地獄耳
「本が湿気るからあんまり水中戦は好ましくないんだけどね」
黒本さんが本を持って、呟く。
そして水中にいるフロスティグレイクラブに雷の魔法を放って感電死させた。
「美樹はやっぱ本があると強いな。大抵の魔法が使える訳だし」
「便利だとは思うわね」
剣術の依藤くんに書記の黒本さん……実際は魔法使いかな? 魔法書の類があれば自由に魔法が使えるらしい。
翻訳も出来て、絵も描ける。
そして魔法書で魔法が使い放題って黒本さんって凄い。
ところでその本は水の中なのに、どうして形状が保たれているのかしら?
さっきもらったお守りの影響なんだとは思うけど。
「お土産にサンゴ採ってって良いですか? お店のは少し高かったので」
「はい。大丈夫ですよ?」
聡美さんが同行しているラムレスさんに尋ねている。
日本だったらダメなんだろうけど、ここでは大丈夫みたい。
「希少なサンゴはもっと深い所で採れます。確かハギサワ様がネレイドの涙を調達した場所よりも奥地だったかと」
「そんな希少な物じゃなくて良いです! 記念に欲しかっただけなんで!」
「そうですか?」
日本基準だとサンゴって希少なはずだけど……異世界だと特に価値が無いのかしら?
「じゃあ少しだけ」
聡美さんが徐にサンゴを持っている刃物で叩きながら枝を折る。
「なんか悪い様な気がしますね」
「日本だと犯罪だったかしら?」
ここは異世界だし、警察とかに匹敵する騎士の人から許可をもらって採取した訳だから犯罪じゃないみたいね。
ダメなら言われるだろうし。
「気になるならこうしておくよー」
と、実が折ったサンゴに回復を施す。
するとジワリジワリと……サンゴが生えて来ている様に見える。
少なくとも断面図がもうふっくらと膨れていた。
再生が早いって事かしら?
「これですぐに元通りになると思うよ」
「日本基準のサンゴじゃないって事ね」
「みたいですね」
「とは言っても綺麗だからってバキバキ折って良いものじゃないでしょうし……」
「道具作成の材料に使ったりするぜ。薬とかさ。結構すぐ採れるから気にしなくて良いって。聡美ちゃんが見たのは商人の仕入れ用だと思うぜ」
萩沢くんがいつの間に採取したのかサンゴの枝を持って説明する。
道具作成の観点からしても用途のある物なのね。
「へー……ちゃんと需要は存在するのね」
「驚きですね」
「サンゴとか装飾品とか調度品なイメージだけど……」
薬としても使えるんだ。
「確か、場合によっては坂枝の鍛冶にも使うはずだし、用途は結構あるぜ」
なるほどね。
なんて雑談交じりに私達は海底を歩いて二手に別れて魔物退治をしたのだった。
そんな感じの強化合宿のお陰で私達のLvはサクサクと上昇し、私はLv32まで一週間半くらいで上がった。
みんなも同じくらいみたい。
そうして強化合宿のまとめというか、茂信くんの工房で習得した技能の報告会をした。
「ま、みんな各々実験したんだろうけどさ」
「ぶっちゃけ、殆ど変わらねぇから目新しいのはないな」
「まあ……そうだけどさ」
「あ、そう言えば聡美ちゃんのポイント共鳴と私の幸運が重複するって事が判明したよね?」
「はい」
Lv25で実は幸運という前にも習得した拡張能力が、聡美さんの持つポイント共鳴と重複する事を報告していた。
話によると依藤くん曰く、魔物を倒した際に得られるポイントが活性時……幸成くんと一緒にいた頃と変わらない数字を得られたらしい。
「その点で言えばめぐるちゃんと聡美ちゃんが興味あるな。何覚えたんだっけ?」
「えーっと」
とりあえずLv30までに何を覚えたのかを反芻しようと思う。
「まずLv20になった際に、引き寄せと言う拡張能力を習得しました」
「引き寄せってどんな技能なんですか?」
「名前から察するに……幸成の転移に似た感じで手元に持ってくるのに近いんじゃない?」
「概ね間違いは無いわ。物質転送に引っ付いた形で、千里眼で確認した物を引き寄せられるわね」
