導き
「おお……羽バシ……」
やがて階段を見つけ駆け上がった先で、俺は……とある奴と遭遇した。
少なくとも最初の召喚と今回以外で、俺を認識している奴はいないはず。
にも関わらず、俺の事を知っているのは、コイツしかいない。
「ああああ……」
『ユキナリよ! 十分に気を付けるのじゃ! わらわの記憶が正しければここで出る一番厄介な敵じゃぞ』
そう、そこには小野と大塚、その仲間がゾンビのように腕を上げて俺の方へとゆっくりと近づいて来ていた。
但し……確認出来るのは半分だ。もう半分は皮膚が剥ぎ取られて筋肉が露出している。
『日本人は人体模型とか言っておった! 聞いておるのか?』
「ああ。だが、コイツ等は」
『知り合いかの? 見た所オノの様じゃが』
俺は頷く。
「肉体は骨さえ纏めて潰れて跡形も無いはずだ」
転移で押し潰して殺したはずだ。
にも関わらずここにいる。
『奴によって強引に蘇らされたんじゃろ』
やはりその体は呪いによって構成された紛い物って事か。
魂が存在するのならば、森で殺された者達全てがここにいるのかもしれない。
……めぐるさんも、ここにいるのか?
『ユキナリよ。早く先に行くのじゃ!』
「そうだな」
人体模型のような小野達が俺を見て殺意を持って近寄ってくる。
「お前さえ、お前さえいなければ……」
「……お前達に恨まれる事をした自覚はある」
俺は自分でも冷淡に小野の亡霊に向かって告げる。
もはや言い訳をするつもりはない。
めぐるさんを殺された恨みで殺したのは事実だからな。
だが、謝罪をするつもりはない。
「五秒やる。何度も殺すのは忍びないから道を開けて失せろ」
「殺す! オレ、は、そのために、蘇ったんだと、確信した」
……バカが。
小野が複写の能力を作動させて何かをしようとしてくる。
生前の能力をそのまま持っているかわからないが、ササッと仕留めるべきだな。
「お前を、殺せば、俺は、きっと、生き返る」
身勝手な屁理屈を……誰かを殺せば自分が死んだ事が無かった事になるのか?
いや、そんな事があるはずがない。
……それがわからない程、染まっているんだろう。
「そうすれ、ば――」
「気持ちの良い異世界冒険が始まるのか? ……きっとそれは幻だ」
……彼女に取引を持ちかけられたのだとしてもだ。
それなら誰もお前の邪魔なんてしなかっただろうさ。
どっちにしても小野、お前みたいな奴が生き残れはしなかっただろうが。
世界が思い通りにならない事を呪い、異世界に行けば成功するなんて、本当にありえるのかはわからない。
それでも俺が言えるのは、躊躇いもなく苦楽を共にしているクラスメイトに手を上げる殺人鬼、いつ裏切るかわからない奴は、例え黙っていたとしても信用なんてされない。
俺はめぐるさんの剣とノア=トルシアを構え……剣技、椿落としとフレイムダストを時間差で放った。
「俺は……オレ……アガ――」
首を椿の花に例えた即死効果のある必殺剣技で、依藤が覚えたらかなり強力な物だ。
椿の花と言うのは花がボタっと花びらが散ることなく花のまま落ちる。
つまり……うん。首を跳ねたと言うのが正しい。
フレイムダストは切りつけた相手が絶命した瞬間――
「アアア――」
死体の全てを燃やし尽くし、一瞬にして炎の塵と化す属性剣技だ。
出来るだけ痛みは無い様にしたが……。
「……悪いな。お前の夢を実現させる訳にはいかないんだ」
二度目の猶予はやった。
あの時とは随分と状況が異なる。
小野も哀れな被害者だと言えば確かにそうなのかもしれない。
だけど、それでも選択して身勝手に行動し、苦しむみんなを見て笑っていたのもまた事実なんだ。
黒い影になって霧散する小野達の体を一瞥しながら進んで行く。
目的地は……きっとすぐだ。
「く……」
転移で跳躍するとどこに出るかわかったもんじゃない。
短期決戦で挑むつもりだったのに悪戯に時間が経っている感覚に襲われる。
そこで……白い霊が前を飛び、道案内とばかりに方角を指し示す。
元々は同じ存在だからわかるのか?
