表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/233

儀式

 怒りが鈍り、迷いが生じ、一瞬だけ呪いが弱まる。

 そこで白い霊は、呪いとは別の意志を持って自身と彼女の束縛を斬り取る。 

 生きて欲しいという呪いの意志の願いなのか、それはわからない。


「うう……アアアアア……」


 僅かに散った呪詛が補充する様に彼女は呻いて別の生徒に呪いを施す。

 呪詛の想いを吐き散らしながら、土地に彼女は縛られていた。

 どうして? 自力で殺す力を持ちながら、何故何もしないのか?

 

 そういえばルシアが言っていた気がする。

 何か目的のために過去の文明が召喚の魔法を構築していたんじゃないかって。

 目的を達成した際に、彼女は一時的に封じられてしまう様に、呪いが誤作動している……?


 白い霊は地面へと吸い込まれて消えて行く、呪いの半身を見届けつつ、束縛が解かれた彼女に取り付いた。

 何も出来ないかもしれない。

 沢山の能力が混ざりあった自分が、せめて呪いの半身に対抗できる手段になる様に祝福を施した。


 やがてクラスメイトのサバイバルが始まり、殺し合いへと発展して行く。

 その主導者は呪いの加護を受けた者。

 幸運にも白い霊の祝福を受けた者は殺し合いから逃げる事が出来た。


 呪いの加護を受けた者は呪いの目となり森の外での人々の営みや出来事が映し出される。

 身勝手なこの世界の連中と呪いは思う。

 そして、呪いの加護を受けた者は好き勝手に冒険という名の暴力を始め、人々に尊敬と畏怖を集めてから暴君と化す。

 呪いの加護によって得た無数の能力で国を、世界を支配しようとした矢先――


 白い霊の祝福を受けた彼女とその仲間達が――呪いの加護を受けたクラスメイトの野望を止めた。

 始まりの祝福を受けた者は、ぼんやりと白い霊が何者であるのかを悟っているかのようだった。


 知っている。

 この白い霊に祝福を受けた生徒を……俺は知っている。

 それは――飛山めぐるさんだった。


 やがて本性を現して世界を、クラスメイトの殺し合いを加速させようとした呪いに、めぐるさんは戦いを挑んだ。

 その戦いは熾烈を極めたが、どうにかめぐるさんは呪いを追い詰めた。

 呪いは敗北する事で、憎しみの感情が霧散して行く。


「私達の所為で貴方を沢山傷付けてしまった。私は貴方の知る私じゃない……貴方を本当の意味で救う事が出来ない。ごめんなさい……せめて安らかに眠って!」

「アアアア……」


 見覚えのある剣――ルシアを掲げて、めぐるさんが呪いと化した彼女に剣を突き立ててから、仲間達と力を合わせて封印を施す。

 その時、呪いは様々な感情が渦巻いていた。


 眠る事への安堵。

 因縁の断ち切る時への想い。

 死ぬ事が出来ない呪いの部分に安らぎが……訪れたかに思えた。


 しかし……封印が解けると同時に呪いの感情……殺意が魔法陣と共に噴出して行く。

 邪魔をされたが今度こそ、アイツ等を見つけてみんな殺して見せると、殺意に呪いが彩られるのだ。

 もはや別人とも言えるほどに残虐化する半身に、白い霊は召喚時に現れる生徒の中で生前の彼女を信じていた者に憑依して力を授ける。

 時が経つに連れて呪いも白い霊も多種多彩な能力を使える様になっていた。


 その召喚の中……。

 呪いが必ず避ける生徒がいた。


「――くん……」


 めぐるさんとは別に……いや、めぐるさんが召喚された時も同様の動作で異世界から強引に日本に送還させられる生徒がいる。

 例え、狂っていたとしても二人の事だけは忘れない。


 ――必ず恩返しをする。


 呪いと化した彼女は元の世界へ帰す術を得た能力を駆使して習得していたのだろう。

 めぐるさんは以降もいなかった訳じゃない。召喚と同時に送り届けられたのだ。

 唯一残った善意で。

 もちろん、呪いの残された心で判断できる場合だった様だが。


「そして……」


 白い霊が俺に向かって声を掛ける。

 その姿は今までで一番、確かな輪郭を持っていた。

 見覚えのない俺と同じくらいの女子生徒だ。


