名前
「あ、私もそう思ってました」
姫野さんも同意して頷いて行く。
「これから私は羽橋くんを幸成くん、坂枝くんを茂信くんって呼ぶから私もめぐるって呼んでよ」
「私も、実って呼んで欲しいです」
「うーん……みんなの前で親しげに呼んでいたら何かあったかって疑われない?」
俺の言葉に二人は納得は出来るけど……って顔になる。
ちょっと空気読めなかったかな?
とはいえ、今は谷泉達に疑われる様な行動は避けたい。
「幸成、そこは気を使って頷けよ」
茂信は呆れ気味に言われた。
「わかってるって、俺だってなんか距離が近づく感じで良いなとは思うけどさ……」
という所で二人揃って見つめて来ない。
名前呼びで行こう、という合図なんだろう。
「……わかったよ。じゃあこうして出かけている時だけめぐるさん、実さんって呼ぶね。みんなの前じゃ出来る限り名字呼びにするけど良い?」
「まあ、しょうがないね」
「うん!」
そんな訳でなんとなく飛山さん改めめぐるさんと実さんと距離が縮んだ気がした。
そんなこんなでロックリザードを転移させた俺達は来た道を戻って倒せそうな魔物を時間まで戦って行った。
塵も積もれば何とやら、茂信も同様に4になった所で時間になったので一度帰還した。
「おかえり」
萩沢が工房の受け付けとばかりに座って挨拶をしてくる。
「どうだった?」
「あんまり奥に行くと危ないな。後、飛山さ……めぐるさんがLv5になって能力拡張、千里眼をゲットした」
「おお! どんな能力なんだ!?」
萩沢もその辺りは理解してくれて、我が事の様に喜んでくれる。
まだ二日目だが、仲間意識の様な物が芽生えてきたのかもしれない。
もちろん俺もそういう感覚がある。
「登録した所を遠くからでも見る事が出来る能力だよ。幸成くんが死骸を転移させる時に、大丈夫か確認出来るの」
「便利と言えば便利だけど……」
「見張りにも便利!」
馬鹿にはさせないぞ。
設置位置によっては見えない位置まで把握出来るんだからな。
「今、飛山さんを羽橋が名前で呼ばなかったか?」
「戦友だから名前呼びOKだとさ。萩沢も呼んでもらえよ」
「マジで!?」
とテンションを上げると逆に二人は作った様な笑顔を始めた。
これが噂に聞く、苦笑いという奴だろうか。
二人には悪いが、萩沢だって男だ。
女の子に名前で呼ばれる事に多少の憧れ位あるだろう。
これがイケメンだったり、普通よりも社交的だったなら別だが、萩沢は良くも悪くも普通の男子高校生だからな。
「そうだけど……その反応だと呼びたくも呼ばれたくもなくなっちゃいそう」
「えー! お願いします! 呼ばせてくださいよー俺の名前は萩沢大って言う名前があるんだからよ! 大くんって呼んでくれよ」
「大くーん!」
「野郎が呼ぶんじゃねぇ!」
なんて感じに和気あいあいと一旦休憩として姫野さんが結界能力者の元へと出かけて行った。
その間に、萩沢が隠した死骸を取り出して解体しておく。
やがて昼飯となり、配給される僅かな食事を食べながら……って肉はここにある訳で。
「茂信の工房に火を入れて調理を誤魔化せないか? Lvも少しあるし腹を壊さないかもよ?」
「出来なくは無いが、あんまり火力が出る訳じゃないぞ」
金属を打つ程じゃ無く完全にかまど程度の物だけど、茂信に用意された工房では火が使えた。
能力で作ってるわけだから維持できている様な気がする。
本格的な物はいつか作られるかな?