この子はあの子だ。信じよう。
俺は白い霊が示す道を進み始める。
『ユキナリよ。方角がわかるのか?』
「俺はわからないが……こっちだと白い霊が指示している」
『そうか。では行った方がいいじゃろう。選ばれた者は道がわかるとも聞く……此度はあまりにも規模が大きい。消耗し尽くさん様に気を付けるのじゃぞ』
「ああ」
遭遇する別世界のクラスメイト達の屍を越えて、俺は進んで行く。
もちろん道中で谷泉一派の人体模型みたいなのとも遭遇した。
呪詛を放っていたが、話しなどをする間も無く襲ってきたので斬り伏せて向かう。
俺はふと……自らの手の平に目を向ける。
……血に塗れてきた。
この戦いが終わったら、俺は元の日常に戻れるのだろうか?
いや、本当の意味で戻れはしないだろう。
小野が夢見た異世界での日常なんて、こんな事の連続なのかもしれない。
ライクス国は厄年の影響か戦争の類は発生していなかった。
だが、今後発生しない保証なんて無い。
その時に俺は……いや、考えるだけ無駄か。
この戦いに勝利すればみんなを日本に戻す事が出来る。
少なくとも体験した夢の中で彼女を倒した時、呪いの力が弱まり、しばらくの間はみんなを縛る拘束は解けるはずなんだ。
「――幸成くん」
そこでふと、俺を呼ぶ声に振り返る。
声の方角には青白い残滓の様な何かが、教室を指差していた。
『今、メグルの声が聞こえた気がするのう!』
「そうかもしれないな」
めぐるさんもこんな所に魂だけになって迷い込んでいたのかもしれない。
ただ、なんとなくホッとする。
めぐるさんがアンデッドとして遭遇しなかった事が、何よりも良い事に感じる。
彼女もめぐるさんに酷い事をするとは思えない。
俺の扉の前で呼吸を整える。
扉越しでも伝わってくる圧力、この先に……みんなを異世界に召喚し、縛りつけている存在がいる。
すぐに戦いが始まるだろう。
どんな攻撃手段をして来ても対処できるようにポイント相転移で魔力を十分に補充し、飛ばせる物を視覚転移で確認する。
みんなの様子も……うん、苦しみを必死に堪えている。
今ここで、俺達の生き残ったクラスメイトみんなが戦っている。
少しでも相手に力を供給しない様に、抗っている。
これは俺一人の戦いじゃない。
ラムレスさん達が外で懸命に森から出て暴れようとしている影と戦っている。
ドラゴンのような高位の魔物よりも更に凶悪な化け物達だ。
一人、また一人と倒れても尚、人々の為に雄たけびを上げて抑え込もうとしている。
クラスのみんな、国の人達、この世界の者達が一丸になって戦っているんだ。
『この先に奴がおる! ユキナリよ、わらわ達がついておるが、十分に気を付けるのじゃぞ』
『ガウー』
「ああ、頼りにしているよ」
俺がここにいるのは俺一人の力じゃない。
今まで出会った人達、そして白い霊に導かれた並行世界のクラスメイト達、そして……戦うべき敵の良心とその魂。
さあ……こんな戦いを終わらせよう。
ガラッと扉を開けるとそこには……教室内に揃って、様々なクラスメイトが机に着席している。
まるでここが何事も無い平和な学校だったかのように……取り繕うかのように。
その中には茂信や萩沢、実さん、俺の見知った顔の生徒もいる。
俺が見えないかの様にアンデッドの生徒達は黒板の方を見ていて、授業に集中している……ようだった。
「うおおお……あああああああああああああああ!」
そんな教室の中で無数の怨念を纏い、姿さえ見えない生徒が立ち上がって、殺意に満ちた声を上げた。
『前にも増して雄たけびをあげておるの』
「――――――!」
もはや彼女の目には生者は全て、彼女の大切な者を奪った殺人鬼にしか見えないのかもしれない。
それは彼女の能力と大地に刻まれた儀式が歪に混ざり合った所為であり、無数の怨霊達による呪詛の末路。
バシュッと教室内の空間が歪み、机も生徒も一斉に消え去る。
残ったのは俺達を召喚した魔法陣だけだ。
『な、なんなんじゃ?』
「話を聞いて欲しい。俺は――」
どうにかして話を聞いて欲しいと願いを込めて彼女に声を掛ける。
直後、何かにガツンと殴り飛ばされて、強制的に空間転移しかけた。
「カエレ――!」
そんな声が頭に響く。
あぶねー……危うく日本に……いや、どこかわからない場所に飛ばされる所だった。
日本に指定しなきゃ俺の耐性を貫通する事が出来るのかもしれない。
どんだけ強力なんだ。