「貴方も、本来はこの召喚に巻き込まれない筈だった。いえ、むしろ貴方はめぐるさんよりも強い意志で帰されていた」

「それは……もしかして、俺が君にとって大事な友人……だったから?」


 白い霊は頷く。

 よくよく考えてみればおかしいと思ったんだ。

 無数の異世界召喚をされているのに、俺が初めてだっていう事を。

 そりゃあ偶然や奇跡的確率で免れていたとか思えば不思議じゃないけどさ。

 最初の世界に、俺ではない俺がいたんだ。


「はい。幸成くんは、本当は召喚されても日本に送還されるはずでした。ただ、今回は……能力が、悪かったんです」


 白い霊がポツリと零す。


「転移?」


 今までの世界で羽橋幸成、つまり俺がいなかった理由。

 召喚されたにも関わらず俺だけが元の世界に帰されていた。

 そして今回だけ例外だった、その訳は能力以外に思い当たる所は無い。


「はい。呪いに支配された私が残された心で送ろうとして……失敗しました。その能力は強引な送還に強力な耐性を得ています。ですから認識の改変も起こる事なく、幸成君は異世界に留まる事になりました」


 転移の力の副作用って事か。

 認識改変に対する耐性とか、そういう効果が働いたんだろう。


「めぐるさんは? 転送だから同様の事が起こっていたとか?」

「はい。幸成くん程ではありませんでしたが、めぐるさんは認識の改変に対する耐性を持っていました。それは能力が強化される度に強くなっていきました」


 能力が強化される度……異世界転送を覚える前から呪いの力を防ぐ効果はあったという事か。

 ある意味では、俺達は運が悪かったのかもしれない。

 転移と転送。

 どちらも認識改変に耐性を持っていたんだから。

 やがて白い霊は悔やむ様に言った。


「めぐるさんだけは、貴方は帰す事が出来たんです」

「……」


 ドクンと心臓の鼓動が強まるのを感じた。

 俺が……気付かなかった所為でめぐるさんを日本に、帰して上げられなかった……?

 確かに今までの話を聞く限り、呪いの認識改変に耐性があったなら、俺の転移を指定出来た可能性が高い。


 くっ……今更になって後悔ばかりが湧き上がってくる。

 あの時点の俺に気付けない事だったとしても、気付く事の出来なかった自分が悔しい。

 この手にはめぐるさんを助ける力があったのに……。


 そこでスーッと意識が遠ざかって行く。

 冷静さを欠いた所為かもしれない。


「……ここまで私と繋がって来れたのは幸成君が始めてです。どうか、もう一人の私を倒し、与えられた力でこんな悲劇を二度と起こさない様に未来の果てに飛ばしてください。もう私は……止められない。世界の終わりの時まで、どうか――」

「待って! 俺は――もしかしたら助ける方法が――」


 俺は手を伸ばしたが、白い霊の手はすり抜けてしまい、意識が急速に目覚めて行く。



 ガバッと俺は起き上がり、辺りを見渡す。

 ぼんやりと俺の近くにたたずむ白い霊が、寝ていた時の出来事が本当の事であると告げるかのように声も無く漂って俺を見ていた。


 この夢、何度も見た覚えがある気がする。

 間違いなく……俺は何度も見ていたんだ。

 夢から覚める度に手からこぼれ落ちる水の様に。


 それが……やっと、覚えたまま起きる事が出来た。

 来るべき時が近づいているからなのかもしれない。

 俺はベッドから出て窓辺に立って空を見上げる。


 本当は俺達が召喚されるよりも前から始まっていたんだ。

 最初の世界で殺し合い、憎しみが積もり、呪いが生まれた。

 彼女の能力は召喚された者同士が殺し合う事で、その能力を得る。

 これは副作用に過ぎない。


 誰が悪いのかと言ったら……わかる。

 黒幕だと思っていた彼女ではない事も。

 この召喚は彼女だけが原因じゃない。

 俺達以外の悪意が関わっている。

 それを終わらせなければならない。


 切り札はこの手の中にある。

 みんなを、助ける。

 こんな残酷な運命なんか捻じ曲げてやる。

 ここにいるみんなも、ここにいないみんなも、別の世界のみんなも、彼女も、全て。


 そう、胸に誓った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