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蟲毒

 世界を救う為にはこの悪意の連鎖を未来の彼方へ飛ばす――んじゃない!

 俺はノア=トルシアを地面に突き刺し、めぐるさん剣を構え、彼女に向かって振り下ろす。


『な、何をしておるんじゃ! わらわを手放して――』


 スパッと確かな手ごたえと共に俺はある能力を作動させる。

 能力名は能力転移、悪霊の集合体の核である彼女を指定し、まだ俺の命を狙っている……影に指定する。


「あああううう……」


 ぐ……どす黒い力が俺の能力に触れて感情が流れてくる。


「まだだ。それじゃあ、終わらない。救いがない。正しいのは……こっち……だ!」


 俺は彼女に手を伸ばす。

 白い霊でさえも絶句して手を抑えている。


『どうしたのじゃ! ユキナリよ! 頭がおかしくなったのか!?』


 ルシアが驚きの声を上げている。

 違うんだ。

 これが、間違いじゃないと俺の能力も……俺の信じるめぐるさんも正しいと告げている。

 目の前にいる彼女は殺意と悪意で留められた感情と魂の塊だと白い霊は教えてくれた。


 だけどそうじゃない。

 彼女が何に対して怒っていたか、何に対して悲しんでいたか。

 その根底には他者を思う心がある。

 白い霊が全てを持っている訳じゃない。


「おおおおお……」


 ニヤッと笑みを浮かべる呪いの塊、俺に大きな隙が出来たと思っているんだろう。

 だが、違う……俺が見ている未来は一つ!


「俺は君が想う俺じゃない。けど、それでも! 俺は君を助けたいんだ!」


 飴玉を彼女の手に持たせる。


「おおおおおあああああ……ああああああ……」


 彼女は飴玉を握りしめながら、苦悶に満ちた表情を浮かべる。

 俺の視界に無数の能力が浮かんできた。

 目を凝らし、出来る限り早い速度で、ある能力……いや、強引に付与された力を指定する。

 彼女が喉を掻き毟りながら必死に暴れる悪意を抑えつけながら、了承を指示。


 影は彼女の所有物を強引に作動する!

