メイドの懇願
「な、なるほど」
結構ハードな経歴を持っているご様子。
「じゃああの執事さんは?
「彼はとある貴族の大事なワインを盗み飲みしたと言う冤罪を被せられて困っていた所をミケさんに助けられました。犯人は雇用主の貴族、細々と老後の為にと貯めた給金を奪うのが目的だったそうです」
うわー……。
悪い貴族って本当にいるのね。
私達が会う人が良い人ばかりだから全然気にならなかった。
きっといろんなところで私達は良い人に助けられているんだろうなぁ。
「街で助けられたと言う人も結構多いです」
「ミケはとんだヒーローなんだな」
「凄いねミケくん」
本当に、感心するしかない。
「萩沢は胸を張れるな」
むしろ機嫌が悪くなるんじゃない?
少なくとも今までの傾向からそうなると思うわ。
「あの……その事で、失礼を承知で話をしてよろしいでしょうか」
「ええ、おそらく萩沢くんの態度か何かが気になるんでしょ?」
「はい……」
メイドは感情を露わにして頷く。
「ミケ様が喜んでいる姿を見るのを私達は嬉しく思います。ですが、ミケ様の寵愛を受けながら、他の女性に声を掛ける。乱暴にミケ様に当たる。あの方の寵愛が欲しくてしょうがない人がどれだけいるか、異世界人の皆さまが、ミケ様の主に話をして頂けないでしょうか!」
「あ、ああ……」
「は、はい」
「ウホホ、良いネタを手に入れたわー!」
そこ、空気を読んで!
この流れでそのセリフは言っちゃいけないわ。
「えっと……貴方はミケ……さんの事を、その愛しているんですか?」
「そんな恐れ多い! ですが……はい。あの方を幸せに出来るのなら私は喜んで受けますし、告白をしたいです。現に告白をする方は多いです」
これは萩沢くんには話せないわね。
あの萩沢くんが知ったらどうなるかわからないわ。
「幸成がめぐるさんに告白された事やクマ子とルシアちゃんに好かれている事でも騒いだ萩沢だ。ミケがモテルのを知ったらどうなるか……」
「ですが、最近はミケ様に告白する方は少ないです。あの方と幸せそうに歩く、あの姿を見たらみんな……わかりますので」
そこで引いちゃうんだ……?
ミケさんの萩沢くんが居ない時の顔と今の顔……。
なんとなくわからなくもない。
誰が一番大切なのか、誰が見ても一目で分かるってある意味凄い。
自然と好きな人達が諦めるほどの愛を見せる。
「まあ、めぐるさんの事を考えている時の幸成みたいな顔はしているのはわかる」
「茂信くん、そこで私をやり玉にあげないで! 恥ずかしいから!」
とにかく、それ程までにミケさんが萩沢くんを好きだってわかる訳ね。
しかし、黒本さんが笑顔過ぎる……。
もしかしてミケさんは黒本さんが思う様な状態だったりするのかしら?
そうだとしたら萩沢くん、大変ね。
「私はどうなっても良いです。ですが、ミケ様が幸せになれる様に……どうか!」
「……気にしないで、私も後で萩沢くんに言っておくから。大丈夫、貴方を解雇する様な真似はミケくんも望んでいないと思うから」
実はメイドを慰めながら告げる。
なんか、その姿は看護士と言うかカウンセラーと言うか、その手の職種の専門家に見えた。
普段はクマ子ちゃんの事しか頭に無い様に見えるのに、なんだかんだで人の事を考えられる優しい子なのね。
……最近、わからなくなってたけどね。
「……ありがとうございます」
「話してくれてありがとー」
って感じでメイドは部屋を去って行った。
「……」
「……」
「うふふふふふ」
黒本さんの声が木霊する室内で私達は黙りこむ。
というか、なんで黒本さんはこんなに楽しそうなの?
機嫌が良過ぎて、むしろ不謹慎よ。
後で依藤くんと一緒に注意しないといけないわね。
「萩沢にどう説明すれば良いのやら」
「この屋敷の人達にどれだけ萩沢くん好みの人がいたとしても、絶対に付き合えない、付き合ってもミケさんがチラつくのよね」
何か使用人達にも同情するけど萩沢くんも可哀想に見えてしまう。
誰も幸せになっていない様な……。
いや、ミケさんは幸せなのかな?
元凶であるミケさん。
貴方は結構深い業を背負っているわね。
良い事をしているはずのミケさんなのに、世の中上手くいかないのね。
「まあ、真相は知らせずに萩沢とミケが仲良く出来る状況を、俺達が維持して行けば良いだろう。それしかする事は無い」
「そうね……」
私はそこで腕を組む。
「最終的にミケさんが幸せで使用人達が揃って満足できる関係を萩沢くんと構築させる……」
それっていろんな意味で無理なんじゃないかしら?
