共鳴
「それで……あの、まず順を追って説明を聞いて良いかしら?」
「はい。これ出会いの記念にどうぞ」
近くの喫茶店に入り、椅子に腰かけてから私は浮川と名乗った女子生徒と話す事になった。
で、何故か飴玉を一つ私にくれた。
「まず貴方が……その、あのクラス転移を起こした黒幕って話」
全ての事件の黒幕が、当然の様な顔で現れるってこんな気持ちなのかしら?
なんとなく彼女が犯人だと、到底私は思えなかった。
だから、まず事情を聞く事から始めないといけない。
「ええ……正確には、並行世界の私が起こした、と言うのが正しいです。この世界の私は天ノ神高校に入りませんでしたので……」
――並行世界。
クラス転移事件の記憶が無かったら恥ずかしい妄想か何かに付き合わされているんじゃないかと思ってしまう台詞が飛び出している。
ここで適当に相槌を打ってそのまま距離を取る事は簡単だけど、彼女は幸成くんの名前をしっかりと言った。
私がクラスメイト達に尋ねた事を何処かで聞いた可能性だってありえる。
けれど、信じなきゃ始まらない。
何も手立てが無く、このまま過ぎるよりはマシだ。
「始まりはどうしてクラス転移したのかわかりません。ですが、並行世界の私がいた世界の、飛山めぐるさん。貴方と羽橋幸成君がいたクラスが巻き込まれました。その時の召喚で、クラスメイトを殺すクラスメイトが現れ……その時に芽生えた殺意により、結果的に私は召喚儀式に取り込まれてしまい……様々な並行世界のあのクラスのみんなを召喚しては殺し合いをさせていました」
……凄く難しい内容。
だけど、クラスのみんなからしたら私の言葉もきっとこんなふうに映っていたんじゃないかと思う。
浮川さんはそれからすらすらと何があったのかを教えてくれた。
蟲毒という、クラスメイト同士が殺し合う事で能力を習得していく忌むべき能力と、あの森での陰惨な出来事。
並行世界の私と幸成くんとの馴れ初めと悲劇。
召喚儀式に寄生されて悪霊となって小野くんや谷泉くんみたいな者達を裏で操って殺し合いをさせた事。
結果的に幸成くんに助けてもらい、その出来事全てを無かった事にして今に至る。
「だから死んだはずの私や他の人達が生きて日本に戻れたって事なのね」
「はい。全て、幸成君のお陰です」
にわかには信じられない事だった。
だけど、私の話と辻褄は合う。
私が死んだ後の、幸成君の軌跡を垣間見た様な気がした。
貴方は……そんなにも立派な事をしたんですね。
「それで……じゃあ貴方はどうしてこの世界に? 並行世界の存在なんでしょう?」
「そう、ですね。私は当事者の浮川聡美ではありません。ですが、当事者の浮川聡美が助けられた恩に報いるために持てる全てを掛けて起こした……奇跡だと思っています」
浮川さんは更に話を続けた。
ある日の事、浮川さんはその異世界と並行世界での出来事を夢に見たのだと言う。
全てが無かった事になり、元の世界に戻った浮川さんと並行世界の私達。
何事も無い日々の思い出と助けられた事実。
絶対に恩を返すとの決意。
ただ、それでも所々抜け落ちているそう。
想いは世界を越え、奇跡を起こした……と言うのが彼女の言葉。
「今の私は確かに幸成君やめぐるさんとは何の関わりもないかもしれない。けれど、私は力になりたい。その為に生まれた様な気さえしているんです」
っと、浮川さんは身を乗り出して私の手を握る。
その瞳は真剣そのもので、嘘を言っているように見えなかった。
「あの……話はわかりました。……質問なのですが、何故こんなにも時間が掛ったんですか?」
「それは……わかりません。記憶がやってくるのに時間が掛ったのではないかと思うくらいしか……すいません。もっと早く並行世界のメッセージが届けば良かったのですが……」
浮川さんは本気で落ち込む態度で視線を逸らした。
嘘は言っていないんだと思う。
「それと、これからどうしたらいいのか、貴方は知っているんですか?」
手立てが全くない……それは確か。
だからこそ、私は何も出来ずにこうして無駄に時を過ごしてしまっていたのだ。
「その点は、問題ありません。メッセージを聞き届けた私がいるなら解決できます」
