森の変化
「あっれー……おかしいな?」
西を目指して歩いていた所で、依藤くんと萩沢くんが首を傾げる。
もちろん、その理由を私も理解している。
記憶の中にある森と形状が違う。
前は遺跡群みたいな物があったんだけど、そんな物は無い。
あっても規模が小さい。
幸成くんが改変した影響なのかな?
そして出てくる魔物が若干強い。
森に入った直後にヒヤシンスロックリザードという、もう少し奥地に行かなきゃ遭遇しなかった魔物と出会った。
ただ、Lv1でも依藤くんが容易く近づいて鉈で斬り伏せていたんだけど……ね。
経験値とポイントはこれだけ人数がいたらそこまで入らない。
「地形が若干違うな。経験値も少ない」
「ああ……」
茂信くんに全員分のポイントを渡して装備を作ろうとする。
以前もそうしたけど、今回は自然とそれが行なわれた。
「あと、誰かポイントの隠蔽はしていないんだよな? 手に入るポイントも少ないぞ?」
私は首を振る。
そもそもそんな事をする理由もない。
良い装備があった方が良いのはこの場にいる全員の認識だと思う。
「活性化現象で、ポイントのインフレがー……とか言ってたじゃん。今、それが無いんじゃね?」
「ああ、なるほど。となると、前来た時より面倒かもしれない」
「いきなりロックリザードだもんな。魔物は強い、経験値とポイントは少ないとなったらハードモードだ」
「だとすると最悪なんだがな……」
「みんな怪我してないよねー?」
実の言葉にみんな頷く。
私は……みんなより一歩出遅れている気がする。
かと言って、前に出て何か出来る訳でも無い。
経験が圧倒的に足りない。
ちょっとみんな急ぎ過ぎなんじゃないの?
前回よりもペースが早くてビックリしてばかりね。
「おっと! よっほ! よーし勝った!」
あの萩沢くんでさえ、フットワークを軽くして遭遇する魔物を仕留めている。
随分と手馴れた動き。
凄過ぎて絶句してしまう程、素早い。
「私も前に出るべきよね」
腕をまくって武器を取り出そうとすると大丈夫だって茂信くんが手を広げる。
「ここは任せて、この程度の雑魚は男達で対処出来るよ」
「戦闘に不慣れなのは……浮川さんだよね。何か使用したい武器とかあるかな? 場合によっては即時にそれっぽいの作れるようポイントをプールするけど」
「えーっと……坂枝さんの見立てにお任せします。能力を使用する時は言ってください。私の能力で何か役に立つ事があるかもしれませんから」
「OK」
「場合って? なんか意味がよくわからないんですけど」
茂信くんの説明がどうもよくわからない。
どういう場合に備えているんだろう?
「羽橋のグローブって言えばわかる?」
萩沢くんが説明してくれる。
「あ、うん」
「対応した武器で、対応した魔物を倒すと戦力増強するからさ」
「な、なるほど」
幸成くんってボクシングで伸し上がったの?