「じゃあ萩沢に保存食にしてもらうか」
「そこなんだが、こういうのはどうだ? 戦闘組の中に名前は言えないけど、この状態を憂いて食料を横流ししてくれている奴がいる、というのは」
「……悪くないな。別に俺達は戦闘組と仲違いしたい訳じゃないし、そういう事にしておけば後々関係の修復もし易くなるだろうしな」
問題は俺達が誰から受け取ったか、だが。
そこは善意の匿名希望者、という事にしよう。
手紙でも書いて、気付かれない様に置くのも悪く無い。
ともあれ、萩沢に保存食にしてもらってから配る感じだ。
そうすれば能力を介しているから食中毒にならない。
「じゃあ俺が能力で保存食にするぞ。ヒャッホー! 豪勢な肉が食えそうだぜ!」
萩沢は現金だな。
「それで気になったんだが、大く……萩沢」
「ん? なんだ?」
野郎に呼ばれるのは嫌だと断った萩沢に少々含みのある感じで尋ねる。
「キノコの胞子とかを集めて能力外でアイテムを作れないか?」
「うーん。出来なくはないが、効果は保障できないぞ?」
「もちろん実験も兼ねてるから問題ない」
「つーかその程度はお前等も出来るだろ。俺に頼るなよ」
「いや、そこは萩沢の担当かな? って確認を取ろうと思ってさ」
頼らずに自作や他の器用な奴に作らせたら谷泉と同類だろ。
「羽橋……いや、幸成……」
なんかウルっとしてる様な顔で萩沢が俺を見ている。
今日も配給された飯を分けてやった事が実を結んだか?
ちなみに俺は親からもらった弁当を転移してから食って戻って来た。
若干……いや、かなり罪悪感はあるが、少ない食料を俺が消費するのもどうかと思うので、みんなに分けた、という感じだ。
「わかったよ。作っておく」
「異世界なんだから機材の調達とか出来たら萩沢のアイテム無双が始まるかもしれないのにな」
そういうマンガや小説はあるもんな。
状況が変わった時、谷泉はどう思うのか……そう考えるとちょっと楽しみでもある。
「ホントそうだよ!」
「まあそうなったら萩沢ハーレム開始という事で優遇してくれよ」
「野郎に慕われてもな……」
なんて悪態を突きながら次の出撃に備えて親交を深めたのだった。
「さーて、今度は俺の番だな!」
休憩を取ってから再出発となった。
萩沢も俄然やる気を見せている。
ああ、姫野さんが結界能力者に拠点回復を施してからが始まりだぞ。
「魔物の強さからそこまで奥には行けないぞ? 装備品もまだ弱い様なもんなんだし」
「わかってるって、出来る限り安全に行くのが鉄則だろ?」
萩沢がキノコの胞子を集めた小袋を俺達に見せる。
実験もあるのか。
「当面は幸成が倒せるメタルタートル辺りを狙って行けば良いだろ? 集めておけば損はなさそうだし」
「だな、ポイントがかなり高いが作れれば切り札に成りえる」
「了解……萩沢と茂信を早くLv5にさせたかったが……」
「幸成、お前は?」
「茂信、良く考えろ。めぐるさんと俺は似た能力だ。つまり出る拡張能力も似たり寄ったりになる可能性が高いだろ」
「私は違うと思うけどな」
めぐるさんがそこで否定する。
どっちにしても系統が被っているのだからあんまり期待しない方がダメージは少ない。
「例えば発動時間短縮とかあったら幸成くんは物凄く強くなるでしょ?」
まあ……と俺も同意する。
俺の能力の一番の問題は発動までに5分も掛る事だ。
これが即座に作動したら相当厄介な能力でプレイヤー組の方に入れられていたはずだ。
今更なる気は無いけどさ。
というか……俺だけ日本に帰る事が出来るメリットに対する代償が大きいんじゃないか?
脳裏にそんな可能性が浮かぶ。
日本に帰れるというだけで非常に効果が優秀なんだから、その分マイナスがあるって感じで。
だからあんまり拡張能力に関しては期待していない。
「どっちにしても幸成くんも期待して行こうよ」
「そ、そうだね。じゃあ、また出発しよう」
「ふふ……」
実さんが何か微笑んで俺達を見ている。
きっと少しずつ上手く行って来ているからだろう。
「じゃあまた転送するよー転送先に魔物もいないみたいだし」
めぐるさんが手をかざしてポータルを出現させる。
「戻ってくるまでにLv5になれる様、がんばろうぜ!」
意気揚々と萩沢がポータルを潜り、進んで行く。
「じゃあ行ってくるよ、茂信」
「ああ、上手く誤魔化しておくよ」
茂信に手を振って俺達は出発した。
ぶっちゃけ現在はLv上げの段階だからな……目新しい発見の類は報告されていない。
あんまり奥に行くと危ないし、俺達は装備でどうにかしている様なもんだからなぁ。
なんて感じに大胆に辺りを捜索する。
割と魔物との遭遇率は高い……かな?
プレイヤー組がどんな拡張能力を得ているのかわからないけど、拠点組の俺達はそこまで強くない。
出来れば気配察知とかあれば良いんだけどな。
そんな感じで出てくる魔物を倒して行った。