俺だけ残るクラス転移
フッと砂時計が落ち切り、俺達は時空転移で過去へと転移する。
そこで過去に起こった一番近い魔力活性の発生時間に飛び、その道中で見えた俺達が召喚された直後の光景が映し出される。
意識の無い茂信達やめぐるさん……俺は耐性の所為で、もういないようだ。
どうやら俺という存在はどんな時間でも一つしか存在しなくなっている様だ。
俺はめぐるさんの顔をそっと見届け、転移して更に遡る。
「めぐるさん、みんなを帰す約束は果たせたよ」
俺達やその前に呼び出された召喚を『無かった事』にした。
認識改変――転移の耐性があっても過去を変える事による耐性は……持っていない。
グラっと浮川さんの繋ぐ糸が一段階弱まった。
俺と繋がっているからこそ維持できている、ルシアやクマ子が得る事が出来た認識改変の耐性。
浮川さんはその時代の自分と共有してなかった認識にしないといけない。
「は、はやく……行きましょう。クールタイムは、私が抑えつけます!」
耐性があっても影響は受けるという事だろう。
過去へ飛ぶ度に俺は弱体化してしまう。
だから最低限の維持が出来るように……。
そんな無数の大森林の歴史を遡り続けながら俺達は召喚自体を無かった事にして行った。
浮川さんは俺がいる事で儀式の影響を軽減して理性を辛うじて持てるようだ。
それでも時々暴走しかかっていたが、相手は俺しかいない。
飛んだ直後のみんなのLvなんて僅かだ。
抑える事は出来た。
そうして魔力大活性を利用して行き、どんどん過去へと俺達は進んで行った。
「ここか」
やがて……始まりの時にまで辿り着いた。
俺では無い俺と、俺の知るめぐるさんとは違うめぐるさん。
そしてクラスメイト達が倒れている。
浮川さんはそこでみんなを元の世界に戻し、異世界召喚を無かった事にした。
もはや僅かにしか浮川さんの所有する能力は無く、儀式の紐も弱くしか残されていない。
そこで俺が集めたポイントもポイント相転移で変換した力も底を尽いた。
「後は……」
召喚儀式のある場所はわかっている。
浮川さんの力で複雑だった物は既に無い。
本体を破壊するだけだ。
「ま、待って!」
俺と力で繋がる紐は既に切れかけで浮川さんが手を伸ばしている。
俺は浮川さんに向かって微笑む。
「ここまで導いてくれてありがとう。さあ……君も元の世界に戻る時だ」
「違う……そうじゃない。その儀式を破壊して手を放したら――」
彼女が言おうとしている事はわかる。
俺に今、授けられているのは時空転移とルシア達の所有権。
Lvやステータスはポイント相転移でポイント化させてしまった為に限りなく初期値だ。
そして……白い霊でもあった彼女がやっとのこと維持していたポイント相転移は役目を終えて彼女の消失と共に使えなくなるのが、点滅する項目でわかっている。
僅か数秒先しかもう見えない時空転移でも、ポイント相転移が消失するのがわかった。
過去に飛んだから、俺の帰るべき日本へも転移は出来ない。
飛んだ先が間違っている様で、失敗する。
それは覚悟の上だ。
転移で儀式の本体の場所――石碑に向かって岩を飛ばした。
もう二度とこんな事が起こらない様に、しっかりと破壊しておく。
俺達を何度も何度も、数え切れない程苦しめてきた儀式があっさりと崩れていくのは、少しだけ爽快な気分だ。
「ああ――!?」
俺は必死に手を放さない様にしていた彼女の紐と手を放していく。
「や、やめて……幸成……君」
しかし、浮川さんは繋がっている手を放さない様に抵抗している。
俺には彼女の記憶は無い。
この時代の、並行世界の俺にとってのクラスメイトだから。
だけど、浮川さんが羽橋幸成という人物をどれだけ大切に思ってくれているのか、それは理解出来た。
だからこそ、彼女の世界で幸せになってほしいって思える。
「これは悪い夢……違うか。君はクラス転移なんて無かった場所へ帰るんだ。もう悲しみにも殺意にも染まる事なんてない。つまらないかもしれないけれど、平和な世界に」
「い、いや……ダメ! 放さないで……!」
……こんなに想われているなんて、並行世界の俺は中々やるじゃないか。