こう……性別的な意味でも、何にしても。
萩沢くんとミケさんの相性が悪い。
いえ、今まで上手くやってきたんだし、仲は良いのよね。
何がダメで、これからどうしていけば良いのかすらわからなくなってきたわ……。
「ウフフフフ……愛に性別なんて関係無いのよ」
ガリガリとスケッチをしていく黒本さんに若干イラっとした感情を覚える。
貴方は本当に相談に乗る気があるのかしら?
いえ、無いわね。
むしろ進んで場を混乱させようとしている匂いすら感じる。
「とは言え、ミケは真正の萩沢好きだ。何が理由なのかは、わからなくもないが」
「ユニークウェポンモンスターってある意味、可哀想な魔物達なのね」
自身に武器を授けてくれた相手を一途に愛する。
そんな性質を持っているなんて……。
もはや呪いでしかないわね。
……幸成くん、大丈夫かしら。
確かクマ子ちゃんとルシアちゃんの二人と一緒にいるのよね。
「基本的に好く性質は持っているけど、ミケさんは輪を掛けて主人を好き過ぎだって話は聞くわよ」
ガリガリと描きながら黒本さんが答える。
突然冷めた口調で言うわね。
あなたのテンションもわかりづらいと思うけど。
まあ言ってもしょうがなさそうね。
「そうなの?」
「ええ、私だって何もミケさんだけを見て描いたりしないわよ。国の統計とか、体験談とかいろんな物を見て題材に向いているかを判断するんだから」
……なんとも知りたくなかった情報を教えてくれるわね。
黒本さんが反応する題材ってだけでも頭痛の種だと言うのに……。
というか、幸成くんと茂信くんは……まあ、理解出来る。
多分だけど、友情の延長線上のモノに美しさを感じているんでしょうし。
だけど自分の彼氏である依藤くんまで合わせるのはどうなのかしら?
想像とはいえ、浮気にならないの?
「それに萩沢くんってぶっきらぼうにミケさんに当たっている様に見えて、結構気を使っている所があるのよ?」
「最初はオスだからって捨てようとしてたよ?」
実が不快そうな顔で答える。
その辺りの経緯は聞いた。
何でも三毛猫は大半が雌だからユニークウェポンで仲間にして人化薬で彼女にするのが目的だったとか、萩沢くんらしいわよね。
「その辺りは姫野さんが止めたでしょ? その後の関係は良好だったじゃないの」
「うーん」
実も萩沢くんに関しては距離感と言うか何か許せない要素があって、必要以上に踏み込まない。
話によるとクマ子ちゃんがやっぱり関わっているみたいね。
「……実のクマ子ちゃんへの想いと同じって事なのかしらね」
「うん!」
実、元気良く頷かないで。悲しくなるわ。
ともかく、ミケさんと萩沢くんの仲は見た目よりも良好って判断で良いのね。
「ミケくんがモテモテだってばれなきゃ、良い結果に……行ければ良いなー。メイドさんと約束しちゃったしねー」
「うん」
「そうだな。萩沢かミケが正解を引き当てる結果を俺達は見守るしかない」
「ええ」
「そう、二人が結ばれる結末にね」
「……」
茂信くんの言葉に、私達は同意するしかなかった。
ただ、黒本さんが望む様な結果には、なんとなくなって欲しくないと思う。
何処かで妥協点が無いか、私も探そうと思った。
やがて日も暮れてきてパーティーが始まった。
希少な能力である私と聡美さんは出席せず、屋敷の二階の個室で、パーティーの様子を窓から覗く。
いや、家に転送で何時でも戻れるからと思って残っていた訳だけどね。
で、ミケさんが代表だからか、みんなの前で剣舞って奴を披露していた。
何だろう、とても惹きつける何かが籠った踊りだったと思う。猫なのに。
萩沢くんや依藤くんもアドリブなのか演劇に組み込まれていた。
最後は何故か萩沢くんがお姫様ポジションで立たされていたけどね。
何か勘違いした萩沢くんが女性達に声を掛けられてゆるんだ顔をしている。
「えー……それでは皆の者、異世界人の皆さまが再度来訪してくれた事に……乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
王様が乾杯の合図を出している。
王様までこのパーティーに来ているのね。
どれだけ賑やかなパーティーになっているのやら。
窓からチラッと見える範囲だと……屋敷の外までパーティー会場は拡張している。
この辺り二、三件の屋敷がパーティー会場と化している様だ。
軽快なリズムと楽曲が聞こえてきて、楽しそうな雑談が屋敷内にいる私達の元にも届いて来る。
参加したいけど……我慢しなきゃいけないわね。
茂信くんや萩沢くん、依藤くんや黒本さんがパーティーの代表席で何やら話をしている。
ちなみに食事の一部は私達のいる部屋に運び込まれていて、食事自体に困る事は無い。