塩昆布
それから更に数日後。
今回来たのは海辺の村だ。前日に到着したけど、その足で直ぐに帰ったのであんまり詳しく見ていない。
翌日にみんなを集めて転送した。
「おー! ここは前に来た海の家だな。アレ? 宿屋がしょぼいぞ?」
「改築したのはクラスの連中だろ?」
「あー……なるほどな。羽橋が転移でってするには無理があるか」
萩沢くんと茂信くんが何やら私にはわからない話をしている。
「改築って……何かしたの?」
「前にみんなで来たんだよ。で、依藤、今日は海岸で魔物退治か?」
「その予定だ。今日は美樹も来てるし、出来る限りLv上げをしていきたい」
「そう言えば美樹さん。幸成くんの消息は掴めた?」
「少なくとも二百年前の記述には無いのが分かっているわ……何分、資料が多いのも然ることながら彼ってあんまり目立つ事を好まないでしょ?」
黒本さんが若干疲れた様子で教えてくれる。
確かに……なんて言うか幸成くんって普段は茂信くんに手柄を譲ったりしている人だ。
みんなを元の世界に帰したい、生活を楽にさせたいと思って行動したから今は有名人なんだろうけど、過去でも同じ事をしている訳じゃないと思う。
むしろ必要の無い騒ぎは避けるタイプのはず。
更に言えば幸成くんの能力は転移。
行方を眩ませるのにこれ程適した能力も無い。
「私の知るライクスの歴史とも随分と違いがあって記憶とすり合わせるのも大変だし……」
「そうなんですか?」
「ええ、正直に言えばライクスの人口、国土は私達が前に居た時よりも大きくなっているわね」
「幸成が歴史を変えた所為か?」
「でしょうね。浮川さんの証言通りに過去に日本人が来訪しているのは事実だけどね。かなり変化があるのも事実」
そう言って黒本さんは海を指差す。
「例えば、私達の記憶が確かなら遺跡が海にあるはずなのに、存在しないそうよ」
「ああ、並行世界の萩沢が作ったらしい遺跡な」
「そういやねえな」
「歴史の変化によって作らなかった……と言う事でしょ。ただ、別の場所に遺跡があるらしいから一概に言い切れないのが恐ろしい所ね」
「萩沢……別世界のお前はどんだけ遺跡作りが好きなんだ?」
「ニャアアアン」
「うっせー! それは俺じゃねえよ!」
依藤くんが萩沢くんとじゃれあっている。
黒本さんがニヤついているのを私は見逃さなかった。
「この村の名産品はー塩昆布? あ、干物もある。甘い物はあんまりないか……名物はカニの汁物かー……美味しそうです」
聡美さんはまたも土産物屋でチェックをしている。
最近気付いたんだけど、聡美さんの趣味はどうやら土産物屋で食べ物を買う事みたい。
彼女の部屋には沢山の名産品が保存してある。
時々食べているのを見るし、私達にくれる時があるのよね。
代表的な物で言えば温泉まんじゅうかな。
「海ークマ子ちゃんと泳いだ海ー!」
実は海に向かって叫んでいる。
異世界に来てからますます子供っぽさに磨きが掛ってきている。
実を連れてきたのはいけない事だったんじゃないかと私は最近、悩み始めている。
「ともかく、色々と待っていて、まだ調べきれないから」
「ええ」
「腐の会合も重なって調査が遅れ気味ね」
……今のは聞かなかった事にしておこう。
最近、黒本さんが魔女っぽい格好で凄く楽しそうに出かけて行ったのを私は目撃した。
息抜きは必要なんだろうけど、もう少し隠してください、お願いします。
そもそも、この世界の文字を私は習得出来ていない訳だし、黒本さんに強く注意する事も出来ない。
しっかりと仕事はしているのかもしれない分、歯がゆい。
「ある程度Lvを上げた時に出る復元の拡張能力が欲しいのよね。国の人に修復させても良いのだけど、その場合、訳して読むのが難しいの。失敗するととんでもない事になるし」
うん……下手に口出しは出来そうにないなぁ。
これで怠けていたら注意出来るけど。
「そんな訳で隼人、頼んだわよ」
「おう! 飛山さんが各地を巡ってくれているお陰で、効率の良い狩り場を回れるし、坂枝が用意してくれた装備のお陰で武具も潤沢、魔物から得られる経験値が低下している事さえ無視すれば直ぐに上げられる!」
「期待しているよ」
「ニャー!」
「じゃあ人数分けはどうする?」
「国の騎士も協力してくれるし二手に分かれてガンガン上げていくぞ! 強化合宿だ!」
依藤くんが教官みたいな感じで剣を地面に突き立てて言い放った。
「「「おー!」」」
そんな訳で私達の強化合宿……夜になったら城下町に帰るので合宿じゃないか。
が、始まった。