 俺と――彼女が指定したのは、強引に付与された拡張能力『召喚儀式』

 暴れるように召喚儀式の魔法陣が俺を伝って、指定した影へと飛んで行く。

 やがて音を立てて、辺りの影が砂を崩す様に消え去って行った。


「はぁ……はぁ……」

「幸成……君」


 そこで肉体は無いが、霊体の彼女がうめき声では無い声で語りかけてくる。


「うぐ……」


 それも付け焼刃、散らした儀式が彼女目掛けて飛んで来ようとしている。


「堪えて。まだ飲まれるな!」

「は、はい……」


 白い霊が力を合わせるかのように彼女と重なり合って一つになる。

 俺はそのまま、ノア=トルシアにグローブを巻きつけて、空間を切り裂いて噴出する魔力大活性の中に飛び込みながら、持てる能力を行使した。


『ユキナリ!』

『ガウ!』


 どんな願いさえも叶える事が出来ると言われるほどの力の塊……その所有権が完全に霧散していた。

 これを得る事で悪霊達の、儀式の企みは阻止する事が出来る。

 ただ、彼女という受け皿がある事で、更にその力は拡大して行ったに過ぎない。

 俺はポイント相転移を最大限に発動させながら力の全てを変化させる。

 自由落下していく感覚に襲われながら……大活性の力が俺に内包されて行った……。


「……」


 兆なんて規模じゃない程の膨大なポイントが俺の中に入って行くが、人間の体にそこまで貯蔵するだけの力を備えていない。

 ポイント相転移で経験値とLv、全てのステータスに変換を施し、耐えきれる体に作り変える。

 噴出する穴にまで落ち、マントルへと落下して行く様な錯覚をしながら、俺を包み込む力を全て――飲みほした。

 即座に転移で、先ほどの場所に戻る。

 ……Lvは見る必要は無いか。


「く……」


 耐える彼女に纏わりつく力をその手で払いのける。

 儀式は次に俺に狙いを定めた様だが、取り憑く事などさせない。

 悪意の亡霊共も一緒だ。


『ユキナリ! 心配したのじゃぞ!』

『ガウガウ!』

「心配を掛けたな。もう、大丈夫だ」


 狙いは達成した。

 噴出する魔力を未来に飛ばす力にするのではなく、俺自身の力へと変質させた。

 後は考えていた事をするだけだ。

 こうしないと出来ないからな。

 辺りを漂い、新たな標的として悪霊を媒体にしようとしている儀式の力を剣を振るって散らしながら俺は浮かぶ彼女に尋ねる。


「君の名前は? 夢の中ではわからなかったから教えてほしい。俺は君を知らない世界から召喚されたんだ」

「私の名前は……浮川聡美……です」

「ここが何処で、君は何かわかる?」

「はい……ぐ……」

「まだ浸食しようとしてるのか……何処までもしぶとい」


 薄らと彼女にまとわりつく儀式……既に今の役目を失いつつあるからこそ、彼女を巻き込んで眠りに着こうとしているのがわかる。

 残念だが、そんな事はさせない。


「私は……とんでもない事を……」


 両手で顔を覆う浮川さんに俺は目を向ける。


「浮川さん、ここで一つ……取引をしたい」

「と、取引?」

「貴方は自分の能力が何なのか、わかるよね?」

「はい……私の能力は蟲毒です」


 やはりそうか。

 蟲毒――沢山の生物を一つの場所に閉じ込めて殺し合わせる。

 最後まで生き残った生物は神霊となるそうで、祀られたらしい。

 その毒が人を幸福にしたり、強力な毒になったりすると聞いた事がある。


 森の中で、異世界人同士で殺し合い、その末に他者の能力を得る事が出来る能力なんてそんなもんだと思っていた。

 召喚儀式がこの子に巻き付く前に与えていた、書き換えの能力は二つだったんだ。

 強奪に属する奪取系、もしくは殺害する事で得る蟲毒。

 最強の毒虫である日本人を作り出す土壌が、儀式の目的だ。

 なんでそんな事が目的なのかは、この先でわかるかもしれない。


 いや、ルシアが言っていたじゃないか。

 魔力大活性に勝ち残る為に過去のこの世界の者は……。

 そう、全ては勝ち残る為に強い能力者を産みだして独占しようとしていた、と考えるのは自然と出てくる結果だ。

 この蟲毒の能力に召喚儀式の魔法陣が組み合わさって、呪いと化し、日本人の……俺達のクラスを呼んでしまったのだろう。


 媒体である彼女には罪が無数にあるかもしれない。

 だけど、彼女だけが罰せられるのは間違っている。


「浮川さん。多分、これから言う俺の提案はこの世界全ての人々を冒涜する事かもしれない。ワガママで傲慢かもしれない」

『何を企んでおるんじゃ?』

『ガウ?』

「ルシアやクマ子は激怒するかもな」


 俺はルシアとクマ子に軽く視線を送った後、浮川さんに向かって答える。


「俺は、全てを……無かった事にしたいんだ」


 今の俺の手には、全てがある。

 この力で出来るギリギリの所まで行きたい。


「な、何をするんですか」

「まずは辛いかもしれないけれど、儀式召喚が戻ろうとするのを受け入れて、狂気に支配されない様に……してから俺を所有物として縛って」

「そんな事をしたら大変な事になりますよ!?」

「まだ話を聞いて。そうしてから俺と力を合わせて……俺の持つ時空転移の力を使って……過去へ行くんだ」

「全てを無かった事にするって……まさか――」


 絶句する浮川さんが俺のやりたい事を理解した。

 そう、傲慢だとは自覚している。

 間違っているんだとも思っている。

 だけど、俺は諦める事が出来ない。


「そんな事をしたら幸成君がどうなるかわかっているんですか! 今の幸成君は、その拡張能力の所為で認識改変と同じく時空変換……過去が変わっても変わる事が出来ない……耐性を持っているんですよ!」

「覚悟の上だ」


 片道切符であるのは承知の上だ。

 それでもみんなを、浮川さんを、並行世界のみんなを……そしてめぐるさんを助けたいんだ。


「私でもわかります。そんな力……相転移の力でカバーしても足りません。Lvも何もかも犠牲にしないと! 今持っている力でも精々戻れるのは……」

「一か八か……今までのみんなの上前をはねて行く事になる。浮川さんなら、道を作れるんじゃない?」


 こんな運命を否定出来るなら、それで良いんだ。


「クマ子、ルシア、聞いていた通りだ。俺は過去を変える」

『……その表情はメグルとそっくりじゃ。無茶をする気じゃな!』

「悪いな。ルシアはここに置いて行った方が良いか? なんならめぐるさんと同じ世界に送れるならついでに送ろ――」

『嫌じゃ! わらわもクマ子も着いて行くぞ!』

『ガウー!』

「……わかった」


 後は行ける先まで行く。

 それだけだ。


「本当に……後悔はしませんか?」

「する気はない。俺は、例え何があってもみんなを元の世界に戻すって決めたんだ」


 全てを救いたいという感情が身勝手な願いだったとしても、それを叶える手段があるなら諦めない。

 後少し、後少しなんだ。

 今の俺なら、彼女の力を借りずに今の茂信達を救う事は出来る。

 視覚転移で苦しみから解放された茂信達へ転移を指定する。


「俺の能力では意識の無い相手は帰す事が出来ない。浮川さん、わかるね?」

「ぐううう……わ、わかりました。この狂気を……私は乗り越えて見せます。最大限、羽橋君に力を貸します!」

「ありがとう」


 そうして俺は聴覚転移を作動させて、みんなに言った。


「みんな! やったぞ、これで帰れる!」


 声は聞かない。これ以上話もしない。

 浮川さんと力を合わせる事で、俺が指定先を考えずとも、了承を得ずとも転移が作動して日本に飛んで行った。

 視覚転移で、みんなが学校に戻ったのを確認する。


「よし」


 みんな……元気で。

 傲慢と言われても良い。

 俺は頷いてから視界に浮かぶ能力欄から時空転移を選び、所有するポイント、魔力を総動員して過去への転移を指定する。


 過去へ戻るには膨大な力を消費する。

 その消費を賄いきれる程の膨大なポイントを得る必要があったんだ。


「行くぞ!」


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