実の反応からそういう部分はありそうだと思っていたけど。
「ま、運が良くないと森の中でそんな事、発生し辛いだろうしなぁ」
「依藤がいたんじゃなー」
「それっぽい武器を持ってる奴と遭遇したら譲るさ」
「おー」
ともかく、若干私は出遅れ気味だった。
そんな日の夜の事。
さすがに最前線で休息を取る必要は無く、拠点としていた場所に転送で戻ってみんなで休んでいる。
火を囲み、思い思いに休んでいる光景は、クラス転移が発生した時の事をなんとなく思い出させてしまう。
ただ、茂信くんを初め、みんなそこまで気にしてない様に感じた。
……一人、依藤くんを除いて。
「……」
火を凝視しながら、依藤くんは常に気を張り続けている様に見える。
みんな楽しげに談笑をしていてもそこは変わらない。
ただ、唯一息抜きをしている時と言ったら漫画を読んでいる時くらいかもしれない。
「依藤、あんまり気を張る必要ないだろ」
茂信くんがポイントと素材を材料に武具の作成を行っている。
今日手に入った素材で依藤くんの装備を作っている最中だ。
予備は他のメンバーに回す、を繰り返す事になっている。
「いや……ここにいるからこそ、俺は気を抜く訳にはいかないんだ」
と、依藤くんは私を凝視している。
「絶対に……俺は羽橋の為にも、みんなを生きたままこの場所から抜け出させないといけない」
「羽橋みてーな事言ってんじゃねぇよ。もっと気楽にいけって」
「そうよ隼人、貴方が無茶して死なれたら私は元より、羽橋君も困るわよ」
黒本さんが依藤くんの肩を叩いて注意する。
「だけど、絶対に来ないと思っていたチャンスが来たんだ。俺は……何があろうと守りきりたい。これは俺が決めた事なんだ」
「あーもう……ここにきて羽橋二号の誕生だな」
萩沢くんが手に負えないと両手を上げて答える。
そんな光景をぼんやりと見ていると、茂信くんが私に聞いてきた。
「めぐるさんも何か言ってあげてよ」
「とは言っても……私はどうして依藤くんがそこまでこだわるのかわからないわ」
そう、異世界に来て、思い出したみんなの話を聞いても依藤くんがここまでの意気込みを見せているのか把握しきれていない。
この態度を見る限り依藤くんも何か思う所があったんだろうけど……。
「……飛山さん、俺は……さ。飛山さんが強く小野を糾弾していなかったら、殺されていたんだ」
「ああ……」
あの時の事を思い出す。
小野くんが動けないみんなを、プレイヤー組と評された者達を一人一人殺して行った時の事。
一人でも助けたい思いで私は前に出た事を覚えている。
あんな……人殺しを平然とやってのけるなんて間違っている。
「だけど、代わりに飛山さん、君が殺された。飛山さんの恋人……だった羽橋がそのすぐ後に転移の力で剣を引き寄せて勝ったけど……それでも、俺はあの時に助けられたんだ。飛山さんと、羽橋に……」
だから! っと依藤くんは強く拳を握りしめる。
「だからこそ、動けなかったあの時の様な事は無いように、気を抜く訳にはいかないんだ。この場所だからこそ!」
「……そう言う訳。まあ俺が武具を作るし、みんな魔物が襲ってきたらすぐに戦えるようにしておいてくれ。依藤が無茶をしない様にさ」
茂信くんが苦笑しながら依藤くんを見て言った。
なるほど。
依藤くんは依藤くんで、あの後、私が死んだ事に責任感を抱いていたのね。
「依藤くん」
「なんだい?」
「一つ大きな勘違いをしているから言うわ」
私は、幸成くんにも言おうと思っている事を依藤くんにも言う事を決めた。
「私はね。誰かの重荷になる為に死んだ訳じゃないわ。私は、私が思った正しい選択を信じて進んだだけ。自己犠牲なんて高尚な物じゃなかったとだけは自覚して言えるわ」
そう……じゃなきゃ、全てが夢だと錯覚してしまいそうな日本での出来事で何も出来ずになんていなかったはず。
例え狂っていると周りに後ろ指を刺されても幸成くんの存在を声高々に言えずにいたのがその証拠。
結局、私も聡美さんに会って確信を得られるまで何もしなかったのは同じなんだから。
「だから、全てを背負うなんて事をしないで。私はそんな高尚な人間では無いし、自分の身すら守れなかった愚か者でしかないんだから」
あの時、咄嗟に幸成くんを庇ってしまったけれど、他に如何様にも手があったかもしれない。
私の選択も間違っている。
もしも、あの時……別の結末があったらきっと私も何か後悔していたに違いない。
「幸い、チャンスはやってきた。なら今度は失敗しない様に、みんなで乗り越えて行けば良いだけよ。犠牲になんてなる気持ちで事に挑まないで……みんな、仲間なんだから支え合いましょう。本来、クラス転移をした時にしなければいけなかったのは、こういう事でしょう?」
私の言葉に依藤くんは僅かだけど固くなっていた表情を和らげた様に感じた。
「なんか……少しだけ救われた様な気がする。そうだな……今度こそ、絶対にやり遂げて見せる!」
と、依藤くんは微笑んだ。
彼も……気にしていたんだ。
この人は私達の味方なんだってわかった。