茂信くんと萩沢くんと黒本さんは出遅れ気味なのでLvの高いミケさんと一緒に海岸沿い……私達とは反対方向の魔物の巣へ討伐へと騎士達と向かった。
私達の方にも騎士であるラムレスさんとか付いて来ていて、編成は立派だ。
「早く強くなろうね」
実もなんかやる気を見せている。
こっちは割と万能な回復系能力の実がいるお陰で技を出し放題って依藤くんが言っていたっけ。
フロスティグレイクラブという魔物が海岸沿いで出現する。
とても大きなカニの魔物。
「懐かしいな……前も羽橋と一緒にここで魔物を狩ったっけ……あの時よりLvは低いけど……ふん!」
砂を掻き分けて出現したフロスティグレイクラブを依藤くんは剣で一刀両断にした。
「あの時は俺の必殺技を見せたっけ……」
「へー……それって剣を光らせて切り裂く……天魔一刀だっけ? それ?」
「ああ、羽橋とはあの頃はまだ距離があってさ……あんまり戦闘向けの連中がどんな能力を持っているか話してなかったんだ」
依藤くんを始めとした。私と聡美さん以外の人達は依藤くんがどんな能力を持っているのかをなんとなく知っている様だった。
私みたいな、移動系の能力者と、茂信くんみたいな生産系の能力者はやっぱり習得する拡張能力が違う様に、戦闘系の能力者も違いがあるそうだ。
やっぱり戦闘向けの拡張能力を覚える事が多いんだって。
依藤くんがズバズバと魔物達を屠って行く。
私達も手伝いをしているけれど、出遅れ気味かしら……ね。
本気の戦闘向け能力者の戦いと私達とでは違いがあると言うのをマジマジと見せつけられた気がする。
もしも森の中で小野くんの暴走が無かったら……谷泉くんに私達は勝てたのだろうか?
「どうしたの?」
「いえ……谷泉くんに反抗するために密かに戦ってLvを上げていたけど、小野くんの暴走が無かったとして、勝てたのかなって依藤くんを見て思ったのよ」
「うーん……谷泉は戦闘系でも魔法系統に近いからな……がんばれば勝てたとは思う。谷泉よりもLvを高くしなきゃ行けなかっただろうけどさ。それにあの時はメタルタートルの剣があっただろ?」
依藤くんは魔物を屠ってから振り返って答える。
「あの剣さえあれば谷泉は実質無力化出来たと思うから……うん、勝てるよ」
「そう……じゃあ、依藤くんと戦ったら?」
「同系統と言うのもあるし、単純な近接戦闘だったら……俺に勝つのは難しかったと思う。あの時の戦力で勝つんだった羽橋がグローブを着用したら俺に勝てたと思う」
戦闘と言う面において、やはり依藤くんはエキスパートと言うのを私は感じる。
「……もしも小野が居なくて、坂枝と飛山さんが谷泉を倒したら……あの頃の俺はきっと、坂枝達を蔑みつつ渋々従っていたんじゃないかと思う」
依藤くんはそう……自嘲するように言った。
「なんていうか、隠れて俺達よりも強くなって馬鹿にしようとしているんだとか、強さの秘密を隠してやがったなとか内心思っていたんじゃないかな」
「依藤君……」
実がそんな落ち込む依藤くんの肩に手を置く。
「きっと依藤君が思っているよりも良い方向に進んでいたと思うよ?」
「……」
聡美さんがそこで嘆く様に首を振る。
だけど、諦めないと頷いてから答える。
「確か依藤さんは幸成君が取り寄せた漫画雑誌を夢中になって読んでいたって言ってましたよね。幸成君が話をしてくれさえしていれば、きっと仲直り出来ましたよ」
「そう……だけど……羽橋が教えてくれたか……」
あ、やっぱりそう思うんだ?
確かに、幸成くんだけだったら隠していそう。
でないと命に関わるし。
「いえ、きっと形こそ違えけど、教えてくれたと思います。私もいましたから」
あの時、私と幸成くんは秘密を共有していた。
帰れる事は隠していたけれど、日本の物を取り寄せられる事を茂信くんや萩沢くんには教えていたんだし、証拠として持ってきてくれるはず。
「それに私達の仲間に萩沢くんがいたのよ? あのおしゃべりの萩沢くんが谷泉くんに勝って拠点組も戦えると証明したら喋らないはずはないと私は思うわ」
「確かに。となると……自然と依藤君の手には漫画雑誌が来るんじゃない?」
「……そうか、うん。それで仲良くなれたら良いな」
私達の説得に依藤君は顔を明るくさせる。
「美樹と仲良くなったのも、漫画を描けるからだったし。うん、きっとそうだ」
よし! っと依藤くんは声を上げた。
「羽橋を迎えに行く為に、俺達は進んで行こう」
「うん」
と、私達は海岸沿いの魔物を倒して回り、洞窟の魔物を倒してから一旦村に帰った。
やはり依藤くん曰く、魔物の数は少ないそうだ。