蟹と虫
そうして一旦昼食を取る事になった。
私達が倒した魔物を村の人達が調理してくれている。
「カニだぜー」
萩沢くんがゆで上がったカニの殻をミケさんに何故か渡す。
「ニャー」
ミケさんが器用にカニの殻を割って身を綺麗に出して食べやすい様にして萩沢くんに渡す。
なんか楽しそう。
萩沢くんは徐に私の方へ顔を向ける。
「めぐるちゃんや聡美ちゃんは虫嫌いじゃねえよな?」
「好きか嫌いかと言えば私も女の子なんだから苦手よ?」
一体何を言いたいのだろうか?
なんでここで私が虫嫌いか否かを聞いているんだろう?
普通に虫は嫌いだし、好きじゃない。
「私は特に苦手って訳じゃないです。このカニの汁物も美味しいですよ」
聡美さんはカニの汁物を啜っている。
だし汁が美味しいとさっき言っていた。
「めぐるちゃんはカニは苦手? 食うのは嫌じゃねえよな?」
そりゃあ……カニが苦手な人は少ないんじゃないかしら?
アレルギーとか、そういう特別な事情が無ければ好きな人の方が多いと思う。
しかし萩沢くんの話すニュアンスはそういう意味ではない様に見える。
私が首を傾げていると茂信くんが苦笑いをしながら言った。
「あー……幸成ってさ、虫全般が苦手なのを知ってるでしょ?」
「ええ、確か森の中でも話をしたわよね? それが何か?」
と、思いつつ私はフロスティグレイクラブを茹でた茹でガニと焼きガニに目を向ける。
まさか……。
「そう、幸成の奴はカニとかエビとか絶対食わないんだ。前にその事で萩沢とかに語ってさ、危うく洗脳しかけてさ」
「ありゃあやばかった。羽橋がカニを虫だ、虫を今お前は食っているんだって囁いて来てよ」
「なんて言うか……解釈としてはわかるわね。ある意味徹底していて清々しいわ」
幸成くんの別の側面を見た様でちょっと嬉しい。
へぇ……そこまで苦手なんだ。
カニを虫にしか見なくて食べないって凄いなぁ。
私の友達や家族の中には虫が苦手と言いながら好物がエビフライとかカニとか言っちゃう子、結構いるのに。
そんな子達と比べると本当に嫌いなんだ思う。
嫌いな事を徹底して嫌いと判断出来る分、私は不快だと思わない。
とはいえ、萩沢くんの虫とカニは違うと思う気持ちもわかる。
どっちが正しいって事でもないしね。
「食うなって押し付けている訳じゃねえけど、あんまり良い気持ちじゃなかったぜ?」
「押し付けないなら良いと思うわよ。それこそ人の自由なんだしね」
「つーか羽橋ってなんであんなに虫が苦手だった訳? 坂枝なら何か知ってんじゃないか?」
「幸成は昔から苦手だったからなぁ……」
生理的に苦手って事かしら?
誰にでも苦手な事はあるし、しょうがないじゃないかな?
「ほんと……懐かしいわね」
黒本さんが何やらスケッチっぽい事をしながら呟いている。
「あの頃とは随分と変わったわ……異世界なのにみんなはしゃいで、あの一瞬を楽しんでいた」
「美樹は……異世界に来た事は嫌な事だったか?」
依藤くんが黒本さんに尋ねる。
すると黒本さんは依藤くんの頬を撫でた。
「最初は嫌だと思っていたけど不思議ね、今は全然嫌じゃない。森を抜けた後は、楽しい日々だわ」
「そう……か」
「隼人もそうだったでしょ?」
「……ああ、森の中でプレイヤー気取りでみんなと競い合っていた頃よりも、出た後の方が何倍も楽しかった」
依藤くんは遠い目をして頷いた。
「羽橋は……たぶん、楽しめていなかった。みんなを帰す事ばかり考えていて」
「そいつは間違いねぇな」
「幸成はなー……一歩引いてたな」
「羽橋は確かにそうだ」
「だからこそ、羽橋に俺は……楽しさを教えたい」
依藤くんの言葉に私は頷く。
間違ってはいないと思う。
「そう思うとみんないなくて少しさびしいねー」
「不謹慎だけど実ちゃんの言う通りだな。クラスの連中も連れて来れたら良かった」
あの時は色々大変だったけど、今ならなんとなくわかった。
能力を使って仕事は出来るし、ライクスの人達に必要とされる。
幸成くんを助ける、という切羽詰った事情が無ければ充実感を覚えても不思議じゃない。
「さーて、食事休憩はこれくらいにして、魔物退治を再開しよう」
と言う所で、先ほどから静かだったラムレスさん達が手を上げる。
「ヒヤマ様、ゲーム機の充電をしたいので一旦城下町に戻ってよろしいでしょうか?」
……それって今必要な事なのかしら?
この人達はどうしてそこまでゲームに夢中なんだろう。
「あー……夕方まで狩りをするのでゲームは後回しでお願いできません?」
茂信くんが苦笑しながら答えるとラムレスさん達は応じる。
「承知しました。では行きましょう」
なんだかな……幸成くんもこんな感じでお使いをさせられていたんだろうか?