そう言って、浮川さんは私の手を強く握り締め、祈る様に額に当てる。
すると……ザザ……っと砂嵐を起こし……クラス転移をした際に見たステータス画面が浮かんできた。
ただ、微かな文字しか読み取れず、砂嵐が強い。
「こ、これは……!?」
「もう少し待っていてください。まだバイパスが弱くて……」
やがて薄くステータス画面が浮かんで安定した。
「こんな物でしょうか」
「貴方は一体……」
信じてはいたけれど、異世界の力を露わした浮川さんに私は驚きの声を出すしか出来ない。
「蟲毒だった私と……私、いえ私達が新たに得た力は『共鳴』の能力。手を触れた能力者の能力を引き上げ、共鳴する事が出来る力です」
若干苦笑いをしながら浮川さんは答える。
――共鳴。
能力と聞いて、懐かしい様な、辛い様な、複雑な感情が思い出される。
あの森で私達は様々な能力を使えた。
能力の性能云々で嫌な事は沢山あったけど、浮川さんの能力を見て、今は希望の様な物を感じる。
「まあ、手を繋いでいないと発動出来ないんですけどね。この力によって私は並行世界の私と記憶をリンクさせているのだと思います」
「凄い……」
私の記憶が嘘じゃないんだと証明されて嬉しい気持ちになる。
思い出の中にあった力と表示が、僅かだけど目の前にある。
「話はしました。ここで一つ、飛山さんにお尋ねしたいと思っています」
「なんですか?」
浮川さんは私に真剣な目で聞いて来た。
「貴方は、どうしたいですか?」
「え……?」
どうしたいと言うのは一体どういう意味だろう?
「飛山めぐるさん。貴方が持つ、その記憶は偽りでは無い。時空が改変された所為でクラス転移が無かった事になった。けど貴方の能力が改変に抵抗したのをここで証明しました。事実か偽りかの疑問は無いでしょう」
私が思い出した記憶、その記憶が嘘ではなく、幸成くんがいた事を証明された。
「ここで敢えて尋ねます。証明されて尚、貴方はどうしたいのか?」
気付いた。
これは浮川さんが私に確認を取っているんだ。
証明し、その先に何をしたいのかを。
幸成くんが成し遂げた結果の先。
幾重にも可能性が私の目の前に提示されている。
「ここで満足し、全てを胸の内に入れて幸成君がくれた平和な日々を過ごして行くのは、幸成君が望んだ結末だと思います」
事件があって学生生活は波乱に満ち溢れていたけれど、最近は落ちついて来た。
三年生は受験勉強が大変になるけれど(既に大変でもある)平和な日常……危険は殆ど無いに等しい。
幸成くんは私達クラスのみんなを想って、その選択をした。
浮川さんを助け、無数の並行世界のクラスメイト達を救った。
その想いを継ぐ事も選択の一つだ。
だけど……私は首を横に振る。
「いいえ、私は……私が望んだ結末は、こんなものじゃない」
そう、私が幸成くんと秘密を共有して、望んだ未来は、みんなが元の世界に戻る事。
その中には幸成くんもいなきゃ私は満足なんてしない。
幸成くんだけ日本に帰る事が出来たあの時、幸成くんは、楽をしている自分が幸せになる資格は無いって顔をしていた。
あんな辛い状況の中、蔑まされ、暴力を振るわれたのに、そんな状況でみんなを助けたいと願っていた彼に私は好意を抱いた。
願う事は簡単だ。行動に移せないのが悪いと思う人がいるかもしれない。
だけど、あの時の幸成くんが持っていた力で出来る事って?
素直にその事を打ち明けても、良い事なんて無い。
谷泉くんは元より、小野くんに殺されてしまう可能性が高い。
浮川さんの話す、並行世界の蟲毒という能力を持つ黒幕はそれを起こそうとしていたのだから。
今でも、何度だって思う。
間違ってなんかいないって。
そんな幸成くんが、結果的にみんなを助けて、私が死んだ事は無かった事になった。
私や幸成くんが最初に望んでいた結末……それはみんなで帰る事。
みんなで元の世界に帰った後、私は保留していた告白の返事をしてもらうはずだった。
死ぬ事で先に破ってしまったのは私……だけど、その約束は今でも続いている。
いえ、絶対に続かせて見せる。
みんなを帰した?
いいえ、まだ幸成くんが帰ってきていないわ!