千里眼で確認して、物質転送の光に武器を投げて攻撃、引き寄せで手元に手繰り寄せると言う罠を兼ねた遠隔攻撃が出来るようになった。
使い方の幅がある拡張能力だと思う。
「ホント、羽橋の亜種的な事がめぐるちゃんは出来るんだな」
「幸成の場合は視覚転移一つで出来たけどさ」
「似ていても性質が違うからでしょうね。私は幸成くんより人を運ぶ事に適していると思う」
「羽橋の場合、この世界の連中を運ぶにしても魔力消費が結構あるとか言ってたもんな」
「Lvで強引に飛ばしていたみたいだったし」
「難点は千里眼で登録した所しか狙えないって事か」
依藤くんの分析に私は頷く。
「やり方次第だとは思うけど、今の所はそんな所ね」
引き寄せで出来る事と言うとこんな事くらいしかない。
幸成くんの視覚転移とは運用が根本的に違うんでしょうね。
敢えて真似をする事を考えると、相手の目の前まで私も一緒に行って、転送で逃げてから援護……は出来ると思う。
堅実だとは思うけど……うーん……少し使い辛いかな。
「俺やミケが前衛をして敵の注意を惹きつけ続けている限り、安全な所で援護射撃が出来るからその手は悪く無いと思う」
依藤くんはその戦い方に対して賛同している。
「まー……羽橋の援護射撃と比べちゃな。あの時は凄かった」
「戦闘組や国の騎士が居てもかなりヤバイ状況を援護射撃で敵を駆逐して行ったからな……援護射撃が期待できるって言うのは当人が思っているよりも助かるんだ」
「そんな物なのかしら……」
「ピンチになったら転送も使用可能なら生存率に関わるから、飛山さんはもっと誇って良いよ」
戦闘経験が豊富な依藤くんが言うのならそうなんでしょうね。
何事も使い方って事みたい。
「引き寄せはわかったぜ。じゃあ次、25で何を覚えたんだ?」
「地獄耳」
「地獄耳って……何か嫌な響きだな」
「千里眼に地獄耳だろ? 何かのゲームで見た事あるぜ。耳って事から……羽橋を参考にすると千里眼とセットで音声も聞こえるか、聴覚がとても良くなるかのどっちかだな」
「前者よ。千里眼でセットした場所の音声を拾えるようになるだけの拡張能力。便利と言えば便利だけど幸成くん程、使い勝手は良くないと思うわ」
音声だけだから待ち伏せとかにしか使えないのが難点よね。
「副次効果として転送の光を出した際、転送先の音も聞こえる様になるみたいだけど」
「それは便利なんじゃないか? 千里眼で登録していない所の音声も聞こえるのか?」
「ええ、確認したから間違いないわ」
なんて言うか、幸成くんの拡張技能と比べるとちょっと器用さに欠ける印象を受けてしまう。
かと言って、本来、幸成くんの転移って五分くらいの詠唱時間が掛るので甲乙付け辛い性能であるはずなのだろうけど。
視覚転移を少しばかり羨ましいと思ってしまうわね。
「一度行った場所なら大抵何処へでも行けて、音声を拾えるならかなり便利だな」
「く……まさに地獄耳じゃねえか! こりゃあ陰口も碌に言えねえ!」
な、なんか萩沢くんが悔しがっている。
私に陰口を言う事があるみたいな物言いね。
「千里眼もやり方次第じゃ覗き放題! プライベートなんてねえよな、うへへへ」
どんな想像をしているのかしら……。
「フシャー!」
……ミケさんの怒りはごもっとも。
まるで私を犯罪者に仕立てあげる様な台詞はやめて欲しいわね。
「よくよく考えてみれば羽橋の視覚転移もそんな使い方があったんじゃねえか! くっそ、俺だったらもっと上手く運用して見せるのに!」
「うん。萩沢に転移と転送が手に入らなくて良かったな」
「ええ」
「そうだな」
「くっそー!」
「フシャー!」
「わ、コラ! ミケ! じゃれるな!」
萩沢くんがミケさんに飛びかかられてブンブンと振りまわされている。
「わー萩沢君いいなーミケくんにじゃれられて」
「嬉しくねえよ!」
実がなんかズレた事を言っている。
アレはじゃれるに該当するのだろうか?
挙句、高い高いとばかりに空中に跳ねあげられて、天井にぶつかるギリギリの所を何度も行き来している。
結構怖そう。