彼等の反応見る限り、全て応えていたのかもしれない。
ちょっと同情してしまう。
昼食後に魔物退治を再開し、海岸沿いの村を拠点に各地を回る。
「あれ?」
その道中で実が海を見ながら首を傾げていた。
なんだろう?
「どうしたの実?」
「ううん。何でもなーい」
「ああ、そう」
「ここは……まだシーズンじゃないのかな?」
依藤くんも何か納得した様子で先を進んで行く。
何か地形的に四角形のコーナーみたいな物があるけど……今までの経緯から察するにユニークウェポンモンスターの巣くらいは想像出来る。
「ボスと魔物が再出現するんだっけ?」
「そうそう。今は留守にしてるんだと思うよ。前に幸成がここでグローブを強化した事があるだけさ」
「なるほどね」
なんて思いながら私達はその場を離れた。
で、近くの島に上陸して魔物退治とかもした。
本当……Lv上げの為とは言え、異世界の冒険者って大変だな……と最近思い始めている。
合宿も数日が経過すると段々地形を完全に把握してしまう。
で、その日は茂信くんが変わった鎧を用意してくれた。
後、お守り。
「倉庫の泡の衣が無くなっていた。これも改変の影響だと思う」
「そうか……ちょっと防御力が下がるけどしょうがないな。お守りじゃ不安だ」
「城下町の職人に頼めば直ぐに作ってくれるとは思うが……」
「そこまでじゃないだろ。人数分はあるし、じゃあみんなこの鎧に着替えてくれー」
茂信くんと依藤くんがそう言って、私達にバブルアーマーと言う鎧を支給してくれる。
バブルアーマー+10 付与効果 空気の膜(大) 水耐性(中) 水中行動(小)
……水中行動?
何か嫌な予感がしてきたわ。
「なあ坂枝ービキニアーマーを作ろうぜ」
「萩沢くん……」
私は笑顔で剣の柄を握り締める。
すると萩沢くんは首をぶんぶん振ってミケさんの影に隠れた。
「ビキニアーマーはロマンだろ?」
「ニャー」
ミケさんも頷いている。
そして何故か、萩沢くんのサイズを測っている様な……。
「俺に着せてどうすんだよ!」
「ニャー」
「コントはこれくらいにして、今日は海へ行こう!」
「うん!」
「海って……」
凄く嫌な予感がしつつ、鎧を着込んだ依藤くんがササっと海岸から海の方へ歩いて行ってしまった。
そのまま沈んで行っている。
そういえば……冒険者っぽい一部の人達もこんな感じで海へ行くのを何度か目撃した。
「ほらめぐるも聡美ちゃんもいこー」
実が私と聡美さんの手を引いて海へ……なんか無理心中とかさせられている様な感覚があるけど、大丈夫なのかしら?
なんて思いながら海へ入って行くと空気の膜が鎧を中心に発生して、特に濡れる様な感覚も無く海へと潜って行ってしまう。
「わあ……」
そのまま海の底を歩いて行くと、幻想的なサンゴの森を見つける。
凄い……スキューバダイビングはやった事無いけど、それよりも素敵な光景だと思う。
異世界って自覚する瞬間……うん。能力とかも驚きだけど、こんな光景に立ち会えるのは異世界ならではよね。
「おーい」
依藤くんが手を振っている。
私達は依藤くんの方へ向かう。
「今日は海底で魔物退治をしよう。ちょっと強いけど浅瀬なら俺達でも余裕だしね。問題は潜水時間だけどめぐるさんが居ればギリギリまで戦えるし」
「幸成君が居た時は海に凶悪な魔物が居てねーみんなの手伝いって事で、魔物の住んでいる洞窟に空気を転移させていたよね?」
「ああ、上手く立ち回れるようにって羽橋に頼んだ。結果的に羽橋の転移が良い感じにダメージを与えて、楽に戦えたのを覚えてる」
「あの後、幸成君大変そうだったよね。魔物の損傷を転移で修復するお手伝いを私がしたし」
「そうだなー」
思い出話に花を咲かせるのは良いけど、それって大丈夫なのかな?
「じゃあまた凶悪な魔物が出現する事もありえるんじゃないの?」
「まー……可能性はあるけど、国の騎士やミケがいる。それに冒険者が素材目当てに群がるから直ぐに討伐されるさ」
「そこまで強い魔物じゃないって事ですね」
聡美さんが依藤くんの説明に頷いた。
「土産物屋で見ましたよ海竜の鱗とか、絵巻とか……」
「そうそう、割と有名な話。あの頃は……俺はもうLv80はあったけどさ」
「それって大丈夫なの?」
今のLvは半分以下なんだけど。
「大丈夫大丈夫、出てきたら急いで逃げるけど」
「全然大丈夫じゃないと思うけど!?」
「そん時は飛山さん、よろしく!」
「はあ……わかったわ」
「ちなみに武器もちゃんと使ってくれよー」
茂信くんが別の剣を持たせてくれた。
何か帯電しているように見える剣。
こんなの水中で振りまわして感電しないのか不安ね。
ただ……なんかメタルタートルの剣よりも手に馴染む気がした。