茂信くん達の名前が消えている。
幸成くんや茂信くん達から後々聞いた話の通りね。
……茂信くんが幸成くん経由で聞いた話だと認識改変のお陰でテストとかの成績も補正されると言っていた。
授業が始まって私は教師の説明を耳にする。
……萩沢くんや依藤くんは勉強をしているかしら?
萩沢くんは永住を希望してるように見えるけど、念のために勉強会はした方が良いわね。
そもそも高校卒業後はどんな補正が掛るのかわからないし。
これで勝手に志望大学に合格とかしてくれたら良いけど、どちらにしても勉強していなかったらそのままでしょ?
考えてみれば私達は学生なんだし、仕事やLv上げの合間にあっちの世界で学校とかに通わせてもらうのはどうかしら?
王様に頼めば斡旋くらいしてもらえそうよね?
……なんかあの王様の事だから私達を教員に学校を作りそうで怖いわ。
教材にゲームや漫画を発注させられそう。
ゲームや漫画の腕前を磨く学校の教員になる気は無いわ。
ってこの考えはやめましょ。
ともかく、後で茂信くんに相談しましょう。
授業内容は……ちゃんと勉強していたし、遅れは無かったわね。
しっかりと勉強していたらついていけない事は無いみたい。
なんて感じに昼休みまで特に変化が無く……一応、時は過ぎて行った。
どうして一応かと言うと、クラスメイトが時々様子を見るように私に視線を向ける時があったから。
最初はどうしたの? って声を掛けた。
私に何かあるのかと思ったのだけど、みんな首を振っているだけ。
認識改変の影響かと不安になったけど、そう言う訳じゃないみたい。
証拠に隣のクラスの友人へ会いに行ったらそんな態度じゃなかったし。
どうもこのクラス限定みたい。
なんて思いながら昼食を取っていると……。
「飛山くん」
学級委員が私に声を掛けてくる。
「なに?」
「放課後、少し話をしたいのだが、時間を取れないだろうか?」
「今じゃダメなの?」
「そうだね。出来れば人のいない所でしたい話さ。ああ、誤解されたら困るけど、別に告白をする訳じゃないから安心してくれたまえ」
「はあ……」
「では放課後、園芸部の畑に来てくれたまえ」
学級委員はそう言って離れて行った。
……なんだったのかしら?
そうして昼食を終えてから一旦トイレに行こうと廊下に出ると。
「あ、飛山さん」
クラスメイトの女子に声を掛けられる。
……異世界では裁縫の能力を持っていた人ね。
「なに?」
「あの……その……放課後、時間を取れないかな?」
「えーっと予定があるから、少し時間が掛るけど良い?」
学級委員が私に何の用なのか気にはなるけど、その用事が終わってからならいつでも相手が出来る。
だけど何の用なのかしら?
「うん、お願い」
「わかったわ。後でメールするわね」
と、口約束をしてトイレへ向かう。
「飛山さん」
って、トイレから戻ってくるまでに何人もの人達に声を掛けられた。
みんな、私のクラスメイト。
一人一人、内緒話とばかりに放課後に話がしたいと言う事ばかりだった。
今日……クラスのみんなと一人一人話をするだけで帰りが遅くなりそう。
茂信くん達と相談する事があるから、早めに帰る予定だったんだけど……。
なんて思いながら授業が終わった。
えっと……私は生徒手帳にメモしたクラスメイトとの約束を見る。
……何人いるのよ。
しかも他にも私の方をチラチラと視線を向けるクラスメイトが沢山。
視線を向けると……声を掛け辛いって態度。
若干首を傾げつつ私は学級委員が出て行くのを確認して、少し離れて付いて行った。
そして学校の畑と言うか花壇の前にまで来る。
振り返るまでもないけど、少し離れた所でクラスメイトが偶然を装って隠れている。
声を掛けたいって態度は何なの?
「来てくれたんだね」
「ええ、この後も用事があるんだけど……ね」
学級委員は人目を気にしながら、極自然な態度を装いつつ花壇に水をやってから私の方を見る。
「飛山くん、僕自身も突飛な事だと思う事を覚悟して聞いてくれないか?」
「え、ええ……」
一体何なのかしら?
ここまでもったいぶらなくても良い様な気がするんだけど……。
まさか……昨日のゲーム機を大量に買った事とか漫画を大人買いした所を見られていたとか?
売春をしているならやめたまえ! とか注意されちゃう?
けど、これって突飛な事かしら?
「前に君は、あの失神事件で僕達はこことは異なる世界へ行ってしまったと言っていた。僕の記憶違いではないはずだが、間違いないかい?」
「ええ」
私は森での出来事を明確に思い出してからクラスのみんなに確認を取った。
その時はみんな記憶が混乱しているんだろうという曖昧な……依藤くん以外は半信半疑な顔をしていた。
今更一体何だって言うのかしら?
「僕自身も現実では無いと面と向かって言う事は出来なかったけど、その時は咄嗟にそう思った。だけど……なんとなく思うんだ。本当なのではないか? とね。飛山くんが今も思っているのなら、何か力に……此処とは異なる世界へ行く術を探して、行けないかと考えている」
「え? それは一体……?」
今になって一体どうしたと言うの?
幸成くんが召喚自体を無かった事にする事で、元の世界に戻り……記憶を失ってしまった。
私以外……聡美さんは別世界の記憶が来たって話から少し事情が異なる。
だから、無いはずの記憶を信じるのはありえないはずなんだけど……。
「何か……とても大切な事を忘れている様な、居ても立ってもいられない衝動がある。それが日に日に強くなっているんだ。何か力になれる事は無いかね?」
手立ても無いし雲を掴む様な話なのは確かだった。
日に日に強くなっているという事は何か変化が出ていると言う事よね。
……私達が異世界へ行った事による反動?
いろんな可能性が出てくるけど、答えは出ない。
「……つまらない話をしてしまったね。忘れてくれたまえ」
「いえ……そういう訳じゃ……」
今の私の手の中には、異世界へ行く手段が握られている。
言うのは簡単。
だけど、戻ってくる事は出来ないし、これ以上巻き込んで良いはずもない。
けれど……この言い方は依藤くんに似ている。
依藤くんは幸成くんを傷付けてしまった事を酷く反省していて、みんなを守ろうと必死になってがんばっている。
今もレベル上げだけじゃなくて、各地で情報を探していて、少しでも幸成くんの元へ近付く方法を必死に探している。
私は頻繁に転送を使うから、それを知っていた。
その依藤くんが異世界に来る前、記憶を思い出す前の状態と彼の言動は酷似している。
「待って」
気が付けば私は彼を呼び止めていた。
……信用出来ると思う。
でも、一度は茂信くん達と相談するべきだし、何よりこの後に予定が詰まっている。
とりあえず全員の話を聞いてから決めるべきね。
「その話、少しだけ待ってくれない?」