並行世界の俺はめぐるさんと浮川さんの二人に好かれているみたいだから色々大変だろうけど、まあ平和な世界でがんばってほしい。
俺だから、多分二股はしないと思う。
なんというか、こう……俺みたいに、彼女達を傷付けない様にしてほしいって思うのは、俺の傲慢か。
ともかく、そこは並行世界の俺に期待しておこう。
「君の世界の俺とめぐるさんによろしく頼むよ。多分、覚えてないとは思うけど……」
「ダメ! それじゃダメです!」
浮川さんは転移の力を必死に防いで抵抗している。
ダメ、か……。
多分、これはダメな事なんだろう。
「ありがとう。そんな風に言ってくれる人がいるなら、俺はこれからもがんばれる」
俺はそう言って、手を振り解いた。
ふっと……浮川さんに転移の力が作動するのを感じる。
「これで終わりになんてさせません! 何年、いえ、何十何百年、どんな手段を使っても、時空を、世界を超えてでも! 今度は貴方を助けに行きます! 約束で――――」
彼女が涙目で俺に手を伸ばしながら蘇生して肉体を取り戻し、空間の壁に吸い込まれ、時空改変へと巻き込まれて行くのが見えた。
浮川さんは戻って行ったんだ。
平和な日常に。
「約束、か……」
考えてみれば俺は約束を破ってばかりだ。
みんなで帰ると言いながら俺だけ残ったり、めぐるさんとの約束も結果的に破っている。
本当、自分でも酷い奴だと思う。
あの森で飴玉とかを配っていた頃と本質的には何も変わってないのかもしれない。
「やっぱり俺はワガママで独り善がりな奴だな」
彼女が見せた最後の表情は悲しみに彩られていた。
このやり方が間違っているんだって、証明している。
茂信や依藤がブチ切れてそうな気もする。
まあ、認識改変が掛るだろうから、そこは大丈夫だろう。
クラスも席が一つ空いている程度なら、誤差だしな。
そこに武器からそれぞれ姿を現したルシアとクマ子が答える。
「そうじゃの。身勝手じゃ。じゃが、わらわはこっちの方が奴を未来の果てに飛ばすよりは良いのではないかと思うぞ?」
「そう言ってもらえると少しは救われるな……承認は取ったけど、巻き込んでごめんな」
「なに、気にする必要は無いのじゃ。やっとわらわも使命から解放されたのじゃからな」
「ガウー」
まあ……これで良いと、自己満足にでも浸るとしよう。
元の時代に戻れれば良いが、難しいかな。
転移は異世界内でしか出来ないし、日本の物資を取り寄せる事も出来ない。
野垂れ死ぬかもしれない。それでも俺は後悔なんて無い。
これが自己保身に走って、身勝手な事をした俺の結末だ。
それに、これで終わらせるつもりはない。
時間は掛かるかもしれないけど……諦めた訳じゃない。
「しかし、これからどうすれば良いかの? 使命が無くなってしもうたのじゃ。これからは別の生き方を探さねばならん」
ルシアの場合、そうなるのか。
まあ、これまで呪いと化した浮川さんと戦う事だけを目標にして生きて来たんだもんな。
その呪いが無くなってしまった以上、新しい道を探さないといけなくなったんだ。
「あれじゃな。ユキナリよ、わらわと武の頂きでも目指して見ぬか?」
「武の頂き?」
「要するに最強への道という奴じゃ」
「やめてくれ。最強とか、小野や谷泉でもうこりごりだよ」
「むむ、神聖なる武の頂きをあやつ等と一緒にされるのは非常に遺憾じゃ」
「ガウ!」
クマ子がルシアと同じ様な雰囲気で鳴いた。
それは同意見という事か?
というか、あれだな。
剣術とボクシングでユニークウェポンモンスター的な頂点を目指すという意味か?
「ユキナリよ。本来武術という物は弱きを助ける正しき心がじゃな」
「ガウガウ!」
「わかったわかった。俺が悪かったよ」
ルシアとクマ子に説教されそうだったので折れておく。
なんか、召喚の根本的原因を破壊した所為か、この子達の中で俺に対する期待が上がってしまった様な気がする。
「そういう話は後にして、とりあえず行こうか」
「うむ、随分弱体化した様じゃからな。わらわが守ってやろう」
「ガウー!」
「そうしてもらえると助かるよ」
そうして俺はルシア達と三人で、森の中へと歩き出す。
以前よりも少しだけ森が明るい様な、そんな気がした。




